Sweet company

10. Tie Together (7)

アンジェリークは震えながら、ひたむきにオスカーを見つめていた。
こちらを見下ろしているオスカーの瞳は氷のように冷たく、奥には怒りの炎がちらついている。
言葉ひとつ発しなくても、その身から放たれる危険なオーラが、空気を振動させて伝わってきた。

オスカーをここまで怒らせてしまった、その事実が----皮肉な事に彼は浮気などしていなかった、という確信をアンジェリークにもたらしていた。
つまり勝手に彼を疑い、その信頼を一方的に裏切っていたのは、私のほうだったなんて。

ごめんなさいと口で謝って、簡単に許してもらえるとは思っていない。
じゃあどうしたら許してもらえるのかと考えても、正直言って全然わからない。
だから…オスカーが私に罰を下すのなら、それがどんなものであっても、受け入れよう。
彼から見捨てられてしまう事に比べれば、どんな罰だって我慢できるはずなのだから。

恐くないと言ったら、嘘になる。
一体これから何が始まるのか、その行為の果てには何が待っているのか。
オスカーは女性の身体を大切にする人だから、闇雲に暴力を振るわれたりするはずはないと、信じてはいるけれど----それでも侮蔑の言葉のひとつくらいは投げかけられるかもしれない。
それとも愛の欠片も感じられない、粗野なセックスをされるのかも。

それでも。
もう、絶対に彼から目を逸らしたくない。
彼の行動がもたらすどんなに小さな意味も、見逃したくない。
アンジェリークは覚悟を決めてごくんと唾を飲み込むと、何が起こってもパニックに落ち入らないよう、しっかりと瞳を見開いた。

アンジェリークの腹部に跨がっていたオスカーが、ゆっくりと上体を倒してくる。
思わず歯を食いしばり、全身に力を入れて身構えた。
心臓は胸骨を激しく打ちつけ、どきどきと脈打つ血の音が、耳の中でうるさいくらい鳴り響く。
透明な青い瞳がすぐ近くまで迫り、心まで見透かすかのようにじっと見つめられた後----そっと唇が重ねられた。

「ん……っ?」

キスされるとは思っていなかったので、反射的に身体がびくっと強張った。
しかもその口づけは驚くほど優しくて、アンジェリークは一瞬何が起きたのかさえわからず、見開いていた目をぱちぱちと瞬かせた。

オスカーの口づけはとろけるように甘く、いつもと変わらない優しさと熱がそこにはあった。
触れるだけのキスが何度も繰り返されてから、柔らかく食べるように唇が動く。
下唇を軽く吸い上げられて思わず口を開くと、するりとオスカーの舌が侵入してきた。
がちがちと震える歯列をなだめるように舌でなぞり、辛抱強くアンジェリークの緊張をほぐしていく。
戸惑っていたアンジェリークの全身からは次第に力が抜け、睫毛が重そうに下がる。

やがてその優しさに抗えず歯を開くと、すかさずオスカーが片手で頭を持ち上げて、奥深くまで舌を挿入させてくる。
熱い舌に隅々までを味わうように探られて、目が回ってくらくらした。
彼の背中に思いきりしがみつきたいのに、自由を奪われた両手ではそれが叶わない。
もどかしげに上体を捩ると、オスカーがぴたりと身体を寄せてきて動きを封じ込められる。
荒々しい鼓動と共に岩のように硬い感触を腹部に押し付けられ、かぁっと身体が熱くなった。

口づけはだんだんと激しさを増し、何度も舌が攻め込んでは引き抜かれ、怯えて引っ込んでいるアンジェリークの舌を探し出しては絡み付く。
緊張でがちがちに固まっていたはずのアンジェリークの肉体は溶け出し、彼の動きに応えるように、自然と舌を差し返す。
でもせっかく返ってきた反応を無視するかのように、オスカーは唐突に顔を離した。

「ふ、……ぅっ」
長い口づけから解放されて、アンジェリークは詰めていた息を甘く吐き出した。
既に瞳は焦点を失い、目蓋が半分閉じてぼんやりとしている。
キスだけだというのに、ありとあらゆる場所から無限の欲望が呼び覚まされ、身体に力が入らない。
思考も停止寸前だったけど、それでもなぜオスカーがこんな優しいキスをしてきたのかがわからなくて、快楽に流されそうな肉体にかろうじてブレーキをかけていた。

