Hell or Heaven

~第7章・もう一度、初めから(2)~


赤い薔薇を身につけた日の夜。
アンジェリークは寝室のベッドに腰掛け、両手を胸の前で組み合わせた姿勢のままで灯りもつけずにオスカーを待ち続けていた。
オスカーがやって来てくれたら、今度こそ「私も愛してる」と真直ぐに告げる。
そう思って、祈るような気持ちでドアをじっと見つめている。

頭のどこかで、オスカーは来ないだろうとわかってはいる。
でも、もしかしたら…ほんの僅かでも、彼が来るかもしれないという希望を捨てられない。
時計の針は既に深夜を指し示し、オスカーがいつも来る時間をとうに過ぎているのを伝えている。
それでも、アンジェリークは諦めきれなかった。

今まで自分がオスカーに来て欲しいと願った時、必ず彼は私の前に現われてくれた。
でも今から思えばそれは、オスカーが私を本当に愛してくれていて、いかに私の心を理解しようと務めてくれていたかの表れだったんだ。
なのにあの頃の自分は、そんな彼の気持ちをわかってあげられなかった。
彼を長い間苦しめ、やっとの思いで真実を告げてくれたオスカーの気持ちを、拒絶したと思わせてしまうような態度までとってしまった。

こんな私が今さら彼と会いたいなんて思うのは、虫のいい話なのかもしれない。
でも誤解されたままでいたくない。
ううん、私の事はいくら誤解されたって構わない、ただ…オスカーを傷つけたままにしたくない。
私はあなたを拒絶したんじゃない、愛してたのに自分から言い出す勇気もなくてあなたを苦しめた、その事を謝罪したかったのだとわかって欲しかった。

やがて闇に包まれていた部屋が、うっすらと明るい光を帯び始める。
やっぱり────オスカーは、来ない。

でも今度こそ、私の方から逃げ出す訳にはいかない。
彼が来ないのなら、何としてでも思いを伝える方法を考えなければ。
赤い薔薇を身につけた私を見た瞬間の、オスカーの暗い瞳…。
あんな瞳をする事自体、彼がまだ私を愛してくれているという証のように思えてならない。
私に拒絶されたという思いを彼はまだ引き摺り、傷付いているに違いない。
何にも動じない強さを持っていたオスカーを、私の弱い心が引き起こした行動で傷つけてしまっている。
あんなに強い彼を傷つける事ができる存在は、彼が本当に愛している人間───つまり私だけ、なんだ。
だからその傷を塞いであげるのも、きっと私にしか出来ない。

ふと、アンジェリークはある思いに行き当たった。
私…オスカーに会って、ただ愛を伝えようとばっかり思っていたけれど、傷付いて心を閉ざしてしまっている彼が、いきなり私から「愛している」と聞かされて、それをすぐに信じられるんだろうか?
オスカーは、私がジュリアスを好きだったのも知っているし、初めて私が抱かれた夜、ジュリアスの名を呼んでしまった事も覚えている。
なのに…私は、ジュリアスへの気持ちが終わった物だという事さえ伝えていない。
そう言ってしまえば彼が役目を終えたと思って離れていってしまうんじゃないかと思い込んで、本当の事を伝えずに逃げ続けてしまっていた。
今、オスカーは…私がまだジュリアスを好きだと、思っているんじゃないだろうか?

それなのにいきなり「本当は私もオスカーを愛してます」と伝えても、信じてもらえるどころかそれこそ憐憫の情をかけられていると思ってしまうかもしれない。
彼は誇り高い人だ、私に情けをかけられているなどと思ったら───プライドも何もかも、ずたずたになってしまうだろう。

私は…もっと良く、考えなくちゃいけない。
どうすれば、彼の心を開く事ができるのか。
いつも私の事を第一に考えてくれた彼のように…今度は私が、何よりもオスカーの気持ちを考えてあげなければ。

