Who's that lady?

 



その瞬間、公園にいる人々の動きが止まり、視線が1点に向けられた。
視線の先には、1人の女性。

ほっそりした身体を淡いアプリコット色のワンピースに包み、弾むような軽い足取りで歩いてくる。
夕日が彼女の豊かな金髪をオレンジ色に照らし、薄暗くなり始めた公園でそこだけが明るく輝いているようだ。
真珠のような白い肌、エメラルドのようにきらきらと輝く濃い緑の瞳。
その輝きはそこにいる全ての男性の視線を奪うのに十分だったが、皆の視線を奪い続ける理由はそれだけではない。

優美な外見とはうらはらな、生命力に溢れるような明るくていきいきとした雰囲気。
物珍しげに公園をきょろきょろと見渡すいたずらっぽい瞳。
その瞳は愛くるしくもありながら、同時に全ての物を優しく見守っているような慈愛の眼差しも感じられ、男性ばかりか女性も、そして小さな子供までもが心が癒されるような気持ちにさせられる。

女性が歩き去った後も、そこには金色に輝く残像が残っているかのようだった。

「…今の女性は、一体誰だ?この聖地に、あんな綺麗な人は見た事がないぞ…」
そこにいた人々は、口々に今見た女性の事を聞きあった。
だがそこに、彼女を知る者は誰1人として存在しなかった。


そのまま彼女は公園を抜け、奥にある洒落たレストランに入っていく。
そこはこの聖地で一番美味しい料理を出してくれて、雰囲気が良くてサービスも一流、守護聖も時々訪れる事で知られている大人気の店だ。
「お客さま、失礼ですがご予約は?」
入り口に立つハンサムな黒服のボーイに呼び止められる。
が、彼女は花のように微笑むと、両手を目の高さで合わせてお茶目に『お願い』のポーズを取った。

「ごめんなさい、予約はしてないんだけど…少しの時間でいいの、席を用意してもらえないかしら?」
こんな美しい女性に、こんなに可愛らしくお願いされて、断れる男などいるはずもなかった。
ボーイはそのクールな表情を僅かに崩すと、周りに聞こえないように小さな声で囁く。
「しょうがないですね…。それでは、今夜だけ特別ですよ?」

ボーイが案内してくれた席は、レストランの一番奥まったテラスにある特別席。
普段は常に予約で一杯のこの店だが、急に守護聖や聖地のVIPが来店した時の為に、特別席として一番見晴しのいいこの場所を必ず空けてある。
だが忙しい守護聖たちが店に来る事など、1年に1度あるかないかだ。
大抵は空席のままのこの場所を使っても特に問題はないだろう、と彼は判断した。

「うわぁ、すっごく夕日が綺麗…。それに、ここから森の湖が一望できるのね!こんな素敵な席に案内してくれて、本当にありがとう!!」
輝くような笑顔で感謝され、ボーイの頬に朱がさす。
場所柄、美しい人間は見なれているはずの彼でさえ、この微笑みには心を揺さぶられる。
彼は思わず見とれてしまっていた事に気付き、慌てて注文を取った。

「とりあえず、お飲物はいかがなさいましょう?」
女性はボーイが差し出したドリンクリストとワインリストを受け取ると、しばらく真面目な顔でそれを眺めていたが、突然リストをぱたん、と閉じてそれを返した。
「うーん、実は何が美味しいのか良くわからないの。何かお薦めってありますか?」

「それではこちらでお客さまの好みに合いそうな物をお持ちしますが…何か味の好みはございますか?」
「そうね…あんまりアルコールが強くなくって、飲みやすくって花のような香りの赤ワイン、なんてあるかなぁ?」
ボーイは一瞬の躊躇の後、すぐににこやかな笑みを浮かべた。
「それなら素晴らしい物がございますので、すぐお持ちいたします」

ボーイの頭に浮かんだ赤ワインは、ある極上の一級品。
前緑の守護聖が聖地を去る時、館の秘蔵のワインを何本かこの店に寄贈してくれた。
その中でも特に素晴らしいと言われている、伝説の逸品だ。
もちろんこれらは全て値段もつけられないような大変な代物なので、店でもたまに来店する守護聖の為にしか出した事はない。
しかし、あの赤ワインはその中でも一番の名酒でありながら、守護聖の誰にも雰囲気が似合わないように思えて、今まで一度も薦めた事はないのだ。

だが今目の前にいる女性は、誰よりもあのワインに相応しいようなオーラを放っている。
もちろん一般の女性にあのワインを出したと店に知れたら、自分もただでは済まないだろう。
それでも、自分だって聖地では名の知れたソムリエなのだ。
あれ程の名酒、自分の目でこれだ!と思える客に薦めてみたいし、前緑の守護聖さまだって、いつまでも蔵にワインを仕舞いこまれているよりも、こんな可憐で美しい女性に飲んでもらえる方が嬉しいのではないだろうか?

