GIVE U MY HEART

(2)


そして12月21日────オスカーの誕生日。

オスカーはアンジェリークの為に選んだプレゼントの最終チェックをしながら、彼女が私邸に来るのをいまや遅しと待ち構えていた。

こんなにうきうきとした子供のような気分で誕生日を迎えるのは、本当に久しぶりだ。
何しろ今日は、アンジェリークからキスのプレゼントを貰えるというのだから。
これをきっかけに今までの関係が進展するかもしれないとか、いろんな思惑もあるにはあるが──何よりも彼女と二人きりで一日を過ごせる事、そして彼女が俺の為に勇気を出してキスをしてくれるという気持ちが嬉しかった。

(全く、この俺がキス1つでこんなに胸を踊らせてるなんて、あのお嬢ちゃんには想像もつかないんだろうな)
女性とは挨拶代わりにキスを交し、出会ってすぐにベッドまで連れていくのも珍しくはなかった俺が、全く可愛くなったもんだ。
大体俺は今まで女性にキスする前に、お伺いなんてたてた試しがない。
したいと思えばいつでもどこでもキスする、それが当たり前だった。
なのにこうしてアンジェリークにだけは回りくどい手段を使い、キスしてくれると言われたら逆に狼狽えさせられる。
恋愛の駆け引きには誰よりも長けていると自負していた俺が、駆け引きなど何も知らないお嬢ちゃんに振り回されっぱなしなのだ。
それは全て、本気の恋だからこそなのに────全くどうして、彼女にはそれが伝わらないのか。

(さて…と、プレゼントはこんなもんでいいかな)
オスカーはキスのお返しとして用意した贈り物の数々を眺めた。
いちごのクッションに、テディベアのぬいぐるみ。
真っ赤な薔薇の花束に、ガラスの小瓶に入った香水や化粧品。
色とりどりの包装紙にくるまれたチョコやクッキーなどのお菓子類。
可愛らしいワンピースに大人っぽい雰囲気のドレスと、それに合わせた様々なアクセサリーと靴。
少し先走りかとも思ったが、念には念を入れ、シルクの下着にルビーの指輪まで用意した。

とにかくアンジェリークの好みと思われる物と、自分が贈りたいと思った物を、片っ端から揃えた。
だが、まだ何かが足りないような気がしてならない。
彼女の好みは大体わかってるし、そんな突拍子もない物や高価な物を欲しがるとは思えないのに。

(まあ、今さら考えてもしょうがないな。万が一お嬢ちゃんの望む物がここになかったら──その時は一緒に下界に下りて、ショッピングと洒落こんでもいい。女王候補を連れて抜け出したとわかれば、厳罰は避けられないだろうが、お嬢ちゃんの為だ。せっかく彼女が勇気を出してキスをくれると言ったんだから、俺もそれなりの覚悟でいないとな)
そこで玄関のチャイムが鳴り響いて、オスカーは来客を出迎える為に部屋を出た。



その日のアンジェリークは、格別に愛らしかった。

いつもより少しだけ落ち着いた感じの深緑色のベルベットのワンピースが、雪のような白い肌に良く映えている。
金の髪の両サイドはふわりと軽く捻り上げられており、ワンピースとお揃いの色のリボンが結ばれている。
うっすらと口紅を差し、緊張で頬を紅潮させているその姿は、まるで森の奥深くに迷いこんだ愛らしい妖精のように見えた。

「お誕生日おめでとうございます、オスカーさま」
「ようこそ、お嬢ちゃん。今日はまた、一段と可愛いな。これは俺の為に特別に装ってくれたんだと、自惚れてもいいのかな?」
「そ、そんな…」
アンジェリークはぽっと頬を染めると、恥ずかしげに俯いた。

そんな彼女を微笑ましく見つめながら部屋に招き入れたのだが、どうした訳か、彼女は玄関ドアのところでモジモジしたまま中に入ろうとしてこない。
「どうした?そんなところに突っ立って。早く中に入れ」
「い、いえ。あの、今日はお誕生日のプレゼントを渡しに来ただけですから。ここで渡したら、すぐ帰ります」
「何を言ってるんだ?今日はお嬢ちゃんが来るって言うから、張り切っていろいろ準備したんだぜ」
「えっ、だ、だって…オスカーさまの事だから、お誕生日には沢山の女性と分刻みで予定が入ってるんじゃないかと思って…」

