Sweet company

4. Love Trap ? (2)

焼き鳥屋デートの次の朝。
アンジェリークの周辺は、にわかに騒がしくなっていた。

まずは出社した途端、ロザリアが駆け寄って来る。
「ちょっと、昨日はどうしましたの?あんたったら一目散に会議室から出てっちゃうんですもの。わたくし、ちょっと相談したい事がありましたのに」
少し怒っているような、心配しているようなロザリアの態度に、アンジェリークは素直に頭を下げた。
「ごめんね、心配かけちゃって。ちょっとびっくりする事があって…」
オスカーの事をどう説明すべきか、悩んで言葉を濁す。

と、今度はそこに、レイチェルとコレットの賑やかな声が飛び込んできた。
「オッハヨー!ちょっとちょっと、今まで社員用のカフェでお茶してたんだけどさー。アンジェったら、昨日あのオスカー部長と車で一緒に帰ったんだってー?すっごい噂になってたヨ!」

「…オスカー部長って、昨日の会議にいらしてた、あの方?」
ロザリアが訝しげに眉を寄せ、横目でアンジェリークをじろりと睨む。
「う、うん…。実はこの会社に初めて来た時、怪我したのを助けてもらったの。でもお礼をするどころか親切を仇で返すような真似をしちゃったから、昨日会った時はビックリしちゃって…」
「…だから逃げ出した、って訳ですの。でもその後、車で一緒に帰ったって言うのはどういう事?」
ロザリアが探るような視線を向けてきたので、アンジェリークは思わず冷や汗をかいた。

「あの後ね、結局すぐに彼に掴まっちゃったの。で、彼は別に私がした事を怒ってもいなかったし、むしろこれからいい友達になりたいって言われて。だから仲直りも兼ねて、ちょっとお食事に行ったんだけど…」
「お友達ですってぇ?どう見てもあのオスカーって方は、女性とお友達になりたがるようなタイプには見えないですけれど」
不信感丸出しのロザリアに、レイチェルとコレットもうんうん、と同意する。
「そうそう、ワタシ達はちょっと前からこの会社にいるからいろいろ聞いてるけどさー、オスカー部長ってこの会社一の遊び人って有名なんだヨ!もう女泣かせまくり、って感じィ?」
「私も聞いたー。なんでも恋人をとっかえひっかえで、1ヶ月以上付き合った人もいないんだって。でも女子社員の大半は、あの人とおつき合いしたがってるらしいけど」
「あんた、そんな男性と食事になんか行って…変な事されたりしなかったでしょうねっ?!」
「そ、そんなぁ。昨日は一緒に焼き鳥屋に行ったけど、本当に友人として、って感じだったもん。それに私には恋人がいます、ってちゃんと言っておいたし。そんな変な事なんて、なかったわよ~!」

…昨日はね、とアンジェリークは心の中で付け足した。
1週間前は確かにまあ、変な事があったんだけど。
でもそれは彼にされたんじゃなくって、私からしちゃった訳だし。
それに彼は、周りが言うほど遊び人には見えなかった。
女性慣れしてるとは思うけど、不誠実っていうのとは違うと感じたもの。

「焼き鳥屋ァ?オスカー部長って、女性をそんなとこに連れてくような人には見えないけどナー」
「うんうん、高級レストランとかお洒落なクラブとかに行って、その後ホテルに直行って感じよねぇー」
コレットの大胆な推測に、アンジェリークは「違う違うー!」と顔を真っ赤にして否定した。

「昨日は私が焼き鳥屋に行きたいって言ったんだけど、飲み過ぎないように気も使ってくれたし、帰りもちゃんと送ってくれて、別に部屋に上がり込もうともしなかったし。健全そのものだったんだからー!」
そう言ってから夕べの別れ際の事を思い出し、アンジェリークの顔が突然ぼん、と赤くなった。

