金色の散歩道

 金色の葉が風にそよぐ銀杏並木を、一組のカップルが腕を組みながら歩いてくる。
 美しい景色を眺めながら、時折り見つめ合っては仲睦まじく微笑むその姿は、洒落たデートスポットではよく見かける、ごく普通の光景。
 ただ、普通と大きく異なっているのは──ここは、神々が住まうとされる聖地の一角。
 そしてこのカップルは、宇宙を統べる偉大な女王陛下と、彼女を支える九人の守護聖のうちの一人、という事──。

◆◇◆◇◆◇

「あっ、オスカー様!ちょっと待っててくださいね」
 アンジェリークはオスカーと組んでいた腕をするりとほどくと、急にタタッと走りだした。道端の吹き溜まりに出来ている、小さな落ち葉の山の前で立ち止まり、嬉しそうに微笑みながらその場にしゃがみ込む。
 オスカーは両手をポケットに突っ込みながら、のんびりと彼女の後を追った。

「何を見てるんだ?」
 歩きながら、オスカーが問いかける。
「あのね、今日のデートの思い出に、綺麗な落ち葉を拾っていこうかなぁって」
 アンジェリークは顔を上げ、きらきらと瞳を輝かせながら答えた。
 細く白い指先で落ち葉を丁寧に掻き分け、真剣な表情で、一枚一枚吟味していく。
 やがてお気に入りの一枚を見つけたのか、立ち上がってオスカーのもとへ駆け寄ってきた。
 彼の肘に飛び込むように腕を絡ませると、手にした黄色い葉を目の高さに掲げる。
「ほらっ、見て!これ、ハート型の葉っぱなの。可愛いでしょ?」


 子どものように頬を紅潮させ、得意げな表情のアンジェリークを、オスカーは優しい眼差しで見下ろす。
 だがその透明なアイスブルーの瞳が捉えているのは、目の前で揺れるハート型の葉ではない。
 健康的なつやを放つ、ふっくらと柔らかそうな唇──。
「ああ、可愛いな。思わず食べちまいたくなりそうだ」
 とっておきの甘い声で囁きながら、アンジェリークの翡翠の瞳を覗き込み、すっと顔を近づける。

「そうなの?じゃあ、はいっ!」
 柔らかな唇を味わおうとしていたオスカーの口元に、いきなり乾いた銀杏の葉が押し付けられた。
「オスカー様に可愛いって言ってもらえるなんて、この葉っぱは女の子なのかしら?」
 眉根を寄せて困惑した表情のオスカーをよそに、少女は鈴を鳴らすような声で、ころころと無邪気に笑う。

「そんなに気に入ってくれたのなら、これはオスカー様にプレゼントしちゃおっかな」
 そう言いながらアンジェリークは、肩に掛けたピンクのバッグのフラップを開けると、中をごそごそと探ってティッシュを一枚取り出した。
 手のひらの上に広げ、丁寧にハート型の葉を包み込む。
 ……と、何故か彼女は再びバッグを開け、その葉を中に仕舞い込んでしまった。

「俺にくれるんじゃないのか?」
 不思議そうに尋ねるオスカーを、アンジェリークは上目遣いでちらりと見上げる。
「大丈夫。あとで、ちゃーんとあげますから。心配しないで、ね?」

 ふふっと悪戯っぽく笑う姿があまりにも愛らしく、オスカーは誘われるように、彼女の背にそっと腕を回した。
 そのまま傍に抱き寄せようとした瞬間──またしても、アンジェリークはするりと腕をすり抜けていく。
「あっ!ねぇねぇ、あれはなぁに?」
 瞳を輝かせて走り出したアンジェリークに、オスカーは諦めたように肩をすくめた。
「あんまり遠くに行かないでくれよ、お嬢ちゃん」
「はーい」
 一応返事はしているが、聞こえているのか、いないのか。薄布のフレアスカートの裾を跳ね上げながら、少女は夢中になって駆けていく。

