Sweet company

4. Love Trap ? (5)

オスカーは車を飛ばしてオリヴィエ達のいるレストランに駆け付けると、急いで店の中に入った。
少し薄暗い店の奥の方で、派手なメッシュを入れた金髪の男が手を振っているのが目に入る。
そちらに大股で近づくと、テーブルに突っ伏しているアンジェリークの姿が見えた。

「おいオリヴィエ、これはどう言う事なんだ?」
掴み掛かりそうな勢いで、オスカーが怒りの視線を向けてくる。
「待って、オリヴィエは悪くありませんわ。あなたの電話でオリヴィエが中座してる時に、アンジェったらいきなり、このサングリアのグラスを一気に飲み干してしまいましたのよ」
ロザリアが間に入ってオリヴィエをかばう。

オリヴィエはオスカーの怒りの直撃を免れ、ホッとしながら状況を説明した。
「このサングリアはたいした量のお酒は入ってないし、飲んだのもグラス1杯だから、急性アルコール中毒とかは大丈夫と思うんだよ。ただ、家に連れて帰りたくても彼女は引っ越したばかりで、私もロザリアも新居の場所を知らないんだ。引っ越しを手伝ったって言うし、あんたならわかるんだろう?」

オスカーは頷くとアンジェリークの横に回り、耳元で話しかけた。
「お嬢ちゃん、大丈夫か?俺が送っていくから、心配するな」
「あなたが送っていくほうが、よっぽど心配じゃありませんこと?」
ロザリアが横で睨みつけてきたが、オスカーはそれを無視してアンジェリークを抱き上げた。

「心配しなくても、俺は酒で意識を失った女性を襲うような趣味はないんだ。それに家の場所を知ってるのは俺だけだし、あのアパートは警備員が知らない男は入れてもらえない。オリヴィエじゃ、アパートの前で追い返されちまう」
「それじゃあ、わたくしが送りますわ!」
「君じゃアンジェリークを担いでいけないだろう?俺が行くのが、一番いいんだ」
ロザリアはぐっと言葉を飲み込んだ。
確かに、こうなったらアンジェリークを送れるのはオスカーしかいない。

「大丈夫だよ、ロザリア。オスカーはこう見えても、そんなに信用できない人間じゃない。私が保証するから、安心してよ」
「…オリヴィエがそう言うなら、信じますわ」
渋々と引き下がるロザリアの前で、オスカーはアンジェリークを抱きかかえたまま、出口のほうへと歩き出した。
ドアの前に来てから、思い出したようにオリヴィエのほうへ振り返る。

「そちらのお姫さまは、お前が送れよ」
「あんたに言われなくても、送るに決まってるだろ」
軽口を叩きあいながら店から出ていくオスカーの背中を、まだ不安げな瞳のロザリアが見送っていた。



「さて、どうしたもんかな」
アンジェリークのベッドに彼女の身体を横たえてから、オスカーはひとり呟いた。

オリヴィエの言う通り、たいして酒を飲んでいるようには見えない。
息も酒くさくはないし、今は寝息も安定している。
このまま帰ってもいいのだろうが、なんとなく心配で帰り難かった。

彼女と飲んだ事は何回かあるが、グラス一杯のサングリアでひっくり返るような事は、一度もなかった。
とすれば今日はたまたま体調が悪かったか、ストレスでもあったのか。
引っ越したばかりで疲れているのかもしれないし、やはり慣れない土地では苦労もあるのかもしれない。

「う…ん、気持ち悪い…」
寝返りをうちながら不快そうに眉を顰めるアンジェに、オスカーは慌てて声をかけた。
「おい、大丈夫か?吐きたかったら、出してもいいぞ」
洗面所に連れていこうかと手を出しかけたが、アンジェリークは「そこまで気持ち悪くはないから、大丈夫…」という一言を呟いて、再びすぅすぅと眠りに戻っていった。

アンジェリークはもう起きそうもなかったが、オスカーは心配なので朝までついていてやろうと決めると、少しでも気分を良くしてやる為に楽な格好に着替えさせようと思い立った。
ベッド脇のクローゼットに目をやると、適当に引き出しを開け閉めする。
目についたネグリジェを引っ張り出すと、それを持ってベッドに戻った。

