Sweet company

2. Deep Impact (3)

暗い室内のドアを開けると、廊下の明かりがひどく眩しく感じられる。
オスカーが先に出て廊下の様子を伺い、誰もいない事を確認してから中にいるアンジェに向かって指先でちょいちょい、とこちらに来るように促した。

こういう時って、どんな顔をして出ていけばいいんだろう。
アンジェリークは一瞬躊躇してから、なるべく気まずそうな顔をしないよう、務めて平然と装おうと決めて廊下に出た。
部屋の外で待っている彼と目があうと、彼はまるで何事もなかったかのように軽い微笑みを口元に乗せ、当たり前のような自然な仕種でアンジェリークの腰に手を置いて歩きだした。
「昼食を一緒に食べるはずが、意外な展開になっちまったな」
アンジェリークはぎこちなく微笑み返すと、震える足を必死で前に送りだし、なんとか普通に歩こうと懸命に努力した。
でも傍から見ると、きっとロボットみたいにぎくしゃくした動きに見えてるに違いない。

「ああそうだ、さっきの部屋でお嬢ちゃんの洋服から落ちた物があったから、拾っておいたんだ」
そう言ってオスカーはごそごそとポケットを探ると、小さなガラスの小瓶を取り出した。
「なんだこれは…七味唐辛子?」
「あっ…!」
そうだ、すっかり忘れてた!そういえば護身用に持って来たんだっけ。

「お嬢ちゃんはいつも、マイ唐辛子を持ち歩いてるのか?何にでも振りかけて食べる、ってやつか?」
可笑しそうに尋ねてくるオスカーに、アンジェリークは顔を赤らめながら言い訳した。
「あの、食べる為に持ってきたんじゃないんです。その…一応、護身用って事で」
「護身用?こんなもので、どうやって身を守るつもりなんだ?」
「だから、そのぅ…変な事をされそうになったら、これを顔にめがけて振りかけようかなって…」
途端にオスカーが、口元に拳を当てて笑いを堪える。
アンジェリークは思わずムッとしながら、オスカーの手の中の七味唐辛子を力任せに奪い返した。

「あのっ、バカにしないでくださいっ!私は昨日、田舎から出て来たばかりなんですよ?大都会は恐い所だって聞いてるし、自分で身を守ろうと気をつける事のどこが悪いんですか?ここは右を向いても左を向いても知らない人ばかりで、たとえこんな物でも持ち歩いてないと心細いんです!」
すごい剣幕でまくしたてるアンジェに、オスカーは少し驚いたように目を見開くと、笑いたいのを飲み込んで慌てて真面目な表情を取り繕った。
「すまない、バカにした訳じゃないんだ。ただ、俺も『変な事』をしちまったから、もしかしたらその唐辛子を顔にお見舞いされてたのかと思ってな」
そう言われて、アンジェリークは全身真っ赤にさせながら俯く。
「だって、あれは、その…あなたが無理矢理した訳じゃないし。っていうか…むしろ、私のほうが無理矢理したようなもんだし…」

途端に彼がぶっと吹き出し、天を仰ぐと文字どおり『腹を抱えて』大笑いしだした。
「はははっ、お嬢ちゃんは本当に面白いな」
「もうっ、笑わないでくださいっ!私は真面目に話してるんですよっ!」
「いや、だが…この俺がまさか、こんな可愛いお嬢ちゃんに無理矢理やられちまうとは思ってもなかったもんでな」
苦しそうに息を喘がせながら笑う彼の笑顔を見ているうちに、頭に来ていたはずのアンジェリークもだんだん可笑しくなってきてしまった。
つられて笑い出すと、何だか楽しい気分にさえなってくる。
さっきまでの気まずい緊張感はもうどこにもなく、まるで旧知の友人といるようにリラックスしている自分がそこにいた。

まだクスクス笑いを納めないまま、彼が楽しそうにこちらを見やる。
「それに、俺も一方的に無理矢理やられたって訳じゃない。どういう訳か、お嬢ちゃんに誘いかけられたら俺もすぐその気になったんだ。それはお嬢ちゃんもわかっただろう?」
そう言うと、アンジェリークの腰に添えられた手に、ほんの少し力がこもる。
途端に触られた所が熱を帯び、腰の辺りがだるくなるような感覚に襲われた。

