Hell or Heaven

~第8章・Open eyes(2)~


オスカーとアンジェリークは、ベッドの上で波打つように互いの身体を絡ませあいながら口づけを交していた。

二人の唇が互いを喰むように動き、上になったオスカーが身体の角度を変える度に唇の間から絡まりあった舌が覗き、また深く唇が合わさる。
そうしながらもオスカーの片手はあくまで優しくアンジェリークの肌の上を滑り降り───まるで壊れ物を扱うかのように大切に、身体のラインを撫でさするようにその存在を確かめている。
オスカーはふとその動きを止めると、ゆっくりと口づけを解いて顔を離した。

急に止められた動きにアンジェリークが思わず目を開けると、すぐ上にいるオスカーの透明な瞳が、ごく間近でじっと自分を見つめているのに気付く。
普段は鋭く突き刺さるようにも見えるアイスブルーの瞳が、今は本当に優しく、熱を帯びて甘い色に染まっている。
その瞳が「愛おしい」とはっきりと語りかけてくるのが感じられて、心臓がトクン、と弾んだ。
そのままどんどん鼓動が早まって、呼吸するのも苦しくなる。

───なんだか私、ひどく緊張してる。
オスカーとは今まで数えきれないくらいベッドを共にしてきたのに、まるで初めて抱き合った時みたい。
…ううん、初めての時よりむしろドキドキしてる。
あの時は何がなんだかわからないというのもあったし、愛のない行為をしているという自己嫌悪ばかりが心を強く占めていた。
けれど今、このオスカーの熱い瞳は私を愛してくれているからなんだと思うだけで、私の心にも暖かいものが生まれてくる。
暖かくて優しい気持ちがじんわりと満ちていって…この人をすごく愛してる、って想いが身体中から溢れ出していく。
いつも抱かれる度に感じていた、ただ身体が熱くなるだけの反応とは全然違う。
何も言葉を交さなくても、瞳を見ているだけで心が通じているのがわかる。

「…こうして君の瞳にじっと見つめられると、柄にもなく緊張するな」
オスカーが小さく笑いながら呟く。
アンジェリークは驚いてその緑の瞳を更に大きく見開きながらオスカーを見つめ直した。
「…オスカーも?」
「ああ、今までずっと、こうして君と見つめあいながら愛し合いたいと願っていたんだが…いざそうなると、嬉しすぎてどうしていいかわからなくなりそうだ」

そう言いながら口の端を吊り上げて笑うオスカーの表情は、いつものように自信に溢れて見え、緊張しているようにはとても思えない。
でも、そっと腕を伸ばして逞しい胸板に掌をあてがうと、洋服の上からでもはっきりと力強くて早い心臓の鼓動が伝わってくる。
その鼓動の早さが腕をつたって、アンジェリークの身体にも伝染したように広がっていく。

ああ、やっぱり身体と心って繋がってるんだわ。
見てるだけではわからない心の真実も、こうして触れ合った肌から伝わってくる事もある。
その逆で身体だけ繋いでもわからなかった事が、言葉や視覚から伝わってくる事だってあるんだ。
身体も心も両方で愛しあって初めて、今まで見えなかったオスカーの全て───オスカーの真実が、見えるのかもしれない。

「オスカー、私も…すごくどきどきしてるの。私は今までずっと、目を閉じてあなたを見ていなかった。誰よりも近くで身体を重ねていたのに、あなたの心がちっとも見えていなかった。きっと…瞳だけじゃなくて、心も閉ざしていたのね。こうして瞳を開ければ、あなたの全てが見えるのに…。何だか初めてあなたを見るようで、初めて抱かれるみたいで…身体中が震えて、止まらないの…」
アンジェリークは震える手をゆっくりと上げ、オスカーの頬にそっと当てる。
途端にその手を強く掴まれた。

