Unforgettable Dream

第1話・夢を繋ぐ石


「本当に、大丈夫なのかなあ…」
金の髪の女王候補アンジェリークは、寮の自室のベッドの上で、地の守護聖から貰った美しいペンダントを目の高さに掲げてじっと眺めていた。

極光石のペンダント。
以前この石が呼び込んだ夢魔のせいで、宇宙は一時大きな危機に陥れられた。
しかしすでに夢魔は退けられ、今の宇宙には再び静けさが戻っている。

だが、この静けさは本当の意味での宇宙の安寧ではない。
この宇宙はゆるやかに滅びの時を刻んでおり、その流れを止める事はもう、出来ない。
その絶望の中でのただ一つの希望が、『新しい女王の誕生』なのだ。
アンジェリークは小さく溜息をついた。


1週間前、オスカーさまから森の湖に誘われ、そこで愛を告白された。
初めて見る彼の真剣な眼差し。
ずっと望んでいた、熱い言葉、彼の真実。
目が眩む程、幸せだった。

なのに、私は何も答える事が出来なかった。
オスカーさまの胸に飛び込み、心のままに「私も愛しています。女王候補をおりて、あなたと生きる道を選びます」と言えたなら、どんなに良かっただろう。
実際、その言葉が喉から飛び出しかけていた。
オスカーさまと過ごす甘い未来の映像が脳裏に浮かび、『女王になるより、ずっと楽で幸せだ』という誘惑の囁きが、絶え間なく心を襲い続けた。

だけど私は…その誘惑を甘受する事が出来なかった。
エリューシオンの民達の「天使さま」と呼ぶ声が、幸せそうな微笑みが、私を現実に引き戻した。
私の体内に存在するサクリアが、この宇宙の全てを愛せと叫んでいる。

大切な大切なエリューシオン。私の宇宙。
私は、この宇宙を見捨てる事なんてできない。

でも、オスカーさまの求愛を退ける事も出来なかった。
私だってずっと好きで好きで、泣きたくなる程愛して欲しいと願っていた。
なのに、やっとその願いが現実になったと言うのに…自分からその手を振り払うなんて出来なかった。
だからどちらを選ぶ事も出来ず、何も答えられなくて、ただその場から逃げ出した。

それからはオスカーさまの顔を見れず、ずっと避けてしまっている。
このままでいいはずがないとわかっているのに、自分の中で決断を下せなくて、ずるずると結論を先送りしていた。

そして今日。
土の曜日の大陸視察で、エリューシオンの育成が終了目前なのに気がついた。
急激に発展した街が中の島のすぐ側まで迫っていて、フェリシアとの育成の差を考えても、月の曜日にも私が女王になるのは間違いないだろうと思えた。
でも…このままオスカーさまに告白の答えも返さないまま、女王になってしまっていいのだろうか?

悩みながら帰ってきた私の前に、オスカーさまが現れた。
女王候補寮の門の前に立つ、遠目からでもはっきりとわかる長身と印象的な赤い髪。
その姿を認めた途端、私は反射的に逃げ出してしまった。

「お嬢ちゃん?」
寮とは反対方向に駆け出す私に気付いたオスカーさまが、後を追ってくる。
逃げられるはずなんかない。すぐに追い付かれ、腕を掴まれた。
だけど、オスカーさまに何も答えてあげていないずるい私は、どうしても彼の目をまっすぐに見る事が出来ない。
もうこれ以上結論を引き延ばす時間などないと言うのに、それでもまだ、私の心は迷っていた。

「逃げないでくれ…!」
絞り出すような、ひどく掠れた声に驚き、思わず振り向いた。
そこには、今までに見た事もないような苦しげな表情のオスカーさまが立っていた。
その瞳の放つ暗く悲しい色に、私は驚きのあまり声も出せなかった。
自信家で、いつも他人を圧倒するような輝きを放っていたこの人の目に、こんな翳りを与えてしまったのは、私なんだ。
私のしている事は、愛する人を余計に傷つけていただけだったなんて。
オスカーさまをこれ以上苦しませたくなんかない。
ああ、でも一体、どうすればいいんだろう?

余程困った顔でもしていたのだろうか。
私を見つめるオスカーさまの瞳が、なだめるような優しい色を含んで、小さく微笑んだ。
「…すまなかった。俺の告白は、重荷になっただけなんだろう?愛されてなかったならそれで構わない。ただ…こうやって避けられるのは、正直言って結構きつい」

ああ、そうじゃない、違うの。
私もオスカーさまを愛してる。
でも同じくらいの重さで、この宇宙も愛している!