(まったく……。こういうところは、やっぱりまだまだお子さまだよな)
 早足で後を追いかけながら、オスカーは苦笑した。

 この日は本当に久しぶりの、二人きりのデート。
 キスや抱擁で、恋人同士の甘いひとときを存分に味わいたかったオスカーではあるが、アンジェリークは初めて訪れたこの銀杏並木の美しさに夢中で、それどころではなさそうだ。
 だが、それも仕方がない。
 彼女は宇宙を統べる偉大な女王陛下であると同時に、まだ17歳の少女でもあるのだから。

 ごく普通の高校生として暮らしていた少女が、ある日突然、女王候補に選ばれ、試験を経て宇宙の女王となる──。
 それは側から見れば、夢のようなシンデレラストーリーなのだろう。
 お城のような広大な宮殿に住み、豪華なドレスと宝石に身を包んで、神と呼ばれる9人の男達にかしずかれる。
 そんな生活に憧れを抱き、いつか自分も女王になれたら……と夢見る女性は、あとを絶たない。

 しかし現実は、そんな甘くはない。
 女王の担う重責は守護聖の比ではなく、その生活は孤独で過酷だ。

 女王としてのアンジェリークには、およそ『自由』と呼べる時間など、存在しない。
 日々の勤めとして星の間で祈りを捧げ、長時間精神体を飛ばして、広大な宇宙を隅々まで見守る。
 そこで何か問題が見つかれば、今度は何日も飲まず食わず、一睡もせずに祈り続けなければならず、心身に多大な負担を強いられる。
 だが疲れていようが、体調が悪かろうが、簡単に休むわけにはいかない。
 女王の代わりなど、どこにもいないからだ。

 ようやく問題が解決し、星の間を離れても──休日でも、眠っている時でさえ──女王の精神は宇宙と繋がっていて、無意識下でも、その身体からは常にサクリアが滲み出ている。
 本当の意味で心休まる暇など、無いに等しい。

 気分転換に聖地内を散策しようにも、常に大勢の護衛に物々しく囲まれ、行く先々で厳重な人払いが為される。
 これではとても、息抜きどころではないだろう。
 今日こうして二人きりでデートができたのも、宇宙のバランス異常の解明のため、明日からしばらく星の間にこもって祈りを捧げる予定の女王のためにと──女王補佐官であるロザリアが気を利かせ、なんとか時間を捻出してくれたからだ。

 だからこそ、オスカーは思う。
 アンジェリークの息抜きを、何よりも優先したい、と。

 その小さな肩が背負う重荷を、少しでも軽くしてやりたい。
 わずかな自由時間を、女王ではなく、ひとりの女の子に戻ってデートを楽しみたいという、彼女のささやかな願いを叶えたい。
 守護聖として女王を支えたいと願う気持ちと、同じ重さで。
 ひとりの男として、恋人であるアンジェリークに、普通の幸せを与えてやりたいのだ。
 彼女の幸福こそが、オスカーにとっての喜びでもあるのだから。

 オスカーがアンジェリークに追いついた時、すでに彼女は道のど真ん中にしゃがみ込み、好奇心に満ちた瞳で煉瓦敷きの地面を眺めていた。
「何か、面白いものでもあったのか?」
 オスカーはちょこんと丸くなっている彼女の背中越しに、地面を覗きこんだ。
 そこには乳白色の硬い殻に覆われた小さな実が、ばらばらと散らばっている。

「あのね、ここの木の下だけ、この実がたくさん落ちてたの。私、初めて見たわ」
「ああ、ぎんなんの実か。俺も久しぶりに見たな」
「ぎんなん?」
 キョトンと目を見開いて、アンジェリークが振り向く。
「こういう街路樹では、実のつかない雄木を植えるのが一般的らしいが、たまたま雌の木が混ざってたのかもしれないな。中の実を焼いて食うと、酒のつまみになる。これが、なかなか美味いんだぜ」
「ええっ?これって食べられるの?」
 アンジェリークは俄然瞳を輝かせると、実の一つに手を伸ばした。
 慌ててオスカーが、その腕を掴んで引き止める。