「お嬢ちゃん、すまんがちょっと着替えさせるぞ」
アンジェリークは全く返事がなく、まさに気持ち良さそうにぐっすりと眠っている。
「やれやれ」
オスカーは肩を竦めると、彼女のブラウスの前ボタンを外し始めた。

1つ、2つとボタンを外すうちに、白い喉元と鎖骨が露になる。
さらに胸の膨らみ、柔らかそうな腹部、可愛らしい臍が次々と明らかになる。
何の気なしに脱がせ始めたはずなのに、オスカーの呼吸はいつの間にか浅くなり、指がもつれたように動かしづらくなっていく。
スカートのウェストボタンを外し、足からそれを引き抜いて下着姿の彼女を見た時には----オスカーはもう、すっかり自分の下半身が反応しているのを認めざるを得なかった。
ブラジャーのホックを外し、それを取り払った時などは、もう身動きする事も出来ないほど視線が彼女に釘付けになっていた。

アンジェリークの胸は、あの暗闇で手探りで触った感触から想像していたより、ずっと張りがあって綺麗だった。
マシュマロのように柔らかい感触だったのに、今目の前にある乳房は、横たえられても一切形が変わらないほど見事な張りがある。
ちょうどオスカーの手のひらにすっぽりと納まりそうな、大きすぎず小さすぎないサイズの乳房の先端には、白い肌にとけ込みそうなくらい淡いピーチ色の乳首がのっかっている。
むしゃぶりついてあの乳首が口の中で固くなる感触を確かめたい、そんな衝動がオスカーの全身を強張らせたが、強く首を振って視線を胸から無理矢理引き剥がした。

脇に置いていたネグリジェを頭から被せ、黙々と袖に腕を通してやる。
長めの裾を引っ張ってアンジェリークの身体を覆い隠すと、オスカーはふーーっと深く息をついた。
ブランケットをそっと身体にかけてやると、自分はそのまま隣のリビングルームに移動する。
服を着たままソファにごろりと横たわり、両腕を頭の下において天井を睨み付けた。

身体が、火がついたように熱い。
全く俺の身体は、どうしてあのお嬢ちゃんにはこうも激しく反応しちまうんだ?
大体俺は、自慢じゃないが女性に困ってる訳じゃない。
健康な若い男として普通にセックスが必要になる時もあるが、こうまで切羽詰まった欲望を感じたのは、やりたい盛りの10代の時以来だ。

今までも、酔っぱらったり具合が悪くなった女性の着替えを手伝った事は何度かある。
しかし前後不覚の女性に手を出すなんて、そんな悪趣味は俺にはない。
アンジェリークの酔っぱらった姿を見た時だって、ただ心配だから送ってやりたかっただけだ。
だが、彼女の裸を見た瞬間、そんな理性も常識も呆気無く吹っ飛びそうになった。
俺の本能が、とにかく彼女を欲しいと身体の中で暴れだしていた。

今までは彼女のような子供っぽいタイプは、俺の好みじゃないと思っていた。
だが俺の雄の本能は、どうも彼女がタイプらしい。
今こうして隣の部屋にいても、理性と本能が激しくせめぎあっている。
本能はさっさと服を脱いで隣の部屋へ行けと俺を急き立てるし、理性はもう少し彼女の体調を考えてやれとブレーキをかける。

でも今はまだその時期じゃない。
アンジェリークは確かに俺を意識してはいるが、恋人と別れるにはもう少し時間が必要だろう。
何と言っても、相手の男は彼女にぞっこんだったしな。

だがあと一押しすれば、あのお嬢ちゃんは自ら俺の手に落ちてくる。
だから今は理性に従ってさっさと寝よう、そう思うのだが-----目を閉じると、彼女の裸がちらついて眠れない。
欲求不満というやつが、これほど辛いものだとは。
ゆっくり時間をかけて彼女を手に入れようと思っていたが、これではこっちの身が持たなそうだ。

オスカーは諦めて目を開けると、長く息を吐き出した。
今日はもう、眠れそうもない。
全くこの俺とした事が、あんなお嬢ちゃん一人に悶々とさせられるとは。
彼女を手に入れる日が来たら、たっぷりお返ししてやるからな。

覚悟してろよ、お嬢ちゃん。


アンジェリークは喉の乾きをおぼえ、目を覚ました。
時計はまだ、朝のかなり早い時間を指している。
キッチンに水を飲みに行こうと身体を起こすと、頭がズキン、と痛みを訴えた。
「いたた…」
片手で額を押さえ、半身を起こした姿勢のまま動きを止めた。