アンジェリークは胸の前で組んだ手をぎゅっと握りしめると、目を閉じて必死でオスカーの心に思いを馳せた。
女王候補だった頃、いつも私の力になり見守ってくれていた。
ジュリアスへの恋に破れ、傷付いていた私に手を差し伸べ、その胸で思いきり泣かせてくれた。
女王となる日、まだ迷いのあった私を力強く抱きしめ、焼き尽くすような熱で私を救ってくれた。
そして女王となってからも、ジュリアスの結婚式や惑星崩壊の時には危険を冒してでも私の側にいて、涙を拭いてくれた───。

今思えばその全てが、私を愛し、真剣に思いやってくれていたからこその行動だったんだ。
なのに私はその事に気付かず、ずっと彼の愛を踏みにじり続けていた。
できる事ならもう一度女王候補だった頃に戻って、最初からやり直したい。
でも、そんな事を考えてもしょうがない。
今の私にできる事はただ一つ、オスカーの心を救い、そこから新たに初めの一歩を踏み直す事なのだから。

オスカーは、今───何を考えているのだろうか?
私に赤い薔薇で呼ばれ、でもここに彼は来なかった。
こんな遠回しな方法で呼んでしまった事が、却って私達の間を混乱させているのでは。
もっと真直ぐに正直に、心の真実を伝えるほうがいいんじゃないのかしら?

やがて朝日が部屋に差し込み始めた頃、アンジェリークは一つの考えに辿り着き、そっと目を開いた。
これくらいしか私には思い付かない、でも…これで本当にオスカーの心を救えるのだろうか?
この思い付きには、不安な点もある。
でも、その不安は私が勇気を出せば解消できる物。
恥ずかしいとか他の人がどう思うかという感情をかなぐり捨て、自分さえ勇気を振り絞れば…オスカーの心を開き、その傷を癒してあげられるかもしれない。

アンジェリークは一睡もしていない疲れた身体をものともせずに勢い良く立ち上がり、朝の支度を始めた。
今すぐ自分の信じる道を、進んでみよう。
もう1秒だってオスカーを苦しめたままではいたくないのだから─────!

支度を終えるとアンジェリークは女王補佐官の執務室へと足早に向かっていった。
まずはロザリアに、全部話そう。
私の事をいつも案じてくれて、オスカーの事も応援してくれると言ってくれた、大切な親友。
彼女に全てを話し、力を借りよう。
そして私も自分で出来る限りの力を精一杯、振り絞ろう。

補佐官室のドアを勢い良く開けると、いつも朝が早いロザリアでさえたった今出仕したばかりという風情で、肩にかけたケープを外しながら驚いたようにこちらを振り向いた。
「陛下、どうなさいましたの?こんな早くに…」

驚くロザリアに構わず、話し始めた。
「お願い、ロザリア。私の話を聞いてちょうだい。そして、力を貸して欲しいの。ロザリアの助けが、必要なの…」
睡眠不足で青白い顔色のうえ、切羽詰まった様子の女王にロザリアは一瞬困ったような表情を浮かべたが、すぐにいつものように優しく微笑みながらお茶の支度を始めた。
「とにかく落ち着いて、ゆっくり話を聞かせてくださいませ。立ったままじゃあ積もる話も出来ないでしょう?」

湯気の湧いたポットからカップにお湯を注ぎ、カップを一度暖めてからお湯を捨て、再びお茶を煎れ直す。
そんなロザリアのゆったりした仕種に、アンジェリークの心から焦りが消えていく。
ロザリアからティーカップを受け取ると、カモミールの優しい香りが漂ってきてゆっくりと心を満たしていく。
「さ、それじゃあ話を聞かせてちょうだい。わたくしにできる事でしたら、何でも相談に乗りますわよ?」
ロザリアの優雅な微笑みにつられたように、アンジェリークの顔にも明るさが戻っていく。

「うん、あのね、ロザリア…」



オスカーが聖殿に出仕すると、ロザリアからの伝言が届いていた。
『女王陛下からオスカーに重要なお話があるそうです。朝一番で、女王謁見の間に来るように』
オスカーはその伝言を訝しげに見つめた。

アンジェリークから、俺に話がある?
仕事の事か、それとも───昨日、赤い薔薇で呼び出されたにも関わらず彼女の元へ行かなかった事についてなのだろうか?

