GIVE U MY HEART

(1)


誕生日?

そんなものは、もう長い事記憶の彼方に消えていたな。

聖地にいると、誕生日などというものは、たいした意味を為さなくなる。
だってそうだろう?自分の体内に流れる時間と、外界で普通に暮らす人々の時間は、明らかに異なっているんだ。
聖地で一つ年齢を重ねる間に、外界では俺の誕生日が何回過ぎ去っていく事か。
だから誕生日なんて物に、深い意味を見い出す事は無くなっていく。

ああ、でも時たま「そういえば今日は俺の誕生日だったのか」と、ふと思い出す瞬間もあるにはあるんだぜ。
例えばある朝、いつもと同じように出仕して執務室のドアを開けると───部屋中に大量のプレゼントの包みが積み上げられ、秘書官達がせっせと仕分けしている姿が見える。
そこで初めて、今日は俺の誕生日か、はたまた外界でいうヴァレンタイン・デーとかクリスマスとか、そんなイベントの日なのだな…と思う。

まあ何が言いたかったのかというと、俺にとっての誕生日とは、せいぜいそんなレベルの物でしかなかったって事さ。


そう、あの日───アンジェリークが、あんな事を言い出すまでは、な。



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「そういえばオスカー様のお誕生日って、もうすぐなんですよね!何か欲しいものとか、ありますか?」


公園の奥にあるカフェテラスで、女王候補のお嬢ちゃんに突然そう聞かれ、正直俺は面喰らった。
今の今まで自分の誕生日なんて、すっかり忘れ去っていたからだ。
だが美味しい台詞がくっついてきた事を、俺の耳は聞き逃さなかった。
こんなチャンスを生かさないでおく手があるものか。

「おや、もしかしてお嬢ちゃんは、俺にプレゼントをくれるつもりなのかな?」
にっこり笑って尋ねると、アンジェリークが恥ずかしそうに頬を染めながら笑みを浮かべる。
「はい、せっかくだから何かお祝いできればいいなー、って。でも私、家族以外の大人の男性に贈り物なんてした事がないんです。だから、オスカーさまの欲しいものをお聞きしたいなぁ、と思って」

「俺の欲しいものか…」
オスカーはテーブルに肩肘をつくと、目の前に座るアンジェリークの瞳に視線をぴたりと合わせた。
途端に彼女は首まで赤くなり、慌てたように俯いて、グラスの中の氷をひたすらにくるくるとかき回す。
本当にこのお嬢ちゃんは、わかりやすくて可愛い事この上ない。
俺を好きだと口にこそ出してはくれないが、瞳や表情、全身から「好き」という真っ直ぐな感情が伝わってくる。
オスカーはクスリと小さく笑い、アンジェリークの言う「欲しいもの」について、思いを巡らせた。

俺の欲しいものなんて、わかりきってるんだがな。
目の前にいるお嬢ちゃんが欲しい、ただそれだけだ。
だがいきなりそんな事を言ってしまっても、彼女の事だ、怯えて逃げ出してしまうかもしれない。
何しろこの鈍感なお嬢ちゃんは、自分1人が片思いだと思い込んで、俺の気持ちにはまるで気づいていないのだから。

今、彼女に好きだと言って『YES』を言わせるのは容易い。
だが、同時に「女王か恋か」と尋ねても、恐らく明確な応えは出せないだろう?
彼女はまだ幼くて、守護聖と恋に落ちる事の意味をわかっていない。
そんな状態で彼女を奪ってしまうのは、フェアなやり方じゃないからな。

だから今までは、彼女が大人になるまで、ゆっくり待てばいいと思っていた。
時間をかけて二人の関係を育み、彼女のほうから俺の胸に飛び込んでくれるのを待とう、と。

…だがいくら待っても、このお嬢ちゃんは大人になるどころか、俺の気持ちに気づきさえしない。
こんなに毎日デートに誘い、ありとあらゆる甘い言葉を並べ立てているというのに。
「可愛い」と言えば「オスカーさまって女性なら誰でも褒めてくれるんですんよね」と返されるし、「俺の瞳にはお嬢ちゃんしか映っていない」と言っても「皆さんに同じ事言ってるんでしょう?」とくる。
まあ俺の今までの所行が悪すぎたと言われればそれまでなんだが、それにしたってこんな調子じゃ、いつまでたったって進展など望めそうにない。
だから俺は、このチャンスに自分から仕掛けていく事にした。
少しは彼女を揺さぶってやらなくてはな。