「…今日はそのまま、目を閉じずにずっと俺を見ていてくれ」
視線をぴたりと合わせたまま、オスカーは小さな白い手のひらに自分の唇を押し付けた。
彼女の手が震えて汗ばんでいるのを感じ、オスカーは心に沸き上がる愛しい衝動に任せたまま、手のひらから細い指先に向かって舌を滑らせる。
そのまま指の股まで丁寧になぞる様に舌を這わせ、敏感な指の先端を軽く噛んでからゆっくりと口に含んだ。
「あっ……!」
指先から突然昇ってくる快感に思わずアンジェリークは手を引っ込めようとしたが、掴まれた腕はびくともしない。
そのままオスカーは指を1本づつ咥えては、しゃぶるように上下に舐め上げる。

「あ…っ、あぁんっ………」
舐められた指から腕を伝って、胸の頂きまで瞬時に電流が伝わっていく。
夜着の下で乳首が固く立ち上がり、引っ張られるように乳房が上向きに張り詰めるのがわかる。
オスカーの舌が動くたびに背筋にぞくぞくするような快感が走りぬけ、思わず身を捩る。
こんなところが感じてしまうなんて、自分でも知らなくて驚いた。
堪らずに切なげな視線をオスカーに向けると、少し上目遣いの彼がニヤリと笑った。
その笑顔も、舌を這わす表情も、しゃぶるような動きも。
何もかもがすごくエロティックで、見ているだけでドキドキしてしまう。
いつもの癖で快感を感じると目を閉じそうになってしまうけど、こんな素敵なオスカーの姿を、一瞬でも見逃したくなんかない。

アンジェリークの瞳が潤みはじめるのを確認すると、オスカーはその瞳をじっと見つめたまま、自分のシャツの裾をまくりあげた。
彼女を抱きたい気持ちを自制する為に服を着たまま眠りについていたのに、結局あんまり意味がなかったな───と苦笑する。

オスカーの黒いシャツから鍛え抜かれた腹筋が覗いた瞬間、アンジェリークの視線はそこに釘付けになってしまった。
まくりあげられる着衣と共に盛り上がった胸筋が現れ、抜かれた袖から逞しい筋肉に覆われた腕が覗く。
浅黒い肌がぴんと張り詰めていて、薄闇の中でも光を放つように艶めいていて。
広い肩から逆三角形に見事に引き締まった上体は圧倒するような存在感を放っていて、その完璧な造形は古代神話の彫像を思い起こさせた。

こんなにまじまじとオスカーの裸を見つめたのは初めてで、思わず火がついたように顔が熱くなるのがわかる。
でも、恥ずかしいけど顔を逸らす事なんて出来ない。
だってオスカーの身体は、すごく綺麗なんだもの。
男の人の身体を綺麗なんて言うのは変なのかもしれないけど、今の私にはそんな言葉しか思い浮かばない。
こんな綺麗な身体に私はいつも抱かれていたんだ。
なのにその美しさを知らなかったなんて、なんて勿体無い事をしてたんだろう。

オスカーの手がスラックスのジッパーにかけられるその何気ない動きまでもがセクシーで、しなやかで男らしい指の動きをに目を奪われる。
あんまりじろじろ見る物じゃないのかもしれないんだけど、もう自分でも止められない。
V字に開かれたジッパーの間から、既に固くいきり立ったオスカー自身が、そんな私の視線に向かってくるように現われる。
薄い灯りの中で見るそれは、黒いシルエットのようにしか見えないのだけど…それでもそのあまりの大きさと威圧するような迫力に、思わず目を見張ってごくりと息を飲み込んでしまう。
そんな私をオスカーがじっと見つめているのを感じて、恥ずかしいとも思うのに目線は縫い取られたようにそこから動けない。
だって…これはオスカーが、私を求めてくれているという証。
今まで見てこなかったからこそ、全部をこの目に焼き付けたい。
オスカーの身体も、表情も、どうやって愛してくれるのかも、何もかも────その全てを。