「さて、まずはこの3週間にどのくらい俺を欲しかったのか、教えてもらおうか」
のんびりした口調でオスカーが囁いたが、そんな事を知ってどうしようというのか、アンジェリークにはまるでわからない。
ゆっくりと頭を整理して考えたかったけど、オスカーはそんな隙すら与えてくれなかった。
彼の手のひらが掠めるように素早く乳房の表面を撫で上げ、それだけでアンジェリークの上体が大きく跳ね上がり、意識の全てが快感に集中してしまう。

「はぁ…ん!」
羽のように軽く撫でられただけなのに、全身がぞわりと粟立って、乳首がきゅっ、と固く立ち上がる。
その感触を楽しむかのように、オスカーは手のひらで乳房を包み込み、指の股に乳首を挟み込んだまま、軽く揺らすように揉みしだいた。

「あっあ……っ、あぁぁ………!」
僅かな刺激だけでアンジェリークは激しく身悶えたが、腕は縛られ、腰はオスカーの逞しい両脚で挟みつけられているので、身を捩って快感を逃す事も出来ない。
行き場を失った疼きは喘ぎ声に変わったが、それが自分でも驚く程大きくて、羞恥に肌が桜色に染まる。

「思った通りだ、可哀想なくらいに過敏になってるな…」
オスカーが耳朶を歯で挟み込み、軽く引っ張りながらクスリと笑う。
長い指先が楽器でも奏でるように軽やかに乳房の上を滑っていき、時折指で乳首を摘まれる。
痛みを感じるすれすれのところまでしごき上げられたかと思うと、一転して親指の腹で優しくなだめるように転がされた。

緩急をつけた巧みな動きが、アンジェリークから思考を奪っていく。
もう彼のもたらす熱に翻弄され、何一つまともに物事が考えられない。
もっと欲しくて、背中が勝手に逸り上がり、オスカーの手に自分から胸を強く押し当てた。

「おいおい、もうおねだりか?相変わらず、堪え性がないんだな」
オスカーは可笑しそうに片眉を吊り上げると、まろやかな膨らみを強く揉みしだいてアンジェリークの要望を叶え、硬く上向いた乳首を尖らせた舌で軽く弾いた。
桜色の先端をそっと含み、口の中でさんざん転がすように弄んで、思う存分に味わってから強く吸い上げた。

「あ!…ンんっ、はぁ……ぁ」
左右の胸を交互に揉みしだかれながら啄まれ、針を刺すような鋭い快感が胸から下腹部へ下りていく。
それを逃さずオスカーは膝でアンジェリークの太股を割ると、すでにぐっしょりと濡れそぼっている敏感な部分を、逞しい太腿で軽く擦りあげた。

「あ……そこ、だ、めぇ…っ……!」
ほんの2、3回刺激されただけなのに、堪え難い程の快感が突風のように身体中を駆け巡る。
絶頂の予感を感じる暇すらなく、いきなり下半身がひくひくっ、と小さく痙攣した。
急激な快感に驚いて反射的に両脚を閉じたので、オスカーの太腿をきつく挟み込むような格好で身体が硬直した。
それでも彼はゆっくりと擦り上げる動きを止めず、アンジェリークは小さな叫び声を上げながら、嵐が通り過ぎるまで何度も身体を震わせた。

「もうイッちまったのか?…予想以上に早かったな」
オスカーの低い笑い声が、胸元から響いてくる。
ぐったりと脱力しながら、アンジェリークも自らの早すぎる反応に、驚きを隠せなかった。

胸への愛撫と、下半身へのほんの僅かな刺激。
たったこれだけで、あっけなく達してしまうなんて----。

いつもに増して神経が敏感になっていて、オスカーのほんの僅かな愛撫や刺激にも、大袈裟なくらいに反応してしまう。
これって…3週間ぶりのセックスだから?
それとも緊張で、神経が昂っているせい?

わからないと言えば、オスカーの真意もだ。
なぜこんな風に、私を抱くんだろう。
彼が怒っているのは、その冷ややかな言動や視線から間違いなく伝わってくるのに、愛撫の手はどこまでも優しく、熱意を持って私の身体から快感を引き出していく。
そこだけを見れば普段のセックスと変わりがなくて、彼が許してくれたような、そんな錯覚すら覚えてしまう。

でも彼は怒っているんだから、絶対これで済むはずがない----
そう思ったら、急に底知れない不安が胸の奥から沸き上がってきた。
一体オスカーは、何をするつもり?
これでどうやって私に、罰を与えるつもりなの?

