Hell or Heaven

~第4章・a fair affair(2)〜

アンジェリークは今日も赤い薔薇を身に付けていた。
最近は週に2回のペースでオスカーを呼ぶようになっている。
この秘密の関係を続けるようになってから、もう既に半年が経っていた。

赤い薔薇を付けて謁見の間に行くまでの、恥ずかしいような緊張感。
紗のカーテンが開いて守護聖達の前に姿を現わす瞬間、誰よりも先にオスカーの視線を強く感じる。
そっと目を向けると、氷のような透明な青い瞳が熱を帯びて、ひたと私を見つめている。
あの炎のような強い視線に絡め取られる瞬間、私の身体の奥底にも火が灯り、あっという間に燃え広がっていく。

もう彼に抱かれる夜を想像してしまい、期待に胸が高鳴ってしまう。
そう、最近の私は───間違いなく、オスカーを待ち望んでいる。

オスカーが来ない夜は、寂しくて一人で小さく身体を縮こまらせながら、なかなか眠れない夜をやり過ごす。
毎日でも赤い薔薇を身に付けてしまいたいという誘惑を何とか押しとどめ、彼だって毎日呼ばれたら迷惑なんだから、我慢しなさいと自分に釘を差す。

だけど赤い薔薇を付けた日のオスカーの燃えるような瞳を見てしまうと、彼も私に会いたかったのでは?という思い上がりの感情を、ついつい心に抱いてしまう。
今までは単なる同情で私を抱いているのだろう、と思っていたけれども。
オスカーは私に何か別の感情───例えば強い欲望とか───?を抱いているような気がしてしょうがない。

でも、それを確かめる勇気が私にはない。
私は確かにオスカーが来るのを待ち望んでいるけれど、それは『オスカー』その人を待っているのか、それとも単に『彼の身体』だけを待っているのか────?

自分でも、よくわからない。
オスカーとの行為にのめり込み過ぎていて、彼が好きなのか、それともただセックスそのものが好きなのか、経験の浅い私にはまるで判断がつかないのだもの。
もし私がオスカーの肉体だけをただ待ち望んでいるのだとしたら、彼が私に強い欲望を持つのは悪い事ではない。
だって二人の望みが一緒なら、互いに対等に身体だけの関係を、気楽に持つ事が出来るのだもの。

だけど、もし…もし、私が待っているのが『オスカー』その人なのだとしたら?
なのに彼にはそんな気はなくて、ただの欲望の発散の場としてしか私を望んでいなかったら?
それを知るのが怖くて、行為の最中の彼の瞳を見る事が出来ない。
オスカーの瞳を見てしまったら、私は自分の心が何を求めているのか、きっと気付いてしまうだろう。
そしてオスカーが私に何を求めているのかも────きっと、彼の瞳には全て映っている。
だから恐ろしくて、目を開ける事が出来ない。

私は本当に勝手な女だ。
つい半年前までは、ジュリアスの代わりとしてオスカーの身体を利用したくせに、もしオスカーも私の身体を利用していたら…と考えるだけで、不安で胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
あんなに私を救ってくれて、確かに無償の愛を注いでくれた人なのに。
この身体くらい利用されたって、別にいいじゃないの。
今の私の心には、ジュリアスへの思いも、ロザリアへの嫉妬も、ほとんど残っていない。
ここまで私の心を救ってくれたのは、間違いなくオスカーなのだから。

その時、いつものように短いノックの音が響いた。
オスカーだ。彼が来たんだ…!
アンジェリークは弾かれたようにドアに向かい、その扉を急いで開ける。

オスカーは部屋に入ると、そのままいつものようにアンジェリークを腕の中に力強く引き寄せ、熱い口づけを落とす。
彼を待ち望んでいたアンジェリークは、キスだけでもう身体の芯が溶け始め、爪先立ちになりながら彼の首に両腕を深く巻き付ける。
オスカーはその様子を口づけながら確認すると、口元に薄い笑みを浮かべながら顔を離した。
久しぶりに見る彼の笑顔に、アンジェリークの胸がどきりと鳴る。

「今日は月が綺麗だ。一緒に見よう」
オスカーはそう言うと、返事も待たずにアンジェリークの肩を抱いてバルコニーへと向かった。
いつもベッドに直行して会話もろくに交さないのに、急にこんな事を言い出す彼にどぎまぎしてしまう。

バルコニーに出ると、外は見事な満月の夜だった。
雲一つない深い紺色の空に浮かぶ、金色の月。
その静かな光が、バルコニーの真下に広がる広大な中庭を、美しく照らし出している。

「本当、すごく綺麗…」
アンジェリークはほうっと溜息をつきながら、空を見上げた。
すぐ後ろに立つオスカーに、もたれ掛かるように身体をそっと預ける。
背中に感じる彼の体温が温かい。
オスカーが両手を肩に回し、後ろから優しく支えてくれるのを感じると、ホッとするような安心感に心が満たされていく。

女王になってから今まで、こんな風にゆっくりと空を眺める暇もなかった。
私が治める宇宙はこんなにも平和で美しいんだと、この時初めて思えた。
女王の重圧や責任感でずっと気の張り通しだったけど、その肩の荷がすっと軽くなっていくのがわかる。

私…何で今まで、オスカーとこういう時間を持とうとしなかったんだろう。
あの飛空都市での日々で、オスカーとは誰よりも楽しくて心安らぐ時間を過ごせていたのに。
セックスばかりで夜を過ごすんじゃなくても、時にはこうして…ただゆっくりと二人で過ごしたり、話をするだけだっていいんじゃないのかな?