オスカーの一糸纏わぬ姿が目の前に現われ、私の上に覆い被さってくる。
「俺の身体を初めてじっくり見た感想はどうだ?」
掠れた声で笑いながら、彼が訪ねる。
「オスカーの身体は…すごく綺麗。どこもかしこも男らしくて、オスカーそのもので…。もっと…早く、見ておけばよかったなぁ…」
瞳を潤ませてうっとりと囁くと、オスカーが息を呑み込み、胸板が大きく膨らむ。
それを見ただけで彼の興奮が伝わってきて、目が眩むような欲望が押し寄せてくる。

「…俺は、いつだって君を見てた」
オスカーがゆっくりと薄手のナイティの胸元のリボンをほどき、その下にある小さなボタンを器用に外していく。
「女王候補の時も、女王になってからも。謁見の間でも、ベッドの上でも…」
本当に優しい手付きでナイティが身体から引き下ろされ、足元から抜かれていく。
下半身を覆う小さなショーツ1枚の姿になった私の全身に、オスカーが目線を這わす。
その瞳の奥には既に青い炎が揺らいでいて、視線を通して私の肌を焦がしていく。
こんなに視線を感じて恥ずかしいけど、私も今日は、何も隠さずにいたい。
瞳を見開いたまま両手を腰の横に下ろして、シーツをぎゅっと掴んで必死で恥ずかしさを耐え抜く。
ただ見られているだけなのに呼吸が浅く早くなり、全身の皮膚が耐え難いほど敏感になる。

オスカーの目の前でアンジェリークのまろやかな乳房が大きく上下するように波打ち、その頂きにある桜色の果実が見てくれとでも言うように形を変え、こちらに向かってツンと立ち上がってくる。
乳房の上に乗っている一房の金の巻き毛が、アンジェリークの呼吸の動きと共に胸の上で小さく震えている。
今にも泣き出しそうなくらいゆらゆらと揺れ動きながらも、決してオスカーから視線を逸らそうとはしない翡翠の瞳。
はぁはぁと小さな呼吸の音が絶え間なく洩れ落ちる、薄く開かれた薔薇色の唇。
「君はいつだって俺の目線を奪い続けて…俺の全てを虜にしていた………」

オスカーは吸い寄せられるようにその唇を啄み、やがて奥深くまでその唇を味わい抜く。
そうしてアンジェリークの息を全て飲み込むくらい深く丁寧に舌を絡めながらも、早くも頭の中が沸騰するような興奮に襲われる。
初めて心から愛し合える、そのひとときを大切に味わいたいと思うのに、身体中が燃え上がって手が付けられない。
優しく愛撫してやりたいのに、その心とは裏腹に、まるで操られているかのように手が勝手にアンジェリークの胸を激しく揉みしだき、痛いくらいに張り詰める自分自身をアンジェリークの下半身を覆う小さな下着の上に押しつけて、擦り付けるように動かしてしまう。
息遣いが荒くなり、額からは汗が滲み、顎を伝って流れ落ちる。
こんなに抑えがきかないなど、自分でも信じがたい。
だが、今すぐ彼女と一つになりたくて堪らない。

オスカーはアンジェリークの小さなショーツを性急に剥ぎ取ると、湿った草むらの中に指を滑り込ませた。
「ん……っ!」
口づけで塞がれたアンジェリークの唇から、くぐもったような甘い吐息が洩れる。
指が探り当てたその場所はもう既に準備が出来ていて、溢れかえる程の蜜がオスカーを待ち望んでいる事を伝えてくる。
だめだ。これ以上もう───

オスカーは口づけを解くと、荒い呼吸のままアンジェリークの瞳を見つめた。
「アンジェリーク…もう俺は我慢できない……今すぐ君と一つになりたい………」
アンジェリークの瞳もけぶるように霞んでいき、シーツを掴んでいた腕をオスカーの首の後ろに回して強く引き寄せる。
「オスカー……私もなの、あなたと同じでもう我慢できない……信じられないくらい身体中が熱くって、頭が変になりそう………!早く来て欲しいの、お願い…………っ!!」

