Hell or Heaven

~第6章・Behind closed eyes(1)~


あの『惑星の崩壊』の夜から、アンジェリークとオスカーの関係は明らかに変わりつつあった。

アンジェリークが赤い薔薇を身に付けていなくてもオスカーは毎日のように彼女の部屋を訪れるようになり、アンジェリークもそれを心待ちにしているようにごく自然に受け入れていた。
とりとめのない話を一晩中したり、女王としての悩みをただじっと聞いてあげたり、何もせずに抱き合ってゆっくり眠るだけの日もあったり───そして時には甘い感情の昂りに突き動かされたように熱く求めあう時もあった。
そうして必ず朝、二人一緒に目覚めてからオスカーは部屋を後にする。
以前の身体を貪りあうだけの関係の時にはなかった、暖かくて心を通わせあう時間がそこにはあった。

オスカーは今の状態に確かな手ごたえを感じていた。
俺達二人は明らかに以前より、心が近付いている。
二人で過ごす時間は自分の心に幸福をもたらし、そしてアンジェリークにも心穏やかな時間を与えていると確信を持てる。
今、俺達はまるで本当に愛しあう恋人同士のような、充実した時を共有していると言っても良かった。

だからもう、彼女に聞いてしまいたい。
俺は君を愛してる、君は俺をどう思っているんだ?と。
もうそれを聞いても構わないのではないかと思えるくらい、今の彼女は俺を待ち望み、求めてくれていると思える。

だがどうしても一つだけ心に引っ掛かる思いがある。
それは、アンジェリークと身体を重ねる時────相変わらず彼女は瞳を固く瞑り、俺の名を決して呼ばない、と言う1点だった。
確かに最近の彼女は俺に心を開いて頼ってくれているとは思うのだが、それでも身体を繋ぐ度に、彼女が本当に心の奥底までは開いてくれていないのを思い知らされる。
彼女はまだ────ジュリアス様の事を忘れられないのだろうか?

何もせずに寄り添って過ごすだけの夜は本当に幸せなのに、いざ身体を重ねてしまうと、途端に自分の心は再び暗闇へと引き戻されてしまう。
でもだからといって、アンジェリークが熱い瞳で俺を見つめ求めてくれている瞬間を、見過ごすふりなど出来はしない。
彼女の瞳に魅入られたように口づけを交し、甘い───本当に甘くて柔らかいその肌を、吐息を、隅々まで味わい尽くさずにはいられないのだ。
そうして幸福の絶頂まで導かれながら、彼女の閉じた瞳に絶望の味を知らされる。

いっその事、彼女に言ってしまおうか?何故、俺を見てくれないんだ、と。
その瞳で、抱き合いながら熱く見つめてくれ、俺の名を呼んでくれ、と懇願してしまおうか?

何をばかな事を。
オスカーは小さく首を振ると、その考えを頭から打ち消した。
そんな事は彼女が俺を本当に愛してくれたなら───自然に、ごく当たり前のように行なわれるはずのものなのだ。
今の俺はまだ、彼女の真実の愛を掴んではいない。
そしてそれは…彼女の心の真実を、俺がまだ掴みきれていないからだ。

オスカーはそこで思わずフッと小さく微笑んだ。
今までは女性の気持ちなど、手に取るようにわかるものだと自惚れていた。
どんなタイミングで見つめてやって、甘い言葉を囁けば女が落ちるのか、息をするのと同じくらい自然で簡単な事だと思い上がっていた。
だけど本当に好きになった女性の気持ちだけは、何一つわかりはしないのだ。
まだまだ俺も、青いもんだな────

オスカーは朝日の差し込み始めたベッドの上で、そっと半身を起こした。
自分の腕枕の上で寝返りを打つ愛しい存在に視線を移すと、寝ぼけたようにうっすらと開いた瞳が俺を見つめている。
「おはよう」
そう声をかけて額にキスを落とすと、幸せそうな小さな笑顔が帰ってくる。