ボーイは覚悟を決めて一礼し、その場を一旦去った。
程なくして戻ってくると、その手には古そうなラベルの貼られたワインが握られている。
ナイフで注意深く封を切り、繊細な銀細工のオープナーを器用にくるくると回す。
ぽん、と軽い音と共にコルクが抜け、ふんわりと甘い香りが立ち上ってきた。

女性の前に置かれたワイングラスに、テイスティングの為に少量のワインを注ぐ。
細くて白い指が優雅にワイングラスに添えられ、軽く揺らすように動きながら薔薇色の唇にグラスが近付いていくのを、ボーイは魅入られたように見つめていた。
目を閉じて香りを楽しみながら、女性はそっとワインを口に含む。

「わっ、美味しいっ!!」
途端に大きな碧の瞳がぱぁっと見開かれ、じっと見つめていたボーイも驚いて、慌てて手元のワインに視線を移した。
「…これは前緑の守護聖さまが残された、聖地秘蔵のワインです。お気に召していただけましたか?」
「ええっ!?そんなに大切な物を出してくださったの?でも嬉しい、こんなに美味しいワイン、生まれて初めて飲んだ気がするわ」
にっこりと微笑む女性に、ボーイはどぎまぎする気分を隠しながら、ワインをグラスに満たしていく。
もう少しこの美しく、心安らぐ女性と話していたい。
そう思った瞬間。

「あとね、ワイングラスをもう一つ、用意しておいていただける?」
「かしこまりました。あの…お待ち合わせですか?」
「ええ、もう少ししたら来ると思うの。食事はそれから注文するわね」

嬉しそうに頬を染めて話す女性に、ボーイは心の中で溜息をついた。
まあ、こんな素晴らしい女性に、恋人がいない方がおかしいのだ。
今だって、店中の客が彼女の美しさに気を取られ、さっきからこちらをちらちらと覗いている。
お話しませんか、なんて身の程知らずな事を言わなくって良かったのだ。

「それでは、またご用がありましたらお呼びください」
ボーイは失意のまま、自分の持ち場に戻ろうとレストランの入り口へと向かった。

その時。

突然、バタンと大きな音と共にドアが開けられ、長身の男がつかつかと店内に入ってきた。
「お客さま、ご予約は…」
声をかけようとして、思わず身体が固まった。
赤い髪にアイスブルーの瞳、隙のない身のこなし。
この聖地にいる人間なら誰でも知っている----炎の守護聖だ。

オスカーはボーイのかけた声など聞こえていないかのように、ずんずんと店の奥のテラスに向かって歩を進めていく。
店内の客達が、突然現れた聖地の有名人にざわめき始める。
ボーイは慌てふためいた。
守護聖用の特別席は、今はあの女性が使っている。
オスカーさまの為の席は、今すぐには用意出来ないのだ。
以前はこの店を良くデートの為に使っていたとは聞いていたが、飛空都市の女王試験が終わって以来、この店にオスカーさまが来店された事などなかったのに。
それが、ああ、なんで今日に限って-------!!

青ざめるボーイの前で、オスカーはテラス席に腰掛ける女性の前に立った。
「こんなところにいらっしゃったのですか」
女性は夕日を眺めていた視線をオスカーに向けると、嬉しそうに微笑んだ。
「あら、やっと来たのね。思ってたより遅かったから、心配しちゃった」
嬉しそうなそぶりの女性とは対照的に、オスカーの顔はにこりともせず、その目は刺すように厳しく女性を見つめている。



「何をおっしゃってるんですか。女王宮はいま、大変な騒ぎになってますよ」
「オスカー、しーーーーーっ!!」

女性は口元に人さし指を当てながら、オスカーの腕を引っ張って小声で囁く。
(大きな声を出すと、私が女王だってわかっちゃうでしょ!)
オスカーは後ろに立っている青ざめたボーイの存在にやっと気付くと、片手で追い払うような仕種を見せた。
「ああ、この女性は俺の連れだ。すまないが、少し外してくれないか」
ボーイはオスカーの声に驚いたように背筋を正すと、「はははい!すいません、失礼します!」と大慌てでその場から立ち去っていった。

