Unforgettable Dream

第4話・未来へ

気がついた時、自分は女王候補寮のベッドの上にいた。
窓から差し込む朝日が、かなり眩しく感じられる。
(あれは………夢?)

でも、心臓がまだ、高鳴っている。
身体中が汗ばみ、全身に力を入れていたような疲れと、気持ちのよい虚脱感が混在している。
何よりも----自分の両手が、まだネグリジェと下着の中に、入っていた。

アンジェリークは自分の乳房を掴んでいる手の中に固い違和感を感じて、視線をそこに落とした。
少女っぽいデザインのネグリジェは胸元まで大きくまくり上げられ、左手が極光石のペンダントと共に、むき出しになった乳房を強く掴んでいる。
そして…右手は、下腹部を覆う小さな下着の中に差し入れられている。
そっと手を下着から引き抜くと、まだ熱を帯びた指先が愛液にまみれていた。
それを見た途端、先程までの夢の記憶が鮮明に呼び起こされ、自分のとった行動を思い出して顔がかぁっと熱くなった。

やっぱりあれは夢であり、未来の現実でもあるんだ。
私は女王になり、宇宙は滅びてはいなかった。
そして----私とオスカーさまは秘密裏に愛を育て、切ない程ただ純粋にお互いを求めあっていた。

極光石はなぜ、私にあの夢を見せたのか。
私が女王の座とオスカーさまとの恋の両方を取ったと伝えるだけなら、他にもいくらでも見せられる夢はあると思う。
でも、普段の私達がろくに会う事も出来ない事実、その事実を危険を犯してまで乗り越えてくれたオスカーさま、そして----やっと会えて、短い夜だけの時間を激しく求めあっていた、私達。
その全てを見せられてはじめて、私にもわかった事がある。

女王と恋、その二つを得る道は、簡単なものじゃない。
オスカーさまに身の危険を犯させて、そうでもしなければお互いが狂ってしまうんじゃないかと思う程の、激しい恋。
きっと極光石は、私にその覚悟があるのか----どんな苦難を乗り越えてでも、あの激しい愛を貫く覚悟があるのか---を、あの夢を見せる事で問いかけたかったんだと思う。

もし私がこの愛を貫く覚悟が持てないのだったら、あの夢のような未来はあり得ないだろう。
あの夢は未来の一つの選択肢ではあるけれど、きっとあれが全てじゃない。
そうだ、なんで気付けなかったんだろう。
未来は、まだ決まっていない。そんな決まった運命なんて、ない。
私が今、どう決断するか。それによって道は変わるはず。

あの夢は今から何年後なのか、私達はどのくらいの割合で秘密の逢瀬を続けているのか、詳しい事は全くわからなかったけど---でも、ただ一つ確かなのは---私達は愛しあっていて、互いに幸せだったという事。

そこで突然、ジリリリリ、という金属音に思考を中断された。
目覚まし時計の針が、朝起きる時間をを指している。
(そうだ………オスカーさまが、これからここに来るんだ)

アンジェリークはのろのろと起き上がると、まだ気怠い身体を目覚めさせるべくシャワールームに向かった。
熱い湯を浴びていると、意識がだんだんスッキリとしてくる。
昨日までのぐじぐじと悩んでいた自分の淀んだ気持ちまでもが、お湯と一緒に洗い流されていくようだ。
そのまま身体をシャボンで擦っていると、自分の身体が昨日よりずっと愛おしく思えてきた。

ずっと華奢で子供っぽいと思っていた、私のからだ。
でも、これからこの身体も心も何もかも、オスカーさまに愛してもらうんだ。
恥じる事なんて何もない、オスカーさまに私の全てを----見て欲しい。


シャワーの後朝食を取り、身支度を整えていると、チャイムが鳴った。
ドアを開けると、約束通りの時間に、オスカーさまが立っていた。
私に最後の別れを告げられると覚悟してきたのだろう、悲しみの色に染まっていた瞳はいくぶんスッキリとして、これから起こりうる全ての事象を受け入れようと、風が凪いだ穏やかな海のような静かな色に変わっていた。

「オスカーさま、どうぞ中へ」
部屋に迎え入れ、カプチーノを入れる。
今まで何度、こうしてこの人の為にカプチーノを煎れ続けただろう。
最初の頃はよく失敗して、泡が全然立たなかったり、その逆になっちゃったり。
その度にオスカーさまは、笑いながらも美味しそうに飲み干してくれた。
あの笑顔を、今度は----私が、守らなくては。

「……お嬢ちゃんにこうしてカプチーノを煎れてもらうのも、今日で最後だな」
カップを手にして大切そうに香りを楽しみ、それを口にするオスカーさまを見ていたら、何故だか急に………涙が出そうになった。
どうしてこの人の手を取れないなんて、思い込んでいたんだろう。
そんな事、できるはずがないのに。
愛している人を不幸にしてまで、自分に嘘をついてまで宇宙を守っても、そんな宇宙が幸せになるとは思えないのに。
……こんなにも、この人を愛しているのに。

