Sweet company

10. Tie Together (3)

オスカーの服を脱がすアンジェリークの手付きは、いかにも不器用でぎこちなかった。

もつれる指でシャツのボタンを懸命に外し、布地をぎゅっと握りしめながらせわしなく袖を抜く。
ベルトのバックルも、手が震えているからカチャカチャと金属音が鳴り響くばかりで一向に外れない。
頬を紅潮させながら真剣な表情でベルトと格闘する彼女を見ているだけで、オスカーの欲望は張り裂けんばかりに膨れ上がり、ズボンの前をぐい、と前に押し上げていく。
それに気付いたアンジェリークがベルトから手を離し、どうしたらいいのか迷っておろおろする様子を、オスカーは面白そうに眺めていた。

アンジェリークはちらりとそんなオスカーの顔を盗み見る。
余裕たっぷりな彼の表情が、少し憎らしい。
もっと我を忘れるくらい感じさせて、私を求めさせてみたいのに。
やっぱり私なんかのレベルじゃあそんなのは無理な話なんだろうかと、今頃になって弱気の虫が押し寄せてくる。

でも以前に一度だけ…そうよ、車の中で求められた時。
あの時のオスカーは、自制心を失って燃えるような激しい情熱を垣間見せてくれた。
いつものように冷静で、完璧に自分をコントロールしてる彼じゃなくて。
きっとあれこそが、本当のオスカーの姿なんじゃないかと思う。

何故だか彼は本当の自分を内に秘め、誰にもそれを見せないように強固な壁で隠し通している。
オスカーの愛が欲しいんだったら、まずはその壁を突き破って、本当の彼と向き合わなくちゃ。
セックスはそのとっかかりを作り出してくれるかもしれない大切なものなんだから、怖じ気付いてる場合じゃない。

そう思ったら、少し震えがおさまった。
やっとの思いでベルトを外し、窮屈そうなジッパーに手をかけてそろそろと下ろしていく。
Vの字に開いた空間から猛々しい昂りが勢い良く顔を覗かせ、アンジェリークは顔を赤らめながらそこに手を添えると、彼のものを傷つけないように慎重にジッパーを開いた。
熱い鉄の棒のような欲望の証が、手の下でびくびくと脈打っているのが伝わってくる。
それだけでアンジェリークの全身からは力が抜け、まっすぐ立ってもいられない。
オスカーのスラックスを引き下ろすと同時に自分もへなへなと床に座り込み、膝に縋り付くような格好で、なんとか足から衣服を引き抜いた。

「なんだか、ハレムの王様にでもなった気分だな」
全裸で仁王立ちになったオスカーが、掠れた声で笑いながら見下ろしてくる。
オスカーが王様なら、私は身分違いの愛人か、その他大勢の女奴隷ってとこなんだろうか。
でも奴隷だって、気に入られれば王様の寵愛を一身に受ける事だってあるはずよね?

アンジェリークは欲望を剥き出しにした彼の瞳に吸い寄せられるようにふらふらと立ち上がると、催眠術にかけられたかのように自分の服を脱ぎ出した。
ブラウスのボタンを一つずつゆっくりと外すと、滑らかで丸い膨らみを包む薄ピンク色のコットンのブラが現れる。
オスカーが魅入られたようにその膨らみに手を伸ばした途端、アンジェリークにぱちんとその手を叩かれた。
「だめ!」
睨まれて、オスカーは苦笑いしながら手を引っ込めた。
「今日二度目のダメ出しだな。俺は、触れるのもダメなのか?」
「そうよ。…だってオスカーに触られると、すぐに訳がわかんなくなるんだもの。自分で全部やるどころじゃなくなっちゃう」
頬を赤らめながら、アンジェリークが口を尖らせて抗議する。
その言い草がなんとも可愛らしくて、オスカーはまた笑い出す。

だが、すぐに笑いはおさまった。
アンジェリークがスカートを腰から落とし、次いでブラジャーを外しにかかったからだ。
後ろ手にホックを外して前屈みになった途端、ピンクの布地からたわわな果実がふるん、とこぼれ落ちる。
屈んだ姿勢のままでストラップを肩から滑らせると、ブラはぽとりと床に落ちた。

