ねぇ、知ってた?
私が初めてこの地に女王候補として呼ばれた日から、外界では今日でちょうど30年が経ったんですって。
なんだか不思議よね……だって私はあの時のまま、見た目は17歳の少女なのに。
スモルニィの同級生のジェーンやソフィアは、もう47歳かぁ。みんな元気にしてるかな?きっと見た目も変わったわよね。あの頃40代だったパパとママは……
やだ、そんな心配そうな顔をしないで!
私なら大丈夫、こう見えても宇宙の女王なんだもの。
全ての命を平等に愛して見守っているから、今さら個人的な感傷で動揺したりはしないわ。
でも、そうね……女王になってからは目が回るほど忙しくて、過去を振り返る余裕もなかったから、今日くらいは思い出に浸りたいかも。
もう少しだけ、私の話につきあってもらえるかなぁ?
30年前、あの女王試験の日々を覚えてる?私は今でも色鮮やかに、全てを思い出せるわ。
今だから言っちゃうけど、あの頃はあなたから「お嬢ちゃん」って呼ばれるのがすっごく嫌だったの。
ふふっ、そんなに慌てないで。
今ならわかるもの、あなたは愛を込めてそう呼んでくれていたんだなぁ、って。
でもあの頃は──ただただ子供扱いされてるとしか思えなくて。あなたの恋のお相手としては役不足だと突き放されてるようで、すっごく悔しかったわ。
だからね、せめて女王候補としてくらいは認めてもらおうと、懸命に試験に取り組んだのよ。
頑張っているうちに育成がどんどん楽しくなって、エリューシオンの民たちから「天使さま」って慕われて。
大陸が目に見えて成長して、中の島に民が到達する直前──あなたが森の湖で、初めて私の名前を呼んでくれた。
あの時の私がどんなに嬉しかったかわかる?
あなたに一人前の女性として認められただけじゃなく、永遠の愛まで誓ってもらえたんだもの。
でも、私はあなたの手を取らなかった。
皮肉よね、女王試験を頑張ったことで、私の中に女王としての自覚が芽生えてしまったなんて。
この宇宙を一刻も早く救わなければという焦燥と使命感が、恋心よりも勝ってしまったのよ。
けれど、私が女王になった、あの夜。
前女王陛下から託された星々を、必死の思いで新宇宙への移し終えた、まさにあの瞬間。
私の愛する人達の笑顔が、次々と眼裏に浮かんだの。
パパとママ、スモルニィの友人たち、エリューシオンの民たち。ロザリアと守護聖さま、前女王陛下とディアさま、飛空都市で出会った全ての人々。そして────誰よりも愛しているあなたの笑顔が。
ああ、私は大切な人達の命をこの手で守れたんだ、使命を選んだ私は間違ってなかったんだわ……って、あの瞬間に実感できた。
あの時の幸せな気持ちを、私は永遠に忘れない。
女王の仕事は時に残酷で、辛くて逃げ出したいときもあるけれど。あの日を思い出すことで、私は強さを取り戻せるの。
これからも愛する人たちの笑顔を守るために、どんな苦難にも身を投げ出す覚悟を持てるのよ。
でもね、女王の仕事って24時間休み無しの激務でしょ。正直に言うと時々疲れちゃうときもあるの。
だからね……そんな時、あなたにお願いしたいことがあるの。
もし私が疲れてそうに見えたら、耳元でそっと、あの頃のように──お嬢ちゃん、って呼んでくれるかなぁ?
えへへ、矛盾してるわよね。あんなに大人のレディとして、あなたから扱ってもらいたがってたくせに。
でも誰もが私を尊称で呼び、名前の無い存在になってしまった今だからこそ──そう呼んで欲しいの。
あの頃のあなたに愛されていた自分、夢と希望に満ち溢れていた日々の思い出が。
疲れている私に、きっと新たな自信と活力を与えてくれる。
そうすればまた、全ての命に平等に……女王のサクリアという名の愛を、注いでいけるから──