「……美味しいですか、オスカーさま」
「ああ、すごく旨いな……」
本当に穏やかな表情で微笑んでくれるオスカーさまに、私は堪えていた涙が零れ落ちて、慌てて手で拭いながら背を向ける。
「お嬢ちゃん?」

オスカーさまが立ち上がり、私の真後ろから心配そうに肩に手をかける。
もう、この優しい人に心配をかけてはいけない。
今、ちゃんと自分の思いを伝えなければ。
私はしゃくりあげそうになる自分を奮い立たせた。

「オスカーさま……私、エリューシオンを…、この宇宙を、愛しています」
「…ああ、わかっている。君がどれだけこの世界の全てに愛を注いできたのか。だから、その愛が俺一人に向く事は無いのも知っている。だが、そんな君だからこそ…俺は君を愛したんだ…」
何を言われるか知っていたかのように、オスカーさまの声は落ち着いていた。
私は首を小さく横に振った。

「でも、オスカーさまの事も…同じくらい、愛してるんです…」
その瞬間、空気が止まった。
後ろにいるオスカーさまが息を飲み込むのが、背を向けていてもはっきりとわかる。
「ずっとずっと、あなたが好きでした………。あの日、オスカーさまに愛を告げられて、本当はすごく…嬉しかったんです…」

緊張で声が掠れて、語尾が不明瞭になる。
私は息を大きく吸った。
「宇宙とオスカーさまのどちらかを選ぶなんて出来なくて、どう答えたらいいのかわからなくて、オスカーさまを避けていました。でももし、本当に女王になっても愛していただけるのだったら、私……オスカーさまを、諦めたくないんです。宇宙の幸せを願うのと同じくらい、オスカーさまも…幸せにしたいんです!」
叫ぶように言葉を吐き出しながら振り向くと、恐いくらいに真剣な瞳がすぐ目の前にあった。

「今の言葉は、真実なのか?」
信じられない、というような響きと共に、肩に乗せられた手に力がこもっていくのがわかる。
震えながらもその瞳を見つめ返し、小さく頷き返すと---突然、肩を引き寄せられた。
視界がオスカーさまの胸で一杯に占められ、息ができないくらい強く抱きしめられる。

「アンジェリーク…………」

いつも甘い言葉が流れるように紡ぎ出されるその唇からは、今は掠れるように自分の名を呼ぶ声しか聞こえない。
それが逆に、彼の真実の重さを物語っているようで、胸の奥が熱くなった。

そっと顔を上向かせられ、優しい口づけがおりてくる。
それは夢の中で見たような情熱的な物ではなかったけど、オスカーさまが私を慈しみ、大切に思ってくれている気持ちが流れ込むように伝わってくる。

「オスカーさま………」
口づけの後、私はオスカーさまの胸に顔を埋めていた。
昨夜、なぜ極光石は私に、あの夢を見せたのか。
その意味を考えた時、自分の中にある一つの決意が宿った。
でも、いざそれを言おうとすると、恥ずかしさで言葉が出てこない。

オスカーさまの大きな手が私の髪を優しく撫で、時折唇が髪に触れるのがわかる。
それだけの事なのに、昨日の夢を思い出して、身体が熱くなってしまうのが止められない。
心臓が胸骨を激しく叩きつけ、耐えきれなくて思わず腕から逃れて背を向けた。

「アンジェリーク?」
幸せの色を含んだ甘い声と共に、もう一度そっと後ろから抱きしめられた。
耳もとに熱い吐息を感じて、ふるり、と身体が震えた。
身体の奥から沸き起こる熱が、私の勇気を奮い立たせる。

「オスカーさま…私は、女王になります…。だけど今、1人のただの女として…私を、オスカーさまのものにしてください……!これから女王になって、たとえあなたと会えなくても…決してあなたを忘れないように------!」

私を柔らかく抱きしめるオスカーさまの身体が、一瞬こわばったような感じがした。
勇気を出して振り向くと、驚きと熱さを含んだ燃えるようなアイスブルーの瞳が、触れあうくらいすぐ目の前にある。

もう、互いに言葉はなかった。
もう一度強く抱きしめられ、今度は深く貪るようなキスがおりてくる。
オスカーさまの首に腕をしっかりと巻き付けると、そのままもつれ込むように二人でベッドに倒れこんだ。

夢の中の情熱そのままに、オスカーさまに愛される。
初めての痛みも、何もかもが幸せだ。

明日、私は女王になる。

でもこの人がいる限り、私は宇宙の全てを愛し、守り抜いていける。
愛する人のいる世界を、その人ごと愛し、守り、育んでいく。
きっと幸せな宇宙を創っていける、そんな予感がする。

「オスカーさま、ずっと…そばにいてくださいね…」

小さな声で呟くと、オスカーさまが腕の中に私を抱き寄せ、幸福そうに微笑んだ。



Fin.