「…欲しいものなら、あるぜ」

その言葉にアンジェリークはぱっと顔をあげ、瞳をきらきらと輝かせた。
「本当ですか?私が用意できる物なら頑張って探しますから、ぜひ教えてください!…あっでも、あんまり高いものは無理ですけど」
「お金はかからないから心配するな、俺の欲しいものはこれだから」

オスカーはいたずらっぽく口の端を上げて笑うと、人さし指を立ててそのまま前を指差した。
きょとんとした表情のアンジェリークに向かい、そのままゆっくり腕を伸ばす。
その指がアンジェリークの唇に届いても、まだ彼女はわけがわからない、という顔をしていた。

「…俺の誕生日祝いは、お嬢ちゃんの唇が欲しいな」

そう言いながら、鳩が豆鉄砲を食らったような表情のアンジェリークの唇を、指でそっとなぞる。
アンジェリークはたっぷり3分はそのままの格好で固まり、それからようやく口を開いた。

「く、く、く、くちびるって…?!」
「なんだ、わからなかったか?誕生日プレゼントは、キスがいいって言ったんだ」
ククッ、と可笑しそうにオスカーに笑われ、アンジェリークは真っ赤になりながらも怒り出した。

「か、からかわないでくださいっ!いくら私が子供だからって、そんな…」
「からかってなんかないぜ?お嬢ちゃんが欲しいものはあるか、って聞いてくれたから、俺も正直に答えただけだ」
「で、でも、オスカーさまにはいくらでもキスをくださる大人の女性がいるんでしょう?わざわざ私のキスなんて…」
「他の女性じゃなくて、『この』唇がいいんだ」

オスカーは唇に当てたままの人さし指に軽く力を込めた。
途端に怒っていたアンジェリークの言葉が、ぴたりと止まる。
人さし指の下で、彼女のふっくらした唇が、小さく震えているのが伝わってくる。

…まずい、本当に今すぐキスしたくなってきた。
こんな風に震えているのを見ると、抱きしめて安心させてやりたくなる。
別にアンジェリークに本気でキスをプレゼントさせたいと思ってる訳じゃあないのに、これじゃあ本末転倒だ。
そう、彼女が『NO』と言う事などわかってる。
ただ俺達は守護聖と女王候補である前に、1人の人間、ただの男と女なのだという事を、彼女に意識させたかっただけなのだから。

「それともなんだ?お嬢ちゃんは俺の欲しいものを、くれる気はないのかな?」
アンジェリークの瞳を覗き込むと、彼女の碧の瞳が涙で潤んでいるのが見えた。
しまった、少しやりすぎたか?
だが彼女の次の言葉に、俺は耳を疑ってしまった。

「……わかりました、お誕生日のプレゼントは、キ、キス…にします…。オスカーさまのお生まれになった大切な日ですから、欲しいものを差し上げたいし…」

絶対ダメだと言われると思っていたのに、意外な展開に喜んでいいものか不安になる。
これでは俺が、無理矢理キスを迫ったようなもんじゃないのか?
今度はオスカーのほうが、固まって黙りこくってしまう番だった。

「でも私にとっては、キスってとってもとっても大切な物なんです。だから…キスをあげたらオスカーさまからも、お返しに頂きたい物があるんですけど…」
「あ、ああ、お返しか。もちろん構わないぜ。それでお嬢ちゃんは何がお望みなんだい?」
「…今は内緒です。お誕生日の日に、オスカーさまにキスする直前に教えますから…必ずその場で、お返ししてくださいね」

その言葉に、オスカーは少し考え込んだ。
アンジェリークの欲しいものとは、一体なんなのだろう?
キスする直前にそれを教えてくれるって事は、やっぱり…それを用意できなかったらキスは断られるんだよな。
つまり事前に俺のほうで、彼女の欲しがりそうな物を前もって用意しなくてはならないって事か。
何だかそれも、面白そうじゃないか?

「よし、それならこのオスカーがお嬢ちゃんの為に、必ず欲しい物を用意してやるぜ」

ウィンクを飛ばして笑顔で伝えながら、オスカーはこんなに自分の誕生日が待ち遠しいのは初めてだな、と思った。
しかも自分の誕生日だというのに、頭の中はアンジェリークへのプレゼントの事で一杯だった。