今、この瞬間は本当に幸せだと、オスカーは心から思う。
だがこの瞬間的な幸せに満足しているだけではいけないのだという事も、心の隅ではわかっていた。


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アンジェリークが大量の書類と格闘していると、傍らのロザリアが立ち上がってお茶を煎れ始めた。
「あんまり書類とにらめっこばかりしても能率は上がりませんわよ。少し休憩にいたしましょう」
そう言って優しい香りのハーブティーと、甘いお茶請けを手際良く用意してくれる。

ロザリアはいつも、そろそろ疲れた、休憩したいという私の気持ちを汲み取ってくれたかのように、絶妙のタイミングでお茶を煎れてくれる。
小さな事だけれどロザリアがいかに私を見ていてくれているのか、そして思いやってくれているのかが伝わってくるようで、アンジェリークにはとても嬉しかった。

(そういえば…オスカーも、いつも私が苦しんでいる時は何も言わなくてもわかってくれて、側にいてくれる…。私、いつもオスカーやロザリアに甘えてばかりだわ。そんな私は二人に何か、お返しが出来ているのかしら?)

ロザリアの煎れてくれたお茶を飲みながらゆっくりと心を落ち着け、仕事から離れてオスカーへと思いを馳せる。
最近のオスカーは、何も言わなくても毎日のように私の元へと通って来てくれている。
まるで本当の恋人同士のように甘く優しく接してくれて、私の心を癒そうと心を砕いてくれているのが伝わってくる。
もちろん私が惑星崩壊の時に見せた脆さを危惧して、彼が気を遣ってくれているのだろうというのはわかってるのだけど───私の心はそれだけでもひどく満たされて、安定しきっている。
たとえ恋人のふりでもいい、私は彼を───離したくはない。
偽物の愛で構わないから、私の側にずっといて欲しいとまで願っているのだ。

でもそうまで思っているくせに───ううん、そう思っているからこそ余計に───私はオスカーに抱かれる瞬間、彼の姿を視界から追い出してしまう。
私を抱いている彼の瞳が欲望だけに染まっているのを見たくない。
目を閉じて抱かれていれば、彼が求めているのは私の身体だけなんかじゃなくて、心から愛してくれているのだと錯覚できる。
かりそめの関係だとしても、これが真実の愛なのだ、と思い込んでいたい。

こんな私、真実に目を背けてばかりでちっとも前向きじゃないってわかってる。
いつかオスカーが他の女性に目を向けてしまったら、私の心の中の虚構の世界は崩れ去り、余計に傷ついてしまうだろう。
それならいっそ、今からきちんと現実を認めたほうがずっといいと頭ではわかっているのに。
こんな自分のままで、オスカーの与えてくれている優しさにお返しなんてできるはずがない。

ぼんやりとそんな事を考えながら小さな溜息をつくと、いつの間にかロザリアが世話係の侍女を部屋からさげている事に気がついた。
いつもお茶の時間は雑用をこなすために、必ず世話係が部屋に詰めているのが普通なのに。

こんな風に彼女が人払いをする時は、大抵何かプライベートな話がある時だ。
(ジュリアスと、何かあったのかな?)
アンジェリークはカップに口を付けながら、ロザリアの様子を注意深く見守った。
椅子に戻ったロザリアは、何か言いづらい事でもあるのか、その整った美しい眉を少し神経質そうに曇らせている。

「どうしたの?何かあったの?」
アンジェリークの言葉にも、ロザリアはなかなか口を開こうとはしない。
手元のナプキンを畳んだり開いたり、普段の彼女にしては珍しい程落ち着きのない動きを繰り返している。
「ロザリア?」
心配そうなその声に、ようやくロザリアは決心したように口を開いた。
「陛下に実は…お聞きしたい事がありましたの」
そこでまたロザリアは口籠り、言いにくそうに視線を下に落とした。

「その…陛下は、オスカーと、恋人として…おつき合い……しているのかしら?」
突然の言葉にアンジェリークは心の底から驚いて、手にしたカップを思わず落としそうになってしまう。
慌ててもう片方の手でカップを抑え、震えながらそっとテーブルにカップを戻す。
しかし、震えがソーサーに伝わってカップがカチャカチャと耳障りな音が立つ。
「な、何を突然言い出すの?私とオスカーは、付き合ってなんかいないわ」
そういう自分の声も、明らかに動揺してうわずっている。