後者であれば、もうその話はするつもりはなかった。
アンジェリークに愛を告げて受け入れられなかった時点で、俺の思いは終わったのだ。
後は時間がこの思いを風化させてくれるのを、ただ静かに待っていたかった。
だから彼女が執務室に来ようが赤い薔薇を身につけようが、もう一切その話題に触れる事はしたくなかった。
アンジェリークを見ているだけで心が引き裂かれるようで、平静に振る舞うのが苦しいのだ。
もし彼女の口から会いたいと告げられたら、断る自信が俺にはない。
そんな事を繰り返していたら────俺は、今度こそ自分も彼女も駄目にしてしまうかもしれないのだから。

伝言を見て行くべきか行かないべきか心が揺らいだが、これはロザリアからの伝言なのだという事に気がついて、ようやくオスカーは謁見の間に向かう決心がついた。
女王補佐官を通してきたのだから、これは公式な内容の謁見であるという事だ。
謁見の内容はある程度ロザリアも把握しているだろうし、もちろんその場に同席して内容を逐一記録するだろう。
とすれば、これは仕事の話で間違いない。

オスカーが女王謁見の間へと続く長い回廊を歩いていると、前方にジュリアスの後ろ姿を認めた。
「ジュリアス様?」
後ろから追い付いて声をかけると、ジュリアスは足を止めて振り返った。
「ああ、オスカーか。そなたも女王からの緊急の謁見の要請を受けたのか?」
「ジュリアス様も…ですか?」
「そうだ。何か重要な話があるとの事だったが…私とそなたの二人を呼ぶくらいだから、もしかするとまた何か宇宙に起きたのかもしれぬな。急いだほうが良かろう」
止めた足を再び足早に進め始めたジュリアスの後を追うように、オスカーも謁見の間へと向かっていった。

ジュリアス様も呼び出されたという事は、やはりこれは何か仕事に関した話なのだろう。
オスカーの心には安堵感と、ほんの少しの寂しさが交錯する。
ここまで来てもまだ、アンジェリークに自分を呼んで欲しいと願う気持ちが残ってしまっている事に苦々しさを覚えつつ、二人は揃って謁見の間に入室した。

奥の玉座の前には既にアンジェリークが立ち尽くしており、少し下がった場所にロザリアが控えている。
ジュリアスとオスカーは玉座の前に跪いて礼の姿勢を取り、女王に挨拶の言葉を述べた。
アンジェリークはいつものように玉座を降りて二人の守護聖のいるところまでやってくると、小さく微笑みながら顔を上げるようにと促した。

「…急に呼び出してしまってごめんなさい。今日は二人に大切な話があるんです。でもそれは…仕事に関する話ではありません。ごくごく私的な内容になってしまうんですが、できれば今だけは女王とか守護聖の立場に関係なく、私の話を聞いて欲しいの」
アンジェリークはジュリアスとオスカーの二人に交互に視線を走らせた。
オスカーとアンジェリークの視線が一瞬絡み合う。
彼女の視線は穏やかで揺るぎなく、真直ぐにオスカーを捉えていた。

ごく私的な内容の話?
昨日アンジェリークが付けていた紅い薔薇の映像が、オスカーの脳裏を掠めていく。
いや、しかしここにはロザリアもジュリアス様もいらっしゃるのだ。
いくらなんでも、その話はあり得ないだろう。
しかしそれでは、一体俺とジュリアス様にどんな話があると言うのか?