オスカーは脱力したように溜息をつくと、苦笑いを浮かべた。
「なんだ、ずいぶん俺は信用がないんだな。お嬢ちゃんが大切なプレゼントをくれる日だっていうのに、他の女性との約束なんか入れられる訳がない。それにこんな執事やメイド達がいる玄関先で、お嬢ちゃんはプレゼントをくれるつもりだったのかな?」
「あ…そんな、ち、違いますっ!」
オスカーが顎で指し示した方に控えている大勢のメイド達の姿を見て、アンジェリークは大慌てて奥の部屋に向かう。
すぐ後ろからオスカーがクスクスと可笑しそうに笑う声が聞こえて、アンジェリークは恥ずかしさで身体から湯気が立ち上っているような心地になった。

奥にある私室に通されると、アンジェリークは促されるままにソファに腰掛けた。
初めて目にする炎の守護聖の私邸に、落ち着きなくそわそわとまわりを見回している。
「何か飲むか?本当は旨いワインもあるんだが、まだ未成年だしな」
「あ、じゃあ…カプチーノを、ください」
カプチーノのカップを渡すと、アンジェリークは無言のままそれを口に運んでいた。
かなり緊張しているのだろう、カップを持つ手が小刻みに震えている。

「お嬢ちゃん、ところで…」
「ははははいっ!なな、何でしょう!!」
びくぅっ!と音がしそうなくらい派手に反応され、オスカーは思わずまた苦笑してしまった。
「そんなに緊張しなくていいから、もっと楽にしてくれ。それから、お嬢ちゃんが言ってた『お返し』とやらをそろそろ教えて欲しいんだが…確かキスをくれる前に、教えてくれる約束だったよな?」

「えーと、それは…」
アンジェリークは言いにくそうに口ごもった。
「遠慮しなくてもいいんだぜ?だがそうだな、もし言いづらいのならちょっと来てくれ」
オスカーは隣室のドアを開けると、指先でちょいちょい、とこちらに来るように促した。

アンジェリークは立ち上がると、恐る恐る、といった様子でドアの中を覗いた。
途端にその碧の瞳が、こぼれ落ちんばかりに大きく見開かれる。
そこにはアンジェリークの好きそうなぬいぐるみやお菓子などが、リボンをかけられて大量に積み上げられていたのだから。

「オスカーさま、これって…」
「お嬢ちゃんのお望みの物が、ここにあればいいんだが。これでも好みを考えて、結構苦労したんだぜ?」
アンジェリークは部屋の中に足を踏み入れると、ゆっくりと贈り物の山を見回した。
「オスカーさま、ありがとうございます…私のキスなんかの為に、こんなにしてくださって…でも、ごめんなさい。私の欲しい物は、ここにはありません」
見ると、アンジェリークは涙ぐんでいる。
オスカーは慌てて、明るい口調で慰めるように話題を変えた。
「そうか、すまなかったな。お嬢ちゃんの気に入る物が、あると思ったんだが…なんならこれから下界に降りて、ショッピングでもいかないか?ちゃんと俺がついて守ってやるから心配はないし、そこでゆっくり欲しい物を探そう。どうだ?」

「いいえオスカーさま、ここにある物はみんな素敵で、私好みの物ばかりです。オスカーさまがどんなに私の好みを考えてくださったのかは、ここを見ればわかりますよ。私の欲しかった物はここにはないけど、このお気持ちだけで充分嬉しいんです。だからちゃんとお約束通りプレゼントは差し上げますから、受け取ってくださいね」

アンジェリークは振り返ると、涙を溜めたままの瞳でオスカーを見上げて微笑んだ。
そのままゆっくり震えるまつげを閉じる。

「ちょ、ちょっと待ってくれ」
戸惑いを隠せないオスカーの声に、アンジェリークはぱちりと目を開けた。
その瞳は、恥ずかしさと落胆とで赤く濁っている。
「…やっぱり私のキスなんか、そんなに欲しくはないですよね…ごめんなさい、私ったら図々しくて…」
背を向けてその場から逃げ出そうとするアンジェリークの手首を、オスカーは慌てて掴む。
「そうじゃない、そうじゃないんだ。俺がお嬢ちゃんのキスをどれだけ楽しみにしてたかは、ここを見ればわかってくれただろう?ただ、お嬢ちゃんの欲しかった『お返し』がわからないまま、一方的にキスをもらう訳にはいかない。お嬢ちゃんがこんなに勇気を出してくれたんだから、俺だってその気持ちにちゃんと応えたいんだ」

今まで聞いた事もないほど必死なオスカーの声に、アンジェリークはようやく振り向き、オスカーの瞳を恐る恐る覗き込んだ。
彼の瞳は真剣な色をしていて、いつものようにからかったりしているようには見えない。
「教えてくれ、お嬢ちゃんの欲しいものとは、一体何なんだ?」
アンジェリークはしばらく無言だったが、やがて何かを決心したように右手をぐっと握りしめた。