「どうした?せっかく気持ち良くしてやったのに、冴えない顔だな。もっとしないと、満足できないか?」
「え……?きゃっ!」
いきなり両膝を大きく押し開かれ、アンジェリークは慌てて脚を閉じようとした。
でもその動きはオスカーに易々と封じ込められ、逆に熱く湿った部分を露にされる。

「もっと良くしてやるから、力を抜いてろ。…ここ、好きだろう?」
オスカーの舌が、アンジェリークの弱点である膝の内側をなめらかに這い回る。
同時に感じやすい脚の付け根部分を何度も親指でなぞられると、子宮の奥が捻れるように疼く。

オスカーの指と舌は、信じ難い程の正確さでアンジェリークの感じやすい場所を次々に探り当て、甘く責め抜いていく。
すでに次の絶頂が目の前にぶら下がっているのに、オスカーは簡単にはいかせてはくれず、肝心なところでするりと逃げをうつ。
焦らされたアンジェリークの腰は物欲しげな上下動を繰り返し、下腹部は痛いくらいに疼いているのに満たされない。

オスカーの指がじりじりと脚の付け根から蜜の溢れる場所に近づき、ふっくらした入口の周りを円を描くようにぐるりとなぞる。
「う…んっ、はぁ……ぁ…っ!」
アンジェリークの声に性急な響きが混じり、限界が近づく。
「あ…オ…スカー、お願い……っ、来て……ぇ…」

潤んだ瞳で懇願するアンジェリークを見て、オスカーは満足そうな笑みを口元に浮かべた。
だがスラックスの中でパンパンに勃起しているものは取り出そうともせず、中指を膣の中にぐっと押し込むだけに留まった。

「ひぁんっ!」
アンジェリークの背中が弓なりにしなり、繋がれた手首が軋んだ。
濡れて滑りが良くなっているとはいえ、狭くて指一本すら通りづらいその道を、オスカーは傷つけないように慎重に奥まで進んでいく。
ゆっくりと数回抜き差しを繰り返してから、わざと水音をたてるようにぐちゅぐちゅと掻き回す。

「よっぽど溜まってたんだな。洪水みたいにびしょびしょだぜ?」
「いや…ぁ、そんな……」
露骨な言い方に顔が熱くなり、必死に首を振ったのに、責め立てられている部分はじんじんと痺れだし、逆にどんどん愛液が溢れてしまう。

オスカーはざらついた感覚を楽しむように何度も内壁をこすり上げ、根元まで深く挿入して柔らかな襞を見つけると、そこで指先をぐっと折り曲げた。
「あ…はぁっ!」
「知ってるよ、ここが…悦いんだろう?」

アンジェリークの腰がびくん、と中から大きく跳ね上がり、入口がぎゅっと締まる。
オスカーは人さし指でぬるついた秘裂を押し開き、きつい締め付けに逆らうように指をもう1本侵入させた。
「…それから、ここも」
2本の指が巧みに感じる部分を探り出し、交互に刺激される。
「すごいな、お嬢ちゃんの中…。きゅんきゅん言って、締め付けてくる」
「あ……ふっ、…ぁ、あ……ぁあぁん!」

狂ったように腰が揺れ、抑えきれない。
受け入れやすいように脚が自然と大きく開き、オスカーの指を逃さないよう、股間に力が入る。
「あ、ダメ…ぇ、もう……っちゃう、あ、あぁぁっ!」

高く腰が持ち上がり、そこで身体が硬直した。
渦に巻き込まれて息が止まり、全身がばらばらに砕け散る。
過ぎた快感のせいで目尻に涙が滲み、開いた口からは睡液がこぼれる。
激しい痙攣は果てしなく続くように思え、頂点を過ぎてもなかなか鎮まらなかった。

「ぁ…、…ん……」
高波が去った後も、子宮はまだひくついていた。
呼吸はぜぇぜぇと乱れ、過呼吸のせいなのか指先は痺れて、頭がひどくぼんやりとして動けない。
それでもオスカーが指を引き抜くと、びくっと大きく身体が震え、未練がましい喘ぎ声が微かに闇に洩れた。