アンジェリークの両足がオスカーの腰に絡み付くように回される。
オスカーもその動きに合わせるかのように、次の瞬間には一気に身体を深く沈めた。
「ああ───…っ!!」
炎で熱せられた鉄の塊が入ってきたような衝撃に、アンジェリークの身体が弓なりに大きく反り返る。
オスカーは彼女の首筋に顔を埋めたまま、ひと月抱けなかった空白を埋めるかのように激しく奥に向かって動き続ける。
繋がった部分があっという間に熱く溶け合い、まるで本当に一つになってしまったかのようだ。
動かすたびにその熱が全身に燃え広がり、互いの身体があっという間に激しい炎に包まれた。
オスカーの汗がアンジェリークの上気した肌に飛び散り、弾けるようにシーツへ落ちていく。

「アンジェリーク……アンジェ……愛してる、愛してるんだ………!」
「あ……オスカ……私も、大好き、すごく……あ…愛して、るの………」
ベッドが大きく振動し、その激しさに二人の声は途切れ、喘ぎながらも互いの名前を呼び合い、愛を確かめあう。
オスカーは目の前で揺れる柔らかな胸を強く揉みしだきながら、鎖骨や首筋にめちゃくちゃに舌を這わせて強く吸い上げる。
その強すぎる程の愛撫に身悶えながら、アンジェリークもその激情に見合う貪欲さで彼に応じた。

いつものような技巧的な事は一切せずにただ夢中で自分を求めてくれるオスカーが、すごく愛おしい。
いつも私だけが我を失っているのだと思っていたけど、彼も今、我を忘れるくらい私を求めてくれている。
跳ねるように動く赤い髪の合間から時折見えるオスカーの表情が、眉を寄せて苦しげなのにすごく幸せそうなのがわかる。
求めてくれるオスカーに、私も与える事が出来ている。
そして私もオスカーを心から求め、彼はその全てを全身で与え返してくれている。

今までの一方通行で心が見えなかった身体の交わりとは、なんて違うんだろう。
これが、本当に心も身体も一つになるっていう事。
これが、本当に愛しあうって事なんだ。

アンジェリークは大きく揺さぶられながら、あまりの幸福に涙していた。
心が満たされて、幸せすぎて頭がおかしくなりそう。
こんな感情が、この世に存在するなんて。
人を愛して愛されるっていう事が、こんなに泣きたいくらい幸せだったなんて─────!

「オスカー、好…き、愛してる……」
「俺もだ、アンジェリーク、愛してる………!」
オスカーの掠れた低い声を聞いた途端、子宮の入り口がぎゅっと強く閉まり、奥から波打つ様な痙攣が襲ってくる。
その反応に合わせるかのように、オスカーが一番奥深い所で動きを止め、身体を大きく震わせた。
彼の満足げな吐息と共に、熱い精が中にじんわりと広がっていく。
繋がっている部分からさざなみの様な快感が二人を包み込み、恍惚感で全身が痺れたように動かない。
荒い息遣いで互いの身体が弾むように上下し、その度にアンジェリークはオスカーの身体の重みを全身で受け止めた。

ああ、オスカーが私の上にいる。
私の中にいる。
繋がってる。融けあってる。
すごく───暖かい。心も身体も─────!

しばらくそのまま二人とも動けず、ぐったりと重なっていた。
時折快感の余韻が唐突にやってきて、オスカーがぶるっと身体を震わせると、アンジェリークが小さく喘ぎ声を洩らす。
そうして呼吸が落ち着くまで、二人はこの幸福な虚脱感を共有した。
オスカーが吐き出すような吐息とともに、「愛してる…」と呟く。
アンジェリークは脳内に薄い膜がかかったようにぼんやりとした意識のまま、唇の動きだけでその呼び掛けに答えた。

私も…………と。