Sweet company

2. Deep Impact (4)

オスカーは取引先との会合を終え、輸入部の広いフロアに戻ってきた。
書類を部下に回し、処理を頼んでからフロアの奥にある個人のオフィスに入っていく。

スモルニィ社では、部長以上の役職には個室が与えられ、専属の秘書もつけてもらえる。
29歳で部長に昇進したオスカーは、若手の多いこの会社でも飛び抜けた出世頭だ。
ここまでくるにはそれなりに苦労もあったが、概して仕事を楽しみながら昇り詰めてきた。
今の仕事には満足もしているし、まだまだ上に行きたいという野心もある。
実力さえあれば年齢に関係なく認められるこの会社は、オスカーのような人間にはぴったりな場所だった。
デスクの上にある留守中の伝言に目を通していると、秘書のアリシアがコーヒーを持って入ってきた。

「お疲れ様でした。今日はこの後は特に予定は入っていませんけど、何か変更はあります?」
アリシアからコーヒーを受取ると、オスカーは残りの仕事を素早くチェックした。
「いや、今日はもう新しい予定はない。君も早く上がっていいぞ」
「それでは遠慮なく定時で上がらせてもらいますわ。今日は息子の誕生日ですから」
「おっと、それを危うく忘れる所だった」

オスカーはデスクの下に置いてある紙袋を取り出して、アリシアへと手渡した。
「ささやかだが、俺からの誕生日プレゼントだ。君の息子は飛行機に関心があると聞いていたから、そっち関係の物を選んでおいた」
「まあ、わざわざお気遣いありがとうございます。息子もきっと、喜びますわ」
嬉しそうに紙袋を抱え、礼を言いながら部屋を出ていく彼女に「君のご主人にもよろしく伝えといてくれ」と言いながら軽く手を振った。
ドアが閉まり、再びオフィスに1人になると、オスカーはちらりと時計に目をやった。

時計は5時を指し示している。
あのお嬢ちゃんからそろそろ、電話がある頃だ。
意外だが、どうやら俺は彼女の電話を心待ちにしているらしい。

「アンジェリーク、か」
オスカーは名前を呟くと、両腕を頭の後ろで組んで椅子の背に深く身体を預けた。

全く、面白いお嬢ちゃんだ。
見た目は子供っぽくて、二十歳の女性にはとても見えない。
色気もないし、男を知らない処女だと言っても通用しそうな程うぶな感じがする。
何と言っても、「いちごのぱんつ」に「七味唐辛子」だしな。
だが…処女どころか、あれはとんでもない小悪魔だ。
オスカーは彼女が誘いかけてきた瞬間を思い出し、思わず苦笑した。
まさかこの俺が、女に飢えた獣みたいに社内でセックスしちまうとはな。
公私の区別はハッキリつけていると公言していたのに、これ以上ない公私混同をやらかした。

最初にエレベーターホールで人ごみに踏み付けられている彼女を見た時は、親族を尋ねて田舎から出てきた少女のように見えた。
都会の流れについていけそうになくて、ひどく頼りなく可哀想な感じがして------俺が助けてやらなくちゃいけない、と即座に思った。
だから約束のあったレディ達を置き去りにしてまで、彼女を医務室に連れていったのだが。
ああ見えて彼女は、案外気が強いらしい。
イチゴ柄の下着を見られて、俺に笑われても、強気に言い返してきたのだから。

しかしあのイチゴ柄のぱんつには驚かされた。
白地に大きく真っ赤なイチゴが散らばって、しかもパンティと呼ぶには布地の面積が大きすぎる。
今どき、小学生だってもう少し色気のあるビキニショーツとかを履くんじゃないのか?

