Hell or Heaven

~第2章・地上に降りた女王(2)~


アンジェリークが目覚めると、そこは見なれた女王候補寮のベッドの上だった。

───今のは、夢…?

しかし意識がはっきりしてくるに連れ、自分の体内に存在するサクリアが、眠る前とは全く異なる性質のものになっているのに気がついた。
身体中に力が漲り、何もしなくともサクリアがこの身から溢れて空気を満たしているのを感じる。

やっぱり、あれは夢なんかじゃない。
私は、新しい宇宙の女王になったんだ。
そして旧宇宙で女王陛下のお言葉に導かれ、星々の命を救った。
私は、やったんだ。
大切な事を、成し遂げたんだ───

窓の外を見ると、既に日が暮れて夜空には星が瞬きはじめている。
こうなった以上、すぐにでも王立研究院から迎えが来るだろう。
そう考えて、ベッドから身を起こそうとした瞬間───
「つっ!」
足の間に感じる鈍い痛みに、アンジェリークは思わず声を上げた。

良く見ると、自分は裸のままブランケットにくるまれている。
足の間に力を入れないようにそうっと半身を起こし、ブランケットをめくると…
シーツに点々と、赤い血の染みがついていた。



そうだ。
私…オスカーさまに、抱かれたんだ……。

まだ身体の中に残る、オスカーさまの感触。
抱かれている間中、一度も私は目を開けなかったけど、それでもあの行為の生々しい感触や快感が、まだ私の身体にはっきりと刻まれている。

まさか、こんな事になるとは思ってもいなかった。
でも私は確かにあの行為によって、救われたんだ。
私の中にあった醜い感情や、女王になる事への恐れや、戸惑い。
それらは全て、オスカーさまの情熱的な行為に掻き消され、圧倒的な快感と共に意識の隅へ追いやられた。
例えあの一時だけであろうとも、私は確かにあの瞬間、気が狂いそうな負の感情から解放されたのだ。
そうして安らかで穏やかな気持ちのまま、女王になる事が出来た。
こんな気持ちになれなかったら、きっと宇宙を救う事など出来はしなかっただろう。

でも、私は自分が…許せない。
私はあの時、オスカーさまに抱かれているとはっきりと自覚していながら、その事実から目を逸らし続けていた。
愛している男性との行為ではない事に自己嫌悪のような感情を抱き、あろう事か、オスカーさまに貫かれながらジュリアスさまの笑顔さえ思い浮かべてしまっていた。
あんなに私の事を案じてくれて、その身を持って救ってくれた優しいオスカーさまを…私は、利用してしまったのだ。

オスカーさまは女性とそういう関係を沢山持っていて、軽い気持ちでその行為を行なっている、という噂も聞いた事がある。
もしそれが真実なら、オスカーさまにとって私と関係を持った事など、たいした意味はないのかもしれない。
私があの人を利用してしまった事も、彼にとっては取るに足らない小さな事なのだろう。
オスカーさまにとってあの行為は、悲しんでいる女性を慰める最良の方法だという事を、知っていて行なっただけに違いない。

でも幾らそう思おうとしても、私は自分を許す事は出来なかった。
私は、いつか愛する人にこの身を捧げるのを夢見ていた。
それまでは自分の身体を大事にしようと、周りの友人達より遅れているのも全く気にしていなかった。
なのに…私は、自分の心の弱さに、負けたんだ。
たとえオスカーさまが気にしていなくとも、私があの人を利用してしまった事実に変わりはない。

家族と別れ、寂しくて泣きたい日々を救ってくれた、兄のように優しいオスカーさま。
私はもう、あの人を兄と慕う事は許されない。

兄と妹が決して超えてはいけない一線を、私達は超えてしまったのだから。



翌朝、女王となったアンジェリークは飛空都市の謁見の間に呼び出され、そこで仮の儀式として、前女王からの譲位の儀を行なった。
しかしその場には前女王陛下もディアの姿もなく、前女王の代行役として首座の守護聖・ジュリアスにより、儀式は滞りなく執行された。
明日にも新女王となったアンジェリークと新補佐官ロザリア、守護聖達は聖地へと移り、そこで正式な女王即位の儀式が行なわれる。
準備やら何やらで目の回るような忙しさの中、それでもアンジェリークは前女王とディアへ思いを馳せずにはいられなかった。

女王陛下。
私、明日の女王就任の儀で、新しい宇宙を創る為の最初の一歩を踏み出そうと思ってます。
醜い心を抱えたままの私が、それでも少しでもこの宇宙の為に何ができるか、考えたんです。
あなたに、私の最初の一歩を見てほしい。
それが私を信じてくれたあなたにできる、唯一の恩返しなのです。

ですからどうか、どうか御無事で────!