「あーあ、あんな言い方されて可哀想…。あの人、すっごくいい人なのよ」
「陛下、それどころではありません。女王が聖殿を抜け出した事で、今や補佐官殿と側近達は蜂の子を突ついたような大騒ぎです。これ以上騒ぎが大きくならないようにと、補佐官殿が俺にだけ陛下捜索をお命じになったんです。さあ、騒ぎが広まる前に早く戻りましょう」
「いやよ。何で?」

この金の髪の女王は、本当に不思議そうに目をぱちくりさせてオスカーを見つめていた。
「だって、ロザリアはオスカーにしかまだこの事は言ってないんでしょう?それにこうして私が無事なのは、他ならぬオスカーが目の前で確認しているじゃないの。女王宮には連絡しておけばいいから、せっかくだからも少しゆっくりしていきましょうよ。私が女王になってから、初めての外出なんだもの。それにこのワイン、すっごい美味しいからわざわざオスカーのグラスも用意してもらったのよ!」
オスカーは思わず、片手を眉間に当てて目を閉じた。
「陛下は、俺がここに探しに来ると思っていたのですか?」
「あら、当たり前じゃない!!それにいつまでも『陛下』って呼ぶのはやめてね。誰かに聞かれたら、大変よ!」
くすくすと嬉しそうに笑う女王に観念したように、オスカーも小さく笑うと席につき、指をぱちんと鳴らしてボーイを呼ぶ。
「ああ、食事のメニューを持ってきてくれないか」
視界の端で、アンジェリークの嬉しそうな笑顔が一層輝いたのを、オスカーは見逃さなかった。


注文した食事が運ばれ、ボーイがカトラリーを並べ変えているのを横目で見ながら、オスカーはキャンドルの灯り越しにアンジェリークを見つめた。
「…全く、お嬢ちゃんにはかなわないな」
「あっ、またお嬢ちゃんって言った~!!せっかくこんな素敵な場所にいるんだから、もうちょっとロマンティックに呼んでくれたっていいじゃないの」
「例えば?」
「え…例えば、名前で呼んでくれるとか…」
「いつもベッドの中で呼んでるみたいにか?」

ガチャン、と音をたててボーイがカトラリーを床に落とした。
「し、失礼いたしました!」
顔を赤らめて立ち去るボーイよりもさらに真っ赤な顔をしたアンジェリークが、抗議の視線を向ける。
「そんな事、人のいる前で言わなくてもいいじゃないの!オスカーの意地悪!!」
アンジェにしてみれば精一杯の怒った表情も、オスカーはどこ吹く風で、逆に意地の悪い笑みを浮かび返された。
「意地悪なのはどっちだ。君が突然いなくなったと聞いて、どれだけ俺が心配したかわかってるのか?」
「う…だって、オスカーに会いたかったんだもん…」
「君が俺に会いたいと言ってくれれば、俺はいつでも君のところに行ってるだろう?君との仲を大っぴらにする事は出来ないが、その代わりにできる限り君の側にいるようにしているんだ。それでもまだ不満なのか?」

確かに、女王になったアンジェリークの為に、オスカーは危険を犯して女王宮に忍び込んででも会いに来てくれる。
それもこちらが心配になる程しょっちゅうなのだ。
だから、オスカーに会えなくて寂しい訳ではない。
ないんだけれど。

アンジェリークは俯くと、膝の上のナプキンをもじもじと掴みながら話しだした。
「オスカーがね、私の為に会いに来てくれるのは嬉しいの。それは本当。でもね、いつもオスカーにばっかり危険な思いをさせてばかりでしょう?たまには私のほうからだってオスカーに会いに行きたいし、そのために少しぐらい危険を犯しても、私だってそのくらいあなたが好きなんだって伝えたかったの」
それから顔を上げ、テラスの向こうで沈んでゆく美しい夕陽に視線を移した。
「それに…女王になってもう1年になるのに、私ったら聖殿から1歩も外に出た事がないのよ?聖地は美しいところだってみんなに聞いていたけど、今ここにいるのに住んでいるっていう実感さえないの。私にとっての聖地は、窓ガラスに縁取られた綺麗な風景写真のような物。一度でいいから、聖地を自分の足で歩いて、目で見て、肌で感じてみたかった。そう思ったらもう、我慢が出来なくって…」