だがもっと驚いたのは、あの時の俺の身体の反応だ。
一瞬ちらりと見えた彼女の下着姿-----しかもよりにもよってあの柄の---に、どういう訳か下半身がすぐに反応した。
すぐに後ろを向いたから気づかれはしなかったが、危うく前をおっ立てちまうところだった。
俺の範疇には全く入っていないお子さまの、それも「いちごのぱんつ」にだぞ?
全く、俺はいつからこんなロリコン趣味になったのかと、自分でもびっくりさせられて笑い出してしまったほどだ。
最近は勝負下着とかのセクシーなものばかり見せられていたから、こういうのがえらく新鮮に見えたのかもしれないが。

だがそれで、逆に彼女に大いに興味を惹かれた。
俺の好みのタイプとは掛け離れていたが、俺の中の雄の本能を刺激する『何か』を持ってるような気がしたんだ。
だからランチに誘ってみたんだが-------あそこで食事に行かなくて、正解だったな。
昼食を一緒にとってたら、彼女との濃密な時間を共有する事はできなかったのだから。
全く、あれだけ清純そうな少女があんなすごいセックスをするなんて、誰が想像できる?

あの暗い資料室の片隅に彼女を押し込んだ時、ひどく怯えて震えているのがわかった。
こんな事に巻き込んじまって悪かったかな、と安心させるように身体に腕を回したら、ふわりと甘いいい香りがしてきて----驚いた事に、また下半身の反応が始まった。
女に不自由してる訳じゃあるまいし、一体俺の身体はどうなっちまったのか。
とにかくこのままじゃ、俺の息子が彼女の身体を突っつきかねないので、身体を離して「外に出よう」と促した。
なのにどうした事か、あのお嬢ちゃんがいきなり俺にしがみついてきたんだ。

最初は恐くてしがみついてるだけなのかとも思ったが、すぐに彼女は俺の襟首を強引に掴み、鼻先が触れあうくらい顔を近付けてきた。
そして、あの目で見つめてきたんだ。
暗闇の中なのに、あの緑の瞳だけはきらきら輝いて見えた。
瞳の奥に欲望が揺らめいて、はっきりと俺を欲しいと誘いかけていた。
さっきまでの純朴そうな田舎娘の面影が消え、突然『女』へと変貌した彼女がそこにいた。

驚く俺に、今度は彼女からキスをお見舞いされた。
あまりに意外な展開に、一瞬こっちのほうが戸惑ったが----彼女は構わず、情熱的に身体を擦り寄せて俺を誘ってきたんだ。

今までも女性から積極的にセックスを誘いかけられた事は、何度もある。
だがそういった時、女達は俺の気を惹く為に、芝居がかったセクシーさを演出したり、あの手この手で駆け引きを仕掛けてきたものだ。
恋愛に駆け引きは付きものだし、あれこれ一生懸命に仕掛けてくる女性は可愛い。
そう思って俺も、彼女達の仕掛けた罠に掴まったフリをして楽しんできた。

だがあのお嬢ちゃんは、そういった女達とは全く違っている。
駆け引きも何もなく、ただ純粋に、一途に俺を欲していた。
あの時の彼女から感じたのは、動物的なまでに即物的でストレートな『性欲』だ。

そして俺の身体も、彼女の欲望に即座に反応した。
あっという間に下半身に力が漲り、本能が今すぐに彼女の中に押し入れと騒ぎ出した。
全く、こんなに俺の範疇外のお子さまのくせに、彼女の何がこうも俺の『雄』の部分を刺激するのか。

そう、最初はそんな好奇心で始まったんだ。
押し付けられた唇に舌を滑り込ませると、彼女の情熱に応えてやるように、こちらも激しいキスを返した。
そうだ、あの時はまだ、社内でセックスするつもりはなかったな。
下半身は張りつめていたが、理性は充分に残っていたし-----あそこで終わりにして、続きは仕事が終わってから別の場所に誘い出そうと思ってたはずなんだ。

それが狂い始めたのは、彼女がおずおずと舌を差し返してきた時からだ。
あんな情熱的に俺を誘ってきたくせに、キスはまるで初心者のような拙さで------しかもその稚拙な動きが、俺の欲望に火をつけて加速させたんだから、不思議としか言い様がない。