アンジェリークは気恥ずかしくて、床を見つめたままパンティーに両手をかけた。
もっと色っぽい脱ぎ方とかあるのだろうとは思うのだけれど、ぎくしゃくしている自分の動きでは、下手に凝った脱ぎ方なんかすると、かえって滑稽に見えそうで。
それだったら一気に脱いでしまったほうが、まだマシなような気がするので、上体を深く倒して一気に小さな布地を引き下ろす。
ぱぱっと手早く足から下着を抜くと、すぐにオスカーに背を向けて、小走りにシャワールームに向かった。

後ろからオスカーがゆったりとした歩調でついてくるのがわかって、アンジェリークは恥ずかしさに全身から火が出るような思いがした。
何度も抱き合っているし、身体だってスミからスミまで知られてしまっているのに、いつもより何十倍も恥ずかしい。
それもこれも、自分が「全部リードする」などと大見得を切ってしまったからだ。
えらそうな口を聞いた割には、何一つリードできていない自分が情けなくて、いたたまれない。
きっとオスカーもこんな私を笑っているに違いない、そう思うと振り向く勇気もなかった。

アンジェリークはバスルームに飛び込むと、急いで自動給湯ボタンを押した。
たっぷりとした湯がバスタブに注がれると、狭いバスルーム内はすぐにもうもうとした白い湯煙に覆われる。
お陰でほんの少しだけ恥ずかしさが軽減されて、アンジェリークは思いきってオスカーの方に向き直ると、シャワーで彼の身体を流す事だけに意識を集中させようと努めた。

「シャンプーするから、頭を下げてくれる?」
言われるままに上体を倒すオスカーの毛髪を、アンジェリークはマッサージするように丁寧に洗う。
こちらにつむじを向けて無防備に身を任せている彼は、なんだか可愛い子供のようにも感じて、だんだんと緊張感がほぐれていく。

「こうして人に洗ってもらうのも、気持ちいいもんだな。疲れがとれていく気がする」
オスカーが斜めに顔を上げ、にやりと笑いかける。
こっちを見てないと油断していたので、いきなり青い瞳に見つめられて心臓が跳ね上がった。
しかも----その視線はアンジェリークに見せつけるようにゆったりした動きで下がっていき、首筋から鎖骨を通って乳房の辺りで止まると、じっくりと舐め回すように動き回ってきた。
瞬時に乳首がきゅっと立ち上がり、その反応の良さにオスカーが口元を緩める。
前言撤回、やっぱりオスカーは可愛い子供なんかじゃなかったわ!

「どこ見てるの、えっち!」
アンジェリークは怒ったような口調で呟き、オスカーの顔にいきなりシャワーを浴びせかけた。
顔面に強い水流が直撃したにも拘らず、オスカーは逆に大声で笑い始める。
腹を抱えながら笑う彼を憎々しげに睨み付けると、アンジェリークは少し乱暴にシャワーの湯を浴びせながら、オスカーの髪を指でごしごしと擦った。
泡を流し終えるとオスカーは首を振って水気を飛ばし、上体を起こしたが----その間もクックッと言う笑い声は、やむ事がなかった。

「見るくらいいいじゃないか。約束通り、手は出してないだろう?」
「…そ、そうだけど。でも、オスカーの視線って触られるのと同じくらい威力があるんだもん」
「悪いがそれは俺のせいじゃないな。お嬢ちゃんが触らせてくれないから、こっちは飢えたように見つめるしか出来ないんだ。これで見るのまでダメだと言われたら、我慢できなくなって襲うかもしれないぞ?」
「か、勝手に襲われるのは困るわ!…じゃあ、見るだけなら…」
「よし、それじゃ俺はここで大人しくじっと見てるから、お嬢ちゃんも身体を洗えよ」
「えっ?」
「本当なら俺が洗ってやりたいんだが、手出しはしちゃいけないんだろう?さあ、早く」