「元々俺は、君こそがこの宇宙の女王に相応しいと信じてきた。だから、自分の思いを言うべきではないと思っていたんだが…もしかして君も俺の事を好きなんじゃないか、なんて勘違いをしちまったんだ。もしそうなら俺は、君が女王になっても愛し抜く覚悟でいた。だがそれは、とんだ思い上がりだったんだな。結局俺は…本気で好きな女性の気持ちだけはわからなかった、って訳だ」

肩を竦めながらわざと軽い口調で自嘲気味に話す彼の言葉に、ひどく衝撃を受けた。
私が女王になっても、愛するつもりでいた?
そんな事、できるはずがない。
だって女王になったら、その姿は一般の人間はおろか、守護聖にすらほとんど晒す事は出来なくなるのだもの。
そんな状態で、一体どうやって愛を育もうと言うの?

「君はもうすぐ女王になるだろう。俺は君への思いを断ち切り、一人の忠実な臣下として新女王に忠誠を誓う事を約束する。だから最後に…君の口からはっきりと、俺の事など愛してないと言って欲しいんだ。言いづらい事を言わせるのはわかっている。だが、そうしないといつまでも俺は期待しちまって、勘違いが直せそうもないんでな」

オスカーさまは口の端を片方だけ上げ、いつものような軽い笑みを浮かべた。
なのにその瞳の奥は、苦しげな色を孕んだままだ。
私は胸がきりきりと引き絞られるような痛みを感じた。

「…オスカーさま、明日の朝……私の部屋に来てくださいますか?その時に、ちゃんと私の気持ちを全部お話しします」
震える声でそう告げた。
オスカーさまが今話してくれた事を、もう一度良く考えたい。
そして、どういう結論を出すにしても…きちんと自分の言葉で伝えなければ。
それがオスカーさまを傷つけた自分にできる、唯一の償いだと思った。

彼は「わかった」と一言だけ言うと、跪いて私の手を取り、指先に小さく口づけを落としてからその場を去った。
すでに臣下であろうとするような儀礼的なその仕種に、心の奥が軋んだ。

アンジェリークは自室に帰り、ベッドの上に身を横たえながら、ずっとその事について考え込んでいた。
オスカーさまの言う通り、あなたを愛してませんと嘘をつくの?
ううん、そんな事はしたくない。
じゃあ、あなたを愛してます、って正直に言う?
でもあなたの手は取れません、私はあなたより女王の座を取ります、なんて残酷な真実を告げるの?

でも、それでも…オスカーさまは女王になっても愛し抜く、と言ってくれた。
本当にそうなら、私は女王の座とオスカーさま、両方を取りたい。
でも、愛してると伝えて女王になって、その後一度も会えなくなって、オスカーさまの思いが離れていくのを黙って見ている事しか出来なくなって-----
そんな辛い思いをするくらいなら、いっその事最初から愛してないと嘘をついた方がいいんじゃないの?

ああ、また堂々巡りになってしまう。
どれだけ考えても、自分が納得の行く答えを導き出す事が出来ない。
だからといって、こんな事誰にも相談する訳にもいかない。
迷路にはまり込み、同じところをぐるぐる回って時間を無駄に消費しているだけだ-------

ぼんやりと考えながら、アンジェリークはドレッサーの上に何気なく視線を移した。
そこにはルヴァさまから貰った極光石のペンダントが、鈍い光を放っている。

-----そういえば、あのペンダントって望む夢を見せてくれるんだっけ…

そこで思わず、がばっと身体を起こした。
そうだ、もし本当に望む夢を見せてくれるなら…私とオスカーさまの未来を、見る事は出来ないだろうか?
そんなのってずるいかもしれないけど、もうこれ以上考えても、自分では何が一番いいのか判断できないのだもの。

アンジェリークは立ち上がるとペンダントを手に取り、もう一度ベッドに戻った。
しかし、いざ願いをかけて眠りにつこうとすると、不安が頭をもたげてきて、眠る事が出来ない。
何と言ってもこの石のせいで、いろいろ危険な事が起こったのだ。
新女王の誕生を目前にして、自分の身に何かが起こったら、取り返しのつかない事になってしまう。

再び身体を起こすと、手にしたペンダントを目の高さに掲げてゆっくりと眺めた。
その複雑で美しい輝きを見ていると、不思議なほど心が和んでくる。
沢山の色が主張しながら混じりあっているのに、一つの石の中で完璧なまでに調和の取れた輝きを放っていて----
そうだ、この石を初めて見た時、守護聖さまたちみたいだ、って思ったんだっけ。
こうして見ていても、この石がそんなに危険なものだとはどうしても思えない。
むしろ、自分にとって護りの力になっているような気さえする。

よし、自分の直感を信じよう。
誰にも相談できない事だけど、極光石さん、あなたを信じてみる。
あなたにだけ、私の悩みを打ち明ける。
だからお願い、私とオスカーさまの未来を、見せてください-------!

アンジェリークはペンダントをもう一度握りしめると、ベッドに横たわって静かに目を閉じた。