でもその後すぐに、私の考えは浅はかだったのを思い知らされた。
突然オスカーに後ろから強く抱きすくめられ、耳元に熱い吐息を吹き掛けられる。
オスカーの舌が耳の後ろを這うようにゆっくりとなぞっていくと、アンジェリークは背筋にぞわりと鳥肌がたつような感触が走り、思わず身体を仰け反らせてしまう。
仰け反って突き出した胸をオスカーに掴まれ、夜着の上から強く揉みしだかれた。
薄いコットンガーゼの生地を通してオスカーの指の動きがまるで直に触られているかのように伝わり、あっという間に乳首が物欲しげに立ち上がる。

「ぁんっ………」
ゆっくりとオスカーとの時間を過ごしたいと思っていた自分の意志とは裏腹に甘い声が洩れ、早くも下半身がずきずきと疼きはじめる。
彼の愛撫に慣らされきってしまった身体が、勝手に快感を運んできてしまう。

「こ…んなところで、ダメ………!」
僅かに残った理性を総動員してオスカーに抗議の声を向けた。
そう、ここはバルコニー、れっきとした『外』なのだから。
だけどもオスカーは、その手を止めるどころかますます大胆に動かし始め、胸元の小さなボタンを器用に片手で外しながら片方の乳房を外気の中に露にしてしまう。
露になった胸を片手で巧みに弄ぶようにしながら、うなじに熱い舌を這わせ、アンジェリークの腰をもう片方の手で自分の腰に強く押し付ける。
脈打つ熱いものを押し付けられた所がバターのようにとろけ出して、そのままアンジェリークの全身を瞬く間に溶かしていく。



「…たまには外でやるのも、気分が変わっていいもんだぜ?」
低い笑い声が、耳元で甘く響く。
オスカーはアンジェリークの夜着の上から自分の腰を打ち付けるように動かしたり、大きく回すように押し付けてくる。
もうアンジェリークの身体には抑え切れない程の熱が沸き起こり、無意識のうちに自分からオスカーを求めるように腰を後ろに突き出してしまう。
その動きを待っていたかのようにオスカーが夜着の裾を大きくまくり上げ、白いヒップを小さく包むレースのショーツに手をかける。
だがすぐにはその下着を引き下ろす事はせず、逆に軽く引っ張りあげるように持ち上げた。

「あぁんっ!!」
下着が自分の股間にきゅっと食い込み、アンジェリークの敏感な場所を刺激した。
彼を求めていた場所が我慢出来ないとでも言うように、じゅわりと熱い蜜を溢れさせていく。
オスカーは構わず下着を何度も引っ張るように上下させると、アンジェリークは快感に立っている事も出来なくなり、思わず身体を前に倒してバルコニーの手すりにしがみつく。

「あ…っ…はぁっ………んんっ……」
切ない喘ぎ声が絶え間なく漏れてしまい、下着が上下する度に聞こえる淫らな水音と絡み合う。
ちいさな布きれでは保ちきれなかった熱い汁が、内股を伝わって零れていく。
「こんなに濡らして、いけない子だな…そんなに外でやるのが気に入ったのか?」
「いやぁ……そ…んな…」
意地悪げな笑い声を耳元に吹き込みながら、オスカーはぐっしょりと湿った下着の股の部分から指を差し入れた。
そのまま熱く蠢く秘部の中心に指を埋め、激しくその中を掻き回す。
「あああぁぁっ!!」

「おいおい、あんまり大きな声を出すと、外の警備兵に聞こえちまうぞ…」
耳元で囁きながらもオスカーの指は一層激しく動き回り、アンジェリークは声を抑えられない。
もちろんオスカーには、どんな大きな声を出そうとも警備兵に聞こえるはずがない事はわかっていた。
女王のプライバシーが覗けるような場所に、警備兵を配置する事などあり得ないのだから。