促されて、アンジェリークはしょうがなく髪を洗い始めた。
なんだかこれじゃあ、どっちがリードしてるんだかわからない。
やっぱり私は、オスカーの手のひらで転がされてるお嬢ちゃんなんだなぁ、と心の中で溜息をつく。
時折オスカーを盗み見ると、彼はタイルの壁に寄り掛かるようにしながら腕を組んで、じっと無言でこちらを見つめている。
さっきまで笑っていたのに、急に別人のように真剣に見つめられて、アンジェリークは落ち着かない気分になった。
バスルームの熱気が急に増したように感じて、身体中がぽっぽと火照る。

張り詰めたような空気を和ませようと、アンジェリークはシャンプーで泡だらけの髪をひとまとめにして上に捻り上げ、キューピーのように頭頂部に角を立ててみせた。
笑ってくれるかな?と期待したのに、オスカーはにこりともせず、相変わらず刺すような視線で見つめているだけだ。
作戦失敗。…っていうか、私ってもしや思いっきりおマヌケ?
アンジェリークは気恥ずかしくなって下を向き、オスカーから視線を外して黙々と身体を洗い始めた。

彼の視線を痛いくらいに感じるのだけど、恥ずかしくて目が合わせられない。
アンジェリークはむやみやたらと石鹸を泡立てると、たっぷりの泡で肌を覆い隠そうと試みた。
でもこれ以上出来ないくらい身体中が泡だらけになると、後は流すしかやる事がないのに気付く。
意味のない自分の行動に呆れつつ、諦めてシャワーで泡を流そうとした瞬間----それまで黙っていたオスカーが、唐突に口を開いた。

「流さなくていい」
「え?」
彼の声はひどく掠れていて聞き取りにくく、思わずアンジェリークは聞き返す。
「洗い流さなくていいから、そのまま----泡のついた身体で俺を洗ってくれよ。今日は何でもしてくれるんだろう?」

ずきん、と子宮が跳ねるように疼いた。
そんなの恥ずかしい、と頭では思ったのに、意志に反した足は勝手にふらふらと彼に近づいていく。
オスカーのすぐ前に立つと、彼の全身が欲望に張り詰めているのがはっきりとわかった。
顎のラインが強張り、厚い胸板が大きく上下して、彼の呼吸の乱れを伝えてくる。
何よりも、怒張した欲望の証が暴発寸前なくらいに膨れ上がり、激しく脈打っていた。

アンジェリークは操られるようにオスカーの身体に両腕を巻き付けると、全身をぴったりと密着させた。
逞しい胸板に頬を寄せ、すべすべした泡を擦り付けるように全身を大きく上下に動かす。
オスカーが呻くような吐息を洩らし、全身の筋肉が堅く強張った。
押し付けた肌から、彼の鼓動や熱が高まっていくのがはっきりと伝わる。

欲望に煽り立てられて、アンジェリークはどんどん大胆に身体を動かし始めた。
泡を広げるように両手で身体中を弄りながら、彼の硬い太腿を自らの両脚で挟み込んで、柔らかい割れ目を押し付けるように擦りあげる。
固く尖った花芽がオスカーの腿に当たって擦れる刺激に、アンジェリーク自身も身を捩って甘い喘ぎを洩らしていく。
自分の全身を使って彼に奉仕し、互いに歓びを分けあっているのだと思うと、それだけでどうしようもないほど高まってしまう。

堪えきれなくなったオスカーが、アンジェリークの尻を掴んで身体を持ち上げ、飢えたような荒々しい口づけを落としてくる。
オスカーから手を出されてしまった格好になったにもかかわらず、もう気にしている余裕はなかった。
自分も夢中になってキスに応え、手探りで彼の欲望の証に手を伸ばす。

狂ったように脈打つ肉棒を華奢な指で包み込み、石鹸の白い泡を絡めながら何度もしごき上げると、オスカーの喉の奥から掠れた咆哮が洩れた。
アンジェリークの手の動きが早まるとオスカーの息遣いも早くなり、動きを緩めて戯れるように指を滑らすと、もっとしてくれと言いたげに腰が前に大きく突き出す。

もう、恥ずかしいとかそんな感情はとっくに消え失せていた。
オスカーを感じさせている、ただそれだけしか頭にはなく、自分のしている行為の淫猥さすら気にならない。
もっと感じて欲しくて、求めて欲しくて。ひたすら夢中になってこの行為に没頭した。