確かに、誘ったのは私だけど…そうだわ、あの時すぐに、この人からも激しい反応が返ってきた。
こんな田舎くさい名前も知らない女の子に誘われたって、この人だったらすぐに断れただろうに。
ましてやあそこは会社の一室、セックスなんかしたら後々面倒になるだけかもしれないのに。
だいたいこの人くらいカッコ良かったら、女性には全く不自由してないでしょうし…なんで私なんかの誘いを、受け入れたんだろう?
据え膳食わねば何とやら、ってやつなのかしら。それともこんな田舎娘が賢明に誘ってくるのを見て、哀れになっちゃったとか?
うん、それならあり得るかも。この人ってすっごくフェミニストって感じがするから、女性に恥をかかせるような真似はしなさそうよね。

横を歩いていたオスカーの足が止まり、アンジェリークもぼんやりした物思いから引き戻された。
慌てて前を見ると、すでにエレベーターの前まで来ていた。
「あんまり時間がないんだが、とりあえず今からでも何か口に入れておいたほうがいい。俺も腹ぺこなんだ」
アンジェリークはとてもじゃないけど食べる気になんてなれなかったが、とりあえず同意しておく事にした。
この後ミズ・ディアと会って仕事の話をするのに、お腹をぐうぐう鳴らしていたら大変だもの。

エレベーターを使って1階に降り、会社を出てから目と鼻の先にあるガラス張りの明るいカフェに彼は入っていく。
窓際の見晴しのいい席に通されると、彼は座りながら腕時計を見やって眉をしかめた。
「もうこんな時間か。すまないが、一緒に食べてる時間はなさそうだ。俺はテイクアウトにして、オフィスで食べる事にする」
そう言ってウェイトレスに手で合図する彼を見て、アンジェリークも慌ててメニューに目を通し始めた。

----つまり、これでお別れ、って事ね。
ゆきずりのセックスをした女となんて、名前を教えあうつもりもないらしい。時間をつぶす場所と食事だけ提供してくれたら、はいさようなら、なのね。
でも、これがきっと一番いいやり方なんだろう。
私もこれからあの会社で働く事になるなら、何もなかった事にしたほうが後々気まずい思いもしない。
たまに社内ですれ違ったりする事もあるかもしれないけど…名前も知らない同士でいれば、声を掛け合う事もない。
彼はきっとこんなゆきずりの関係なんて慣れてるのかもしれないし、私だって恋人がいるんだもの。
お互い、何もなかった事にするのが一番いいに違いない。
…ちょっぴり、そうほんのちょーーっとだけ、残念なような気もするけど……そんな風に思うのは、きっと慣れない事をしてしまってまだ気が動転してるからよね。

「お嬢ちゃんはもう、決まったか?」

彼に話しかけられてメニューから顔をあげると、テーブルの横にはもうウェイトレスが立っており、仏頂面で注文を待っている。
「え、す、すいません、まだです!」
「じゃあ俺は、ローストビーフサンドとダブルメルトバーガー、フライドマッシュルームとポテトを大盛りで、持ち帰りにしてくれ」

その大量のオーダーにびっくりしつつも、アンジェリークも急いでメニューに目を通した。
でもメニューの数が多すぎて、どれが美味しいのかよくわからない。
「…パスタなら、ここはシーフードが旨い。サンドウィッチならクラブハウスが絶品だ。ちょっと量は多いがな」
ぐるぐるしていた自分の心のうちを見透かされるように助け舟を出され、アンジェリークもようやくクラブハウスサンドを注文する事にした。

注文を取り終えたウェイトレスが去っていくと、オスカーはアンジェリークのほうに向き直った。
「さて、だ。その仕事の話だが、何時に終わるんだ?」
突然話を切り出され、一瞬何の事かわからなくてきょとんとしてしまった。
「へ?仕事って、もしかして私の事ですか?…えっと、5時か6時には終わると思いますけど……」

「じゃあその後、夕食でも一緒にどうだ?」

さすがにこれには、アンジェリークも驚きを隠せなかった。
こんな事を言われるとは思ってもいなかったので、何と答えていいのか咄嗟には浮かんでこない。
「え、でも、あのぅ…これから昼食を食べるのに、もう夕食の話ですか?」
驚いていたので支離滅裂な返事をすると、彼がまた笑いを堪えはじめた。
「ランチを一緒にしようと約束したのに出来なかったから、ディナーで埋め合わせしたいと言ってるんだ」
「はあ……」