「おっと。あんまり気軽に触らない方がいい」
「どうして?だって美味しいんでしょう?」
 食いしんぼうの彼女は、すでにぎんなんの実に目が釘付けだ。
「確かに美味いんだが、素手で触るとかぶれやすいんだ。それに……独特の、強烈な匂いがある。服につくと、そう簡単には取れないぞ」
 そう説明されても、アンジェリークは簡単には引き下がらない。
「えぇーっ!じゃあ、どうやって食べたらいいの?」
「下処理で匂い抜きするらしいが……俺も、そこまで詳しくはないな」
「じゃあ、宮殿の料理長に頼めば、なんとか調理してくれるわよね?うん、今日のお夕食に、出してもらおうっと!」
 いかにもいい思いつきだと言わんばかりに、両の手をぽんっ、と叩いて嬉しそうに微笑む彼女に、オスカーは思わず吹き出しそうになってしまう。
「やれやれ……お嬢ちゃんはまだまだ、色気より食い気だな」
 アンジェリークはぺろっと舌を出して、えへへ、と照れくさそうに笑った。
「だって、好きな人が美味しいって言うものは、絶対に知っておきたいんだもの!」

 アンジェリークは、いそいそとバッグからピンクのハンカチを取り出した。
 広げたハンカチを実にかぶせ、上から指で、そっとつまみあげる。
 そのまま手のひらを上向けると、顔を寄せて、くんくんと白い実の匂いを嗅ぎ出した。

「うぇぇぇ〜」

 小さな子供のように鼻に皺を寄せ、アンジェリークが顔を背ける。
「なんか腐ってるみたいな……本当に、強烈な匂いなのね!」
「だから言っただろう」
 苦笑しながら見守るオスカーの前で、アンジェリークは再び、手の中の実に視線を戻した。
 実をこぼさないように、慎重にハンカチの四隅を結んで、巾着のように包みこむ。
 そしてそのままバッグの中へ、大切そうに仕舞い込んだ。

「おいおい、いいのか?匂いが染みつくぞ。お気に入りのバッグなんだろう?」
「うん、それはそうなんだけど」

 アンジェリークは立ち上がり、スカートのしわを、ぽんぽんと手で伸ばした。
 銀杏の葉が濃い影を落とす、赤煉瓦の道。
 そこに木漏れ日が点々と、光の円を形作っているのに目を止めると──そのひとつに、アンジェリークは片足で、ぴょん、と飛び乗った。

「あのね、このバッグを開けた時に、ぎんなんの香りがしたら……変わった匂いだからこそ、今日のことをすぐに思い出せるんじゃないかな、って思うの」
 言いながら、また次の光の輪へと、つま先立ちで軽やかに飛び移っていく。
 両手を広げてバランスを取りながら、ふわり、ふわりと。
「毎日、目が回るくらい忙しくて、楽しかった記憶もすぐに消えちゃうけど……。でもこのバッグを開けるたびに、変な匂いが今日の思い出を呼び覚ましてくれるなら──それって、とっても素敵なことだと思わない?」
 つま先でくるっとターンしながら振り返ると、アンジェリークは首を傾けて、にっこりと微笑んだ。

「なるほど……。俺には思いもつかなかったが、そういう考え方もあるんだな」
 木の幹に軽く寄りかかりながら、アンジェリークを見守っていたオスカーが、口元を優しく緩める。
 彼女の思考はいつも突拍子がなくて、オスカーの理解の範疇を、軽々と超えてしまう。
 だがそれでも、二人の思い出を大事にしたいと考えてくれている気持ちが、ひしひしと伝わってくる。

「変な匂いだって、きっと、生き抜くための大切な意味があるんだわ。こんな小さな実だって、懸命に生きてるんだもの。嫌っちゃったら可哀想でしょう?」
 アンジェリークはフレアスカートをふわりと揺らし、向きを変えると──少し離れた位置にある大きな陽だまりに向けて、勢いをつけて飛び上がった。
 羽が生えたかのように軽やかに浮き上がると、金の巻毛が肩の上で柔らかく踊る。
 綺麗な弧を描いて光の中心に着地すると、足元の落ち葉がふわっと舞い上がり、少女の周りをきらきらと彩っていく。