「頼むからもう、入れさせてくれ」
荒い息遣いとともに喘ぐように懇願され、アンジェリークは手を止めて彼を見た。
オスカーは激しい欲望に顔を引き攣らせ、その青い瞳は狂気すら感じさせるぎらついた光を放っている。
その表情には、見覚えがあった。
そうだ、彼が自制心を失う寸前。あの時も確かこんな瞳を、私に向けていたはず----

その思いは、アンジェリークを更に大胆な行動へと駆り立てた。
シャワーで泡をざっと流すとするりとオスカーの腕から逃れて足元に跪き、すぐ目の前にある充血し切った昂りに大事そうに両手を添える。
膨らみ切った先端からは、石鹸とは違ったぬるついた液体が漏れ始めている。
アンジェリークは蕩けるような瞳でそれを愛おしげに見つめてから、ゆっくりと唇を近付けた。

オスカーは息を止めて、その光景を見つめていた。
唇が開いて紅く尖った舌が覗き、先走りの溢れる先端の穴に押し入っていく。
「…っ……!」
噛みしめた歯の奥から、堪えきれなかった声が漏れだした。
痛みと紙一重の強烈な快感がオスカーを襲い、背筋がぞくぞくと痙攣する。
そのまま柔らかな唇が先端にそっと押し当てられ、きつく吸い上げられた。

アンジェリークの愛撫は丁寧で、オスカーの感じる部分を確実に捉えてくる。
竿の根元に指を絡めて上下させながら、小さな舌でくびれた部分をぐるりとなぞる。
裏側の筋にちろちろと舌を這わせながら頭を下げ、ずしりと重そうな陰嚢まで丁寧に舐めると、彼女は優しく片方の睾丸を口に含んで舌で転がすように愛撫した。

「お嬢ちゃんは……上手になったな」
うわずったような声で呟かれ、アンジェリークは上目遣いに彼を見上げた。
「これを教えてくれたのは、オスカーなのよ?でも…」
頬を染めてから、嬉しそうな声で答える。
「…好きな人にはいっぱい気持ち良くなって欲しいから、上手になりたいっていつも思ってた----」

目を合わせたまま、アンジェリークは再びオスカーの股間に顔を寄せた。
両手を猛るものに添えながら、唇を開いてオスカー自身を少しづつ呑み込んでいく。
先端がすっぽりとおさまってから、一度引き抜き、角度を変えて再び銜え込む。
暖かい口腔がすっぽりとオスカーをくるみ込み、それからゆっくりと----頭が上下に動きだした。

「…く……っ…」
アンジェリークの唇が半分ほど己を呑み込み、ゆるりと引き抜かれる。
セックスのように深くまで与えられない中途半端な快感が、逆にオスカーの飢餓感を煽り、どうしようもないほどにその先が欲しくなってしまう。
彼女の口の中で思いきり突き動かし、全てをぶちまけてしまいたいという恐ろしい欲望が絶え間なく襲ってきて、オスカーは痺れていく思考を必死で立て直そうとした。
しかし荒れ狂う己の欲望は、意志に反してアンジェリークの口中深くに吸い込まれ、喉まで達した。

「…ぅん……んぐぅっ!」
息が出来なくて、アンジェリークは眉を寄せて苦しげな声を洩らす。
それでもアンジェリークは怯まず、むしろ更に覆い被さるようにして、できるだけ深くオスカーを受け入れようとした。
野太いものを喉の奥まで飲み込み、涙が目尻に滲んだのに、やめようなどとは露程も思わない。
オスカーの自制心はもはや限界ぎりぎりまで来ているのがわかっていたから、何とかして最後の壁を突き破り、狂わせてみたかった。

「あぁ、すごい……アンジェ、アンジェリーク……」
オスカーが何度も名を呼び、アンジェリークの髪を掴んで腰を小さく突き上げてくる。
恍惚の表情で視線を宙に彷徨わせる彼の姿が目に入り、アンジェリークも頭を動かす速度を早めた。
口中で脈打つ肉棒に舌を絡み付けながら、手のひらで陰嚢を柔らかく包み込みながら揉みしだく。
するとオスカーの背中が大きく反り返り、苦い味の液体が少しづつ漏れ出てきた。