オスカーがようやく指を引き抜くと、アンジェリークはびくんと身体を震わせ、息を大きく吐いてぐったりと手すりに顔を伏せる。
しかし休む間もなくオスカーは先程指を差し入れた場所から無理矢理自分自身を侵入させ、下着を付けたままのアンジェリークを後ろからゆっくりと貫く。
「あっ、あっ、そんな…ぁ…あぁぁ……ンっ!」
「すごいな、お嬢ちゃんの中…俺を欲しがって、びくびく言いながら吸い付いてくる…。いつの間にこんな、いやらしい身体になっちまったんだ?」
卑猥な言葉で煽られて恥ずかしいはずなのに、心とは裏腹に背筋がぞくぞくと震え、そのまま脳天まで一気に快感が駆け上っていく。
自分でも知らなかった肉体の勝手な反応に操られ、アンジェリークの腰は自ら快感を求めて前後に揺れ動いた。

外という特殊な場所、しかも立って下着を付けたままの格好で後ろから挿入されるという初めての経験に、アンジェリークは心も身体も刺激され、いつもより更に感じやすくなっている。
無理やり押し広げられたレースのショーツがオスカーの進入を奥までは許さず、中途半端な所で止められているのも、焦らされているかのようでその先がもっと欲しくなってしまう。
オスカーがゆっくりと抜き差しを繰り返すたびに、捩れて糸のように細くなった下着がきつく割れ目に食い込んで花芽を擦り上げ、痛みとすれすれの快感が湧き上がり、アンジェリークの思考を奪っていく。
声を出すのを必死で我慢しようと思うのに、身体がまるで言う事を聞いてくれない。
足は立ってられないくらいにがくがくと震え、手すりに掴まる手にも力が入らない。

「あぁ…も…う、もうダメ…ぇ………、お…願い…っ!」
「もっと奥まで欲しいか?」
掠れた声で笑いながら、オスカーは押し広げられたレースの下着に指を掛けて力を込めると、挿入しやすくなるように布の端を引き裂く。
そのままアンジェリークの腰を両手でしっかりと掴むと、繋がったままいきなりその細い身体を持ち上げた。

「きゃあぁっ?」
いきなり足が地面から浮き上がり、驚いたアンジェリークは手足をばたつかせた。
しかし動けば動く程、オスカーのものが奥深くまで入って来て、物凄い快感が身体を貫いていく。
オスカーは軽く背を逸らせて自分の腰にアンジェリークを乗せるように固定すると、深く繋がったまま腰を大きく回すように動かし始めた。

「きゃ……あぁっ、あっ、あああぁっ!」
いつもと違う場所にオスカーのものが当たるような、初めての体位がもたらす強烈な刺激。
閉じた瞼の裏に月の残像が幾つも映り、オスカーに突き上げられる度にそれが弾けていく。
残像に酔いそうになって堪らずにうっすらと目を開けると、濃い夜の闇に月がその輪郭を滲ませていき、ぼやけたように幾重にも重なっている。
周りの世界がぐるぐると回転しているかのように歪んで見え、もう頭の中には羞恥心も何も無く、オスカーと一つになった充足感しか浮かんで来ない。
脚が自然とオスカーを深く受け入れようと大きく開き、狂ったように頭を振り乱して身悶える。

「可愛いな、こんなに乱れて…そんなに気持ちいいのか?」
荒々しい吐息とともに洩れたオスカーの掠れ声が、頭の中でこだまする。
「ぁ……ン、す…ごく気持ちいい、気持ち…い…いの………」
すすり泣きながら開いた口から睡液を一筋洩らし、オスカーにされるがままに揺さぶられる。

快感を素直に口にし、月明かりに裸体を晒して乱れながら涙を流すアンジェリークが、オスカーには堪らなく愛おしかった。
他の誰も知らない、アンジェリークの淫らな表情。可愛い喘ぎ声。熱を帯びて赤みを増していく白い肌。
彼女をこんな風にさせる事ができるのは、自分の腕の中だけなのだという陶酔感。
例えそれが身体だけの結び付きがもたらす物であっても、手放したくない。
もう1秒たりとも離れていられない程、狂おしいほどアンジェリークを求めていた。
「俺も…だ、すごくいい、君の中が良すぎて…ずっとこうしていたい……!」

その言葉に、アンジェリークの思考が一瞬現実へと引き戻された。
───やっぱりオスカーは、私に強い欲情を抱いている。
彼の望んでいるものは私の肉体だけ、快楽だけの関係なんだ───

でも、それできっといいんだ。
私だってこうして、オスカーがもたらす快楽に溺れきっている。
お互いに身体だけの関係を求めているなら、どちらも傷付く事もないんだもの。
そうよ、私が待っていたのも、やっぱり彼の身体だけだったのに違いないわ────────

オスカーの動きが激しさを増し、アンジェリークの意識は再び快感の渦に飲み込まれた。
月明かりの中、激しい息遣いと共に二人は同時に果てた。
互いの身体を貫きあうようなエクスタシーに身を委ねながら、アンジェリークは思いもよらず切ない思いに駆られ、一筋の涙を零した。

切ない涙は嘉悦の涙と混じり合い、その意味をオスカーに気づかれる事なく零れ落ち、闇に消えた。