「わたくし…実は、見てしまいましたの。あの惑星崩壊の夜、聖地はひどい嵐に見舞われましたでしょう?わたくしは陛下のお心が心配で、次の朝一番で女王宮に駆け付けましたわ。その時、陛下の部屋から出てくるオスカーの姿を認めましたの。オスカーは何だかひどく嬉しそうな様子で、柱の影に隠れる私に気付く事もなく素早く女王宮を後にしていましたわ。その時の迷いのない慣れた動きを見て、オスカーは…今までもう何度も、こうして陛下の元に通っているのではないかしら?と思いましたのよ」
ロザリアはそこまで言って初めて顔を上げ、アンジェリークの瞳を真直ぐに見据えた。

アンジェリークはその視線を受け止めながら、動揺する自分の心を表面に表わすまいと必死に押し隠した。
オスカーが私の部屋に来ていた事を、見られてしまった…?
でも、私達が部屋で何をしてるかまでは、ロザリアはわからないはず。
女王の身体を慰める為に守護聖が通っているなんてばれてしまったら、彼に大変な刑罰が下されてしまうかもしれない。
そんなの、絶対にダメ。私の為に危険を冒しているオスカーを、なんとか守り抜かなくては。
慌てないで良く考えるのよ、何とか、この場を凌がなくちゃ────!

アンジェリークは努めて何事もないかのように、青ざめた顔に無理矢理笑顔を浮かべた。
ティーカップを口にして少し心を落ち着けてから、冷静な表情を取り繕って口を開く。
「…確かにあの日、オスカーは私の部屋に来たけど…ロザリアよりほんの少し前、早朝に突然やってきたのよ。やっぱり夜中の嵐を見て、私の心を心配してくれたみたい。彼は私と惑星に同行したから、惑星崩壊の衝撃も実際に感じていたし、私が心を閉ざしてしまったのも目にしていたから…あのまま立ち直れなければ宇宙の運行にも支障が出ると心配してたんじゃないかしら。でも実際にはオスカーが来た時には私も既に立ち直っていたから、彼も喜んですぐ帰っていったわ。警備に関しても、彼はこの女王宮警備の最高責任者なんだし、特に問題なく出入りできたんじゃない?」
早口で一気に言いきってから、アンジェリークは心の中で息をついた。
今の発言で、誤魔化しきれるだろうか?
何かおかしいところは、なかったわよね────

ロザリアはその返事を聞いて、小さく溜息をついた。
「それではオスカーと陛下は、特におつき合いをされているとかそういった事実はないんですのね?」
念を押すような物言いに、アンジェリークも大きく頷く。
「もちろん…よ。オスカーはあの通り優しい人だから、女王候補の時代から私が悩んでたりすると心配して力を貸してくれるけれど、本当にただそれだけなのよ。私達は恋人同士なんかじゃなくて、気の合う兄妹のようなものなんだもの」

そう言いながら自分の言葉に心が痛んだ。
そうだ、以前は本当にオスカーの事を優しい兄のように慕っていた。
だけど今の私は、オスカーの妹なんかでありたくない。
妹はどこまで行ったって───例え身体の関係を結んだとしても───恋人にはなれないんだから。

ロザリアはまだ何か聞きたそうにしていたが、諦めたように立ち上がるとティーカップを片付け始めた。
「…陛下がそうおっしゃるなら、わたくしはもちろん信じますわ。だけど…わたくしは、陛下とオスカーがもしおつき合いをされてるなら、それはとても良い事なのではないかと思ってましたのよ」
「えっ?」
ロザリアの意外な言葉に、アンジェリークは思わず目を見開いて彼女を見つめた。

