1月1日。
神鳥の宇宙を統べる偉大な青い瞳の女王陛下は、この日を全宇宙の祝日に制定されました。
なんでも女王陛下のお生まれになった主星では、この日は『元旦』と呼ばれる休日だったのだそうです。
もちろんここ聖地でも、この日に限っては守護聖に至るまで全員が休暇を与えられました。
あら?聖地と下界って、時の流れが違うんじゃないの?全員が休んじゃったら、警備はどうなるの?なんて野暮な疑問は、この際脇に置いといて。
とにもかくにもそんな訳で、炎の守護聖・オスカー様と女王補佐官・アンジェリークの二人にも、特別休暇が与えられました。
アンジェリークは予てより、自分の故郷でもある主星に古くから伝わる行事「初詣」に、オスカー様と共に行ってみたいと願っておりました。
そんな可愛い恋人の願いを叶える為、オスカー様は貴重な元旦休暇を、アンジェと主星で過ごす事に決めたのです───
「オスカー様、お待たせしましたぁ!」
神社の鳥居に寄り掛かっていたオスカー様は、その声に顔を上げました。
前からは、着慣れない振袖姿でよたよたと小走りにこちらに向かうアンジェリークの姿が見えます。
「ようお嬢ちゃ──」
いつものように挨拶を交わそうとして、思わず言葉を飲み込んでしまいました。
何故なら初めて見るアンジェリークの着物姿は、予想していたよりずっと可憐で、愛らしい事この上なかったからです。
(なっ……なんて可愛いんだ、俺のアンジェリーク…。こんな可愛い恋人と過ごせる俺は、宇宙一の幸せものだぁぁっ!)
おやおや、あまりの感動に心の中で叫ぶばかりで、いつものような甘いセリフが何一つ出てこないようですね。
それどころか、目を見開いたまま茫然と固まってしまってます。
かつて「宇宙一のプレイボーイ」と呼ばれたオスカー様も、本気の相手には意外に可愛いところがあるのですね。
「あの…オスカー様?やっぱり、この格好…似合ってませんか?」
何も言ってくれない恋人に、アンジェリークは不安そうに俯きました。
その襟元から覗く柔らかそうな白いうなじや、ふわふわした金の後れ毛が、どうにもこうにも色っぽくて、オスカー様は思わずごっくん、と唾を呑み込みます。
そこで初めて見とれてしまって無言になっていた自分に気付き、慌てて笑顔を取り繕われました。
「すまない。あまりに似合ってて…綺麗すぎて、思わず声を失っちまったのさ」
「やだ、もぅ!オスカー様ったら相変わらず、口が上手くって嘘ばっかり!」
アンジェリークは耳まで赤くして、拗ねたようにオスカー様を睨んでいます。
でもオスカー様は、そんな恋人の怒る顔すら、愛おしくてしょうがないのでしょう。
ニヤけそうな頬の筋肉を必死で押し戻し、鼻先が触れあうくらいまで顔をぐっと近付けてから、真剣な眼差しでアンジェリークを見つめました。
「俺の目をよく見ろ。この瞳が嘘をついてると思うか?俺の視界にはお嬢ちゃんしか入ってないというのに、この薔薇色の愛らしい唇は、つれない言葉ばかりを紡いで俺を悩ませる…」
おっ、ようやくオスカー様の本領発揮ですね。
アイスブルーの瞳に至近距離から射抜かれて、さらに唇を親指でゆっくりなぞられたりしたものだから、経験不足のアンジェリークにはひとたまりもありません。
大きな緑の瞳をとろめかせて、早くもうっとりしています。
ここで真剣な表情から一転、オスカー様は極上の笑顔をにっこりと向けました。
この辺の緩急の付け方も巧いですね。不器用な日本男児達にも、ぜひ見習っていただきたいものです。
「俺の故郷では着物を着る習慣がないから、写真でしか見た事がなかったんだが…。お嬢ちゃんの着物姿は、古来の文献で見た可憐な日本人形みたいだ。それくらい、似合ってる」
金髪に緑の瞳の日本人形はないと思いますが、まあ今の一言ですっかりアンジェは機嫌が良くなったようなので、きっとこれでいいのでしょう。
さっきまで怒っていたのもどこへやら、オスカー様の袖を引っ張り、もうすっかり楽しそうです。