オスカーは引き抜いた指を見せつけるように口に含み、絡み付いている透明な蜜をゆっくりと嘗めとった。
「久しぶりだな、お嬢ちゃんの味。もっと、味わいたい…」
オスカーは力が入らないアンジェリークの足首を持ち上げて肩に担ぐと、両手で尻を掴んで高く持ち上げ、いきなりその中心に顔を埋めた。

「あぁぁ…ンっ!」
目の中で火花が飛び散り、様々な色が目蓋の裏側で点滅する。
彼の熱い舌がなめらかに動き回り、ぷっくりと膨れ上がった花芽の周りできれいに渦を巻いた。
次から次へと溢れる蜜を音を立てて吸い上げられ、えぐられるように深い所まで舌が侵略してくる。
快感はさざ波のように全身に広がり、やがて圧迫感を伴いながら下腹部の一点へと戻っていく。

「…あぁん、ぁ、ぁんっ、……あ、ぁ、……っ!」
もう何度目かもわからない高みへと、再び押し上げられた。
持ち上げられたヒップが大きくくねり、膝をがくがくと震わせながらオスカーの頭を挟みつける。
息が出来なくて、喘ぎ声が喉の奥に絡み付いた。

「…オ…スカー、も……ダメ…」
それでもオスカーは容赦せず、指と舌で次々と新たな快感を与えていく。
恍惚と苦痛を何度も行ったり来たりさせられて、感覚がなくなるまで甘い責め苦は続いた。
ようやく愛撫から解放された時、アンジェリークは気絶寸前まで追い詰められていた。
それでもオスカーとひとつになれない欠落感に、心の中にはぽっかりと大きな空洞があいていた。

「よくこんな状態で、3週間も我慢できたな。俺がいない間、自分で慰めたりもしなかったのか?」
宙を彷徨っていたアンジェリークの意識が、僅かに引き戻された。
彼の言葉の意味がよく理解できなくて、朦朧としたままのろのろと視線だけをオスカーに向けた。

「そういう行為は、想像もつかないんだろう?ここも、自分でいじったような跡もないからな」
皮を被ったままぷっくりとふくらんだクリトリスを親指で軽く押してやると、ぐったりしていたアンジェリークの全身が激しく跳ねた。

「知ってるか?ここは男の性器と一緒で、いじってると剥けやすくなる。形も男のモノと、良く似てるんだぜ」
オスカーは指先で赤く充血した陰核を剥き出させて、そっと転がす。

「あ……っ、だ…めぇ!」
「お嬢ちゃんのは、剥きづらいな。たまには自分で、弄ってみろよ」
「やだっ……そんな…ぁ…あンっ、は…ぅあッ…!」

オスカーの目の前で秘芯がびくびくと痙攣し、とぷんっ、と大量の愛液が溢れる。
アンジェリークはぶるぶると身体を震わせながら、腰を力なく揺らし続けた。
もう力も残っていないだろうに、それでもオスカーを求め続けるアンジェリークの姿に、オスカーは自嘲するような笑顔を浮かべた。

「…俺はこの3週間、ずっと自分でやってた」

ほとんど閉じかかっていたアンジェリークの瞳が、その一言で目覚めたかのように見開かれた。
その目の前で、膝立ちになったオスカーがベルトを外し、スラックスのジッパーを押し下げる。
そそり立つものを掴んで取り出すと、左手で包み込み、アンジェリークに見せつけるように緩やかにそれをしごき始めた。

「お嬢ちゃんの姿を思い浮かべ、毎晩のようにだ。他の女など、入る隙もなかった」
次第に手の動きが早まり、オスカーの額に汗が滲む。
ペニスの先端から透明な液体が少しづつ洩れだし、手の動きと共に広がってぬらぬらと光った。
「ひとりで達するのがどれほど虚しいものなのか、純真なお嬢ちゃんにはわからないだろう?」

アンジェリークには、目の前の光景が信じられなかった。
男性がマスターベーションをするというのはもちろん知っていたけれど、それでもオスカーだけは、そういう行為とは無縁なのだと思い込んでいた。
だって彼なら、欲しければどんな美女でも手に入れられる。
視線ひとつで女を意のままにし、その場でベッドにだって誘い込めるのに。