「…私が欲しいのは、これです」
アンジェリークは握った手から人さし指だけゆっくりと立ち上げると、そのままオスカーの左胸をそっと指先で触れる。

「オスカーさまの、心がいただきたいんです…」
そう言ったきり、アンジェリークは真っ赤になって俯いた。



ほんの少しの沈黙のあと、オスカーが小さく笑った。
「…お嬢ちゃんのその言葉を、待ってたんだ。そうか、俺のハートが欲しいのか。それならちゃんと、この部屋に用意してあったんだがな」
「えっ…?」

アンジェリークが顔を上げると、オスカーは奥に積み上げられているプレゼントの包みを1つ、手にとった。
包みを解くと、中には色とりどりの銀紙に包まれたチョコレートが沢山入っている。
呆然とするアンジェリークの前で、オスカーは赤い銀紙に包まれたハート形のチョコを1つ取り出して、ぱちんと楽しげにウィンクを飛ばす。
「俺のハートはこれでいいかな、お姫さま?」

アンジェリークは、今度こそ本当に泣き出しそうになってしまった。
「…ひどい、です…。真剣に言ったのに、そんな…お菓子でごまかすなんて…!」
「ちゃんと人の話は最後まで聞いてくれよ、お嬢ちゃん」
オスカーは少し困ったように笑うと、銀紙からチョコを取り出し、ぽん、と自分の口に入れた。
そのまますっと屈みこみ、アンジェリークの唇にキスを落とす。

「んっ、んんっ?!」
いきなりで何が起こったか訳がわからなくて、アンジェリークは身を捩ってキスから逃れようとした。
でもオスカーの腕はアンジェリークの身体をしっかり抱きしめていて、動く事も出来ない。
やがてアンジェリークの口中に少し溶けたチョコレートが、オスカーの舌と共に送り込まれる。
びっくりしてアンジェリークは一瞬目を見開いたが、オスカーは構わずそのまま、チョコレートを舌で転がし続けた。
そのままチョコが全部溶けてしまうまで、その口づけはたっぷり5分は──続いただろうか。
ようやくオスカーが口づけを解いた時、アンジェリークは身体中の骨まで溶かされてしまったかのように、へなへなとオスカーに寄り掛かっていた。

「おい、大丈夫か?いきなりこんなキスじゃ、さすがに刺激が強かったかな」
笑いながら抱きしめてくるオスカーに、アンジェリークは反論しようとしたのだが、舌がもつれてうまくしゃべれない。
「ひ、ひろいでふ、おすふぁーさま…こんな…」
抱きしめたまま離そうとしてくれないオスカーの胸を、握りこぶしで力なく叩く。

「何がひどいんだ?約束通りキスのプレゼントを頂いて、ちゃんとハートのお返しもしたじゃないか」
「そうじゃなくて…私はこんなチョコじゃなくて、本物のオスカーさまの心が欲しいんですっ!」
おや、と言うようにオスカーは片眉を上げた。
「俺はあのキスにずいぶん心を込めたつもりなんだが…まだ足りなかったかな?」
笑いながら、今度は啄むように軽い口づけを何度も繰りかえす。
すぐにアンジェリークの身体から力が抜け、瞳がうっとりと潤んでいく。
だんだんと口づけは深まっていき、そしてまた、優しい軽いキスへと戻る。

何十回キスされたのかわからなくなりかけた頃、ようやくオスカーの唇から解放された。
既に立っている事もままならなくて、抱き寄せられるままにオスカーの胸に身体を預ける。
「…オスカーさまは、ずるい、です…私が子供だからって、いつもこうやって誤魔化して…」
広い胸に顔を寄せたまま呟くと、頭上からオスカーの長い溜息が聞こえてきた。
「ずるいのはお嬢ちゃんのほうだぜ。全く、これでも俺の心がわからないのか?」

珍しく途方にくれたような物言いで、オスカーは腕に力を込め、少し強めにアンジェリークの頬を自分の胸板に押し付ける。
「きゃっ!?」
オスカーの逞しい胸をすぐ側に感じて、アンジェリークの心臓はめちゃくちゃなリズムを刻みはじめた。

どきどきどき…
ばくんばくん…

あれ?何だか鼓動が、2つ重なってるように聞こえる。
アンジェリークは不思議に思って、じっとその場で鼓動に耳を傾けた。

どきんどきん…
ばくばくばく…

やっぱり聞き間違いなんかじゃない。
すごく早いリズムだからわかりづらかったけど、間違いなく2つの鼓動が同時に脈打っている。
って事はこれは私と…オスカーさまの心臓の音?