てっきりこの場で終わりになると思ってたのに、どうやら思っていたのとは違う展開になっていきそうだ。
しかもそれを心のどこかで嬉しく思う自分がいるのに気付いて、驚いてしまう。
だって私達、お互いの名前も知らないのに!
……まあ、身体のほうは深いところまで知っちゃってるんだけど……

「でも、はっきりと何時に終わるのか、わからないんです。大体このくらい、って言われてるだけで…」
「じゃあ、終わったらここに電話してくれ」
彼が名刺を取り出し、アンジェリークの目の前に差し出した。
『株式会社スモルニィ 食品輸入部 部長 オスカー・カークランド』と書かれた名刺には、直通の番号と携帯の番号が記載されている。
「どっちの番号にかけてくれても構わない。ああそうだ、お嬢ちゃんの名前は?」
「ア、アンジェリーク。アンジェリーク・リモージュです」

「アンジェリーク」

瞳をじっと見つめられたまま確かめるように名前を繰り返されて、それだけで心臓が口から飛び出そうになる。
この人の低い声で名前を呼ばれたら、また変な感じが戻ってきた。あの、身体中が熱くてむずむずしてくる、奇妙な感じ--------
まぶたが急に重く感じて、目がとろんとしてしまう。
だめ、こんな風に見ちゃったら、また誘ってるとか思われちゃうかもしれない。
彼の薄いブルーの瞳が、全てを見透かすようにこちらを見つめている。
遊び慣れてそうなこの人の事だ、私が変な気分になってる事なんて簡単にお見通しなんだろう。
でも彼の瞳も、燃えるように熱を帯びて見えるのは気のせい?
どうしよう、このままじゃ、また大変な事になってしまいそう-------!

「お待たせしました」

無愛想なウェイトレスの声が響いて、ハッと現実にかえった。
アンジェリークの前にサンドウィッチの皿が無造作にどん、と置かれ、オスカーの前には茶色いテイクアウトの袋が置かれた。
「オーケー、じゃあ俺は社に戻る」
そう言って大きな紙袋と会計のレシートを掴むと、オスカーは席を立った。
アンジェリークは自分の前のサンドウィッチの量の多さに驚き、次いでオスカーの持った袋の大きさにも目を見張った。
「ずいぶん沢山食べるんですね…」

オスカーが口の端を上げ、意味ありげに笑う。
「激しい運動の後だから、腹が減ってるんだ」

「激しい運動」を思わず思い出し、アンジェリークの顔が一瞬のうちに真っ赤に染まった。
オスカーは立ち上がりざまにその赤らんだ頬を指で軽く撫で上げると、「連絡を待ってる」と言い残し、足早に店を出ていった。
残されたアンジェリークは、しばらく赤い顔を納められずに、その場でぼうっと固まる事しか出来なかった。


ようやく落ち着いてくると、アンジェリークはとりあえずサンドウィッチを口に運びはじめた。
何かしていないと、さっきの「激しい運動」の事ばかり思い返してしまう。
必死でサンドウィッチを噛み、アイスティーで無理矢理流し込む。
それでもさすがにこれだけの量は食べきれず、アンジェリークは全部食べるのを諦めると、皿をテーブルの向こうに押しやった。

バッグの中に時間つぶし用の小説が入っていたのをふと思い出し、取り出してページをめくってみる。
でも、いくら文章を目で追っても、ちっとも中身が頭に入ってこない。
浮かんでくるのは、さっきの暗い一室での出来事ばかり。
アンジェリークは小さく溜息をつくと、ぱたんと本を閉じた。

もうこうなったら覚悟を決めて、さっきの事を頭の中でちゃんと整理しよう。
そもそもどうしてこんな事になっちゃったのか----記憶も少し曖昧だし、良くこの事を考えなくちゃいけない。
ジョッシュという恋人がいるのに他の男性と身体の関係を持ってしまった事や、今日の夜、本当に彼と会うべきなのか、とか考える事は沢山あるはず。
アンジェリークは瞳を閉じると、あの暗い資料室での出来事を思い返した。



そう、確かあの部屋に女性達が入ってきた時-----彼が、狭い場所で私をかばうように腕を回してきた。
暗闇の中で身体を寄せあって、それが抱きしめられてるように感じて-----私ったら勝手にくらくらきちゃったんだ。