「オスカー様、じゃあ早速お参りにいきましょう!」
うきうきと境内に向かいながら、アンジェリークはあっちの屋台で綿菓子を買い、こっちの屋台で「陛下にお土産~」と女王陛下の御尊顔のプラスチックお面を買い、無料で配ってるお屠蘇(とそ)を口に含んでみたり、と大はしゃぎ。
そんな恋人を見守るオスカー様も、うんうんと嬉しそうに頷きながら、この道草を心から楽しんでいるご様子です。
そんなこんなで、二人はようやくお社につきました。
小さな階段を上がると、アンジェリークは身ぶり手ぶりでお参りの仕方をレクチャーし始めます。
「オスカー様の故郷ではこういう風習はないんですよね?あのですね、まずこの四角い箱に、自分の気持ちだけお金を入れて…あ、もちろん大金じゃなくていいんです!それからあのおっきな鈴、見えますか?あれについてる綱をこう、鳴らしてですね…」
アンジェリークの表情の、なんて嬉しそうなことでしょう。
見ているこっちまでつられて微笑んでしまうような、輝くばかりの笑顔です。
普段は年上のオスカー様に教える事などまずないのですから、こうして自分が教えてあげられているという事実だけで、きっと嬉しくてしょうがないんでしょうね。
横で教わっているオスカー様も、にこにこしながらそんな恋人を見守り、教えに従いながらお賽銭を投げ、鈴をがらんがらーん♪と景気良く鳴らしています。
「それから2回お辞儀してですね、2回手を打つんです」
「こうか?」
ぱんぱん!と柏手を打ったオスカー様を、アンジェリークは「そうそう、お上手ですぅ~」と嬉しそうに褒めちぎっています。
手を叩くのに上手も下手もないと思うんですが、誉められたオスカー様もまんざらではないご様子。
男の人って案外単純なんですね。
それともアンジェリークが、意外に男性の操縦方法を心得ているんでしょうか?
「それからもう一度深々とお辞儀して、神様への願いごとを心の中で唱えるんです」
この世界で言う「神様」とは、もちろん女王陛下に他なりません。
こんなところでこっそり陛下に願いごとをしなくても、親友なんだから目の前でお願いすればいいのに…とオスカー様は心の中で思われたようですが、もちろん一生懸命なお嬢ちゃんに水を差す気はありません。
言われた通りに大人しく、お祈りを始めました。
でもこんなオスカー様の事ですから、やはり真面目にお祈りはしていないようですね。
ちらりと片目を開け、隣のアンジェリークのお祈りする様子を伺っています。
(本当に可愛いなぁ、俺のお嬢ちゃんは…。あんなに一生懸命、何をお願いしてるんだろう?やっぱり俺との事だよな…。そろそろ陛下から結婚許可が出ますように、とかか?それは俺もお願いしたいな。何せ、陛下は俺の昔の素行を嫌って、いつまでたっても大事なアンジェリークを嫁にやりたがらないときてる。その辺の頑固親父よりも手強いんだからな…)
オスカー様は思わず、心の中で溜息をつきました。
その時お祈りしているアンジェリークの口元が、嬉しそうに笑みを形づくりました。
そして同時に、頬がぽっ…と桃色に染まったのです。
(な、なんだ?どうして笑いながら恥じらってるんだっ?もしやお嬢ちゃんは、俺との結婚だけじゃなくて…こ、こ、子供が欲しいとか願っているんじゃないのかっっ???)
オスカー様の頭の中で、どっかーん!と勘違いの火柱が上がってしまいました。
こうなるとイケイケふぁいやー!なオスカー様の事です、思い込んだら止まりません。
(子供、子供だな。という事はもちろん、子供を作る為の下準備が必要だよな…。よし!俺が今すぐその願いを叶えてやるぞ!まずはどこか手ごろな場所を探して、あの着物を脱がせて…そう言えば昔読んだ時代物小説で、女性の帯をくるくるくる~ってほどくシーンがあったよな…。あれって男の究極の夢でもあるんじゃないか?やってみたい!ヤリたいぞ、お嬢ちゃぁぁぁあん!)
