鬼神の如く

後編

紆余曲折を経て、ようやく「聖地ドリームチーム」のスターティングメンバーが発表された。
メンバー表がスタジアムの大画面に映し出されると、大観衆から地鳴りのような驚きの声が上がった。

聖地ドリームチーム スターティングメンバー
FWMFDFGK
ランディ オスカー ジュリアス オリヴィエ ゼフェル マルセル チャーリー ルヴァ クラヴィス リュミエール ヴィクトール


まず、メンバーからMFレヴィアスの名が抜け、そこにFWのオリヴィエが入っている。
さらにオリヴィエの抜けたFWのポジションにはチーム一の人気を誇る「炎の守護神」ことオスカーが入っているのだ。
そのキーパーの抜けた穴にはボランチのヴィクトールが入り、何とボランチにはチームオーナーであって選手ではないチャーリー・ウォン氏の名が連なっている。

このメンバー構成にサポーターや観客は仰天し、戸惑いの色を隠せなかった。
しかし、その後に発表された「天空私設騎士団チーム」のメンバーにレヴィアスが入っているのを知った観客は、この驚くべきコンバート劇の裏側に何があったのかを理解した。

まだざわめきが収まらぬ中、宇宙サッカー界のアイドルでもあるアンジェリーク監督はじっと目を閉じ、両手を祈るように組んでいた。
その周りに選手達が集まり、円陣を組む。
アンジェリークは皆の気配を感じ、ゆっくりと目を開けた。
その瞳には今は迷いの色はなく、どこまでもまっすぐに澄みきっている。

「みんな、さっきは私の急な申し出に理解を示してくれてありがとう。…もちろん不安もまだあるでしょうに、私を信じてくれて嬉しかったわ。とにかく、慣れないポジションに入っているメンバーのカバーリングと守備をしっかりお願いね。そしてボールを持ったら、迷わずFWの二人にパスを出してほしいの。厳しい練習を乗り越えてきたあなた達ですもの、絶対に上手くいくわ!」
アンジェリークはそう言い終わるとにっこりと微笑んでメンバーの顔を見渡した。
その天使のような微笑みに、メンバーたちも思わずつられて微笑み返す。

アンジェリーク監督の差出した手にメンバー全員が手を重ね、その後にピッチへと駆け出していった。
その姿を見送りながら、アンジェリークは心の中で(きっと大丈夫。みんななら立派にやり遂げてくれるわ)と確信のような物を感じ取っていた。

一見とんでもないポジションのコンバートに見えるが、この作戦にはちゃんとした根拠がある。
オスカーはスモルニィ高校時代、有名サッカー部「スウィートイレブン」のエースストライカーとしてFWの経験があり、しかも高校得点王に輝いた実績もある。
しかし、オスカーがボールを持ってピッチを駆け抜ける度に女性ファンが観客席をぞろぞろと移動し、カメラのフラッシュを焚きまくるので他チームから「試合にならない」という嫉妬にも似た抗議が相次ぎ、オスカーはチームに迷惑をかけない為に動き回らないGKへのコンバートを申し出たのだった。
オリヴィエも同じ高校のサッカー部出身で、右サイドのMFとしてFWのオスカーにピンポイントでパスを出す名コンビとして活躍していた。
ヴィクトールはそのチームでコーチを努め、オスカーのシュート練習に付き合ってゴールキーパー役を買ってでていた。
更にチャーリーは、大金持ちの為一般の学校には通わず専門の家庭教師を雇っていたが、ヴィクトールはチャーリーの家に雇われてサッカーの手ほどきをしていたという経歴があるのだ。

こう考えると、個々の選手の能力や経験値には全く問題はない。
問題があるとすれば、このポジションでの戦術練習を全く行っていない為、どこかにスキができるとそこをつかれて失点する恐れがある。
もし先に失点すると、焦りから足並みが乱れて一気に猛攻撃を受けるだろう。
その為にも、なんとしてでも先制点が欲しい。
先に点を取る事ができれば、この布陣に自信が生まれて隙が出来にくくなる。
(オスカー、お願い…ゴールを決めて!私、あなたの望むご褒美もあげる覚悟はできたわ…)