ここは会社だぞ、という理性と、何でもいいからとっとと彼女の中に押し入れ、という欲望むき出しの本能。
それに加えて、彼女に対する好奇心-----初心そうで子供っぽい外見と、正反対の大胆さ、そして積極的な誘いからは考えられないほど経験のなさそうなキス。その一体どれが本物なのか。
理性と本能と好奇心が俺の中で激しくせめぎあい、結局本能と好奇心が競り勝った。
全く------この俺に、社内でセックスする気にさせるとは、な。あのお嬢ちゃんも、なかなかやる。

一旦彼女を抱くと決めたら、もう迷いはなかった。
彼女の耳朶を甘噛みしながら、ブラウスの前を開けてゆっくりと指を這わせていく。
暗闇に隠れて身体は良く見えなかったが、滑らかな肌は手のひらに吸い付くようで、どこもかしこも撫で回さずにいられなかった。
しかも、えらく感度のいい身体で-----どこを愛撫しても敏感に反応するものだから、こっちもいつの間にか、その反応にすっかり夢中になっていた。

胸は特別大きいほうではなかったが、ちょうど俺の手にすっぽりと収まるサイズで-----若いからなのか、軽く揉みしだいても手のひらを跳ね返すほどの弾力に満ちていた。
胸に舌を這わすと、小さめの乳首がツン、と固く立ち上がり、どこからか甘い果実のような香りが立ち上った。
しかもその香りは俺の愛撫で熱が高まるごとに、一層強くなっていく。
一体どこからこの香りが上ってくるのか。髪か、胸元か、それとも秘められた、熱い場所からか?
あれはそう、強烈な媚薬と同じだ。吸い込んだ途端に頭がくらくらと麻痺し、どこから香ってくるのか確かめたくて、全身に舌を這わさずにはいられなくなった。

それに、あの声。
普通に話している時はただ可愛くて、セックスの事など微塵も感じさせない声なのに-----
いざ抱いてみたら、彼女に切なく喘がれる度に脳髄の芯がぞくりと痺れた。
もっとあの声を聞きたくて、狂ったように彼女を責め立てた。
まるで賛美歌でも歌ってるかのように穢れのない愛らしい声が、堪えきれずに淫らな叫びを洩らした瞬間、俺はもう、ここが会社だって事も忘れていた。

何より素晴らしかったのは、彼女の中に入った瞬間だ。
痛いくらいにきつい----一瞬、処女なんじゃないかと本気で疑ったくらい、狭かった------そこに俺の物が納まった時の、あの身震いするような一体感。
中に入った途端に思考が吹っ飛んで腰が動きだし、そして彼女もそれに応えるように激しく動いて、互いに快感を貪りあった。
彼女の中で俺のものが熱く蕩けていって、完璧に1つになり、同時に絶頂を迎える。
身体の相性がいいっていうのは、まさにこういうのを言うんだろうな。

セックスが上手で楽しませてくれる女性には沢山お目にかかってきたが、こっちが我を忘れそうになるほど夢中になれるセックスには滅多に出会えるもんじゃない。
しかも彼女は特別セックスのテクニックが秀でている訳じゃあないのに、どういう訳か俺との身体の相性が最高だというんだから。
身体の相性がいいっていうのは、突き詰めれば自分の奥底に隠された本能が合ってるって事だ。
そういった意味では、あのお嬢ちゃんこそ俺が待ち望んでいたセックスを与えてくれる女性なのかもしれない。
楽しいだけで何も残らないセックスではなくて、もっと心の底から燃え上がれるような、真のMake Loveと呼べるものを。

いや、だがさっきのあれは----厳密には、Make Loveとは呼べないな。そうだな、動物の交尾とでも言ったほうが近いか?
名前も知らないオスとメスが、相手を自分のものにしたいという本能の命じるままに交わりあい、夢中になって互いを貪り合う。
そういった原始的な欲望に近い類いのものだった。
まあ動物の交尾と唯一違うのは、子孫を残す為の行為ではなかった、ってところぐらいだろう。