「あの、オスカーさま、なんだか…脈が早いみたいですけど…不整脈とかお持ちですか?」
「この俺がそんなものがありそうに見えるのか?」
「いえ、オスカーさまってどこからどう見ても健康そうですけど…」
「お嬢ちゃんにキスして抱きしめてるから、ドキドキしてるんだとは思わないのか?」

驚きに顔を上げると、ぶ然とした表情のオスカーと目が合った。
「え…だって私とキスしたくらいで、そんな…じ、冗談ですよ、ね?」
「冗談や演技で脈を速められる人間がいたら、俺のほうこそお目にかかりたいぜ」
「う、うそ…」

そこでまた、オスカーの顔が近づいてきた。
唇を掠めるように優しく口づけられ、また互いの鼓動が早まるのがわかる。
オスカーは口づけを解くと、互いの息がかかるくらい近くでアンジェリークを見つめて、優しく笑った。
「いい加減に気づいてくれよ、アンジェリーク。俺の心はとっくに、君の物なんだぜ?」

今度はさすがのアンジェリークも、認めざるを得なかった。
オスカーの胸から感じる早い鼓動も、自分を見つめる熱い視線も。抱きしめる手の、優しさも。
その全てが、「アンジェリークを好きだ」とはっきり、伝えているのだという事を。

「…だって、オスカーさま、いつも沢山の綺麗な女の人に囲まれて、デートしたり、キスも…してたじゃないですか。私の事なんて、眼中にないお子さま扱いしてたのに…」
「それはまた、ずいぶん前の話を持ち出すんだな。ここ最近は、毎日のようにお嬢ちゃんをデートに誘いに行ってるんだぜ?他の女性とデートする時間なんて、あるとは思えないがな」
「でもオスカーさま、いつも女性には手が早いくせに…私には全然そんなそぶり、見せた事がなかったじゃないですか!」
「おや、それじゃあお嬢ちゃんは、俺にさっさと手を出して欲しかったのかな?」

あ、と慌てて口を抑えたけど、もう手遅れだった。
オスカーは嬉しそうににんまりと笑い、「じゃあご期待に添えるようにしないとな」と言うなり、アンジェリークの身体を軽々と抱き上げてしまったのだから。
「あのっ、オスカーさま!そ、そうじゃなくて!今日はその…キス、だけで、いいですから…

オスカーは「わかってるよ」と笑うと、アンジェリークを抱き上げたまま、軽いキスを何度も落とす。
「君から『心が欲しい』って言ってもらえて、キスまでもらえたんだ。今日はもう、これ以上望んだらバチが当たりそうだしな」
心から嬉しそうな笑顔のオスカーに、アンジェリークも思わず笑い返す。

「オスカーさま、お誕生日おめでとうございます。…それから、大好き、です…」
「愛してるよ、俺のアンジェリーク…」

見つめあってから、誘われるようにオスカーが唇を近付ける。
口づける寸前、アンジェリークが突然「あ!」と大声を上げた。

「なんだ?お嬢ちゃん」
訝しげにアンジェリークを見つめると、彼女はしごく真面目な顔で、こう言った。

「ところでオスカーさま、女王候補と恋愛関係になっちゃって、大丈夫なんですか?私、もしかすると女王になっちゃうかもしれないんですよ?」
「…お嬢ちゃんは、女王になったら俺と付き合うのをやめるのか?」
アンジェリークはきょとんと目を見開いたまま、ふるふると首を横に振った。
「いいえ、もちろん女王になっても好きな人とは付き合いますよ。そんなの、当たり前でしょう?でもオスカーさまは、ジュリアスさまに怒られちゃうんじゃないかなーって心配になって…」

オスカーはその言葉に、ぷっ、と吹き出した。
「あっ、笑うなんてひどいですー!どうせ私の考える事は、子供じみてますよーだ!」
「いやすまん、ばかにした訳じゃないんだ。ただ、お嬢ちゃんは俺が思ってたほど子供じゃなかったんだな、と思って」
いつまでもクスクス笑いを納めないオスカーに、アンジェリークは納得いかないといった表情で、上目遣いにむくれている。

「それはともかく、今日はせっかくの誕生日なんだ。もっとたくさん、お嬢ちゃんからのプレゼントを味わわせてくれよ…」
オスカーが熱のこもった視線を向けると、アンジェリークの瞳が途端に潤み出した。
もう既に誘うように唇を小さく開いて、オスカーの口づけを待っている。
口づけながらオスカーは、俺の理性もいつまでもつのかな、と心の中で苦笑した。

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誕生日?

そんなものは、去年までは記憶の彼方に消え去っていたな。

だが今年からは、大切な日だと思えるようになったんだ。


何と言っても、この愛らしい天使と気持ちを通いあわせる事が出来た日なんだからな。


来年もその次の年も、これからもずっと。

彼女と一緒に過ごせるなら───誕生日は俺にとって、最高の記念日さ。




++  Fin.  ++
オマケ