「お嬢ちゃんはまるで、金色の世界に舞い降りた、花の妖精のようだな」
 眩しそうに目を細めてじっと見つめるオスカーに、アンジェリークは頬をうっすら染め、花がほころぶような満開の笑顔を向けた。

 木漏れ日がスポットライトのように、そこだけを明るく照らす場所で──アンジェリークはゆっくりと空を仰ぎ見た。
 爪先立ちになり、光を受け止めるように、両手を空に向かって伸ばす。

「……女王って、全知全能の女神だって思われてるでしょ?私もスモルニィにいる頃は、そう思ってたわ。女王陛下はこの世の全てを知ってらっしゃって、わからないことなんて無いんだろうな、って」
 木々の隙間から覗く青い空を、瞬きもせずにじっと見つめる。
「……でも実際は、知らないことだらけ。この美しい銀杏の木に、変わった匂いの実がなるのも。その実が、結構美味しいらしい、ってことも」
 アンジェリークは瞳を閉じて両腕をいっぱいに広げると、胸いっぱいに息を吸い込み、口元に小さな笑みを浮かべた。
「だからね、この宇宙のことを、もっと、もっと知りたいの。どんな素敵なものに溢れてるのか、いっぱい見つけてあげたい。そうすればもっと深く、この宇宙を……隅々まで愛してあげられるでしょう?」

 きらめく光に包まれながら、宇宙への愛を語るアンジェリークの姿を、オスカーは心から美しいと思った。
 そして同時に──彼女の愛を独り占めすることは叶わないのだと、ほんの少しの寂しさと、嫉妬めいた感情が胸の奥に入り混じる。
 誰にも邪魔されない、二人きりの、静かな時間。
 この瞬間が永遠に続けばいいと、オスカーは願った。

 だが、その切なる願いは聞き入れられなかった。
 突然、ピピーッという無粋な電子音が、静寂を切り裂いてゆく。
 アンジェリークはぴくりと身体を震わせ、閉じていた瞼をゆっくりと開いた。
 オスカーは身につけていた腕時計型のデバイスに目をやると、側面のボタンを押して音を止めた。

「あーあ……魔法の時間は、終わりかぁ……」
 アンジェリークは、のろのろと腕を下ろしながら俯き、か細い声でそうつぶやいた。
 だが、次の瞬間──すっと背筋を伸ばし、顔を上げると──ゆっくりと、右の手をオスカーに向かって差し出した。

「……オスカー。では宮殿まで……送ってもらえますか?」

 そう言って、穏やかに微笑んだアンジェリークの表情は、もう、先ほどまでの屈託のない少女のものではなかった。
 それは、凛としてしなやかで──孤独な、女王としての笑顔。

 その笑顔を見た瞬間、オスカーには、自分が為すべき事がはっきりとわかった。
 俺は、アンジェリークにこんな顔をさせる為に、ここに連れてきたんじゃない。
 二人きりで過ごす、このひとときだけは──女王の重圧を忘れて、俺に甘えてほしい。
 確かに俺は、アンジェリークの愛を独り占めには出来ない。
 だが──彼女を幸せにするために、俺にしか出来ない事だって、絶対にあるはずだ──

 オスカーはぴしりと姿勢を正すと、片手を左胸に当てて恭しく一礼し、差し出されたアンジェリークの手を取った。
「御意……と言いたいところだが」
 口の端だけを上げる、実に彼らしい不敵な笑みを浮かべると、いきなり彼女の腕をぐいっと引き寄せた。白く滑らかな指先に、そっと唇を押し当てる。

 アンジェリークは驚いて、反射的に手を引こうとしたが、オスカーの力強い手はそれを許さない。
 彼の唇から伝わる熱が指先を通して、あっという間にアンジェリークの全身を朱に染め上げていく。
 その初々しい反応を見て、オスカーは視線だけを上げ、ニヤリと笑った。