その後、女性達がいなくなって----彼が身体を離し、「そろそろ出よう」と言ってきた。
でも私は何故だか彼と離れたくなくて、ほとんど衝動的に彼のシャツの胸元にしがみついた。
「お嬢ちゃん?」
驚いたような彼の声を無視して、私は彼のシャツの襟首を掴み、自分の顔の近くまで引き寄せた。
彼の顔を間近で見つめたら、あの薄青の瞳だけが闇の中で輝いて見えた。
その瞳の奥を覗いていたら、もう訳がわからなくなって------
思わず彼の首に腕を回して、つま先立ちになって彼の唇に自分の唇を押し当ててた。

あの時彼がほんの一瞬だけ戸惑ったように動きを止めたから、微かに不安が押し寄せた。
だけど唇を離そうとは思わなかった。逆に彼に何とかその気になって欲しいとでもいうように、自分の身体を擦りあげるようにくねらせ、押し付けるように彼の身体に密着させた。
今から思うと信じられないほど私ったら大胆に誘いかけてたんだけど、あの時はとにかく必死で、自分のしてる事の是非なんか考えてる余裕すらなかった。

触れあってる唇の奥で彼が小さく呻いて、それから-----唇が笑うような形になったのがわかった。
「お嬢ちゃんは、案外積極的なんだな」
低く囁かれたと同時に、突然口の中に舌が滑り込んできた。

彼の舌が私の口の中を隅々まで探り、私の舌を絡め取って強く吸い上げられた瞬間----頭の芯がじぃんと痺れ、言葉にならない声が喉の奥から洩れだした。
彼のキスはとても上手だった。素敵な口づけはそれだけで身体が熱くなるのだという事を、その時初めて知ったような気がする。
拙いながらも私も舌を必死で差し出し、夢中になって彼のキスに応えた。

いつの間にか互いの服の前がはだけ、彼の指や唇が私の身体中を這い回っていた。
暗くてよく見えない分、彼が触れたところが敏感に反応して、火がついたように熱くて-----。
立ったまま懸命に彼の背にしがみつき、見えない存在を確かめたくて無我夢中で彼の身体に自分の肌を押し付けていた。
彼はそんな私を安心させるように、身体の隅々まで丁寧に愛撫してなだめてくれた。

彼の両手が私のヒップの下に回され、スカートが捲りあげられた時-------ストッキングも履いてなくて下着だけの下半身にひんやりした空気が入り込んできて、その寒さに一瞬だけ意識が理性を取り戻した。
これ以上は、いけない-------確かにそう思ったはずなのに、彼の熱い手のひらがパンティの上から差し込まれてヒップを包み込んだ瞬間、もう理性なんてどうでもよくなっていた。
下半身が強張り、もっと彼の熱を感じたくて腰を前に突き出した。
彼の身体に自分の腰をぴたりと密着させたら、熱くて固い物に下腹部を突かれた。
そうあの時-----彼は勃起していた。彼も、間違いなく私を求めていたのだ。

その瞬間、不思議な歓びが、身体中を駆け巡った。
自分の細胞の1つ1つまでもが、今すぐ彼を欲しいと訴えていた。あんな感覚は-----きっとあれが性衝動とか、性欲って呼ばれるものなんだろう----ジョッシュとのセックスでは一度も感じた事がなかったものだ。

彼の両手がヒップを掴んで、ぐっと力強く引き寄せられた。
固くて大きい物を擦りつけるように押し付けられ、その感触に気が遠くなりかけた。
彼の指がヒップの割れ目を伝ってゆっくりと秘められた場所に辿り着き、耳元で何か卑猥な言葉を囁かれた。
なんだっけ、ぼんやりしてて良く思い出せない-----ああ、確か、すごく濡れてるとか、そんなような事を囁いてた------そのまま指が私の身体の中に侵入してきて、巧みな動きでかき回されたら、急に頭の中が真っ白になって---------
突然、あの爆発が起こったんだ。

最初は、何が起こってるのかわからなかった。
何も考えられなくて、身体中が痙攣をおこしたみたいになって。
か細い叫び声が喉から洩れたけど、それが自分の声だと言う事すらわからなくなってた。

ようやく呼吸が落ち着いて意識が戻った時、彼が「もうイッたのか?随分感じやすい身体なんだな」と笑うのが聞こえて…それで初めて、さっきの爆発がいわゆる「絶頂」ってやつだったんだ、って気付いた。
生まれて初めて経験する絶頂感。
話には聞いた事はあったけど、それは想像していたよりずっと凄いものだった。
なんて言ったらいいんだろう、お腹が膨れ上がって突然爆発して、同時に脳天から稲妻に貫かれたような、とにかく言葉に出来ないほど強烈な経験。
私は不感症なんかじゃなかった、これがそうなんだ…ってぼんやりとその快感に身を委ね、彼の腕の中でその余韻に酔いしれた。