しばらくそのままの姿勢で動かずにいると、徐々に痛みが引いてくる。
風邪でもひいたかな?
そう考えて、突然不安な気持ちに襲われた。
そういえば私、昨日どうやって帰ったんだっけ?
ロザリアとオリヴィエと、レストランで楽しく食事してたのはおぼえてる。
でも、どうやって帰ったのかが全く記憶にない。
アンジェリークは思い出そうと必死で努力したが、記憶はレストランのテーブルに座ってる姿までで止まっている。

とにかく頭が痛いし喉もからからだし、水を飲んでから考えよう。
頭に響かないようにそっとベッドから降り、寝室を出た。
でも寝室を出た途端、目の前のソファに横たわる人物を見て、あまりの驚きに腰を抜かしそうになってしまった。
「オ、オスカー?!あいたたっ!」

素頓狂な声が出て、次いで激しい頭痛に襲われた。
頭を押さえてその場にしゃがみ込むと、オスカーが起き上がってこちらに向かってきた。
「大丈夫か?」
アンジェリークのすぐ側にしゃがみ込み、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「えっと、大丈夫…でもないかも。それより、なんでオスカーがここに…?」
「ああ、お嬢ちゃんは憶えてないんだな」
オスカーはフッと苦笑すると、立ち上がってキッチンに向かった。
程なく水の入ったグラスを持って戻ってくると、アンジェリークに差し出しながら夕べの状況を説明した。
「昨日、君はレストランで酔っぱらってぶっ倒れたんだ。オリヴィエ達じゃこのアパートの場所がわからないんで、光栄にも俺が君を送り届けるナイトの役を任された、って訳だ」

コップの水をごくごくと飲み干すと、アンジェリークの頭も次第にクリアになってくる。
そういえば、昨日オリヴィエさんはオスカーと電話で話をしてたのは憶えてる。
その時にロザリアが、私とオスカーの仲を追求してきて…慌てた私は、手の中にあるグラスを一気に飲んじゃったような…
も、もしや、あれで私ったら倒れちゃったの???

「ご、ごめんなさい、私ったら…オスカーにも迷惑かけちゃったし……」
しゅんとして謝ると、オスカーは全く気にしていないという風に笑い返した。
「俺は全然迷惑なんて思ってないから、心配するな。それより気分はもういいのか?昨日は気持ちが悪いと言ってたが…」
「あ、気分は全然大丈夫!あたたたっ!」
立ち上がろうとして、また頭痛に襲われた。
「まだ無理するな。アスピリンを飲んで、もう少し横になってたほうがいい」

オスカーにふわりと抱き上げられ、ベッドまで連れ戻されていく。
彼はサイドテーブルに水の入ったグラスとアスピリンを置くと、痛む額を大きな手でそっと撫でた。
「俺は家に戻る。お嬢ちゃんはまだ時間があるから、もう少し寝たほうがいい」
アンジェリークは恥ずかしそうに顔を赤らめ、シーツを顔の半分くらいまで引っ張り上げて、申し訳なさそうに大きな瞳を向けてきた。
「あの、ごめんなさい…。家まで送ってくれたのに、ろくにお礼も出来なくて」

その言葉に、オスカーがいたずらっぽく瞳を輝かせて笑う。
「お礼なら、キスがいいな」
「え……」
アンジェリークが答える間もなく、オスカーが身体を折り曲げるようにして近づいてくる。
口元を覆っていたシーツがめくられ、アンジェリークの唇にオスカーの唇が優しく押しあてられた。
そのままほんの数秒感、二人のまわりの時間が止まったような感じがした。

オスカーは身体を離すと、ぱちんと綺麗なウィンクを1つ飛ばして「ごちそうさま」と呟いた。
びっくりして目を見開いたままぱちぱちと瞬きを繰り返すアンジェに少し苦笑してから、「じゃあな、寝過ごすなよ」と言って部屋を去った。

オスカーが帰って、たっぷり5分以上時間が経過して-----ようやくアンジェリークは、はっと我にかえった。
オスカーが触れた唇を、指先でそっと押さえる。
本当に触れるだけの、挨拶のような軽いキスなのに----どうしてこんなに、どきどきしちゃうんだろう?
酔っぱらって前後不覚の女の子なんて迷惑なだけだろうに、こうして家まで送ってくれて、一晩中隣の部屋で様子を伺ってくれた。
そんな彼の優しさが、心のどきどきを加速させていく。