最初の交わりの前は、まだ彼女に気づかれないように、愛撫しながら避妊具を着けるだけの余裕があった。
それが一旦彼女の中に入ったら、もう余裕なんてどこへやら、だ。
あっという間に高みに上っていく彼女に引き摺られるように、俺もすぐに爆発した。
もう少し持ち堪えられるはずだったのに、身体が勝手に暴走していったような感じだ。
オスカーはそこで思い出したようにクスリと笑いを零した。

そうそう、あの後は大変だったな。
あまりの心地よさに、いつまでも身体を離さないで彼女を抱きしめていたら----射精したばかりの俺のものが、あっという間に彼女の中でむくむくと元気になっていったのだから。
まずい、すぐにゴムを付け替えなければ。そう思ってやっとの思いでペニスを引き抜いたのに、彼女が足で俺を引き寄せるものだから、本当に危機一髪だった。
彼女の中に俺のものがほんの先っぽだけ滑り込んだ瞬間、彼女の入口がきゅっと閉じて俺の亀頭をきつく締め上げた。
思わず声をあげそうなほどの鋭い快感が襲ってきて、一瞬、もう避妊の事など忘れて俺自身を叩き付けてやりたいという衝動が沸き起こった。

だが、危ういところで理性を取り戻した。
どんなに欲望に目が眩んでも避妊だけは忘れてはならない、それは男として、身体を開いてくれる女性に対する最低限の礼儀でもあるからだ。
そう思ってなんとか残った理性を掻き集め、彼女を無理矢理後ろに向かせると、手探りでゴムを新しいのに付け替えた。
それにしても、あんなにゴムを着けるのにイライラしたのは初めてだ。
いつも避妊具を着ける時は、相手の女性に気づかれないよう、セックスの流れを壊さないように気をつけていたんだが-----あの時は、そんな余裕すら残っていなかった。
彼女は一瞬正気に戻ったようで、不安げに振り返ろうとしていたし-----俺は俺で、ゴムを着けた途端に、待ち切れなくて一気に彼女を貫いていたのだから。

あの時はたまたま避妊具を2個しか持ち合わせてなかったから単時間で済んだが、もっとあったら大変な事になっていただろう。
あの僅かな時間でハットトリックを決めていたかもしれんし、仕事も忘れて長時間、延々とやり続けていたかもしれない。
なんでこんな時に限って二つしかないんだ?と自分の不用意さを呪いたくなったくらい、彼女とのセックスは最高だった。

いや、それでもゴムが二つでもあったのを感謝するべきだ。もし1個もなかったら…と思うとゾッとする。
下半身の痛みを無視して昼食に行き、欲求不満で気が狂いそうになりながら飯を食うか、とんでもないリスクを冒して先に進むか。
どっちにしろ考えるだけで恐ろしいが、それでもあの時の彼女の誘惑に抗えたかかどうかは自信がない。

それにしても、彼女は不思議だ。
あの僅かな時間のあいだに数えきれない程絶頂に達する程、敏感で感じやすいくせに-----なぜだか決まって、クライマックスの後に戸惑いを隠せないようなそぶりを見せた。
自分から社内で男を誘うくらい大胆なくせに、声を出すのを妙に恥じらったり。
情熱的に腰を振り立ててくるのに、まるで慣れていないような舌使いのキスを返してみたり。
またそれが、いちいち俺をそそるときてる。

セックスが終わった後なんか、まるで何が起きたのかわからない子供のような風情で座り込んでいるもんだから、何だかこっちが悪い事をしたような気分にさせられた。
洋服を着せてやる時も、妙に頼りなげで心もとない感じがして-----本当にさっきまで大胆なセックスを仕掛けてきた彼女と同一人物だったのかと、不安にすらなった。
だからもう1度確かめるように口づけたら、また熱い反応が返ってきて---危うくまた1戦交えそうになってる自分に気づいて、慌てて身体を離した。

全く彼女は何から何まで謎だらけで、興味深い事この上ない。
あの天使のような清純そうな見かけは作り物で、案外裏ではたくさんの男を手玉にとっていたりするのだろうか。
確かにセクシーなファッションに身を包んでいても、中身はちっとも色気のない女性は結構いるものだし、彼女のように純朴そうなタイプが、ベッドの中では娼婦に変貌する事もあり得るのかもしれない。