真剣な瞳で祈るようにピッチを見つめるアンジェリークを、監督補佐のロザリアが横目でそっと伺っていた。
今日の様子ならベンチから抜け出す事もないだろう。
いつもは全く危な気なくチームが試合を運ぶので、すぐにアンジェは油断してベンチを抜け出し、ゴールネット裏のサポーター席で一般のサポーターに混じってオスカーに声援を送ってしまう。
その度にオスカー以外のメンバーが嫉妬して動きが悪くなるので、ロザリアはただひとりオスカーへの嫉妬には関係ない自分の恋人のオリヴィエに頑張ってもらうように指示を出す。
が、孤軍奮闘するオリヴィエの負担はかなりのものだ。
愛しい恋人の負担を軽くする為にも、またメンバー全員の士気を高める為にも、なんとか監督には最後までベンチにいてもらわねばならない。
ロザリアがそんな事を考えているうちに試合開始を告げる笛の音が鳴り響き、運命の試合は幕を開けた。

開始早々相手チームの司令塔キーファーがチャーリーに狙いをつけて、執拗にボールを奪いに行く。
正選手ではないのだから、ここがチームの弱点だと踏んでいるのだろう。
しかし、チャーリーは器用なフェイントで敵を素早く出し抜くと、右サイドのオリヴィエにパスを出す。

オリヴィエは素早いオーバートラップで前線まで駆け出してパスを受けると、一気にドリブルでゴールライン付近まで駆け上がっていく。
DFをかわして中央のオスカーが待つスペースへと精度の高いクロスをあげる。

オスカーにはマンツーマンで敵DFのゲルハルトがついていた。
オスカーと同じ顔、同じ体型を持ち、見た目の違いといえば赤く光る瞳と天空バージョンのツンツンヘアスタイルのみなのだが、何故か女性ファンの声援はオスカーのみに集中しているのがとっても不満の様子だった。
「オスカー、何としても止めてやるぞっ!!」
ゲルハルトがオスカーに身体を寄せていこうとした瞬間、視界からオスカーの姿が消えた。
「あ…あれ?」

オスカーは素早くボールに反応し、豹を思わせるようなしなやかな動きで一瞬のうちにゲルハルトを置き去りにした。
慌ててゲルハルトが後を追うが、がに股でドタドタした動きではオスカーに追い付く事は出来ない。

敵キーパーのカインと一対一になったオスカーは、ハイボールにめがけてジャンプする。
負けじとカインも競って飛び上がる。
クラヴィスそっくりのカインは、オスカーよりもわずかばかり背が高い。
しかしオスカーは驚異的なジャンプ力でカインよりも頭一つ程高くまで飛び上がり、ボールを頭で捉えると狙いすましたようにゴールに向かって鋭く振り抜く。
次の瞬間、ボールは吸い込まれるようにゴールネットを揺らしていた。

「ゴオーーーーーーーーーーーーーーールッ!!」
アナウンサーの絶叫が響き、スタジアムの観客が弾かれたように立ち上がる。
試合開始からわずか6分の出来事だった。

音が何も聞こえない程の大歓声の仲、オスカーに次々と仲間達が駆け寄り、抱きついたり身体をたたいて祝福する。
オスカーは笑顔でそれを受けながら、ベンチにいるアンジェリーク監督の方に顔を向けた。

オスカーは右手を掲げると、人さし指を1本だけ立てるような仕種をした。
その途端、アンジェリークの顔が真っ赤に染まるのをロザリアは見逃さなかった。
(何かしら、あのオスカーの仕種は…普通に考えたら『数字の1』を示しているように見えるけど…。もっとゴールを決める、というような約束でも交わしているのかしら?)

まだ大歓声がさめやらぬ中、敵チームのレヴィアスが皆を呼び寄せて声をかける。
「皆、案ずるな。1点くらい必ず我が取りかえしてみせる。オスカーのFW能力の高さは計算外だったが、マークを厳しくしろ。ボールを奪ったらすぐに我にパスを出せ!」
「はっ!!」

今度は敵も慎重なボール回しをしてきて、なかなか聖地ドリームチームはボールを奪う事が出来ない。 そうこうしているうちにレヴィアスにボールが渡る。
レヴィアスが得意の空中浮遊ドリブルで、一気に突破しようとしたその時。

「何っ!?」
レヴィアスは目を疑った。
FWのはずのオスカーが、自分のいるポジションまで下がってきている。
不意を突かれて動きが止まったレヴィアスからオスカーがボールを奪い、今度は目にも止まらぬスピードで一気に自陣ゴールまで戻っていく。
「皆、オスカーをチェックだ!汚い手を使ってでも止めるのだ!」