でも、またすぐに嵐が襲ってきた。
今度は彼が私の足元に跪いて下着を押し下げると、両足の間に顔を埋めてきたから。

暗闇の中で、彼の赤い髪の輪郭だけがうっすら見えていた。
その髪が私の足の間で小さく蠢いて、いやらしい水音と、私のものとは思えない大人びた喘ぎ声だけがやけに響いて聞こえた。
「あ……だめ…ぇ……」
会ったばかりの男性にこんな場所を晒しているという羞恥心から、いやいやするように小さく首を振って形ばかりの抵抗を試みた。
でも、そんなの彼には全てお見通し。
「本当にダメならやめるが、ここで止められたほうが辛いんじゃないのか?」
低く笑うように呟かれ、その吐息で秘部がくすぐられるように震わせられた。

もう、彼の思うがままだった。
私は彼の赤い髪に指を埋め、彼の舌の動きに合わせるように小さく腰を前後させながら、快感を与えられるままにされていた。
快感を与えられると、勝手に腰が動いてしまうなんて、全然知らなかった。
ジョッシュとのセックスのとき、早く終わって欲しくて無理して腰を動かした事ならあったけど-----あの時とは全然違う。
相手が変わるだけで、セックスってこんなにも変わるものなの?

彼は私の動きに応えるように、巧みに舌で円を描くように花芽を転がし、同時に指を私の中にゆっくりと侵入させ、探るように内壁を擦りあげた。
中のある部分を彼に刺激された途端、子宮がキュッとしまるような感覚と共に身体が大きく跳ね上がった。
「きゃん!」
「ここが感じるのか?」
彼は指を出し入れしながら、何度もその部分を優しく責めていく。
「すごいな、お嬢ちゃんの中は……指がちぎれそうなくらい締まってる…」
「いや、あ……あっあっ、あぁ…………っ!」
次の爆発が、また訪れた------今度はさっきよりもっと、強く。

全身がぶるぶると震え、立っている事も出来なかった。
彼の逞しい腕に支えられていなかったら、頭から昏倒してもおかしくなかっただろう。
意識が遠くなりかけた時、彼が「まだだ」と呟いて立ち上がり、私の足を開いて、ゆっくりと私の中に入ってきた。
暗くてほとんど見えなかったけど、信じられないくらい大きなものが私の入口を限界まで押し広げていた。
身体がバラバラに裂けてしまうんじゃないかと思うほどの、強烈な衝撃。
息すら出来なくて、じっと彼に貫かれるままになっていた。
こんな大きい物を受け入れられるのかと心は不安なのに、身体のほうは彼をすべて受け入れたがっていた。
片足が自然と彼の腰に絡み付き、彼が入ってきやすいように勝手に腰が前に突き出ていく。

もうこれ以上感じようがないくらい激しく感じていたのに、彼が奥まで入ってきた途端、もの凄い快感がそこから沸き上がってきて、腰が狂ったように動きだした。
彼の動きも、だんだんと早く力強さを増していって-----ひと突きごとに深く奥まで入ってきて、中から全身を揺さぶられてるみたいだった。
あっという間に、また大きな波に襲われた。最初の2回の絶頂とは比べ物にならないくらい大きくて、意識が吹っとんでしまうような波。
彼の腰に巻き付けた片方の足が、硬直して彼を締め付けた。
その次の瞬間には、彼の身体も大きくぶるっと震えていた。
絞り出すような掠れた吐息が聞こえ、彼も達したんだとわかった。

暗闇の中で立ったまま、深く繋がった格好で、彼に強く抱きしめられていた。
しんとした空気の中で、聞こえるのは互いの荒い息遣いだけ。
しばらくそのまま強烈な快感の波に揺られてぼんやりとしていたら、彼が「信じられない」とかなんとか、ぶつぶつ呟いていた。
なんだろう?と思ったけど、すぐにその意味がわかった。
絶頂から間もないのに、もう彼のものが-------私の中で、固さを取り戻して脈打っていたのだもの。