「…あ…ぁ、……だめだ、も…う………っ…!」
オスカーは限界が訪れる寸前に、両手でアンジェリークの頭を掴んで一気に引き剥がした。
射精寸前で引き抜かれた欲望は、行き場を無くして怒り狂ったように荒れ狂い、全身を脈打たせている。
ぜぇぜぇと荒い呼吸で胸を上下させながらも、オスカーは己の自制心に感謝し、タイルの壁に背中を預けてほうっと息を吐いた。
しかし、気を抜いた瞬間だったからこそ----アンジェリークがオスカーの尻を両手で掴み、引き寄せるようにしながら再び銜え込んできたのには、もう抗えなかった。

「う……ぁああ……っ!」
不意をつかれて、オスカーはたまらずに叫び声を上げた。
咄嗟にもう一度アンジェリークの頭を引き離そうとしたが、両の手は逆に彼女の頭を自分の股間に押し付けてしまい、そのまま固定されてしまったかのように動けない。

放ってはだめだと、必死で自分に言い聞かせた。
男としてのプライドが、女性に苦痛を与えるな、何よりも女に弱味を晒すんじゃないと警告してくる。
なのにいやらしい睡液の音と共にアンジェリークの頭が何度も何度も上下していくと、強烈な絶頂感だけが脳内を支配して、思考が脇に押しやられて空っぽになっていく。
堪えれば堪えるほど、その後に襲ってくる快感は恐ろしいほど大きく膨れ上がる。
自分のちっぽけな自制心やプライドなど、この圧倒的な快感の前には塵にも等しかった。

視界がぼやけ、いきなり世界が暗転した。
床も壁も全てが消え去り、暗い宇宙に自分とアンジェリークの二人きりで浮かんでいる。
目の前に巨大なブラックホールが現われ、吸い込まれていくような気がした。
でも1人じゃない、ここにはアンジェリークも一緒だ-----
不思議な安堵感が胸に広がり、その刹那、残っていた最後の自制心が砕け散った。

「----ぁ、あ、あ、……く………っ!」
オスカーの躯がどくんっ、と大きく脈打ち、反り返っていた背中が大きく前に倒れ込む。
次の瞬間、アンジェリークの口の中で爆発した。
目の前に火花が弾け、渦を巻くような快感に全身が巻き込まれて、息が出来ない。
痺れるようなエクスタシーと、ようやく満たされたという安堵。
同時に彼女の口に出してしまったという後悔の感情も襲ってきたが、今さら止められなかった。
必死で放出を押しとどめようと身体に力を入れれば入れる程、逆にこま切れのように射精してしまい、絶頂がいたずらに長引いてしまうだけだ。
ただ今は痙攣しながら最後の1滴まで放ち続け、アンジェリークがそれを受け止める姿を茫然と見つめるしかできなかった。

アンジェリークは苦しげに眉を寄せ、その全てを飲み干そうとしていた。
何度も何度も、ごくんと音がしそうな程大きく彼女の喉が動き、薔薇色の唇からは受け止めきれなかった液体が溢れ出て、白い筋がとろりと顎から喉を伝う。
ようやく放出がおさまると、アンジェリークが突然げほごほっ、とむせ込んで唇を離した。

「大丈夫か?」
オスカーはいきなり正気に引き戻されて慌てて身を屈め、アンジェリークのの顔を覗き込んだ。
彼女はすんと洟をすすってから顔を上げ、場違いなほど嬉しそうな笑顔をこちらに向けた。

「オスカー、気持ち…良かった?」
目尻には涙の痕が何本も筋になり、顔中が精液やら睡液やらでべたべたに汚れていたにもかかわらず、その表情は無垢で穢れがなく、美しかった。
さっきまでの淫蕩な行為とはおよそ無縁なその笑顔に、ふいにオスカーは胸を突かれた。
不思議な感情に揺さぶられ、一瞬言葉すら失った。