相手DFが3人がかりでオスカーに体を寄せていく。
「1対3とは…大人げないな」
オスカーは不敵に笑うとくるりと体を反転させてフェイントを仕掛け、あっという間に3人を置き去りにした。

GKのカインがオスカーめがけて走ってくる。
オスカーは鋭く右足を振り抜いてシュートすると、ボールはカインの足の間を抜けてゴールへ吸い込まれた。
「オスカー選手、またもゴールです!!」

ベンチも一斉に立ち上がり、この理想的な展開に監督もスタッフも手を取り合って喜んだ。
そんなベンチのアンジェに向かって、またもオスカーは笑いながら腕を上げた。
今度は指が2本立ち、Vサインのようなポーズを取っている。

アンジェリークはまたもそれを見て顔を赤らめている。
「陛下…じゃなくって、監督……?」
ロザリアの声にアンジェ監督はハッ、と現実に引き返されたように表情を引き締めた。
「す、すごいわよねー、オスカーったら…」

ロザリアはアンジェの態度に何か不審な物を感じて問いつめようとしたが、その時物凄い大歓声が起きた為、慌ててピッチの方を振り返った。
今度は中盤で倒されたマルセルがフリーキックを得たようだ。
ゴールまで少し距離があるが、相手はかなり警戒している。

ピッチに置かれたボールに向かってジュリアスが走り込む。
DFが一斉にジュリアスに引き付けられたところで、反対側から走り込んだオスカーが力強くボールを蹴りこんだ。
センターライン付近で蹴られたボールは弾丸のようなスピードで直接ゴールに向かっていく。
あまりのスピードに、敵GKカインは動く事も出来ずにボールがゴールに突き刺さるのを呆然と見送っていた。

「またもゴーーーーール!!すごいロングシュートだ!!オスカー選手、前半で早くもハットトリック達成です!!」

歓喜の渦に湧く観客やベンチをよそに、オスカーは何故か今度はゴールネット裏に向かって高々と腕を掲げ、指を3本立てている。
それを見たロザリアは、(さっきまでアンジェに向かって指を向けていたのに…何故今度はゴールネット裏なのかしら?)と疑問に思い、監督の方を振り向くと……
そこにはもう、アンジェの姿は無かった。

「やられたわーーーっ!!また抜け出したのね!!」
ロザリアがゴールネット裏を見上げると、そこには女性サポーターに混じって歓喜の表情を浮かべるアンジェリークの姿が確認できた。



その後もオスカーは、ゴールを量産し続けた。
既にレヴィアスのチームは大量失点にモチベーションを失ってしまい、ますます試合は一方的な物になっていく。
オスカーの華麗なオーバーヘッドキックで追加点が入る。
「これで9対0!想像をこえた一方的な展開になりました。おおっと?!オスカー選手、これだけの点差が開いたにもかかわらずまだ積極的にボールを奪いに行きます。またボールを奪った!!凄いドリブルです。誰も追いつけない、そしてまたもシュートにいった、入った~っ!!」

容赦なく攻め続けるオスカーの姿は、まさしく鬼神のようでもあった。
そしてゴールを決めた後、観客席にいるアンジェリークは次第に顔色が青ざめていった。
「オスカー…これで10ゴール目よね…って事は……ええええええーーーーーーっ???」

ようやく終了のホイッスルが鳴り、試合は15-0というとんでもないスコアで終了した。
オスカーは一人で12ゴールあげる活躍で1試合での最多ゴール記録を作り、大会MVPに選ばれた。
こうして歴史に残る大会は、終わりを告げたのである---



試合終了から2時間後、主星にある超高級ホテルの大広間では「聖地ドリームチーム」の祝勝会が開かれようとしていた。
監督のアンジェリークが皆をねぎらい、キャプテンのジュリアスの音頭でシャンパンの栓が一斉に抜かれた。
皆思い思いにシャンパンを掛け合い、場は一気に無礼講に突入していく。

あっという間にアンジェリークも全身シャンパンまみれだ。
匂いだけでも酔いそうな大騒ぎの仲、アンジェは必死で正気を保つよう努力してきょろきょろと周りを見渡した。
オスカーの姿はどこにもない。
アンジェは肩でほーーーーっと息をすると、誰にも気づかれないようにそろ〜り…と会場を抜けようとした。