おやおや、どんどん妄想が暴走し始めてますね。
でも面白いんで、もう少しこのまま見守ってみましょう。
(しかしあの帯、一体どういう結び方になってるんだ?…ふむふむなるほど、下から通してぐるっと回して…あそこさえ解ければ、あとは一気に引っ張ればくるくる~と…。よしっ、大体わかったぞ!)
さすがは女性をベッドに誘い込む手練手管は天下一品と言われるオスカー様だけありますね。
あの難しい帯の結び方も、レーザー光線並みの眼力でさっさと看破したようです。
でもオスカー様、肝心な事を忘れちゃいませんか?
(はっ!脱がすのはこれでいいとして、終わった後はどうすりゃいいんだ?大抵の事は何でもこなせると自負している俺だが、さすがに着付けまではわからないぞ!こ、困った…)
そうそう、女性を脱がす事にかけては右に出る者がいないと言われてるオスカー様ですが、実は着せるほうはそれほどでもありません。
むしろオリヴィエ様あたりのほうが、着せるのはお上手そうですよね。
そんなオスカー様の内心の動揺などに気付くはずもなく、アンジェリークがお祈りを終えて晴れ晴れと顔を上げました。
「あれ?オスカー様はもう、お祈りし終わってたんですか?私ったらいつまでも欲張ってあれこれお願いしちゃって…恥ずかしいなぁ、うふふっ❤︎」
愛らしく小首を傾げ、両手を口に添えながら恥じらって微笑むその姿は、汚れを知らぬ天使そのもの。
で もオスカー様は、その恥じらいをおかしな方に解釈しちゃってます。
(欲張ってあれこれ…きっと俺と結婚もしたいし、子供も欲しいし、その前の下準備もあれこれ楽しみたいって事なんだな!よーしっ、全部俺に任せてくれお嬢ちゃん!絶対に何とかしてやるからなっっ!)
……それって全て、オスカー様の願望なんじゃ……
おぉっと!そんな事を言ってる間に、二人は神社から移動を始めました。
どうやら主星の街をぶらぶら散策してみようと、オスカー様が提案されたようです。
「オスカー様とこうやって主星の街を腕組んで歩くの、夢だったんですよー。嬉しいなぁ♪」
「お嬢ちゃん、せっかくこうして普通のデートを楽しんでる事だし、どこかでショッピングと洒落込まないか?流行りの洋服とか福袋とか、何でも好きなのを買ってやるぞ」
オスカー様、それって援交オヤジのような発言…げほっごほっ、大変失礼しました。
じゃなくて、どうやらオスカー様は着付けを諦め、着替え用の洋服を買っておこうというハラのようですね。
いやぁ、おさすがです。なかなかの策士ぶりですねぇ。
こういう事に関してだけは。
「でもオスカー様、元旦は宇宙中の祝日なんですよ?もちろんデパートもショッピングモールもみーんなお休みですし、初売りはどこも明日からなんです~」
がっくり。
オスカー様のそんな落胆が聞こえてくるようです。
心中お察しします、オスカー様…
しかし悪い事ばかりじゃありません、神(女王陛下?)はオスカー様の願いを見捨てていなかったようです!
「それよりなんだか、さっきのお屠蘇で酔っちゃったみたいで…帯も苦しいし、少し休みたいです…」
おおおお!まさに願ったり叶ったりの発言!
慌てて辺りを見渡すオスカー様の視界に、燦然と輝くラブホのネオンが!
