Unforgettable Dream

第2話・密会

ペンダントを握りしめて目を閉じると、今度は不思議なくらいに気持ちが落ち着いてくる。
ゆっくりと意識が闇に飲み込まれ、アンジェリークは静かに眠りに落ちた。


気がつくと、自分の身体がふわふわと宙を漂っている。
(あれ…これって、夢の中なのかな…)
夕日の差し込む美しい景色の中を、アンジェリークは漂い続ける。
見た事があるようで、ほんの少し記憶とは違う空間。
(ここは…飛空都市と似ているけど、ちょっと違う…。もしかして、ここって聖地なの?)

しばらくすると、目の前に聖殿へと続く門が見えてくる。
ここは覚えがある。初めて聖地に召された時に、確かここで…馬車を降りたような。
そのまま門を抜け、誘われるように聖殿に入っていく。
見えない力に操られているかのように、勝手にどんどん奥へと進んでいく。
かなり奥まったところにある重厚なドアを、どん、と身体ごと突き抜けた。
(きゃっ?!い、今のは何?私の身体って、夢の中だから実体じゃないのかしら?)

ドアを抜けた先は、定期審査で度々訪れた女王謁見の間。そこに見知った顔がずらりと並んでいた。
(何だろう、守護聖の方々が勢揃いしてる。でも皆様、何となく感じが違う…。あっそうか、服装や髪型が違うんだわ)
自分の知っている正装とは違う服に身を包んだ守護聖達は、アンジェリークの姿が見えないらしく、誰一人としてこちらを振り返る者はいない。
オスカーももちろんそこにいたが、彼は雑談する他の守護聖達とは違い、表情を引き締めたまま背筋を伸ばし、じっと奥の壇上を見つめている。
ざわめく守護聖の前に、補佐官の正装に身を包んだロザリアが現れた。
「女王陛下がお出ましになります。皆様、ご静粛にお願いいたします」

(ロザリアが補佐官…?という事は、私はやっぱり、女王になったの…?)
アンジェリークは、ごくり、と唾を飲み込んで奥を見つめた。
部屋の一番奥には幾重にも紗のカーテンが引かれた場所があり、うっすらと玉座が透けてかいま見える。
程なくしてその場所に、ピンクのドレスに包まれた女王の姿が薄く映った。
ぼんやりとはしているが、金の髪の輝きが、カーテン越しにもはっきりと見える。
(あれは…私?それじゃあ、オスカーさまは…)

視線を移して、アンジェリークは息を飲んだ。
オスカーが、こちらが苦しくなる程切ない目をして壇上を見つめている。
切ないのに、燃えるような瞳の色。
それは恋い焦がれる人を見つめる目に間違いなかった。

(ああ、私はやはり女王の座を選んだのね。 そしてオスカーさまのあの瞳…。決して諦めてはいない、強い光を放っている瞳。 あの方がこの恋を諦めていないのだとしたら、私は…心の真実を伝えたんだろうか?)

ジュリアスが一歩前に出て、惑星の危機を回避したとの事項を、手短かに報告する。
オスカーの視線はその背中を通り越し、じっとその先の1点を見つめ続けていた。
「…ありがとうございました、ジュリアス。この件はずっと気になっていましたから、無事に解決してくれて本当に嬉しいです」
自分の声が、カーテンの奥から聞こえてきた。
それは今の自分よりほんの少し大人びていて、優しげでありながら微かな威厳すら感じさせる。
「これにて謁見を終了いたします」
ロザリアの凛とした声が謁見の間に響き、女王は紗のカーテンの奥からその姿を消した。
オスカーは、女王の姿が見えなくなるその瞬間まで、息を詰めるようにして身じろぎもせず奥を見つめていた。

たった10分程の短い時間。
ざわざわと立ち去る守護聖達の会話から、この謁見が2ヶ月ぶりだったという事を知る。
そんなに会えないなんて。
例え私達が愛しあっていたとしても、それで辛くはないのだろうか?

女王宮から立ち去るオスカーの後を、慌てて追う。
きびきびと大股で歩く後ろ姿は、今までと何ら変わりがないような気もした。
しかしその横顔は口元が強く引き結ばれ、明らかに緊張を帯びている。
そのまま彼は、聖殿を後にした。
外は闇が空を覆い始め、美しい月明かりが道を照らしている。

オスカーは私邸に戻ると、私服に着替えて部屋で一人、グラスを傾けていた。
灯りもつけず、ただじっと窓から見える白い月を見つめている。

寂しくは、ないのだろうか。
私の知っているオスカーさまは、いつも美しい女性達に囲まれて笑い声を上げ、華やかな生活を送っていた。
でもこうして一人で静かに佇む彼は、近寄り難いような静けさに包まれ、まるで別人のようにも見える。
だけどその真っ直ぐな青い瞳は、決して暗く陰ってはいなかった。
私はやはり、愛していると伝えたのだろうか。
その言葉がオスカーさまに力を与え、寂しい思いをさせていないのだろうか?

月に雲が掛かり、部屋の中が薄闇に包まれた。
その瞬間、彼の目に何か強い光が宿ったように見えた。
グラスを置くと素早く立ち上がって階下に降り、玄関に立つ執事に「今日は遅くなる」と一言だけ告げて、外へ出ていく。

(こんな時間に…どこかに遊びに行くんだろうか。誰か、約束している女性でもいるのかしら?)
アンジェリークの心に悲しみが波のように打ち寄せたが、さっきの謁見での僅かな時間を思い出し、これもしょうがない事なのだ、と自分に言い聞かせた。
あんな刹那な時間、しかもカーテンに遮られてお互いの姿も良く見えない恋なんて、オスカーさまに辛い思いをさせるだけだ。
それならこうして華やかに暮らしてもらったほうが、きっと彼の為に良い事なのだから。

オスカーは暗闇の中を、大股でかなりの早さで歩いていく。
向かった先は-----聖殿だった。
(あれ?何か、忘れ物でもしたのかな?)