オスカーはでき得る限りの冷静さを全身に集結し、逡巡する自分の心の中を読み取られないように表情を変えずに女王を見つめ返す。
その事務的で内面すら伺わせないオスカーの表情に、アンジェリークの心に不安が襲ってきたが、それを消し去るように目を閉じた。
すうっと息を大きく吸い込むと、胸の前で両手をぎゅっと握りしめてから再びゆっくりと瞳を見開き、ジュリアスの方へと視線を向け直した。

「…ジュリアス、突然こんな事を言ったら驚くでしょうけど、私は…女王候補時代にあなたの事が好きでした。ただ『好き』というのではなくて、ハッキリと────恋愛感情を抱いてました。あなたはそれを、知って…いましたか?」

一瞬、弾かれたようにジュリアスが顔を上げ、驚きに目を見開きながらもアンジェリークを見つめ返す。
オスカーも突然のアンジェリークの発言に驚きを隠せず、何がなんだかわからなくて思わずこの場にいる全員の顔を見渡した。
意外な事にジュリアスの奥方でもあるロザリアは全く動ずる事もなく静かにただ前を見つめ、アンジェリークも表情に緊張の色を滲ませてはいるものの、その瞳は揺るぐ事なく真直ぐにジュリアスに向けられている。
当のジュリアスだけはあまりの驚きに口を開く事も出来ない様子だったが、しばらくの沈黙の後、少し狼狽えたような様子でようやく言葉を発した。
「陛下、その、私は…正直に申し上げて、陛下がそのような感情を抱いていてくれたとは、存じておりませんでした。あまりに突然の事で何と申し上げたらいいのか…申し訳ありません」
ひどく困惑した表情のジュリアスに、アンジェリークは優しく微笑んだ。

「ジュリアス、困らせてしまってごめんなさい。別にあなたが謝るような事ではないの。あなたが私の気持ちを知らないままだという事は、私にもわかっていました。女王試験の時からあなたの瞳には、ロザリアしか映っていなかったんですもの。そうでしょう?」
「は、しかし…」
ジュリアスは返す言葉が見つからず、視線をロザリアとアンジェリークの間に交互に彷徨わせている。

「今さらこんな事を言っても、あなたを困らせるだけだってわかってます。でも、私は女王候補の時、ふられてもいいから勇気を出してあなたにちゃんと気持ちを伝えておくべきだったとようやく気付いたの。あなたの口からそこではっきりふられていたら、私はその後もあなたへの思いをずるずると引き摺る事などなかったでしょう。気持ちを隠したまま女王になったせいで、しばらくはあなたへの思いも忘れられず、親友のロザリアにさえ複雑な感情を抱いてしまい、そして…オスカーにも、たくさん迷惑をかけてしまいました」
突然自分の名が出た事で、オスカーも思わずアンジェリークに視線を向ける。
だがこんな驚くような告白をしているにも関わらず彼女の表情は淡々としていて、ジュリアスを見つめる視線もひどく優しいままだ。

「あの頃の私はあなたを諦めきれず、二人の結婚式の頃までは本当に辛い思いもしました。でも今、私はようやく…ジュリアス、あなたへの恋心も、ロザリアへの嫉妬も、何もかも…いい思い出にする事が出来たんです」
そう言うと、アンジェリークはオスカーのほうへとゆっくりと向き直った。
オスカーの視線とアンジェの視線が再び強く絡み合う。

アンジェリークの大きな瞳が瞬きもせずに自分をひたと見つめている。
彼女は一体何を言おうとしているんだ?
だがそんな事を聞かなくてももうわかるくらい、アンジェリークの瞳が自分に愛を訴えかけているような気がしてならない。

そんなはずはない。
これは俺の都合のいい思い込みだ。
だがそう思おうとしても心が勝手に高鳴り、自分の鼓動が耳元でうるさいくらいに聞こえてくる。
アンジェリークの視線が一際熱を帯びたように潤み、その唇が自分に向かって語りかけてくるのを、魅入られたように見つめてしまう。