でもドキドキしながらも、何かが急に心に引っかかった。
あれ?私ったら意識不明で家に帰ってきたんだったら、どうやってネグリジェに着替えたんだろう?
すうっと顔が青ざめ、ベッドまわりを見渡す。
壁際の小さな椅子の上に、自分が昨日来ていた衣類が畳まれて置いてある。
私の畳み方と違う。…それだけならまだしも、洋服の上に、ブラジャーが乗ってる………

「いやぁぁーー!」
アンジェリークは叫ぶと、枕に顔を埋めて手足をばたつかせた。
頭がガンガン鳴り響いてたけど、そんな事はもうどうでも良かった。


---◇---◇---◇---◇---◇---◇---



「ねぇアンジェリーク、本当にあのオスカーって人に変な事されませんでしたの?」
「本当に大丈夫だってば!ロザリアったら、心配性なんだから~」

お昼休み、社員用のカフェテリアで丸テーブルを囲みながら、アンジェリークはロザリアの厳しい追求を受けていた。
「オスカーは送ってくれて、ベッドに寝かし付けてくれただけで、本当にそれだけだったのよ。私が気分が悪いって言ったから、心配して泊まり込んでくれたけど……」
「泊まったですってぇ?」
目を吊り上げるロザリアに、アンジェリークは慌てて両手をぶんぶんと振って否定した。
「違うのよ、泊まったって言っても彼はリビングのソファで寝てたし!その、別に指一本触れられた訳じゃなかったんだから!」
そう言ってから、キスと着替えの事を思い出して顔がボッと赤くなった。
「…ちょっとあんた、何赤くなってんのよ!正直におっしゃい!」

えーんどうしよう、ロザリアの追求は容赦ないから、嘘がつけそうにないよー!
助けを求めるようにアンジェリークは視線を回りに泳がせると、ちょうど入口からオスカーが入ってくるのが見えた。
「あ、オスカ…」
手を振ろうとして、動きが止まった。
オスカーは綺麗な女達に囲まれ、楽しそうに笑い声を上げていたのだから。

「オスカー、良かったら外に食べに行かない?新しいフレンチのお店がオープンしたのよ」
「最近夜も他の予定があるとかで、ちっとも付き合ってくれないじゃない。新しい恋人でも出来たのかしらって噂だけど」
口々に探りを入れられたが、オスカーは恋人の噂には否定も肯定もしなかった。
「今は忙しい時期なんだ、すまないがランチも持ち帰って事務所で食べるよ。綺麗なレディ達と一緒のほうが食欲も出るんだが、残念ながら俺の決済を待ってる不粋な書類が大量に待ってるんでな」
そう言いながら、テイクアウトのランチを注文する。
女達が不満そうな視線を向ける中、オスカーはランチの袋を受け取るとあっさりと踵を返し、「じゃあな」と手を振ってその場を立ち去ろうとした。

その時テーブルに座るアンジェリークの姿を見つけ、オスカーが笑顔で近づいてくる。
「よう、お嬢ちゃん。もう気分はいいのか?」
「は、はい!あの、昨日は…っていうか今日も…本当にありがとうございました」
アンジェリークは顔を赤らめながら立ち上がってぴょん、とお辞儀した。
「ああ、いいんだ。だがそちらのお姫さまがえらく心配してたから、ちゃんと俺は送り狼にはならずにいい子にしてた、って言っておいてくれよ」
それから思い出したように笑って、付け加えた。
「ああ、ただしお礼の話は内緒だぜ?」
そう言ってアンジェリークの唇に、オスカーは人さし指をそっと当てた。
お礼のキスを思い出し、アンジェリークが途端にぼん、と赤くなる。
オスカーは笑って手を振ると、そのままあっという間にカフェを出ていった。

「…なんですの、お礼って?」
「なな、なんでもないのっ!あ、私、ちょっとおトイレ!」
ロザリアに再び追求されそうになり、アンジェリークは慌てて席を立った。
化粧室に向かって駆け出すアンジェを、さっきまでオスカーのまわりにいた女達が険悪そうな顔で眺めていた。