「…もちろん、良かったさ。だが、お嬢ちゃんは……苦しかったんじゃないか?」
「ううん、オスカーが気持ち良さそうだったから、すっごい嬉しかった」

変わらない笑顔でそう話す彼女に、胸が焼け付く。
衝動的に華奢な身体を抱きしめると、その肌がひんやりとしているのに気付き、急いで抱き上げてバスタブに向かう。
アンジェリークはほんの少し足をばたつかせて抵抗を示したが、抱かれたまま暖かい湯に身を沈められると思わず気持ち良さそうな溜息をつき、それから慌ててオスカーを睨んだ。
「…オスカーは、何もしなくていいって言ったのに」
「こんなのは何もしてないと同じだろう?風邪でもひいたらどうするんだ」

オスカーは自分の腹の上にアンジェリークを跨がらせるように抱きかかえながら、湯舟の底まで深く身体を沈めた。
二人で入るには少し窮屈なバスタブから、伸ばした脚と上半身が大きくはみ出てしまっていたが、アンジェリークの身体だけは肩までしっかり浸からせた。
アンジェリークもすぐに抵抗する気を失ったようで、気持ち良さそうにオスカーの肩にくったりと頭をもたせ、ふぅっと幸せそうな吐息を洩らす。
オスカーも絶頂の後の虚脱感をほぐすように湯の中に身を委ね、そのまま二人は無言でゆったりと互いの身体を抱きしめあった。

暖かく、優しいひとときだった。
さっきまでの激しい時間が、嘘のようだ。
彼女の口に出してしまった事の後ろめたさも、何もかも赦されて包み込まれているような感じすらする。
セックスの後にこんな心安らぐ気持ちになれた事など…今まであっただろうか?

オスカーは上に乗ったアンジェリークの背中を撫で、くすぐったそうに身を捩る彼女を微笑みながら見つめた。
アンジェリークはくすくすと笑いながらオスカーの首に手を回し、ちゅっと小さく口づけてくる。
何度も落とされる羽のような感触を楽しんでから、彼女の頭を掴んで引き寄せ、深くその唇を貪った。

「……まだ俺の味が残ってる」
オスカーは苦笑して顔を離すと、まだ先ほどの行為で腫れているアンジェリークの唇を親指でなぞり、その緑の瞳を覗き込んだ。
「不味いだろうとは思ってたが、予想以上に変な味だな」
顔をしかめるオスカーに、アンジェリークも悪戯っぽく笑い返す。
「うん、好きな人のなら美味しいのかと思ってたけど、正直言ってやっぱり不味かった。オスカーのじゃなかったら、絶対もどしちゃってる!」

可笑しそうに笑う彼女を見ていたら、またオスカーの胸が苦しくなった。
突然鼓動が激しくなり、密着している彼女の柔らかい肌を強烈に意識する。
オスカーはアンジェリークの細い腰を掴んで引き寄せると、自分の下半身に強く押し当てた。
早くも勃起し始めたペニスの感触に気付いたのだろう、笑っていたアンジェリークの瞳も急速に焦点を失っていく。

「…どうやらもう、次のが欲しくなったみたいだ」
耳元で囁くと、アンジェリークがぎゅっとしがみついてきた。
「私も……」

アンジェリークはそれだけ呟くと、ゆっくりと身体を起こした。
彼女が立ち上がると湯の表面が波立ち、濡れた金の髪が張り付いた額や肩から、水滴が肌を滑るように流れ落ちていく。
きらきら輝く水滴は、まろやかな乳房から滑らかな腹部を伝い、小さな臍でしばらく留まってから零れ落ち、淡い金色の柔毛から再びぽたぽたと湯舟に戻る。
太ももから下は湯に浸かった格好になっているが、オスカーの身体を跨ぐようにして立っているせいで、開いた脚の間からはふっくらとしたピンク色の割れ目がはっきりと覗いていた。
その姿を目にしただけで、オスカーの下半身には熱い血流が一気に流れ込み、痛いほどに膨張する。