オスカーは入り口の警備兵に、「執務室へ行く」と告げて奥へと向かっていった。
長い回廊を進んで、周りに誰も見えなくなると----突然身を翻し、中庭へと向い直す。
中庭を抜けると、ひときわ高い塀と重厚な門に囲まれた建物がある。
(ここは…さっき女王謁見の間があった場所----という事は、ここは女王宮?)

心臓が、どくり、と高鳴る。
(まさか、オスカーさま?)

塀の周りには等間隔に警備兵が配置され、どこからも忍び込めそうな場所はない。
オスカーは慣れた足取りで兵から見えないように裏手に回ると、使用人が使うような小さな門の前にある茂みに身を隠して様子を伺っていた。
しばらくすると、衛兵の交代時間らしく、門前に立っている兵士の元へ別の兵士がやってくる。
兵士達は互いに挨拶を交わした後、新しい兵が門の前に立つ。
それを確認するとオスカーは身を起こし、真直ぐにその兵士の元へと歩き始めた。
そのあまりに堂々とした振る舞いに、アンジェリークの鼓動は一層早くなっていく。
(オスカーさま、女王宮に忍び込むつもりなの? もし見つかったら、守護聖といえど重罪に問われるのは間違いないのに!)

オスカーは衛兵に小さく手を上げ、無言で頷く。
その衛兵の顔には、見覚えがあった。
(あの人…確か飛空都市で、オスカーさまの側近だった人じゃないかしら。 武芸にも秀でて、最も信頼できる頼れる部下だ、って言っていた気がする…)
衛兵は小さく頷き返すと、まるであさっての方へと向き直った。
そこに人がいるのなど、見えていないかのように。
オスカーは口元に小さく笑みを浮かべると、音もなく門の間を抜け、女王宮のエリアへと入っていく。

そこからの彼の動きは、まるで暗闇に溶け込んでしまったかのようだった。
警備兵の配置されている箇所を巧みにすり抜け、赤外線等の警報装置でもあるのか、見えない糸をくぐり抜けるかのように身体を低く屈めたり、壁際をつたったりして素早く目的の場所へと向かっていく。
警備の位置も何もかも頭に入っていなければ出来ない、それ程素軽い動きだった。

やがてひときわ豪華な装飾の施された建物の前に辿り着くと、オスカーは近くの木によじ登り、そこから白い柵に囲まれたバルコニーへと飛び移った。
バルコニーには、一人の女性が夜着の上にローブを纏って立ち尽くしている。

オスカーがバルコニーに降り立つのを確認すると、女性は地面を蹴ってまるで羽が生えたかのように軽やかにその腕の中に飛び込んだ。



「オスカー、会いたかったわ…!」
「アンジェリーク、俺もだ。会いたくて、気が狂いそうだった…」
二人はきつく互いの身体を抱き合ってから、すぐにその身を離した。
「さ、早く中に入って。誰かに見られたら、大変だから…」
囁くように告げる女性と寄り添いながら、音もなく二人は部屋の中へ消えた。

あれは…私だ。
今よりもだいぶ髪が伸びて、大人びてはいたけれど。
間違えようもない、私に、オスカーさまは会いに来ていたんだ。
私は女王になり、それでも彼は、危険を犯してまで私との愛を育んでいる。
こんなにも、オスカーさまは私を愛してくれている…!

喜びで、涙が溢れそうだった。
幸せな自分の未来に、オスカーさまの未来に。

もう少し、この幸せな事実に酔いしれたくて、アンジェリークは二人の消えた部屋の中へと歩を進めた。
淡いシャンパンベージュ色のカーテンを、そっと開けてみて…目の前の光景に、驚きで身体が凍りついてしまった。

部屋に入ってすぐの場所で、二人は立ったまま絡み付くように抱き合い、口づけを交わしていた。
オスカーは口づけながら自分の着ているものを、慌ただしく脱ぎ捨てていく。
女王であるアンジェリークも服を脱がすのに手を添え、もどかしげにスラックスのボタンを外している。
その間も二人の唇は休む事なく互いを貪り続け、熱い息遣いと共に睡液が一筋、女王の口元から零れ落ちていく。

あっという間にオスカーは一糸纏わぬ姿になり、今度は女王の首筋を甘く噛みながらローブを肩から落とす。
ロングのスリップドレスから覗く華奢な鎖骨に舌を這わせ、そこを強く吸い上げて紅い印を散らしていく。
そのままドレスの肩紐を口に銜えてゆっくりと下に落とし、片方だけ露になった女王の乳房を大きな手で包み込むように揉みしだいた。

「あっ…」
女王の口から、甘い吐息がもれる。
オスカーは待ちきれないようにもう片方の手で残った肩紐を下ろすと、ドレスはさらりと衣擦れの音を残し、床へと滑り落ちた。
小さなレースの下着が僅かに下半身を覆い隠している、そんな姿のまま、二人は熱情の赴くままに激しくお互いを求めあった。

カーテンの奥で震える、女王候補の姿に気付く事もなく。