「どこに行くんだ?」
背後から聞こえるオスカーの声に、アンジェの動きがびくり、と止まる。
「あ、オ、オスカー!ちょっとびしょぬれになっちゃったから部屋に着替えに戻ろうかと思ってたのよ。け、決して抜け出そうとしてた訳じゃ…」
振り向きざまに言い訳がましい笑顔を向ける。

オスカーはにっこりと微笑んで、アンジェの手を取った。
「それならちょうどいい、俺も是非ご一緒させてもらおう。そろそろご褒美が受け取りたいと思ってたところなんだ」
「あ、で、でも主役のあなたがいなくなっちゃったら大騒ぎになっちゃうわよ!」
引きつった笑顔を浮かべ、アンジェが最後の抵抗を試みる。
しかしオスカーは悠然と笑みを浮かべたまま、他のメンバーの方へ顎をしゃくるように向けた。
「あの騒ぎじゃあもう全員酔っぱらってて、誰かいなくなっても気がつかんだろう」
オスカーの示した方向では、酔いが回ったメンバー達が中庭のプールに次々と飛び込み、大騒ぎを繰り広げている。

アンジェリークは諦めたように小さく溜息をつくと、上目遣いで縋るようにオスカーを見つめた。
「わかったわ、オスカー…。でも、その、ご褒美なんだけど…少し、まけてもらえないかなあ…」
オスカーはまるでその問いかけが来るのをわかっていたかのように、アンジェリークを見つめたまま口の端に笑みを浮かべて耳もとで囁いた。
「もちろん、俺もいっぺんに頂こうなんて思ってないさ。そうだな…何日かに分けて分割払いで構わないぜ?最上階のスイートルームを1週間予約しておいたんだ。君のペースでじっくり褒美をくれればいいさ…」

アンジェリークの顔があっという間に真っ赤に染まるのを、オスカーは面白そうに見つめていた。
「さ、行こうか?お嬢ちゃん」
アンジェは一瞬の躊躇の後、諦めたように差し出されたオスカーの手を取った。

そう、『ご褒美』とは『試合で決めたゴールの数だけ、ベッドの中でもアンジェにゴールを決める権利を貰える』という物だったのだ。
とりあえず一晩で12ゴールは免れたが、一体何日かかるんだろう…と、アンジェは期待と不安が半々の複雑な思いのままオスカーとエレベーターの方へ消えていった。

---◇---◇---◇---◇---◇---◇---


翌日の朝、歴史的な勝利を治めたチームと監督の元に、テレビや週刊誌の取材が殺到した。
しかし、アンジェリーク監督もチームメンバーも、皆ひどい二日酔いを理由に取材を断ってきた。
このままでは「聖地ドリームチーム」の印象が悪くなってしまうという事で、ただ一人お酒が苦手で祝勝会を欠席したエルンストが全ての取材を引き受ける事になった。

晴れがましい席はあまり経験のないエルンストは、金屏風を背にした会見場で緊張しながら記者の質問に応じていた。
ひとしきり勝因や戦術に関する質問がなされた後、ワイドショーの記者があるゴシップの真偽について訪ねてきた。
「エルンストさん、このチームは大会期間中に禁欲政策をとったとの噂がまことしやかに流れていましたが、本当なんですか?」

生真面目なエルンストは、ゴシップ記者の質問にも汗を拭き拭き、丁寧に答えを返した。
「はい、まさしくその通りです。…というのも、恋人がいる選手といない選手の間で不公平があったり調整の足並みが乱れる事を懸念したからです。これは太陽系宇宙の地球という星で行われた、2002年ワールドカップの強豪・ブラジルチームの戦略を参考にしました」

場内におお~というなんとも言えないどよめきが響いた。
しかし、エルンストもこの戦略がオスカーの欲求不満に火をつけ、結果的に決勝戦のゴール量産に繋がったとは夢にも思っていなかっただろう。
こうして宇宙史に残る偉大な記録は、意外なところから生まれていたのであった---



そのころ、オスカーとアンジェリークはホテルの1室でまだご褒美の続きを行なっていた。
快感で朦朧とする意識の中、アンジェリークは(次からは禁欲政策は取り止めにしてもらわなきゃ…嬉しいけど、身体が持たないわ~!!)などとぼんやりと考えていたのだった。


すんまそん
END