今までも、会ってすぐにベッドに誘い込んでくる女は沢山いた。
だが俺は尻の軽い女は好みじゃないし、誘われればありがたく受けるが、そういう女とはその場限りの付き合いしかしてこなかった。
だがあのお嬢ちゃんは、そういうお手軽な女達とも違う感じがする。
それが演技なのか、それとも素なのか---------その隠された謎を解きあかしてやるのも面白そうだ。

よし、決まりだ。次の恋人のターゲットは、あのお嬢ちゃんにしよう。
今までとは毛色が違う獲物を追うのは、なんとも楽しい狩りになりそうじゃないか?

まずは今日のデートを、思いっきりロマンティックな雰囲気にしてやろう。
洒落たレストランで旨いものを食べて、彼女のここでの仕事の話とかを聞き出す。
下半身が早くしてくれと暴れだしそうだが、ここは我慢のしどころだ。

元々俺は、女性をベッドに誘う時はその前のムードづくりを大切にしている。
これから俺を暖めてくれる可愛い存在には、そのくらい敬意を払うのが当然だしな。
たまたま今回はセックスが先になっちまったが、後からムードを盛り上げるのもたまには面白い。

充分気分が盛り上がったら、ようやくお楽しみの時間だ。
さっきは不粋な場所で、服を着たまま立って繋がったが、今度はふかふかのベッドのある綺麗な場所で、彼女の裸をゆっくり眺めながら絡み合おう。
そうだ、さっきの行為で汗ばんでいてすっきりしたいから、先に一緒にシャワーを浴びてもいい。
シャワールームであの声を聞けると思うだけで、もう額に汗が滲んでくる。
ああ、でも彼女のあの香りが流れちまうのは勿体無いな。シャワーの前に、1回だけ楽しんでおくべきか---?


「オースカー、いるー?」
ノックもなく突然ドアが開き、派手なピンクのメッシュを入れた金髪の頭が覗く。
そこには広報課の主任であり、オスカーと同期の友人でもあるオリヴィエ・ベルナールがドアの間からひらひらと手を振っていた。

「…なんだ、オリヴィエか。人のオフィスに入る時は、ノックぐらいしろ」
せっかくの楽しい考えが中断され、オスカーは思いきり不機嫌そうな表情を浮かべた。
「あらやだ、そんなに凄みをきかせちゃってさ。どうせ仕事も終わりなんだろ。それとも何、ノックされなくちゃ困るような事でもしてたワケ?」

からかうようなオリヴィエの口調に、オスカーはじろりと睨み付けて対抗した。
だがこいつは、そんな事で大人しくなるようなタマじゃない。
だからこそ、この社内で唯一俺と対等に話せる、気楽な友人でもあるのだが。

「用事がないなら早く帰れ。俺はこれから予定があるんだ」
オスカーは片手で追い払うような仕種を見せたが、もちろんそんなものではオリヴィエは帰らなかった。
逆にずかずかとオフィスに入り込み、オスカーのデスクに片手をついて乗り出してくる。

「なーんだ、予定が入っちゃったんだ。ちょっと相談したい事があったから、一杯付き合ってもらおうと思ってたのにさ」
「おまえが相談?珍しい事もあるもんだな」
「そ、ちょっと気になる子がいるんだけど、えらくガードが固くてね。そこで女の事なら百戦錬磨のオスカー部長さまに、ちょっとご指南願おうかと思ってたんだけど」

大袈裟に肩を竦めてみせるオリヴィエに、オスカーはさも面白い、といったふうに片眉を上げた。
オリヴィエは派手な外見で一見近寄り難そうに見えるが、その実狙った女性にはまるで女同士のように気さくに接するので、警戒心をもたれずにするりと相手の懐に入っていける。
その上いったんその気になると、オスカーよりも手が早い所もあって、しかもそれが全く噂にならないときてるのだ。
実は女に関しては俺すらも舌を巻く手練。それがオリヴィエという男の本性だと知っているだけに、こいつが俺に相談するくらい女に悩まされるなんて、とてもじゃないが信じられない。