「お嬢ちゃんは…本当に綺麗だ」
心から、そう思った。
彼女は天使のようにあどけなく、なのに男の欲望を痛いくらいに駆り立てる。
それは今のように化粧もしてなくて、高価な衣服に身を包んでいない時ほど、そう見えるのだ。

「オスカーだって、誰よりも素敵よ。…私なんかとこうして一緒にいてくれるのが、信じられないくらい」
アンジェリークの瞳に、一瞬だけ切ない揺らぎがよぎる。
そうよオスカーは本当に素敵で、自信に溢れてて、まさに男の中の男だわ。
ゆったりと大きな躯を投げ出し、バスタブから長い脚と広い肩が飛び出しているその姿には、どんな女性でも夢中にさせてしまう圧倒的な魅力がある。
彼に抱かれるのなら、一夜限りでも喜んで脚を開く女達はいくらでもいるんだろう。
明日から彼の周りにそういう女達が群がるのだと思うと、鋭い痛みが胸を襲った。

暗い思いを振り切るように、アンジェリークは勢い良く上を向いた彼自身の上に膝立ちになり、少しづつ腰を落としていく。
熱い先端を柔らかい入口に感じただけで、オスカーを求めていた肉体が激しく反応し、皮膚がぞくぞくと粟立った。

「いきなりで、大丈夫か?」
オスカーが気遣うように聞いてきたので、アンジェリークはどうにか笑顔を浮かべて答えた。
「もう、とっくに準備はできてるもの。…今すぐ欲しくて、待てそうにないの」
「そうか」
オスカーが、掠れた声で笑った。
「実は、俺もなんだ。今すぐにお嬢ちゃんの中に入りたくて、待てそうにない」

その言葉で、もう迷いがなくなった。
アンジェリークは入口にオスカーをあてがったまま小さく腰を揺すってぴったりの位置を探し、ここだと思う場所で一気に腰を沈めた。

「あ………あぁっ!」
身を浸からせている湯よりももっと熱い、煮えたぎるような熱を体内に感じて、アンジェリークは身悶えした。
張り出した先端が子宮の奥に当たり、その衝撃で入口がきゅっと締まる。
同時にオスカーの身体にも力が入ったのが、浮き出した見事な腹筋の形でわかった。

奥まで彼に貫かれる感覚に、快感とは別の安堵に似た感情すら覚える。
アンジェリークははぁっと小さく息を洩らすと、ゆっくりと大きく腰を持ち上げ、抜ける寸前まで引き抜いて、また腰を落とした。
ゆったりした動きはやがてリズミカルなものに変わり、ちゃぷん、という水音と共に飛沫が上がる。
歌うような喘ぎ声がバスルームに反響し、オスカーは陶然としながらアンジェリークからもたらされる快感に身を任せた。

アンジェリークの胸が動きに合わせて柔らかく揺れ、オスカーは無意識にそこに腕を伸ばした。
触れようとした瞬間、アンジェリークが動きを止めてオスカーの腕を掴む。
「だめ…だって、言ったじゃない……」
「こんな綺麗なものが目の前にあるのに、指を銜えて見てろなんて拷問だぜ」
オスカーの言葉だけで、アンジェリークの中がきゅっと締め付けてくる。
「めちゃめちゃに触って、口に含んで、俺も感じさせてやりたいんだ」
「ぁ……あっあっ!」
またもアンジェリークの内壁が、びくんびくんとオスカー自身を弾くように痙攣する。

オスカーは息を荒げながら、小さく口の端を上げた。
「お嬢ちゃんは、言葉だけでもえらく敏感に感じるよな」
「当…たり前でしょ。オスカーの言葉は、全部…大切だ…もの」
はぁはぁと息を切らせながら、アンジェリークが途切れ途切れに答える。

また、胸が苦しくなった。
アンジェリークの思いを知る度に、彼女の愛情の深さに触れる度に、心臓を内側から掴まれて揺さぶられているような気持ちになる。
だがオスカーの内心の動揺には気付かず、アンジェリークはオスカーの手をバスタブの外側へと追いやった。
「今日は最後まで全部してあげるから、お願い、このまま…」