話しながらだんだんと語尾が小さくなってしょんぼりしていくアンジェに、オスカーは抱きしめてしまいたくなるような衝動を抑えつつ、厳しい表情を崩さなかった。
「君のそういう気持ちはわからなくはない。だが、君は『女王』なんだ。護衛もつけずに出歩いて、万が一何かあってからでは遅いんだぞ」
「でも聖地で私の顔を知ってる人なんて守護聖や限られた一部の人しかいないし、誰も私が女王だなんて気がついてなかったわよ。それに、聖地の警備責任者ってオスカーでしょ?あなたの警備が行き届いているこの地で、何か起こるはずなんてある訳ないじゃない」

小さく首をかしげながら、迷いのない瞳でオスカーを見つめてそう言うアンジェリークに、オスカーは返す言葉を失う。
本当は他にも言いたい事はあるのだが、気が削がれてしまった。
オスカーは諦めたようにワイングラスを手にすると、その中身をゆっくりと口に運んだ。
「ん?このワインは……?」

怪訝そうに眉根を寄せてワイングラスを見つめるオスカーに、アンジェリークはこれ以上無いくらいに嬉しそうに微笑みを向けた。
「美味しいでしょ、そのワイン!何でも前の緑の守護聖さまが置いていかれた名品なんですって。お薦めワインをお願いしますって言ったらそれが出てきたの。こんなに貴重で美味しいワインを出してきてくれるなんて、ここのボーイさんってすっごく親切よね❤︎」
しかしアンジェリークの天使のような無邪気な微笑みとは対照的に、オスカーの眉間には皺が寄り、その表情はあきらかに不愉快そうな物に変わっていった。

「…だから君はお子さまだっていうんだ」
「え?な、何よ突然!!」
オスカーが呟いた言葉に、アンジェリークは笑顔を引っ込めて口をぷうっと尖らせる。
その怒り顔さえ可愛くてたまらないと思ってしまう自分に、オスカーは思わず苦笑した。

全く、君はどれだけ自分が魅力的な女性なのか、全く自覚がないんだな。
見た目だけは立派なレディになったが、そんな鈍いところは相変わらず『お嬢ちゃん』のままだ。
愛らしい少女だった君が、女王として宇宙の全てを愛し、俺との恋愛を経験したことで本当の強さと優しさを身につけ…今では女王という肩書きなんてなくっても誰もが振り向かずに入られないような美しい女性に成長した。
そんな君を見ていられるのは俺だけだったから安心できていたのに、こうやって1人で勝手に出歩かれたら、君を誰かに取られやしないかと、俺はいても立ってもいられない。
今だって、店中の男どもが君を熱い目で見つめている。
あのボーイだってそうだ。
こんな名酒をポンと出すなんて、君に気がある証拠なんじゃないのか?

「もうっ、オスカーったら聞いてるの?」
怒って立ち上がるアンジェの後ろから、さっきのボーイがデザートの乗ったワゴンを押してくるのが見えた。
「もちろん、君の声は一言だって聞き漏らさずにいるぜ?」
オスカーはワイングラスの残りを一気に飲み干すと、突然立ち上がってアンジェリークの腕を引いた。
「きゃっ?」
前のめりになるアンジェリークをもう片方の手で抱き止めながら、オスカーはその唇に熱いキスを落とした。
周りの客やボーイが驚いて一斉にこちらを見ているが、構うものか。
アンジェリークも恥ずかしいのか、拳を握った手でオスカーの胸を二、三度叩いたが、力ない動きはすぐに止んでしまう。

小さいテーブル越しでの長い長いキスの後、ゆっくりとオスカーが唇を離すと、もうアンジェリークは身体中の力が抜けてしまったように蕩けきった瞳でオスカーを見上げていた。
「しょうがないお嬢ちゃんだな、もう酔っちまったのか?」
そのままオスカーはテーブルを回りこんで、ふらつくアンジェリークの腰を抱きかかえるようにして席を離れると、赤面して呆然と突っ立っているボーイに悠然と微笑んだ。
「すまんが、デザートはキャンセルだ。支払いは後で俺の秘書官の方に回しておいてくれ」
アンジェリークが、ほんの少し不満げにケーキの乗ったワゴンとオスカーを交互にを見やる。
「デザート…食べたかったのに…」

しかし、最後の抵抗を試みるアンジェの唇をもう一度キスで塞いで黙らせてしまう。
「ずるい…オスカーったら…」
拗ねるような口調とは裏腹に、その目は既にオスカーを誘うように濡れている。