「わたくしは、ずっと陛下に負い目を感じていましたわ。女王候補時代に同じ人を愛してしまい、わたくしだけが思いを通じられた事。そしてわたくしが試験を降りた事で、陛下には多大な負担をかけてしまったという事。いつもいつも、わたくしだけが幸せになっていいのか、ずっと悩んでいましたわ」
そこでカップを片付ける手を止め、アンジェリークの方へ向き直る。

「でもこうして陛下が開かれた女王制を掲げて、そしてそれが大きな成功を遂げているのを目にする度、女王だって恋愛してもいいのでは、と思うようになりましたの。陛下がオスカーと付き合って幸せになるのだったらわたくしも応援してあげたいですし、二人がもし隠れて会っているのだったら、他の者に知られないように手を回す事だって出来ますし…。わたくしは、陛下が幸せになる為だったら、どんなことだってお手伝いしてさしあげたい。だから…もし好きな人が出来たのなら、遠慮なく相談してほしいのですわ」

アンジェリークはもう驚きを隠す事も出来なかった。
私がジュリアスを好きだった事を、ロザリアも知っていた?その事で、ロザリアもずっと苦しんでいたの?
私……今まで自分1人が辛いのだとばかり思っていた。
でも、私の思いがロザリアも苦しめていたなんて…!

「ロザリア…ごめんなさい、私ったら…自分1人で苦しんでる気になってた。あなたも苦しんでたなんて、ちっとも気付けなかった。ロザリアはこんなに私の事を考えていてくれたのに…!」
アンジェリークの泣き出しそうな顔に、ロザリアが優しく笑いかける。
「そんな事、陛下の方がずっと辛い思いをされていたのですから、気付かなくたって当然ですわ。わたくしは少なくとも、ジュリアスと心を通いあわせる事が出来て幸せだったのですもの。ただそれを見つめる陛下がどんなに苦しんでるのかと思うと、心からこの幸せを甘受する事が出来なくて…」
「違う、違うの、ロザリア!!確かにあなた達が結婚式を挙げた頃までは、私も苦しかったの。でも今は、自分の心の中でジュリアスへの思いも何もかも、決着がついたのよ。今は心から、あなた達に幸せになってほしいと思ってる。それは本当、本当なのよ!」

必死に訴えるアンジェリークに、ロザリアは微笑みながら頷いた。
「わかってますわ。陛下がわたくし達を見る目は、今は本当に穏やかな物ですもの。でも、陛下がそうやって変われたのは…わたくしはてっきりオスカーのお陰だと思ってましたの。陛下がオスカーを好きになれたから、ジュリアスの事も吹っ切る事が出来たのかと…」

アンジェリークは、ロザリアの洞察力の鋭さに驚いた。
本当に、ロザリアの言う通りだわ。
ジュリアスの事を乗り越えられたのも、オスカーという存在が私の中で何よりも大切な物になったからなんだもの。

でも…オスカーが私の事を本当に愛してくれているとはどうしても考えられない。
だってあんなに女性の扱いに慣れていて、情熱的なオスカーの事だもの。
本当に愛してる女性が出来たら、それこそ昼夜を問わず「愛してる」と囁き続けてくれるだろう。
それがないという事は…悲しいけれどやっぱり彼の私への思いは、「妹に対するもの」や「同情」、「身体だけの関係」の────どれかしかない、っていう事なんだろう。

アンジェリークは少し悲しい気持ちになりながら、ロザリアの方を見た。
私、自分の本心───オスカーを好きだ、と言う気持ち───をロザリアに告白したほうがいいんじゃないかしら。
ロザリアは、私とオスカーの事に反対している訳ではないんだし、むしろ力になってくれようとしている。
それにこんなに私の心についてわかってくれているのも、ロザリアがいかに私の事を見てくれていて、考えてくれているかの証なんだもの。

こんなに私の身を案じてくれている親友にくらい、嘘をつかずに本当の気持ちを話したい。
それに…私がジュリアスを好きだった事でロザリアもきっとずっと悩んでいたのだから、もう私はジュリアスへの思いは全て消えてオスカーを愛しているのだと伝えてあげたい。
そしてロザリアの苦しみも解放してあげて、これからは私に遠慮する事なくジュリアスと幸せになって欲しい。