「ふうっ、オスカーったら急にあんな事言うんだもの、ロザリアが疑うのも無理ないわ」
個室に入って一人になると、ようやく気分が落ち着いてくる。
さっきまでロザリアの追求をどうやってかわそうかとばかり考えてたけど、こうしてゆっくり考えると、ロザリアにはいろいろ正直な思いを聞いて欲しかった。
ジョッシュとの事や、オスカーの事とか、誰かに相談したいと考えるとロザリアの顔が浮かぶ。
口調はきついけどいつも本気でアンジェリークの事を心配してくれるし、さり気なく優しくて頼れるロザリアは、自分にとってはもうなくてはならない友達だ。
そうだわ、ロザリアにはちゃんと正直に話そう、そうすれば彼女はきっとわかってくれる。
それに…ロザリアの事も相談に乗ってあげたいし。
オリヴィエさんとは、どうなってるのかとか。

アンジェリークは個室から出ると、手を洗って鏡の前で髪の毛を整えた。
その時、4人ほどの女性がこちらを睨んでいるのが、鏡の端に映っていた。
女性達はずんずんとアンジェに近づくと、いきなりぐるりとまわりを取り囲む。

「ちょっとあなた、最近良くオスカーといるのを見かけるわね」
「ていうか、ほとんど毎日一緒に帰ってるじゃないのよ」
「もしかして、彼の新しい恋人?」
「美人好みの彼の恋人にしてはずいぶんイモくさいけど、どういう関係なのよ?」
口々に速射砲のように話しかけられ、アンジェリークは面喰らった。
「ちょ、ちょっと待ってください!私はオスカーの恋人じゃないですよ。仕事で付き合いはありますし、プライベートでも仲のいい友人なのは認めますけど」

「友人ですってぇ?じゃあ彼とは、なんでもないって言うの?」
ギロリと睨み付けられ、アンジェリークは一瞬怯んだが、キッと正面を見据えると負けじと言い返した。
「そうです。私達、とってもいい友達です」

ほんの少しの沈黙の後、女達がどっと笑い出した。
「やーだ、あのオスカーが女性とただのお友達でいるために、毎日時間を割いてる訳ないじゃないの!」
「本当に友達だって言うんなら、もしかしてセックスフレンドってやつ?」
「オスカーがこんな子供みたいな子と?いやだぁ、彼のイメージが崩れちゃいそう」
「でも案外こういう田舎くさい子のほうが、アッチのほうはお盛んだったりするのよ。オスカーも美女ばかり相手にするのも飽きちゃったから、たまにはこういう田舎娘をセフレにして遊んでみたいんじゃないの?」

女性達はまだ小馬鹿にするように、くすくす笑いを止めない。
なんなの、この人達!黙って聞いてれば好き放題言ってきて!
「ちょっと、侮辱するのはやめてくださいっ!そんな風に憶測だけでいやらしい想像をするのは、私にもオスカーにとっても失礼です!!」

その剣幕に女達は笑いを止め、次いで腕組みしながらアンジェリークを怒りの視線で見下ろしてくる。
「ちょっとぉ、『いやらしい想像』って何よ?そっちこそ失礼じゃないの」
「そうよ、ちょっとオスカーに気に入られてるからって、生意気だわ」
「あんたみたいなイモ娘がオスカーのまわりをちょろちょろしてると、彼のイメージダウンもいいところなのよ。自分でもあんな釣合わない相手と一緒にいて、恥ずかしいと思わないの?」
「ああ、ダメダメ。こういう田舎者のヤリマン娘は、図々しいから恥ずかしいなんて思わないのよ」
意地の悪い笑いが、化粧室に響き渡る。
その時、化粧室のドアが開いて、ロザリアが入ってきた。

「アンジェ、いつまでも何をやってますの?全くアンタったらトロいんだから…」
そこまで言ってから、アンジェリークを取り囲む険悪な雰囲気に、ロザリアはすぐに気がついた。
「ちょっと、あなたがた!この子に何をなさってますの?」
ロザリアが駆け寄り、アンジェリークの前に立とうとした瞬間----アンジェリークの手が、ロザリアをずぃっと押し戻した。