昨日は焼き鳥屋で楽しい時間を過ごした後、オスカーは運転もあるし酔いを醒ます為に少し歩こう、と言ってきた。
ビールコップ2杯で足がふらついてた私を、彼は本当に自然に支えてくれていた。
まるで気のおけない友人のように、深夜まで開いてるブティックとか雑貨屋のウィンドウをひやかして笑い声を上げたり。
そうかと思えば、路上の花売りからマーガレットの花束を買って、突然差し出してくれたりもした。

「可愛らしいお嬢ちゃんと、楽しい時間を過ごせたお礼だ」
「ありがとうございます、すっごく嬉しい!…でも、お友達なのにタダで物を貰うのは、ちょっと気がひけます…」
そう言って遠慮しようとした私に、オスカーは「じゃあ今度、お嬢ちゃんの手作りのお菓子を御馳走してくれよ。それでいいだろ?」と笑い返した。
「オスカーも甘い物なんて食べるの?」
「こう見えても、一応お菓子で有名なスモルニィ社の社員なんだぞ。甘過ぎる物は確かに不得手だが、レモンパイやザッハトルテなんかは大好物だ」
目の前にいるオスカーはいかにも男性的で、お菓子を食べるというよりは剣を振り回してる方が似合ってるタイプに見えたけど。
話をすればするほど彼の知らない一面が見えるようで、嬉しかった。

それから車でホテルまで送ってもらって、車寄せで彼がドアを開けてくれた。
「今日は本当に楽しかったです、ありがとうございました」と挨拶して、歩き出そうとした瞬間-----彼の手が、私の頬に優しくかけられた。
彼の顔が目の前に迫ってきて、キスされる、そう思って思わず目を閉じた。
そしたら優しい感触をおでこに感じて、びっくりして目を開けたら----彼は額から唇を離し「また誘うよ。おやすみ」と短く笑ってくるりと踵を返した。

オスカーの車が遠ざかり、闇にとけ込むまでじっと見送りながら。
私ったら唇にキスされなくて、ほっとしたようながっかりしたような。
寂しいような泣きたいような----
とにかく言葉では言い表せないくらい、不思議な感情を持て余していた。

「あ、アンジェったら何を赤くなってるの~?あーやーしーなぁー」
コレットに顔を覗き込まれ、アンジェリークはますます顔を赤らめた。
「も、もう仕事を始めなくちゃ!」
アンジェリークは自分の個室に一目散に飛び込むと、まだ熱っぽい頬を押さえて立ちすくんだ。



お昼休みの時間になって、ロザリアがアンジェリークの側に寄ってきた。
「アンジェ、今日の朝言ってたわたくしの相談なんですけど…」
「あっそうそう、気になってたのよ!どうしたの、ロザ…きゃっ?」

思わず小さく叫び声を上げてしまった。
だって後ろを振り向いたらロザリアがいるはずだったのに、何故かそこにはオスカーが立っているんだもの。
しかも、アンジェリークの鼻面がオスカーの胸に当たりそうなくらい、すぐ近くに!

「え?オ、オスカー?ななな、なんでここに???」
「ちょっと、あなた!突然わたくしの前に、割り込まないでくださる?!」
オスカーの背後から怒りに満ちたロザリアの顔が、ちらちらと覗く。

「昨日はどうも。あんまり楽しかったんで、今日もランチに誘いにきたんだ」
事情が飲み込めなくて目を丸くしているアンジェリークに構わず、オスカーは答えも待たずにアンジェの荷物を持ち、手をとって歩き出す。
アンジェリークはつられて2、3歩歩いてしまってから、ハッと歩みを止めた。

「ちょ、ちょっと待って!ロザリアが私に相談があるって…」
「ここの仲間とは一日中顔を突き合わせてるんだろ?昼休みぐらいは、俺に付き合えよ」
よくわからない理論をかざし、オスカーは少し強引にアンジェリーの腰に手を置いて歩き出した。
「ロ、ロザリア~!ごめんなさい、話はあとで絶対に聞くから!」
怒りに眉を吊り上げて腕組みするロザリアの前で、アンジェリークは引き摺られるように連れ去られてしまった。