オスカーは手の中で滾るものを、まだ快感にひくつくアンジェリークの蜜口に押し当て、ふっくらした割れ目に沿うように撫で上げる。
「あ……っ!」
アンジェリークの腰が大きく突き出し、彼を銜え込もうと物欲しげに何度も上下したが、オスカーはすぐに腰を引き、決してそれ以上は与えようとしなかった。

醒めた視線を向けたまま、抑揚のない声でオスカーが笑う。
「俺が1人でいくところを、見せてやろうか?こんな珍しい見せ物、滅多にお目にかかれないぜ」

その瞬間、アンジェリークははっきりと理解した。
----これが、オスカーの下す「罰」なのだと。
私がどんなに欲しがろうとも、彼は私の中に入るつもりはない。
私がどんなに愛そうとも、彼は決してその心を与えるつもりはないんだ-----

オスカーを求めてひとつになりたがっている肉体が、失望の悲鳴をあげていたけれど、アンジェリークは歯を食いしばってそれを押さえつけた。
私なら、こんな罰くらいいくらでも耐えられる。
だって私は、オスカーを愛しているんだもの。
彼の側にいられるなら、心も身体ももらえなくたって、構わない。
それよりも、プライドをかなぐり捨てて自慰に耽る彼の姿を見ているほうが、よっぽど辛かった。
今もし両手が自由になるのなら、彼の頬をそっと撫でてあげたいのに。

それは親が子供を愛するように自然な感情であり、同時に子供が親を盲愛する感情にも似ていた。
そう、盲愛。今の私の愛情は、そう呼ぶのがぴったりだ。
オスカーは私にとって、唯一で絶対の存在。
彼のする事は何でも受け入れてあげたいし、理解したい。
だから------

「オスカー、お…願い、来て……」
アンジェリークは残された力を振り絞って、か細い声で懇願した。
「どうした?もう我慢できないのか?入れて欲しくて、たまらないんだろう?」
嘲るような口調で囁きながら、オスカーは握りしめた己の先端をアンジェリークの蜜口にあてがい、先端だけ押し込んでからすぐに引き抜いた。

「あぁ…っ!」
アンジェリークの全身が激しく強張り、一瞬だけ繋がった部分が感電したようにビリビリと震えた。
でもオスカーは彼女の股間で、見せつけるように再びペニスを強くしごく。
「駄目だ、もっと我慢しろ----」
容赦ない声に、アンジェリークは力なく首を振った。

「違う……」
「何がどう違うんだ?」
オスカーの手の動きが早まり、張り詰めた先端から透明な液体が溢れる。
アンジェリークの瞳には涙が滲み、彼の輪郭がぼやけていく。

「…もちろん、オスカーが欲しいよ…。でもそれ以上に、あなたが…大事なの」
びくり、と彼が震え、動きが止まった。
「ひとりでいくのは虚しい…んでしょう?それなら、私の身体を使って……。乱暴にされたって構わない、私はただの、道具でもいいから…」

それだけ言うのが、精一杯だった。
気力を使い果たし、アンジェリークはそっと目を閉じる。
これ以上彼を見つめていたら泣いてしまいそうだったけど、涙を武器にするような卑怯な真似はしたくなかった。
許しを得るのなら、彼の優しさにつけ込むのではなく、本心で許してもらいたいのだから。


「何故…そんなふうに思える?」
掠れた声で、ようやくオスカーが呟く。
目を閉じたまま、アンジェリークは答えた。

「だって…オスカー、あなたを…愛してるから……」


答えは帰ってこなかったけれど、不思議なくらい落ち着いていた。
さっきまで緊張で波立っていた神経は、今は凪いだ湖面のように静かだ。
心を正直に吐露したせいで、かえって覚悟が決まったんだろうか。
あとはオスカーがどういう結論を下すにしても受け入れる、ただそれだけ。

アンジェリークは、全ての裁量を彼に委ねて待った。
沈黙が闇を支配し、オスカーの詰めたような息遣いだけが、微かに聞こえてくる。


「アンジェリーク…」

苦しげな声で名を呼ばれた次の瞬間には、いきなり力強い手でひとまとめに両足首を掴まれた。
オスカーは揃えた足をぐいっと高く持ち上げると、アンジェリークの身体を大きく二つに折り曲げて、上からのしかかった。

大きく開かされていた脚が急に閉じられたのに驚いて、アンジェリークは目を開ける。
でも目の前にあるのは、揃えられた自分の脚だけ。
オスカーの姿も表情も、そこからは見えない。
何が起きたのか理解する間もなく、いきなり熱い鉄のような塊に下半身を貫かれた。