「お前が手こずるような女がいるのか?それはそれは、よほど見る目がある女性なんだな」
「…うるさいね、しょうがないだろ?向こうは大貴族さまの家柄で、家族に大切に育てられた箱入り娘ときてるんだ。こっちのいつものやり方じゃ、近づく事も出来ないんだよ」
「なるほどな。面白そうな話だし、是非力になってやりたい所なんだが、あいにく俺も今日は忙しいんだ。また時間がある時にでも、一杯つきあうぜ」
「はいはい、忙しいってどうせ女とデートかなんかでしょ」
「まあな。ちょっとこっちも、面白い子を見つけたんだ。これから初デート、ってとこだな」

「あれぇ?アンタって、ついこないだまで付き合ってた女がいただろ?ほら、背が高くて黒髪の美人で…」
そこでオリヴィエは言葉を切り、横目でオスカーをちらりと睨んだ。
「…まさかアンタ、二股ってやつ?」
オスカーは少しぶ然としながら、「まさか」と睨み返した。
「あの女性とは、もう終わってる。言っとくが、二股は俺の流儀に反するんだ。大体そんなの、相手の女性に失礼だろうが」
腕を組んでさも心外そうに言うオスカーに、オリヴィエが茶々を入れる。
「その心がけは立派だけどさ、短い期間で次々に相手を乗り換えるのも結構失礼なんじゃないの?」
「そんなことはない。本気で付き合えると思えれば、もちろん長くじっくりとつきあうさ。だがそうじゃないと思うなら、いつまでも期待を持たせずさっさと別れるほうが、相手の為だ」
「な~るほど。ま、ものは言いようってやつだね」
オリヴィエは呆れたように言ってから、急に言葉を切ってじっとオスカーの顔を覗き込んだ。
「なんだ、俺は男と見つめあう趣味はないぞ」
眉をしかめて困惑したように言うと、途端にオリヴィエが楽しげにニッと笑いを浮かべる。
「あーやーしいな~。なんかアンタ、いつもと違うんだよね。口元に締まりがないっていうか、妙に目つきもとろんと眠そうだしさ。なんかやらしい事でも考えてたんでしょー、このスケベ」

ズバッといい所を突かれ、オスカーは思わず苦笑した。
全く、いつもの事ながらこいつの勘は天下一品だな。
こういうやつには、あんまりいろいろプライベートな事を知られたくない。
ちょっとでも知られると、あっという間になんでも見抜いて弱味を握られそうで困る。

「ま、俺はこのデートをえらく楽しみにしてるって事だ。わかったらお前も、早く行け」
「はいはい、さっさと退散すればいいんでしょ。全く、薄情な友人だね。ま、こっちの彼女は今日からこの会社で働き始めるって言うんだし、ゆっくりとお近づきになるさ」
このオリヴィエの言葉に、思わずオスカーは椅子の背から身体を起こした。
「今日から働く?まさか、その彼女ってのはアンジェリークっていう名前じゃないだろうな」

言ってから、しまった、と思ったが後の祭りだった。
オリヴィエはにーんまりと嫌な笑いを浮かべ、いかにも嬉しそうにこちらを見ている。
「ふーん、オスカーの彼女も今日からここで働くんだ。アンジェリークちゃんね、よく覚えておくよ」
「おい、待て」

こっちが声をかけた時には、もうオリヴィエはドアの外に身体が半分出ていた。
「ま、私の狙ってる子とは別人だからさ、安心しなよ」
そういうとひらひらと手を振り、さっさとドアの外に消えた。

オスカーは片手で頭を押さえ、一息ついて天井を見上げた。
奴に知られたとなると、やりにくい事この上ないな。
まあでも、あいつなら口も固いし、おかしな事にはならないだろう。


それよりも、彼女からの電話だ。
なかなかかかってこないが、仕事の話とやらが長引いているんだろうか?