「ロザリア、いいのよ」
そう言ったアンジェリークの声は、怒りを押し殺して低く震えていた。
そのあまりの迫力に、ロザリアも思わず後ずさる。

こんなアンジェリークは、初めて見たわ。
いつも頼りなくて、ちょっと突くとすぐにでも泣きそうに見えるのに------
今はまるで、別人のよう。
全身から怒りの熱がオーラのように出ていて、周りの空気が陽炎のように揺らいで見える。
ロザリアは息をごくんと飲み込むと、いつもとまったく違う迫力を滲ませたアンジェリークを、黙って見つめていた。

「…あなた達、オスカーに相手にされないから私が羨ましいんでしょう」

「なんですってぇ?何言ってるの、あんた…」
「オスカーの恋人になりたいんだったら、自分で努力してアプローチすればいいじゃないですか。セックスフレンドだって羨ましいんでしょう?あなた達の言う『ヤリマン娘』の私を集団でいびったりする暇があったら、さっさと自分からオスカーのベッドに潜り込みに行けばいいじゃないですか!」
アンジェリークのあまりの迫力に、女達もたじろいだ。
「な、何を開き直ってるのよ。結局じゃああんたは、やっぱりセックスフレンドなわけ?」
その一言で、ついにアンジェリークの怒りが爆発した。

「だから私は『友達』だって言ってるでしょう!!まだ疑うんだったら、後はオスカーに聞いてください!『あの子は恋人なの、友達なの、それともセックスフレンドなの?』って。彼はきっと正直に答えてくれるからっ!」
ふんっ、と鼻で息をすると、アンジェはロザリアの手を掴んで歩き出した。
「行こう、ロザリア!こんな人達、相手にしなくていいから!」
そう言って大股で化粧室を出ると、大きな音を立ててドアを閉めた。

肩を怒らせてずんずんと歩くアンジェリークに引き摺られていたロザリアが、「ちょっとアンジェ、腕が痛いわ!」と叫んだ。
途端にアンジェが歩みを止め、ロザリアの腕をパッと離す。
「ご、ごめんね、ロザリア…私ったらつい、興奮しちゃって…」
「別にいいけど、あんたがあんな風に怒れるなんて、びっくりしたわ。いつもニコニコしてるだけかと思ったら、案外やるじゃないの。見直したわ…と言いたいところだけど、大声でお下品な事もおっしゃってましたから、プラマイゼロってところかしらね」
腕をさすりながら、ロザリアが笑いかける。
「…ま、それだけあんたは、あのオスカーって方が好きだって事よね?」

ロザリアの言葉に、アンジェはびっくりして顔を上げた。
「な、なんで私がオスカーを好きだってわかっちゃったの?」
「そんなの、あんたを見てればいやでもわかるわよ。言っときますけどね、わたくしは男の方とおつき合いした経験はありませんけど、あんたに恋愛経験で劣ってるとは思わないわ。本当に好きな男性に巡り会ってこなかったという点では、わたくしもあんたも同じですもの。恋愛経験値が同レベルの女性として、恋の相談くらい乗ってあげられますわよ?」

「ロザリア…」
アンジェリークは最初ほんの少し恥ずかしそうに顔を赤らめ、それからぱあっと満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、ロザリア!本当はね、ずっとロザリアに相談したかったの。でも、ロザリアはオスカーの事好きじゃ無さそうだったから…」
「もちろんわたくしは、今だってあのオスカーって方は気にくわないわよ。でもあんたが好きなんだって言うなら、しょうがないじゃないの。全く、あんな遊び人のどこがいいんだか」
「あっロザリア、オスカーは遊び人なんかじゃないわよ!」
「はいはい、恋は盲目って言いますものね。…でもアンジェ、好きだからってあんまり何でも無条件に男性を信じちゃいけませんわよ。弄ばれて捨てられて、傷付くのは女のほうなんですからね」

その言葉に、アンジェリークはしばらくロザリアの顔をじっと見つめた。
「な、何よ!いきなり見つめて、気持ち悪いじゃないの」
「…ロザリア、私の事を心配してくれてるのね。すっごく嬉しい!」
そう言うなり、アンジェリークはロザリアの首元に抱きついてきた。
人前だと言うのに抱きついてくるアンジェに、ロザリアは真っ赤になりながら眉を吊り上げて怒鳴る。

「わかった、わかったから!もうっ、人前でこういう事をするのはやめてくださる?」
「うふふロザリア、だーい好き!」

全く人の話を聞いていないアンジェに、ロザリアは困ったように空を見つめた。