「んっ……はぁぁっ!」
「アンジェ…、ああ、アンジェリーク……!」

オスカーは全体重をかけ、何度も名前を呼びながら、強く激しく打ちつける。
その体位は子宮の奥深くまでオスカーの侵入を許し、アンジェリークは体内が全て彼自身で満たされたかのような、奇妙な錯覚に落ち入った。
でも実際に肌が触れているのは、繋がった一点と、握られた両足首、それだけ。
だからこそ感覚の全てがそこに集まり、アンジェリークの快感を、一層鋭敏で強烈なものにしていた。

「……あ……あっ、ぁっ……」
激しく揺さぶられながら、アンジェリークの思考は散り散りに乱れていた。
オスカーは、決して乱暴に抱いてる訳じゃないし、道具にされているような感覚も一切しない。
むしろアンジェリークを呼ぶ声には、思いつめたような切実な響きがあった。
それでも、彼の顔が見えず、肌がほとんど触れていないこの状態が、心に不安を煽っていく。

もっと、彼に触れたい。
もっと、強く抱き合いたい。
彼を掻き抱きたいのに、彼の腰に両脚を絡めたいのに、自由を奪われた身体ではそれすら叶わない。
なのに快感だけが恐ろしい早さで体内を駆け巡り、まともな思考を追いやって、肉体だけを絶頂へと押し上げていく。

どんなに乱暴な扱いを受けても、構わないと本気で思っていた。
オスカーの怒りを受け止め、鎮めてあげられるなら、何でも差し出せると。
でもこんな風に抱かれると、彼の気持ちを推し量る事が出来なくて、どうしたらいいのかわからなくなる。
情熱的に求められているように思うのは私の勝手な思い込みで、本当のオスカーは醒めた瞳で、私を抱いているのかもしれないのに。

オスカー。

あなたは、私を…許してくれてるの?
それとも……許せない?

そう聞きたかったけど、開いた唇からは掠れた悲鳴しか出なかった。
いきなり意識が宙に浮き、浮遊した頂点で身体が硬直した。
そのまま数秒間動けなかったが、加速したジェットコースターのようにいきなり地の底まで落ちていく。
衝撃にオスカーを呑み込んだ襞がきつく締まり、びくっ、びくびくっと何度も波打つ。
同時に自分の上にいるオスカーの動きが止まり、荒々しい咆哮と共に、一番深い部分で彼のものがどくんと脈打った。
熱い感覚が子宮の奥にじんわりと広がり、満たされていく。

オスカーがちゃんと中で達してくれたのだとわかって、急に涙が溢れた。
ホッとしたからだろうか、保っていた最後の神経がぷつっと切れ、そこで意識は急速に暗闇に飲み込まれた。





全てを放ち終え、オスカーはゆっくりと身体を起こした。
濡れそぼった場所から己を引き抜くと、まだ硬さを保ったままのものが、熱を帯びて脈打っている。
掴んでいたアンジェリークの足首をゆっくりと下ろすと、眠ったように意識を失った彼女の顔が見えた。
その閉じた瞳から流れる涙の跡をを見た瞬間、オスカーは正面から顔を殴られたような衝撃を受けた。

これが喜悦の涙なんかじゃない事は、百も承知している。
当然だ、ここまで彼女を追い詰めたのは他でもない----この俺なのだから。

目尻から何本も筋を作っている涙の跡を指でそっと拭うと、手首を拘束していたネクタイを解いた。
痛くならないようにしたつもりだったが、赤ん坊のようなきめ細やかな白い肌には、うっすらと紅い跡が輪になって残っている。
ほっそりした手首を掴んで引き寄せると、掌で彼女の手を包み込み、オスカーは項垂れながら苦い溜息をついた。

こんなに後味の悪いセックスは、後にも先にも初めてだった。
好きでもない女を気紛れに抱いた時でさえ、こんな風に感じた事はなかった。
自分がどう思っていようが、相手の女が満足して事を終えてさえいれば良かったのだから。