(あのオスカーって方は、どうやらやっぱりアンジェを狙ってるみたいね…アンジェはぽーっとしてるから、危険ですわ!おかしな事をされないよう、わたくしがしっかり目を光らせてあげなくては!)
ロザリアの脳内メモリーには、「オスカー:女好き遊び人、危険!」「アンジェリーク:男に騙されやすそう、危険!」という2つの重要情報が、しっかりインプットされていた。


社員食堂で、アンジェリークは居心地悪そうに身体を縮こませた。
オスカーとここに足を踏み入れた瞬間、そこにいる女性社員のほとんどがこちらに視線を向けてきたからだ。
好奇心っぽい視線はまだいいけど、あからさまに「気に入らない」というビームを送ってくる女性達もいる。
でもオスカーは全くそういう視線を気にする事なく、今にも口笛でも吹きそうなほどにリラックスしている。
全く、こっちはレーザービームに切り刻まれてるような心地だっていうのに。
(この人って、女性の視線を集める事に本当に慣れきってるんだなぁ…)
心の中で小さく溜息をつくと、諦めてオスカーが買ってきてくれたランチのトレーと、目の前のオスカーその人だけに意識を集中させるように努力した。

「…オスカーって、ちょっと強引なんじゃない?」
「そうだったか?俺は気にいった人間は、手元に置いておかないと気が済まないタチなんだ」
笑いながら豪快に食事を口に運ぶオスカーに、アンジェリークは今度は隠す事なく大きな溜息をついた。
「じゃあオスカーには、遠距離恋愛なんて絶対無理ね」
「そうだな、俺だったらそんなまどろっこしい形は取らない。離れてもいいと思えるならさっさと別れるし、本当に大切な恋人だったら何があっても側にいさせるさ」
当たり前のようにさらっと言い放たれ、アンジェリークは戸惑った。

確かにオスカーの言う事は、強引だけど正論なのかもしれない。
今の私はジョッシュと離れていても、あまり辛いと感じる事はない。
それならきちんと別れたほうが、お互いの為にもいいような気もする。
でももし、私がジョッシュと離れたくないという思いが強かったら-----この仕事は諦めて、何があっても彼の側に残ってたんだろうか?

ううん、そんな事はきっとしない。
例え大切な恋人と離れる事になったとしても、私はお菓子作りを諦めるような事はしたくない。
それに本当に私を愛してくれる人なら、私がどんなにお菓子作りに情熱を捧げているのか、きっとわかってくれるはず。
愛し合う二人が努力すれば、離れていたって愛を育む事は出来るんじゃないだろうか?

でも今の私とジョッシュでは、会う時間を作ろうとする努力もしていない。
…ううん、正確にはジョッシュは努力してくれてる。休日はこっちに来たいと言ってたし。
なのに、肝心の私が全然その気にならないのだ。
私はこのままジョッシュと付き合って、彼を自分の都合で振り回してて…それでいいんだろうか?

「ところでお嬢ちゃんは、あのホテルにこれからずっと住む事になるのか?」
「ううん、ホテル暮しは落ち着かないだろうからって、ミズ・ディアが高級マンションや一軒家を世話してくれようとしたんだけど。そんな所、かえって落ち着かなそうだから自分でアパートメントを探そうと思ってるんです」
「自分で探す?お嬢ちゃんはこっちはまだ来たばかりだろう?探すアテなんてあるのか?」
アンジェリークは首を横に振った。
「今のところはなんにもアテがないの。早く決めなくちゃ、とは思ってるんだけど…」

「じゃあ俺が、手伝ってやるよ」
オスカーはそう言うと、素早く食事の終わったトレーを二人分片付けて、立ち上がった。
「お嬢ちゃん、ちょっと買い物に出よう」
「え?な、何?」

相変わらず彼はこうと決めたら行動が早く、アンジェリークは訳がわからないままオスカーについていく。
彼は会社を出てすぐの所にあるスタンドで、住宅情報誌を1冊購入するとアンジェリークに手渡した。