「私がこうして、ジュリアスの事もロザリアの事も穏やかな気持ちで見ていられるようになったのは…オスカー、あなたのお陰なの。あなたがずっと私を側で支えてくれて、深く愛してくれて…そして私も、いつの間にかそんなあなたに救われ、心から愛するようになれたから。でも自分に勇気がなくて言い出せなくて…結果、あなたをずるずると長い間苦しめてしまったわ。その事を謝りたかったのに、私の言葉が足りなくてまたあなたを傷つけてしまった。でも、これだけはわかって欲しかったの。オスカー、私はあなたを…愛してる。もうあなたを失いたくない。あなたが許してくれるなら、もう一度やり直したいの。…ここから二人で、1から始めたいの…!」

一気に言葉を吐き出したアンジェリークの目の前で、跪いていたオスカーが弾けるように立ち上がったのが見えた。
次の瞬間には目の前が真っ暗になり、急に息が苦しいような感じに襲われる。

一瞬、何が起こったのかわからなかった。
ようやく我に返ると───いつの間にか自分の目の前までやってきていたオスカーに苦しいくらいに強く抱きしめられていたのに気がついた。
視界がオスカーの胸だけで占められ、押し当てられた頬に彼の力強い鼓動が響いてくる。

「…アンジェリーク…!」

今までに聞いた事もない絞り出すようなオスカーの喜びの声に、アンジェリークは驚いて顔を上げた。
目の前のオスカーの瞳が、切ないくらいに熱い歓喜の色をたたえて自分を見つめている。
ああ、まだ私は遅くなかった、ようやく彼を救う事ができたのだと気付いて、オスカーに笑顔を向ける。
でも向けたはずの笑顔はすぐに歪んでしまい、泣き笑いのような表情になってしまう。

「オスカー…!」
笑っているつもりの顔からはらはらと涙が零れていく。
オスカーが両手で頬を包み込むようにしながら、優しくその涙を拭ってくれる。
その大きな暖かい手が微かに震えているような気がして、アンジェリークはまた涙が止まらなくなってしまう。

二人の横で、まだよく事態が飲み込めずに呆然とするジュリアスに、ロザリアが微笑みながら静かに歩み寄っていく。
そのままロザリアは自分の愛する伴侶の腕にそっと手を当てると目配せで部屋を出るように促し、二人は無言で謁見の間を後にした。
そんな二人にもはや気がつく事もなく、オスカーはアンジェリークをもう一度きつく抱きしめる。

「夢じゃ…ないのか…?本当に君は俺を…愛してくれているのか?」
オスカーは全身が震えるような喜びに包まれながら、確かめるように何度もアンジェリークに口づけた。
「愛してるの、あなたを愛してる…オスカー…」
「俺もだ、君を愛してる、愛してるんだ、アンジェリーク…!」

何度も口づけを交すうちに、オスカーの表情が幸せそうな笑みで占められていく。
その笑顔を、アンジェリークは幸福な思いで見つめていた。
まるで太陽のように、暖かい光に溢れた笑顔。
知らなかった、オスカーって本当に嬉しい時にはこんなに子供のような純粋な笑顔を浮かべられる人だったんだ。
いつも私のずっと先を歩いてる、手の届かない大人だとばかり思い込んでいた。
今まで目を瞑ってばかりで、私ったらオスカーの事を何にも見ていなかった。
でもこれからは、いつも目を見開いてしっかり見つめていたい。
きっとまだまだ一杯あるだろう私の知らないオスカーのいろんな一面を、全部知りたい。
そして私の事も、もっともっとたくさん知って欲しい。
駄目な所もいい所もひっくるめて、互いの全てを見せあいたい。
もう焦らなくていい、長い時間をかけて、ゆっくりとでいいから…

アンジェリークは喜びに満たされながら、再びオスカーの胸に顔を埋めた。
その途端、急に張り詰めていた気が抜けたのか、それとも安心してしまったのか────
昨日一睡もしていなかったアンジェリークは、オスカーの胸でぱたりと崩れるように眠りに落ちてしまった。