くそっ、と彼は口の中で小さく毒づいて、身体を離して私の中からいきり立つものを引き抜いた。
本能的に彼と離れたくない、と感じて反射的に彼の腰に回していた足に力を込め、もう一度彼を自分の方に引き寄せた。
彼の先端が私の入口に滑り込んだ瞬間、鋭い快感に大きく背中が仰け反った。
彼は喉の奥でうなるような声をあげると、「もう少し待つんだ」と言って再び身体を引き剥がし、強引に私を後ろ向かせて壁に手をつかせた。
白い無機質な壁を見た瞬間、唐突にここが会社の一室なのだと思い出した。

そのまま彼がごそごそと何かを探すような音が聞こえて振り向いたけど、暗闇の中では何をやっているのかよく見えない。
「あの……」
不安になって彼に尋ねようとしたら、いきなり後ろから彼に貫かれた。

「きゃぁぁっ!」
思わず大きな声が出てしまい、慌てて唇を噛みしめた。
ここは会社の一室なのに、こんな所で大声なんか出して、誰かに聞かれたらどうするの?
でも彼が背後からのしかかり、全体重をかけて激しく打ちつけてきたから、抑えきれない声が溢れだした。
奥歯を噛みしめて声を殺そうと試みたけど、噛みしめた歯の隙間から、小さな喘ぎが洩れてしまう。

「声を出すんだ」

首筋に顔を埋めた彼が、背後から囁く。
いやいやするように首を振って、無言で抵抗した。
「さっきの可愛い声を、もう一度聞かせてくれ」
耳元で熱い吐息と共に低く囁かれ、身体中の力が抜けた。
これは、甘い命令。何も見えない暗闇の中では、彼の声は魔力があり過ぎる。
もう何もかも気にせずに、感じるままに声を出してしまいたい。ああ、でも-------!

「結構、強情なんだな」
低い笑い声が耳に聞こえた次の瞬間、首筋の敏感なくぼみに軽く噛みつかれた。
「ひゃあっ!」
鳥肌がたつ程の感覚に肩を竦ませると、その瞬間を逃さず彼が腕を前に回してきた。
半分ずり落ちたブラの間に手を滑り込ませ、固く尖った乳首を指でつまみ上げる。
痛みと紙一重の快感が電気のように走り抜け、首が後ろにがくんと折れた。

彼はそのまま巧みに乳房を弄びながら、もう片方の手を腹部に這わせ、そのまま草むらの中まで指を滑らせた。
あっという間に小さな突起を探り当て、軽くそこを押さえつけてから指を震わせる。
その指使いはあくまで優しく、絶妙なタッチで快感を引き出していく。

もう、限界だった。
悲鳴にも似た喘ぎが絶え間なく口からこぼれ、意識が高みへと向かっていく。
「あっあっ、は……ぁ、あぁ………っ!」

うねるような快感が体内を駆け巡り、次の瞬間には全身が棒のように固く突っ張って動かなくなった。
固まって動かない身体の中で、彼を銜え込んでいる部分だけが別の生き物のように収縮を繰り返していた。

後ろにいる彼の息遣いが聞こえなくなり、乳房を掴まれていた指が強く肌に食い込んだ。
それから耐えていたものを一気に吐き出すような吐息が耳を掠め、ぐったりと彼が背中に覆い被さってきた。
彼の大きな身体と壁に挟まれ、胸がつぶされそうで息苦しかったけど、不思議なくらい心地よかった。

-----それから、どれくらいそうしていたんだろう。
突然彼が身体を起こし、「そろそろ出ないとまずい」と呟いたのを聞いて、ようやく私も彼にも約束がこの後に控えているのを思い出した。

それから彼が身体を離し、素早く避妊具を引き抜いているのが見えて、ビックリした。
一体いつのまに、ゴムを着けてたんだろう?
ぼんやりした頭で考えて、ようやくさっき、暗闇の中で彼が何かを探すような仕種をしていたのを思い出した。
そうだ、2度目に後ろから貫かれる前。きっとあの時、彼は避妊具を装着してたに違いない。

でも、じゃあその前に繋がった時は、どうだったんだろう?
あの時に避妊具を着けていたかどうかは、今となってはもうわからない。
ピルを飲んでいるから妊娠する心配はないとは言え、私ったら今の今まで、避妊の事をすっかり忘れていたなんて!
いつもあんなに気をつけていたのに、行きずりの人との出合い頭のセックスで、避妊の事を考えなかったなんて、自分が信じられない。
頭がどうかしていたとしか、思えなかった。