「宮殿に戻るその瞬間までは──魔法は解けない。だからまだ、もう少しだけ……俺だけのお嬢ちゃんでいてくれないか?」

 熱を帯びた氷青の視線に射すくめられて、アンジェリークがせっかく作りあげた女王の顔が、あっけなく崩されていく。
「で、でも……ロザリアから、時間厳守で、帰って、きなさいって……」
 しどろもどろな抵抗に、オスカーは左腕のデバイスを軽く振って見せた。
「俺は『音が鳴ったら、この場所からすぐに立ち去れ』とは言われたが……即座にデート終了、とは聞いてないぜ?」
「えっ、そ、そうなの?かな?」
 翠の瞳が戸惑いに揺れているのを見とって、オスカーはフッと笑みをもらした。

 もちろんオスカーにも、ロザリアの言葉の真意はわかっている。
 だが二人きりで過ごすこの時間を、今は誰にも邪魔されたくはない。
 宮殿に帰る、その最後の1秒まで。アンジェリークには、普通の女の子としての幸せを味わってほしい。
 そのためなら、あとでたっぷり絞られようが、構うものか。

 オスカーは、彼女の手をしっかりと握り直した。
 指先に、もう一度触れるだけの軽いキスを落とす。
「お願いだ、アンジェリーク」

 掠れた声で懇願する唇が、指先をくすぐるようにかすめていき、アンジェリークのからだは小さく震えた。
 心臓が早鐘のように肋骨を叩き、口の中がカラカラに乾く。頭がぼうっとして、思考が右から左に一瞬で消えていく。

 アンジェリークが女王になってからというもの、オスカーは公的には忠実な臣下としての態度を崩さずにいたから、すっかり忘れていたけれど──彼はもともと、プレイボーイとしてその名を馳せていた人なのだ。
 久々にアクセル全開で情熱的に口説かれてしまったら、恋愛経験の浅い17歳の少女に、抗うすべなどなかった。

「……じゃあ、もう少しだけ……なら……」
 その言葉を聞くや否や、オスカーの顔に明るい笑みが広がった。
 彼女の気が変わらないうちにさっさと腰に手を回し、上機嫌で歩き出す。

「ではお姫様を宮殿まで送り届ける途中で、少し寄り道でもするとしよう」
 悪戯っぽいウィンクを投げかけられ、アンジェリークが睫毛をぱちぱちと瞬かせる。
「寄り道……?」
「ああ。実は俺も、喉が乾いてな。公園に新しいカフェテリアが出来たんだが、行ってみないか?」
 オスカーの提案に、アンジェリークはぱあっと笑顔を輝かせた。
「行ってみたい……!私も喉が乾いちゃったし、何か熱いものが飲みたいな」

 嬉しそうに見上げてきたアンジェリークの白い顎を、オスカーの長い指がすかさず捉えた。
 身をかがめて、彼女の耳元に唇を寄せる。
「じゃあカフェに寄る前に……熱いキスで喉を潤す、なんてのはどうだ?」
 低い声でため息のようにささやくと、アンジェリークの耳たぶが一瞬で真っ赤に染まった。

 腰がかくんと抜けて、足元をふらつかせている少女を、オスカーは声をあげて笑いながら抱き寄せた。
 アンジェリークは彼の背中に手を回し、白いセーターにぎゅっとしがみつく。
 まだ笑っている彼の胸に抱かれて、あやすように背中を優しく撫でられているうちに、アンジェリークもつられてくすくすと笑い出した。

「……じゃあ、お砂糖たっぷりの、うーんと甘いのがいいな」
 腕の中で恥ずかしそうに甘えてくる恋人に、オスカーはこの上なく幸せな笑顔で答えた。
「承知した。ではとびきり甘くて、熱いやつを──たっぷりご馳走してやろう」

 金色の葉が光のように降り注ぐ並木道で、二人の長い影が、そっとひとつに重なった。
 魔法の時間は、まだもう少しだけ続いていく───



───Fin.───

後日談「大切な思い出を、あなたへ」