都合良すぎですね。
「大丈夫だぞ、お嬢ちゃん!ちょうど休める場所が見つかったからな」
アンジェは酔ってとろんとした瞳で、オスカー様の指差した看板を見ました。
『ただいま空室あり・休憩2時間6000円・延長OK・着付けサービスあり』
なんだか不思議な看板だなとは思いましたが、酔っているのであまり深くは疑問を感じてないようです。
「疲れちゃったし、休めるんならもうどこでもいいですぅ…」
「よし、すぐに楽に…いや気持ち良くさせてやるからな、お嬢ちゃん!」
オスカー様は二つ並んだラブホの入口で、足を止めました。
右側の「ホテル・スティール」は、飾り気のない、グレーのシンプルな外観。
左側の「ウォーター・ドリーム」は、対照的にゴージャスな外観で、前庭には噴水までついています。
一番肝心の着付けサービスは、「ウォーター・ドリーム」でしかやっていないようで、オスカー様は迷わず進路を左に取られました。
入口の暖簾(のれん)をくぐると、奥にフロントが見えます。
どうやらこのホテルは、今時の自動でキーを受け取れるシステムではなく、昔ながらの受付にて前金を払う方式のようです。
しかしさすがは下界年齢ウン百歳(?)のオスカー様、昔のシステムだろうが現代のシステムだろうが全て経験済み、戸惑う事などありません。
「空いてる部屋を頼む。できれば一番いい部屋を」
受付の小さなガラス窓を少し開け、代金を差し出しながら言葉少なに頼みます。
できるだけさり気なく、受付の人間と顔を合わせないように。
さすがにこの辺のマナーは完璧、女性を待たせたり恥ずかしい思いをさせる事もありません。
「一番いいお部屋ですか…それでは当ホテル自慢の『ジェントリー・ウォータールーム』はいかがでしょう。クイーンサイズのウォーターベッドに、バスルームは噴水とミストシャワー完備ですよ」
「あっ、抜け駆けはいけないな~!『ビューティ・ドリームルーム』だって、イチオシなんだから。天井まで鏡張りのお部屋に、バスルームは各種マッサージオイルにジャグジー付き。どう、イイでしょ?」
あれ?なんだか聞き覚えのある声ですね。
オスカー様もそう思ったようで、恐る恐るガラス窓を覗き込まれています。
「お前ら…ここで何やってる?」
「あけましておめでとうございます、オスカー。あなたは挨拶もなしに『お前ら』ですか。全く、相変わらずですね…(溜息)」
「ハァ~イ、あ・け・お・め!私達は陛下の勅命で、ここに来てるんだよ~ん☆」
これは驚きました。
なんとリュミエール様とオリヴィエ様が、受付に座ってるではありませんか。
オスカー様も驚きのあまり、瞳をかっ!と見開いたままで固まっています。
「…陛下の…勅命だって?」
「そうなんだよ。主星ではここ数年、子供の出生率が低下していてね。このままでは文明が衰退すると危惧された陛下が、私達に命じて調査の為にこのホテルを建てさせたってワケ」
「わたくし達も普段は管理を人任せにしているのですが、元日にあなたがたがここを訪れるはずだとクラヴィス様の水晶球が告げてくださいまして…面白そうなので陛下にその旨をご奏上申し上げましたら、すぐにここを見張るようにとの仰せがあったのですよ」
オスカー様、なんだか顔色が悪いです。
大丈夫ですか?