「休憩時間にでも目を通して、自分が気に入りそうな間取りとかあったら印をつけておいてくれ。今日から帰りに毎日車で不動産屋を回ってやるから、気に入ったものに近い物件を見せてもらうといい」
「え、だってオスカーも忙しいんでしょう?そんな毎日付きあわせるなんて事、出来ないわ」
「心配するな。ローズ・コンテストに出場する職人の安全確保や世話なんかも、俺達の仕事には含まれてるんだ。俺の部署には代役を務める人間を立ててあるし、そっちは部下を信頼して任せてるから大丈夫だ」
オスカーは腕時計をちらりと見ると、また会社のほうへと歩き出した。
「じゃあ今日の終業時刻になったら、昨日と同じ所に車を回して待っているから」

オスカーの頭の中は、一体どんなスピードで回転してるんだろう。
あまりの目まぐるしい展開に、アンジェリークは口を挟む事も出来ずに、オスカーに従うしかなかった。


その日の退社後、睨むロザリアに何度も謝りながら、アンジェリークはオスカーの車へと急いだ。
「何か気にいった間取りは見つかったか?」
オスカーが車を運転しながら、前を向いたままで尋ねてくる。
「えっと、これなんかいいかなーって思ったんだけど」
オスカーは片手でハンドル操作しながらもう片方の手で住宅情報誌を受け取り、赤ペンで丸を付けてある物件に素早く目を通した。
「ずいぶんこじんまりした間取りだな。会社からの予算は、結構出てるんだろう?」
「うん、でも…あんまり広い所は落ち着かないし、夜とか寂しいだろうし…」

寂しければ俺が行ってやろうか、と言いかけて、オスカーは口を閉ざした。
今の所は、休日とかはお嬢ちゃんの彼氏とやらがやってくるかもしれない。
もう少し彼女と近づいて、俺と付き合いたいと思わせるまでは、あんまり警戒させるような事は言わないほうがいいだろう。
臆病で可愛いウサギを仕留める罠は、そうとわからないくらい巧妙に張っておかなくてはな。
「よし、じゃあとりあえずここから見てみるか」
オスカーは一件の不動産会社のビルの前に車を停めた。


部屋探しは、思っていたよりも面倒で時間のかかるものだ。
予算を告げると、どの不動産屋でも担当者がもみ手で大量の物件を紹介してくれるけど、紙で見るだけではよくイメージが掴めないし、だからといって全てを実際に見に行くのは時間がかかり過ぎる。
オスカーが横で素早く「ここはやめておけ」と物件を選り分けてくれなければ、いつまでたっても絞り込みすら出来なかっただろう。

オスカーはそれにしても、決断が早い人だ。
最初の不動産屋では、席に付いて5分もしないうちに「ここには良い物件がない」と判断して出ていってしまった。
次に行った所でも、やはり10分くらいで席を立った。
「今の不動産屋は、何がいけなかったの?」
自分ではよくわからなくて、次の目的地に向かう車の中でオスカーに質問した。

「最初の所は、単にいい物件を持ってなかったというだけだ。2軒目はまあまあの物件もあったが、担当者が高額な予算ばかり気にして、お嬢ちゃんの住みたい所を理解しようとしてないのが気になった。家賃が安かろうが高かろうが、こっちの希望にあった物件を紹介してくれなければ意味がない」
なるほどねと感心しながら3軒目に向かうと、オスカーは今度は明らかに違う態度で、熱心に分厚い物件ファイルをめくり始めた。

「この辺なんか、いいんじゃないか?」
オスカーが選んだ4軒ほどの物件に目を通すと、確かにどれもアンジェリークの希望しているものに近いように思えた。
「そちらを選ばれるとはお目が高いですわ。場所も良いですし、女性には安心の設備が揃ってる所ばかりですよ」
優しそうな中年女性の担当者が、笑顔で物件の説明を丁寧にしてくれる。
ちょっと見てみようかな、そう思った途端にオスカーが「早速だが、今からここを見れるか?」と聞いてくれた。
「もちろんです」
女性が答えた時には、既にオスカーは車のキーを掴んで立ち上がっていた。