全く、ずるいのは君の方だぜ。

「オスカー、何か言った?」
「…また今度、ゆっくり連れてきてやるって言ったのさ。そのかわり、次から聖殿を抜け出す時は必ず俺にぴったりと警備させてくれ。こんな風に心配させられるのは、もうごめんだからな…」
耳許で囁かれる心配そうな声に、今度はアンジェリークも素直に頷いて、オスカーの広い胸に顔を埋めた。
「うん、勝手な事してごめんなさい…」

そのまま抱き合うようにして二人が店を出た途端。
周りで固唾を飲んで見守っていた客やボーイ達の間で、わっとどよめきが起こった。
「さすがは宇宙一のプレイボーイと言われているオスカーさまだ!あんな美女と濃厚なデートをして、しかも喧嘩してもキスで仲直りとは!」
「しっかしあんな綺麗な女性、一体どこから見つけてきたんだ?それともオスカーさまとの付き合いで磨かれたとか?」
「く~~~~っ、俺も一度でいいからあんな清楚な美女とデートしてみたい!!」
などと、誰もあれが女王だとは気がつかないまま、口々に無責任な噂を話し合っていた。


---◇---◇---◇---◇---◇---◇---◇---◇---◇---



その後も度々、炎の守護聖と謎の美女のデートが、聖地のあちらこちらで目撃された。
どこに住んでいるのか、名前も何もわからない女性の噂は、今や聖地中を駆け巡っていた。

「一体何物なのかしら、あの女性は…」
「私達のオスカーさまが夢中になるのもしょうがない程素敵な人なのに、なぜ普段は見かけないのかしらね?」
公園で井戸端会議に高じる主婦達の輪から、1人の子供が離れていく。
男の子は、公園に立つ女王陛下の彫像をよじ登っていた。
高い台座の上に立つ彫像は、ちょうど顔の部分にベールをかけたような形に作られていて、一見しただけではその顔は伺い知る事が出来ない。

「あらやだっ!!あんたったら、何やってんの!早く降りてらっしゃいな!!」
母親の怒声に、女王のベールの中の顔の部分にへばりついていた子供は、恐る恐る降りてきた。
「女王陛下の像に昇るなんて、この罰当たりが!!」
こづかれて涙目になりながらも、男の子は必死に主張する。
「だって、お母さん達が噂してる綺麗な人って、あの女王様のお顔にそっくりなんだよ!良く見てよ!!」

主婦達の視線は女王の像に向き、そして凍り付いた。
ここからでは顔が見えないが、まさか女王の像によじ昇ってベールの中を確かめる訳にも行かない。
しかし…言われてみれば、何故あの女性を普段は見かけないのか。
プレイボーイといわれ、同じ女性と二週間以上続かないと言われていたオスカーさまが、なぜあんなに長い間、あの女性に夢中なって大切にしているのか。
まさか?いやだ、まさかね。でもまさか………えええぇ~っ?

---それ以来、聖地の人々の間では、お二人のデートをまじまじと見ては行けない、お二人は禁断の愛を貫いてらっしゃるのだから、そっとしておいてさしあげよう、という暗黙の了解が広がった。


「…ねえオスカー、最近私達がこうしてデートしてる時、周りにあんまり人がいない気がするんだけど…」
「そうか?俺はそんな事はないと思うが」
アンジェリークは「そ、そう?おっかしいな~」などと言いながら、首をかしげている。
公園のベンチに腰掛けながら、オスカーはそんな彼女を微笑ましそうに見つめた。

まあ、大体の事情はわかっている。
こうして堂々と出歩いていれば、遅かれ早かればれるだろうとは思っていたしな。
だが、アンジェリーク。俺は別に構わないんだぜ?
君が男の目にじろじろと晒されるよりは、この方がずっといい。
それに、俺としてもいつまでも君との仲を、秘密にしていたくもないし…な。

これからいろいろ、大変な事が起きるのだろう。
なにしろ、女王と守護聖が白昼堂々と逢い引きを重ねていたのだからな。
だが心配するな、アンジェリーク。
必ず俺が、守ってみせる。

そしてこの後聖地で起こるであろう混乱を想像し、オスカーは他人事のようにクスリと小さく笑った。

その笑い声に不思議そうに振り返ったアンジェリークの金の髪を、風が柔らかく揺らしていく。



今はまだ平和な、気持ちのいい聖地の午後。




END