「…部屋はキャンセルだ。俺達は隣のホテルに行く」
オスカー様はアンジェを小脇に抱えると、脱兎のごとく出口に向かわれました。
その背中に、リュミエール様のお優しい一声が。
「…お隣は、ゼフェルが経営者なのですよ」
オスカー様の足が、ぴたりと止まりました。
何かおぞましいものでも見たかのような表情で、ゆっくりと振り返ります。
「…なんだって?」
「ゼフェルも陛下に命じられてホテルを建てたんだけど、色気も何もないから閑古鳥が鳴いててさー。最近は独り身のビジネスマンばかりが宿泊客に名を連ねてるらしいんだよね、キャハハ☆」
「今日はゼフェル本人は受付に座ってはいなかったようですが…でも器用な彼の事ですから、聖地直通の盗聴器や隠しカメラなんかはあるかもしれませんね」
先程から事実を告げるだけのオリヴィエ様に対して、リュミエール様は実に巧妙にオスカー様の痛いところをちくちくと突いてきます。
さすがは同期の桜、長年付き合っている友人だけあって弱味を知り抜いていますね。
「うぅん…オスカー様、なんだか騒がしいけどどうしたんですか?私、帯が苦しくて気分が悪いです…」
オスカー様の小脇に抱えられたままのアンジェが、辛そうに言いました。
酔っているとはいえ、この状況を全く把握してないのが彼女らしいです。
「おやまぁ、それは大変です。すぐに帯を緩めて、休ませてさしあげないと…」
「オスカー、私達もそれほど野暮じゃないんだ。部屋の中で何やってるかまでは関知しないし、事細かく陛下に通報するつもりもないよ。とにかくアンジェちゃんを休ませたほうが良さそうだし、この辺のホテルで着付けができるのはここだけなんだから、休憩してけば?」
リュミエール様は「陛下に通報するつもりはない」というオリヴィエ様の言葉に微かに眉を曇らせました。
オスカー様も今の言葉に安心したのでしょう、「お前がそう言うなら、有難く休ませてもらうぞ」と、部屋のキーを掴んでから、もう一度だけ振り返りました。
「ところで…着付けって、やっぱりお前がやるのか?」
「当たり前だろ、私の着付けはその辺の師範代なんかよりずっと上手だよ!」
オスカー様は溜息をつきましたが、アンジェリークの体調が何より優先だと思い直したようです。
小脇にアンジェリークを抱えたまま、ダッシュでエレベーターに向かわれました。
部屋につくと、オスカー様はそっとアンジェリークの身体をベッドに横たえました。
帯を少し緩めてあげましたが、くるくる~とほどくのはどうやら諦めたようです。
気分の悪いアンジェをくるくる回すのも可哀想ですし、やはりオリヴィエ様と言えども、他の男にアンジェリークの着替えを任せるのは許せないのでしょうね。
「はぁ~、楽になったぁ…。オスカー様、ありがとう…」
「何か飲むか?ジュースにコーラにミネラルウォーター、なんでもあるぞ」
「あ、じゃあ冷たいお水がいいなぁ…」
オスカー様は部屋に備え付けられたミニ冷蔵庫からお水のボトルを出すと、コップに注いでアンジェに手渡しました。
お水をこくんと飲み干したアンジェはまだ酔っ払いつつも、すっかり気分は良くなったようです。
上体を起こして、ベッド周りの探索なんぞを始めてしまいました。
「ティッシュの横にあるこれ、ガムかなぁ?口直しに食べようっと❤︎」
アンジェリークは小さな銀色の袋を指でつまんで、オスカー様に見せました。
それは、もちろんお菓子なんかじゃありません。
明るい家族計画の為の、貴重なゴム製品です。
「ちょ、ちょっと待て、お嬢ちゃん…」
狼狽えるオスカー様を尻目に、アンジェリークは袋を破って中身を取り出しました。
「?何これ、風船…?」
アンジェはしげしげとピンク色のぬめぬめしたゴム製品を眺め回し、丸まってる部分をぴろろ~んと伸ばしたり、ちょっと舐めて「苦っ!」などと顔を顰めています。
聖地は特殊な環境下にある為、避妊しなくとも子供が出来ないので(MYテキトー設定)、避妊具など見た事もないアンジェは、これが何に使うものなのか想像もつかないのでしょう。
口に含んでぷぅーっと空気を入れて膨らませ、無邪気に手の上でぽんぽんとお手玉のように弾ませて遊んでいます。
(なんてお約束すぎる行動なんだ、お嬢ちゃん…!確かにそれは子作りには必要ないものだから、風船にして遊んでもいいんだが…じゃなくて!その無邪気さが、男を誘っているのに気付かないのかっっ?)
