鬼神の如く

前編

20002年、サッカー宇宙ワールドカップの決勝戦が、ここ主星にある王立競技場で今まさに行われようとしていた。

対戦カードは、開幕前から断然の優勝候補と言われていた「聖地ドリームチーム」と、全くの無名チームの「天空私設騎士団チーム」。
全宇宙で断然の人気と知名度、実力を誇りスーパースター揃いの「聖地ドリームチーム」の試合という事で競技場は超満員の観客で膨れ上がり、サポーター達のボルテージも最高潮に達していた。

試合前のTVや新聞は「聖地ドリームチーム」関連のニュースで埋め尽くされ、選手のプロフィールやファッションチェック、女性関係の噂のゴシップなどおよそ試合に関係ない物まで取り上げられる騒ぎだった。
また戦前予想は圧倒的に「聖地ドリームチーム」の勝利を予想するものばかりで、主星ブックメーカーのオッズも99:1という圧倒的な数字をはじき出し、誰もがドリームチームの勝利を信じて疑わなかった。

しかし、開幕前の選手控え室では大変な事態が起きていたのである…

聖地ドリームチーム 予想スタメン
FWMFDFGK
ランディ オリヴィエ ジュリアス レヴィアス ゼフェル マルセル ヴィクトール ルヴァ クラヴィス リュミエール オスカー


「なんだって!レヴィアスが突然『天空私設騎士団チーム』に寝返っただと!?あのヤロー、この土壇場に来て裏切りやがったのか?」
頭から湯気が立ち上らんばかりに怒っているのは、血気盛んな若手MFのゼフェルだ。

「ゼフェル、落ち着くのだ。彼は元々あちらのチームのキャプテンだった。古巣のチームに恩義を感じてしまったとしてもやむを得ないだろう。それよりも今我々の成すべき事は、レヴィアスの代わりの選手を探す事だ」
チームキャプテンのジュリアスがその場を諌めると、ルヴァもうんうんと頷いて同意した。
「あー、その通りですよ、今はとにかく選手の補充をしなければ…しかし、困りましたねー。今や彼の攻撃力は私達のチームに欠かせない物になっていましたし、代わりの選手を今から探すのも時間的に不可能ですよねぇ…」

聖地ドリームチームは完全無欠のチームだと思われてきたが、あまりにもスーパースターが多い上に、聖地特有の気候のせいで病気やケガがないという特異な環境にあった為、控えの選手層が全くという程手薄だという致命的な弱点があった。

しかも今回対戦する『天空私設騎士団チーム』のメンバーは、こちらのチームメンバーと顔も姿も体力もそっくり似ているという謎のチームなのだ。
つまり、チームとしての潜在能力は互角とも言える。
性格はかなり違うし団結力もないようなので、弱点があるとすればそこなのだが、今や元チームキャプテンのレヴィアスが復帰した事で結束力も高まっているだろうし、こちらのチームの作戦も漏れてしまっている事だろう。
それに対してこちらは今まで綿密に培ってきた組織力が、一人の選手の欠場によって穴だらけの作戦になってしまう可能性が高かった。

皆の意気が消沈しかけるのを、チーム最年長のヴィクトールが引き締める。
「みんな、何を沈んだ顔をしてるんだ。今、アンジェリーク監督やロザリア監督補佐、コーチのエルンストやメルなどの優秀なスタッフが総力を上げて対策を考えてくださってるんだ。彼等を信じて、もう少し待ってみようじゃないか」
ヴィクトールの力強い言葉に、メンバーも俯いていた顔を上げて頷いた。


しかし別室で緊急作戦会議を開いているアンジェリーク達には、まだこれといった良策は見つかっていなかった。
「困ったわ…もう先発メンバーの発表時刻が近付いてる。とりあえず、誰かを代役にたてなければいけないのに…。レヴィアスのポジションをこなせる選手はFWのオリヴィエが学生時代に経験があったはずだけど、そうしたらこんどはFWが手薄になってしまう…。敵チームは2トップで来るはずだから、こちらも攻撃には人数をかけたいし…」
エルンストのデータ端末も、メルの水晶球も良い案を導き出す事は出来ないまま、時間だけが空しく過ぎ去っていく。

「ねえねえ、いくらなんでも時間が掛かり過ぎじゃないの?もうすぐスターティングメンバーの発表時刻なんだよ!」
若手のマルセルは動揺を隠しきれず、大きな声をあげてしまう。
他のメンバーにも再び焦りの色が浮かび始めている。