へなへなとそこに座り込むと、彼が「大丈夫か?」と手を差し伸べてきた。
その手に掴まると、彼が優しく服を着せてくれて----何故かわからないけど、急に安心した気持ちになれた。
大丈夫、この人ならきっと最初から避妊してくれてたはずだ。
何故だろう、不思議なほどはっきりとそう確信できた。

こんな風に良く知らない人を信じちゃうのは、危険な事かもしれない。
行きずりの名前も知らない女に誘われたら、避妊などしなくても構わないと思う男性は多いだろう。
でも少なくとも、この人は一度は避妊をしてくれていた。
行為自体も激しいものだったけど、決して自己中心的な感じはなくて、私の快感を引き出す事を常に考えてくれていた。
それに言葉じゃ上手く説明できないけど、身体の奥深くで繋がった瞬間、自分の本能がこの人を信頼できる、と感じていた。

そう、きっとこの人は女性の身体を粗末に扱うような人ではない。
今こうしてセックスが終わった後でも、行きずりの女に対して背を向ける事もなく、最後まできちんと私と向かい合ってくれているのだから。

三年も付き合ったジョッシュにすら抱いた事のなかった信頼感を、さっき会ったばかりの男性に感じてしまうなんて、おかしな話だ。
でも身体を繋いだからこそ、この人の奥深い部分がわかるような、そんな気がした。

彼は私の衣服を直すと、暗闇の中でもう一度だけ口づけてきた。
熱のこもった口づけに再び身体が熱くなったが、彼はゆっくりと唇を離し、「そろそろ行こう」と私の手を取り、ドアのほうへと向かっていった。

そこで、あの夢の中のような出来事は終わったんだわ---------



アンジェリークはカフェのテーブルで、物思いから解放されてほーーっと息をついた。
思い出しただけで、顔が赤くなってるのがわかる。
…それに、足の間がじんじんと熱く震えているのも。
ガラス窓に映り込む自分の顔が、とろんとしててやけに艶っぽい。

私ったらなんで、あそこで彼を誘うような大胆な事をしたんだろう。
今までの自分だったら、こんなの絶対に考えられない。
そりゃああのオスカーって人は飛び抜けて格好いい人だとは思うけど…今までだったら、素敵な人を見ても「ああ素敵だな」と思うだけで終わってたはず。
自分から声をかけたりする事すらなかったのに、ましてや身体の関係に誘うような真似をするなんて----自分が信じられない。

しかもあの行為の間じゅう、私ったら一度もジョッシュの事を思い出さなかった。
あの時は罪悪感すらなく、ただひたすら彼とのセックスに没頭していた。
これって立派な浮気なのに、こんなのって…ジョッシュに対して、申し訳なさ過ぎる。

私には恋人がいるんだから、この後の夕食のお誘いはきっぱり「NO」と断るべきだった。
なのに、あの人からの誘いを心のどこかで嬉しいと思ってしまったなんて。
あの人の事は、何も知らないのよ?
もしかしたら恋人がいるかもしれないし、結婚して子供がいる可能性だってゼロじゃない。
指輪こそしてなかったけど、人前では指輪をしない既婚男性なんて世の中にはゴマンといる。

それに、それに----さっきは自分でも訳がわからないような熱に襲われて、あんな事になってしまったけど。
この後彼からの誘いを受けてしまったら、また身体の関係になってしまうかもしれないのよ?
恋愛も何もない、ただの身体の関係、セックスフレンドってやつだ。
やりたい時だけに会って、飽きたらおしまい。そんなお手軽な女と思われたのかもしれない。
でも今誘いを受けるって事は、自分でもそれを承知したと言ってるのと同じ。

しかも、ジョッシュという恋人がいるのに、これからオスカーって人とも関係を持つなんて-----それって二股をかけてるって事よね?
今まで友達の話とかで二股をかけてるとかかけられてるとか、そんな話を聞く度に「二股なんて、最低だ」とか思ってた。
なのに今日出会ったばかりの人に抗い難い魅力を感じて、あっさり身体の関係を持って…さらに、彼との約束を受けるべきかとぐずぐず決めかねている。
もしかして私って、自分が思ってるより男にだらしない女だったんだろうか-----

アンジェリークはぼんやりと視線を店内に移し、そこで壁に掛けられていた時計に目を止めた。
「いっけなぁい!」
がたん、と音をたてて椅子から跳ね下りる。


ディアとの約束の時間まで、あと10分しかなかった。