しかしアンジェリークの無邪気攻撃は、こんなもので終わりません。
「このベッド、真ん丸なんですね…珍しくないですか?それにこのボタン、『回転バイブ機能』ってなんだろう…?」
「お嬢ちゃん、それを押しちゃダメだ!」
オスカー様の制止の声も、一足遅かったようです。
ベッドはぶるんぶるんと謎の振動と共に、くるくると回り始めてしまいました。
「きゃ~!何ですかこれ?あああ、目が回るぅぅ~~~」
オスカー様は慌ててベッドに飛び乗り、STOPボタンを叩き押します。
ベッドは回転速度をゆるめながら、最後に2、3度ぶるっと震えるような上下動をして、事切れるようにぴたりと止まりました。
「大丈夫か、お嬢ちゃん?」
「び、びっくりした~!でもなんかこのお部屋、おっかしいのー!きゃははははっ!」
アンジェリークは急にハイテンションに笑い出したかと思うと、次の瞬間にはコテン、とベッドに横になりました。
オスカー様が覗き込むと、今ので再び酔いが回ってしまったのでしょうか、アンジェリークは真っ赤な顔をしてすぅすぅと眠っています。
少し抜けた襟元にこぼれる金色の後れ毛、桜色に染まった柔らかそうな耳朶、着乱れてめくれ上がった裾からは、真っ白な太腿がちらりと覗いてています。
赤い着物と白い太腿の艶かしいコントラストに、オスカー様の心拍数は一気に急上昇。
その上、身体を丸めたアンジェリークの腰の辺りには…見えるはずの下着のラインが、見えないではありませんか!
オスカー様はアンジェリークの隣に身を横たえながら、この悪魔のような誘惑と必死で戦っておりました。
(着物は下着をつけないのが本来のマナーだと聞いた事はあるが…まさか、お嬢ちゃんもそうなのか?いやだが、最近の女性はTバックとかでお茶を濁しているとも聞くし…確かめたい!確かめたいぞ、お嬢ちゃぁぁぁん!)
オスカー様はそろそろ…と着物の裾の方に手を伸ばしましたが、2、3度掌を握ったり開いたりを繰り返してから、思い直したようにその手を引っ込めました。
(ダメだ、ここでお嬢ちゃんの柔肌を見てしまったら…俺はきっと、もう自分を止められない。着物をむしり取ってでも、お嬢ちゃんをこの手に抱いてしまうかもしれん…。だが酔っ払って寝ている女性にそんな事をするのは最低だし、何よりも裸のお嬢ちゃんの着付けを、他の男にやらせる訳にはいかん!)
おお、オスカー様、素晴らしい自制心です!それでこそ男の中の男!
しかし痩せ我慢するのはかなり苦しいのでしょう。その表情は険しく、額には汗が滲んでいます。
その時、傍らで寝ているアンジェが、もにょもにょと何か寝言を口にし始めました。
「…オスカー様と、これからもずぅーーーっと一緒に、お正月を迎えられますように…」
アンジェはそう呟くと、うふふ、と口元に笑みを浮かべてぽっ、と頬を赤らめました。
どうやら先程の初詣のお願いごとを、夢の中でもお願いしているようですね。
そんなアンジェの可愛い寝顔に、邪心だらけだったオスカー様もすっかり毒気を抜かれてしまったようです。
「そうか…そうだよな。別に今、ここで無理に君を抱かなくたって構わないんだ。こうして一緒にいられるだけで、俺は幸せなんだし…」
そこでオスカー様は、思い出したようにクスっと笑われました。
「それに帯をくるくるする夢は叶わなかったが、ベッドの上でくるくる目を回す君が見れたし。こんな姿を拝める機会だって、そうそうあるもんじゃない」
笑みを浮かべたまま気持ち良さそうに眠る恋人の髪の毛をそっと撫でながら、オスカー様も幸せそうに微笑まれました。
「お嬢ちゃんの願いは、絶対に叶えてやるよ。来年も再来年も、ずっと一緒に過ごそうな…」
そうですよ、オスカー様。
ほら、昔から言うじゃないですか。笑う門には福来る、って。
お二人がいつも笑顔でいれば、きっとその願いは叶いますよ。
今年も来年も、その先もずっと。
二人で仲良く、お過ごしくださいね…
あとがき