最初に見た所は、3階建ての低層マンション。
綺麗だけど豪華すぎるような感じもないし、部屋の間取りも広すぎず、なかなか良さそうに見えた。
でもオスカーは部屋を見ると、すぐに「ここはダメだ」と言ってきた。
「どうして?」
不思議に思って訪ねると、オスカーは寝室の窓を顎で指し示した。
「あの窓の前には、小さな道を挟んですぐ大型マンションがある。方角的に日当たりも悪いだろうし、何より向こうからこっちは丸見えだ」

次に見た独身者用の5階建てのマンションは、部屋に入るまでもなくダメ出しがでた。
「外からのセキュリティは万全だが、ここは住んでる人間の多くが男だ。マンション内に入ってから変な住人に目をつけられたりしたら、防ぐ手立てがない」
入口のポストに付けられたネームカードを一瞥しただけでそう判断したオスカーに、同行していた担当の女性は(あなたの恋人、すっごく素敵な人で頭の回転も良いけど、大変な心配性なのね!)と笑いながらアンジェリークに耳打ちしてきた。
「えっ、あの、そのっ、彼は恋人なんかじゃ…」
顔を真っ赤にしながら両手をぶんぶんと振って否定すると、「何してるんだ、次に行くぞ」とオスカーにその手を引っ張られた。

3軒目のアパートメントは、女性専用を売りにしている所だった。
今度はオスカーは何も言わず、部屋を端から端まで歩き回って細かい所をチェックしている。
「ここはセキュリティも万全だし、特に大きな問題はなさそうだ。あとはお嬢ちゃんが気に入るかどうかだけだな」
そう言われて、アンジェリークも部屋をじっくり見て回る。
こざっぱりとして清潔な感じだし、キッチンとバスルームが広いのが良い感じだ。
窓の外には小さな中庭が見えるし、使い込まれて飴色になった古いフローリングも、暖かい感じがする。
備え付けの家具もみな女性らしい雰囲気があるし、何といってもリビングに暖炉があるのが素敵だ。

「こちらは築年数は古いですけど、女性にはとても人気があってあんまり空きが出ない物件なんですよ。この暖炉は残念ながら電気式で本物ではないんですけど、お手入れも楽だし雰囲気は十分に味わえます」
女性の説明を聞きながら、アンジェリークはもうこの暖炉の前でのんびりしている自分の姿を思い浮かべていた。

うん、ここなら落ち着けそう。いいかも!
「とっても気に入りました。ここにします」
「しばらくはここにずっと腰を落ち着けられそうか?」
オスカーに尋ねられ、アンジェリークは笑顔で頷いた。

「よし、じゃあ早速だが、入居に必要な書類を揃えなくちゃならないな。引っ越し屋は会社が使ってる所を紹介しよう。なるべく早く彼女をここに住ませたいんだが、その辺は大丈夫かな?」
「もちろんです。こちらは即入居の物件ですし、本契約さえ済めばすぐにでも移れますよ」
にこやかに説明してくれる女性に、オスカーも頷いた。

「それじゃ事務所に戻って契約条項を確認させてもらおう。…おっと、1つ大切な事を聞き忘れる所だった。このアパートは女性専用だという事だが、男性の出入りも禁じられてるのか?」
担当の女性は声を出して笑いながら、首を横に振った。
「もちろん恋人の男性は、出入り自由ですよ。ご心配為さらず」
「なっ……!」
絶句して固まったアンジェリークの横で「それは良かった」とオスカーが笑っていた。

(ちょ、ちょっとオスカーったら!なんて事を聞いてるのよ?)
車に戻るまでの道のりで、アンジェリークは先を歩く女性に気づかれないようにオスカーを睨みながら小声で囁いた。
「お嬢ちゃんの恋人だって、ここに来るかもしれないんだろう?俺は気を利かせたつもりだが」
「そ、それはそうだけど…」
なんて事はなさそうにオスカーに返され、アンジェリークは何故だか少し傷付いた。

別に傷つけられるような事を言われた訳じゃないのに。
…私ったら、少し変。

なんで私は、彼の言葉に傷ついたんだろう?