Hell or Heaven

~prologue~


彼女に心惹かれたのは、いつからだったのだろうか。

初めて見た時は、ごくごく平凡な、普通の少女だと思った。
宇宙を統べる崇高で偉大な女王の座にはおよそ相応しくないような、飾り気のない雰囲気。
17歳という年令よりもむしろ子供っぽくも映る、あどけない笑顔。
せっかく美しい金の髪と緑の瞳を持っているというのに、まだ男の目など意識した事すらないのか、洗いっぱなしのフワフワとした髪を無造作にリボンでまとめ、化粧っ気のかけらもない。
傍らにいるもう1人の青い髪の女王候補の方がよっぽど女王になるのに相応しい雰囲気を備えていたし、女性としてもきちんと整えられた髪と薄い化粧を施した表情が、レディとなる片鱗を覗かせているようで好感が持てた。

最初は全く俺の心に、彼女はいなかったはずなのだ。

しかし試験が始まると、どうした訳か彼女はちょくちょく俺の執務室に顔を出し、まるで子供のように無邪気に懐いてくるようになった。
俺としても彼女のような普通の少女がどうして女王候補に選ばれたのか興味があったし、たとえ平凡な少女とはいえ女の子に懐かれるのに悪い気はしない。
「まだまだお嬢ちゃんは子供だな」
そんな風にからかう俺のセリフをキョトンとした顔で受け止め、「私も、オスカーさまは年齢よりもずっと大人に見えると思いますよ!」と、悪びれもせずに言い返してくる。
彼女が嫌味や俺の気を惹く為にこう言ってるのではないということは、すぐにわかった。
そうするには彼女はあまりに純粋で、計算や駆け引きなどといったものに無縁な人間だったからだ。
興味半分で彼女に近付いた自分が恥ずかしくなる程、その純粋さは俺の心を貫いた。

彼女を見ていると、俺がそれまで女性に求めていたもの──外見の美しさ、なんてものはたいした意味を持たない物なのだという事に気付かされる。
大切な事は、内側から滲み出てくる『本質』なのだ。
彼女は特別飾り立てなくともいきいきとした明るい魅力に溢れていて、それは俺だけでなく回りの人間達の視線も奪って離さない。

それほど時間を要する事もなく、俺達は自然と仲良くなっていった。
彼女の純粋な信頼と素直な好意は俺の心にもまっすぐ伝わってきたし、俺の方もそんな彼女には自分を飾る事なく、ありのままの自分を見せる事が出来たからだ。
一緒にいて気が楽で、男と女の恋の駆け引きには無縁な、しかし居心地のいい信頼しあえる関係。
彼女と俺の関係は…言ってみればそう、血の繋がった兄妹や家族のような、強くて揺るぎない、心休まるものであったはずだった。

あの日──彼女が見つめる視線の先に、誰がいるのか気付く事さえ無かったら。

それに気付いてしまった時、俺の心には今までに経験した事のないような重苦しい負の感情が襲ってきた。
その時になってようやく俺はわかったのだ。

俺は、彼女を────アンジェリークの事を、1人の女性として、愛しているのだと。