その時。
じっと考え事に没頭して口を開かなかったGKのオスカーが、突然顔を上げた。
「みんな、俺に一つ考えがある。ここは一つ、俺と心中するつもりで任せてもらえないか」
そう言うなり、オスカーは皆の答えも待たずに監督室へと向かっていった。
他のメンバー達はオスカーの言う「考え」に一縷の希望を託しながらも、不安も拭い去れないままそこに立ち尽くしていた。

「監督、オスカーです。お話があるのですが、入ってもよろしいですか?」
ノックの音とともに、丁寧で張りのある声がドア越しに聞こえ、策に煮詰まって無言だったアンジェリーク以下一同は顔を上げた。
入室を許可されオスカーが部屋に入ると、案の定誰も良い策が浮かんでいなかったようで、皆一様に顔色が悪かった。
「レヴィアスの代わりの選手の件なのですが、俺に一つ考えがあります。ただ、この件に関しては監督に直接話がしたいので、恐れ入りますが他の方々は席をお外し願えますでしょうか」

普段だったら、監督補佐のロザリアが同席しない場で、一選手と監督が直接言葉を交わすなどあり得ない。
チーム運営に公平を帰す為に、そうやってきたのだ。
しかし、今は非常事態。
オスカーの策がどんな物かはわからないが、可能性があるならばそれに縋るしか道はなかった。

「わかりました、話を聞くわ。みんなは悪いけど席を外してくれる?」
アンジェリーク監督の言葉にロザリアは少し不満げな表情を浮かべたが、このチームで監督の権限は絶大だ。
ロザリアは渋々、といった表情で他のスタッフと共に部屋を後にした。

部屋にアンジェリークとオスカーが二人きりになると、オスカーは不敵な笑みを浮かべて両手をゆっくりと広げた。
「心細かっただろう、お嬢ちゃん。大丈夫だったか?」
それを見たアンジェリークが、オスカーの胸に駆け寄って抱きつく。
「オスカー、どうしよう…私、不安なの。どうすればいいのか、全然わからないの……」

実は二人は恋人同士なのだが、監督と選手という立場から一般には公にしていない。
もっとも、既に『公然の事実』としてメンバーには知れ渡っているのだが。

オスカーの胸で小さく震えるアンジェリークの金の髪を優しく撫でながら、オスカーは安心させるように優しく語りかけた。
「俺にいい案があるって言っただろう?何も心配せずに任せてくれ。ただ、この案は君の協力がなくては実行は不可能なんだ。いいか、他の奴らを説得してくれよ…」

オスカーの口から新たな作戦が提示されるのを、アンジェリークは驚きの表情で見つめていた。
一見不可能にも思える作戦だったが、なるほど今はこうするのが一番得策なのかもしれない。
「わかったわ、オスカー。私、頑張ってみんなを説得するわね」

輝くような笑顔でオスカーの瞳を見つめながらそう話すアンジェリークの細い顎に手を掛けると、オスカーは唇が触れあわんばかりの距離まで顔を近付けた。
「オ、オスカー!!何するの、だめよ!試合前なんだから…」
そう言いつつもアンジェリークの顔は既に真っ赤に染まり、語尾は消え入りそうな程弱々しい。
手はオスカーの胸の辺りで、押しのけたらいいのか背中に回すべきなのか迷ったように小刻みに動いている。



そんなアンジェを見てオスカーは唇が触れあう直前でフッ、と小さく微笑むと、そのまま口づけをせずに顔を離した。
アンジェリークは顔を赤らめたまま、ホッとしたようながっかりしたような何とも言えない複雑な表情を浮かべている。
「この続きは試合の後でな。それと、俺の作戦が成功したら君からの御褒美がいただきたいんだが…」
「ご、ご褒美……?」

オスカーはもう既に部屋を出る為に背を向け、ドアノブに手を掛けていた。
呆然としたままのアンジェリークに顔だけ向けると、その「ご褒美」の内容を口にした。

「オ、オスカー!!それって…?!」
オスカーはアンジェリークの返事も待たずににこやかに微笑むと、「こんなご褒美があるんだったら俺も頑張らざるを得ないな」と言ってさっさと立ち去ってしまったのである。

ひとり部屋に残されたアンジェは、オスカーの言った『ご褒美』の意味を考え…
「それって…ええええええええ~っ????????も、もしかして大変な事になっちゃう可能性もあるって事よね…」
と、メンバーの元に行く事も忘れてぐるぐると部屋を歩き回っていた。