アンジェリークはふうっと一度息を吐き、目を閉じて心を落ち着けるように胸に手を当てた。
どきどきしているけど、大丈夫。 だってロザリアは私の事を誰よりも理解してくれている、かけがえのない親友なんだもの。
思いきって目を開け、ロザリアに真直ぐな視線を向けた。

「ロザリア…ごめんなさい、私、さっきの言葉は嘘をついてた。私とオスカーは恋人同士なんかじゃないっていうのは本当。だけど…彼の事をお兄さんのようになんて、私は思ってないの。私は………私は、オスカーが好き。彼を愛してるの…!」
一息に思いを吐き出すと、息を大きく吸って言葉を繋ぐ。
「ロザリアの言う通り、私はオスカーを愛せたからジュリアスの事も全て穏やかな思いに変える事が出来たの。でも…オスカーにとって私は恋人なんかじゃない。彼は優しい人だから、私が苦しんでたら同情して見捨てる事が出来ないだけ。ただ…それだけなのよ」

さすがに身体だけの関係だ、とまでは告白出来なかったが、とにかくロザリアに自分の心の真実を話す事が出来てアンジェリークはホッとした表情を浮かべた。
誰にも言えないと思っていたオスカーへの思いを正直に言えた事で、心にはめられていた重い枷が少し軽くなって、呼吸すら楽になったような気がする。
しかしその言葉にを聞いたロザリアは、ほんの少し眉を曇らせ、むしろ険しい顔つきになっている。

「陛下…。今、陛下はオスカーと恋人なんかじゃないっておっしゃいましたけど…オスカーの気持ちは、どうなのかしら?わたくしには…オスカーが、ただ同情やらそんな感情だけでここまで動く人にはとても見えませんの。オスカーが女王宮に危険を冒してまで忍び込んでくれた事実を、陛下は同情という感情で片付けてしまいますの?オスカーの気持ちを、ちゃんと確かめてみた事がありまして?」

その言葉を聞いたアンジェリークの脳裏に、電気のような衝撃が走る。
オスカーの………気持ち?
そう言えば、オスカーが本当に何を考えて私の所に通ってきてくれているのか、ちゃんと聞いた事などなかったかもしれない。
当たり前のように毎日通って来てくれているから忘れていたけど、確かに彼は危険を冒してやって来てくれているのだ。
ロザリアに見られてしまったように、他の人間に気付かれるリスクだって当然あるだろう。
そうなった時に罰せられるのは私じゃない、オスカーなんだ。
それでも彼は来てくれている。
その事実をなんで、今まで見過ごしていたんだろう?

私…オスカーが私の元に通うのは肉体的な欲望や同情心からだと頭から決めつけていたけど、本当にそれだけ?
もしかしたら、少しくらいは…私を好きだと思ってくれる気持ちとかも、あるのかもしれないじゃない。

私はオスカーといつも一緒にいるのに、彼の事を何一つ知らない。
何一つ、わかろうとしていなかった。
オスカーが来てくれるのを待つばかりで、彼の心を知ろうと努力もしないで、ただ自分の心の苦しみにばかり囚われて、目を閉じて逃げ続けてばかりだった。
こんな私のままでオスカーに愛されたいなんて思うほうが、よっぽど虫がいい話なんじゃないかしら?

「ロザリア…今から少し、時間をもらえる?ちょっと、行っておきたいところがあるの」
がたん、と音を立てて椅子から跳ねるように立ち上がった私に、ロザリアはまるで母のような優しい笑顔を向けてくれた。
「どうぞ、オスカーの所に行くんでしょう?行動が早いのが、陛下の最大の長所ですものね」
「ありがとう、ロザリア!大好きよ!!」

私は弾かれたように部屋を飛び出した。
護衛の兵士達が何事かと慌てて後をついてくる。

オスカーに、会いに行こう。
いつも来てもらってばかりじゃなくて、本当に好きなんだったら私からも動きださなければ、きっと………何も、見えてはこないのだから。