だが、今のアンジェリークが満足し、満ち足りていると思うか?
彼女はきっと、俺に乱暴に抱かれ、性欲のはけ口に使われたとしか、思っていないだろう。

こんなふうに、彼女を抱きたくなどなかった。
ずっとアンジェリークを思い、帰ったら優しく抱いてやろうと、そればかり考えていたはずなのに。
浮気を疑われた、たったそれだけの理由でカッとなり、完全に自分を見失ってしまった。
ずっと彼女を求め続けていただけに、裏切られたという思いだけが強く残った。
凶暴なまでの怒りに支配され、彼女にも俺と同じ心の痛みを味わわせてやりたいと思った。
俺を求めさせるだけ求めさせて、最後に突き放し、彼女を絶望の淵に追い詰めようとしたのだ。

それでも、アンジェリークは----
俺に虚しい思いをさせるくらいなら、セックスの道具にされてもいい、とまで言ったのだ。

あの瞬間、俺の中にあった訳のわからない怒りの感情は、きれいさっぱりと消え去っていた。
代わりに激しい性欲に呑み込まれ、彼女が欲しい、ひとつになりたい、それしか考えられなくなった。

その結果が、あんなセックスだ。
彼女の顔すらまともに見れず、その肌に触れるのすらためらわれた。
穢れていない天使のようなアンジェリークを、動物並みの欲望で蹂躙しようとする自分が、許せなかった。
なのにアンジェリークの中に入る事だけは、どうしても諦められなかったのだから。

彼女の中に己を突き立て、激しく腰を打ちつけながら、ずっと彼女の名を呼び続けていた。
愛しくて、全てを俺のものにしたくて。
なのに愛を告げてやる事も、優しく抱いてやる事も出来なかった。
加速して止まらない欲望に引き摺られ、彼女の奥深くに俺を埋め込み、ひたすらに俺の印を焼きつけた。
だが、狂ったような絶頂の果てにあったのは、そんな身勝手な自分への嫌悪だけだ。

こんな男が恋人じゃ、アンジェリークに浮気を疑われて当たり前だ。
欲望のままに女を抱いては捨ててきた過去がある上に、彼女に愛を囁いてやった事すらない。

確かに俺のほうはアンジェリークを、無条件に信じていた。
だがそれは彼女が、俺を愛していると知っていたからだ。
俺以外の男に目を向けるはずがない、そう信じられるくらい、彼女の愛は一途だったのだから。
不平等な立場にありながら、俺だけが一方的に彼女だけを責めたててしまった。
同じものを与えてやらないくせに、どうして彼女だけを責められると言うんだ?

出張の前日に彼女が流した涙を思い出し、今さらだがあの時アンジェリークが泣いていた意味がわかった。
彼女を不安にさせて泣かせたくせに、怒りに任せてさらに追い詰めてしまうとは。
あまりの愚かさに、自分で自分を殴り倒してやりたい気分だ。

そもそもオスカー、お前は何故----アンジェリークに愛していると告げてやらないんだ?
もうわかってるだろう、彼女は今まで付き合ってきた女達とは違う。
自分にとって大切な、特別な存在なんだろう?

彼女が目を覚ましたら愛を告げてやれ、それだけで彼女は魔法のようにお前を許してくれるはずだ。
あの輝くような笑顔を向けて心から喜んでくれるだろうし、出張の度に疑って悩む事も無くなるだろう。
何を迷ってる、告白すればお互いの為にいい事づくめで、悪い事などひとつもないんだぞ?

それは間違いなく道理に叶っているはずなのに、自分の本能は「彼女に愛を告げるべきではない」と警告を発していた。
何故だ?愛を告げれば、これ以上おかしな事態に転がっていくはずはないのに。
だがいくら打ち消そうとしても、頭の中の警報は鳴り止まない。

俺は今まで、自分の本能と直感を信じて生きてきた。
誰も頼る人間のいないこの国でここまで上り詰めたのも、成功の匂いを嗅ぎ付ける能力に秀でていたからに、他ならない。
絶対の信頼を置いている自分の直感が、なぜこんな風に思うのか。
そもそも俺は、どうして彼女に関してだけは、こうも迷い続けているんだ?

どんなに考えても、答えは出なかった。
オスカーは諦めて身体を起こすと、皺だらけになった衣服を脱ぎ捨て、無造作に近くの椅子に放り投げる。
それからもう一度ベッドに潜り込み、眠っているアンジェリークの身体をしっかりと抱き寄せた。

ただひとつはっきりしているのは、この小さくて暖かい存在を、二度と俺の手で傷つけたくない----
それだけだった。