再びアンジェリークは動きだしたが、その動きはひどく緩慢で、オスカーは焦らしに焦らされているように感じた。
触りたいのに触れない、動きたいのに動けない。
その上に快感を引き延ばされるようにゆっくり動かされると、オスカーもまた我慢しきれなくてコントロールが効かなくなっていく。
一度射精しているというのに、あっという間にまた昇り詰めていく自分が信じられない。
長持ちするほうだという自信はあったはずなのに、このままではまた先に達かされてしまいそうだった。

アンジェリークも高まっているのは、締め付けてくる内壁のきつさでわかる。
だが絶頂が近づいてくると、何故か彼女は快感を堪えるように唇を噛み、いきなりスローダウンする。
焦らそうとかそんな計算で動いている訳ではなさそうなのに、結果としてオスカーは翻弄され、限界ぎりぎりのところまで押し上げられていた。
そんな自分が可笑しくて、自嘲気味に笑いを洩らす。

「これじゃ頭が変になりそうだ。お嬢ちゃんは…俺を焦らして楽しいか?」
「そ…んなんじゃない…、ただ…」

ただ、終わりたくない。
このまま1分1秒でも長く、オスカーと繋がっていたいだけ。
だって終わってしまったら、オスカーは別の女性の元へ行ってしまう。
でもこうして繋がっている間だけは、彼は私だけのもの。
だからひたすらに快感を抑え、迫りくるその時を、必死で引き延ばしていた。

「…ただ?」
オスカーに問い返されたけど、そんな理由は言えなかった。
代わりに、いちばん大切な言葉が口から飛び出す。

「…ただ、オスカーが、好き、なの」
腰を高く持ち上げ、もう一度ゆっくり沈めた。
「…愛して…るの、オスカー……」

突然オスカーが、喉の奥から唸るような声を洩らした。
彼はいきなりアンジェリークの腰を掴むと、大きく持ち上げてから叩き付けるようにねじ下ろす。
いきなりの強い衝撃に、アンジェリークは堪らずに一段高い叫び声をあげた。

「だ…め、オスカー……!」
でも、もう彼は止まらなかった。
上半身を起こして餓えたように荒々しく乳首を吸い上げ、舌で激しく攻め立てる。
さらに下から突き上げるような動きが加わり、なす術もなく揺さぶられて、アンジェリークの忍耐は一気に音を立てて崩れ去った。

お風呂の湯が沸騰して、ぐらぐら煮え立っているような気がする。
湯気も熱くて、吸い込んだだけで肺が火傷しそうで、息苦しい。
熱気が眼球に刺さるようで、目も開けていられない。

まだ、いきたくない。終わりたくない。
心はそう叫んでいるのに、身体は一気に頂点へと昇り詰めていく。
オスカーが刻む力強いリズムに、子宮の中が同調していくのがわかる。
熱い奔流が突き上げられた部分から流れ出し、出口を求めて体内をぐるぐると駆け巡っている。

その時は、いきなり訪れた。
アンジェリークの体内で激しい爆発が起こり、煮えたぎった快感が堰をきったように外に向かって溢れだす。
びくんびくんと身体が大きく跳ね上がり、喜悦が飛沫となって再び全身に降り注ぐ。

オスカーも、そこで達した。
一際高く腰を突き上げると、アンジェリークの華奢な腰を強く引き寄せ、深く繋ぎ合わせながら精を放つ。
アンジェリークは薄く目を開けながら、絶頂の瞬間を迎えたオスカーの姿を必死で焼きつける。
苦しげに眉を寄せながらアンジェリークの名を呼ぶ彼は、例えようもなくセクシーで素敵だ。
見ているだけで再び子宮が収縮を開始し、それがまたオスカーの苦しげな表情を増幅させる。
でも…この表情を、オスカーは私以外の女性にも見せるんだろうか?

激しい嫉妬と切ない思いが、快感とともに全身を駆け巡った。
気持ちいいのか、悲しいのか、混乱してもはや自分でもわからない。
薄れゆく意識の中で、アンジェリークはオスカーの名を呼びながら、ぐったりとその胸に倒れ込む。

その瞳から大粒の涙が零れ落ちていた事すら気付かないまま、意識は暗闇の中に消えていった。