Sweet company

6. My Home Town (1)

「間もなくグリーンウッド駅に到着します。この列車が最終になりますので、お乗り過ごしの無いようご注意ください」

車掌の声に、ウトウトしていたアンジェリークはハッとして顔を上げた。
慌てて窓の外を見やると、見覚えのある故郷の駅の構内に、ゆっくりと列車が滑り込んでいた。

…あれっ、私ったらいつの間に寝ちゃってたのかしら?
オスカーに電話する前までは、緊張と不安でバチバチに目が冴えてたはずなのに。
思っていたよりずっと優しかった彼の反応に、安心して気が弛んじゃったんだろうか。

寝起きでぼんやりしている暇も無く、列車は静かに停車し、ドアが開く。
アンジェリークは急いで座席から立ち上がると、網棚から手早く手荷物を降ろす。
ホームに降りて時計を仰ぎ見たら、もう深夜零時を大幅に過ぎていた。
改札の向こうでは、暇そうな駅員達が早くもシャッターを閉める準備を始めている。

人気のない改札口を足早に抜けて、駅前の小さなロータリー広場に出ると、奥に1台のタクシーが止まっていた。
出迎えに来ていたアンジェリークの母親・リリアンが、タクシーから降りて笑顔で手を振ってくれている。

「アンジェ、こっちよ!」
「ごめんねママ、こんな遅くに来ちゃって」
「いいわよそんな、気にしないで。それより長旅で疲れたでしょう?」

再開の抱擁を交わした後、待たせていたタクシーに乗り込む。
車窓から見える久しぶりの故郷は、以前と全く変わらずにアンジェリークを迎えてくれた。
商店街とは名ばかりの駅前通りを抜けると、途端に顔を覗かせる、平凡な住宅地。
点々と続く家々の間には、闇に紛れて真っ黒に見える田んぼや野菜畑が広がっている。
今はルッコラの収穫期なのか、独特の青くさい香りが夜風にのって鼻をつく。
懐かしい眺め、懐かしい空気。

シティでは深夜一時になっても人並みが途絶えず、通りは昼間よりも明るくライトアップされていた。
でもここでは空気までが眠りについたように静かで、時折聞こえる虫の声だけが、闇に息吹を与えている。
都会の喧噪とは正反対の、静寂が支配する夜。
遮るものがない夜空には、沢山の小さな星が瞬いている。
のんびりしていて平和な、生まれ故郷の街。
これがアンジェリークの生まれ育った街、グリーンウッド・タウン。

これまでのアンジェリークだったら、ここに帰ってきた瞬間に、ホッとしていた事だろう。
都会の流れには未だについていけないし、時々はホームシックにかかった事もあった。
それでも今は、そわそわとして気持ちが落ち着かない。
何といってもこの週末のたった2日間で、ジョッシュとなんとか連絡を取らなければという考えで、頭の中が一杯なのだから。

ジョッシュは確か、この週末はフットボールの試合があるから忙しいと言っていた。
でも私は、彼がいつどこで試合をするのかも、何一つ知らない。
そのうえジョッシュは、私から別れ話をされると知ってるから、避けられてしまう可能性もある。
こんなんで、本当に彼に会えるんだろうか?
ましてや別れを告げるなど、不可能に近いような気もする。

…それでも、チャレンジしてみるしかない。
ダメでもともと、とにかく行動を起こさなかったら、何も変わっていかないんだから。
今週がダメだったら、また来週にも来たっていい。
避けられようがなんだろうが、とにかく彼にはっきりと、別れを告げなくては。

こんなに気持ちが焦っているのは、もちろん早く堂々と、オスカーに「好きです」と気持ちを告げたいというのもある。
でもそれよりも、何よりも。
愛してもいない人といつまでも恋人関係でいる事は、結局誰の為にもならない、相手も自分も傷つけていくだけだという事を、この数日間で身を持って知ったのだから。

「今日は疲れたでしょうから、家に着いたらすぐ休みなさいね」
固い表情で窓の外に目をやるアンジェリークに、母のリリアンが気遣わしげに声をかけてくる。
「うん、でも…せっかく帰ってきたから、ゆっくりママと話もしたいし…」
「ダメよ、明日も朝早くからジョッシュを探しに行くんでしょう?ママとはいつだって話せるんだから、まずはその問題をきっちり片付けなくちゃ。別れ話はパワーがいるんだから、ちゃんと寝ておかないとね」
「そっか、そうだよね…。でもこの件がきちんと片付いたら、ママにもいろいろ話したい事があるの」
「あなたが全ての問題をクリアして、すっきりした顔で話してくれるのをママは待ってるわ」
母親の優しい笑顔が勇気を与えてくれるように感じて、アンジェリークは固かった表情をわずかに緩めた。



翌日の朝。
アンジェリークは母親と朝食をとりながら、どうやってジョッシュと連絡をとるか、自分なりの作戦を練っていた。

まずはやっぱり、正攻法でいくべきだろうか?
ジョッシュの自宅か携帯に電話して、彼に直接会う約束を取り付けるのが、一番シンプルでストレートなやり方と言える。
ただこのやり方だと、別れ話をしたくないジョッシュに避けられて、かえって会うのが難しくなる可能性もある。
それなら彼に知られないよう、外側から情報を集め、偶然を装ってジョッシュに会うほうが、確率としてはいいんじゃないだろうか?

でもこそこそ策を練るのは、いまいち自分の性にあわない。
まずは真正面からぶつかって、それでダメだったら他の方法を考える。
うん、やっぱりその方が、私らしいわよね。

アンジェリークは朝食を食べ終えるとすぐ、ジョッシュの家に電話してみた。
「もしもし、リモージュですが」
「あら、アンジェリークちゃん?お久しぶりね。お仕事で都会に行ってるって聞いてるけど、お元気でやってるの?うちの息子が寂しがって大変なのよぉ。たまには会ってやってちょうだいね」
受話器の向こうから、ジョッシュの母親の明るい声が響いた。
ジョッシュの家は地元でも有名な大金持ちではあるけれど、母親は一人息子の恋人にも、いつも気さくに接してくれる。

「はい、お陰さまで元気にやってます。私は今、こっちに帰ってるんで、ジョッシュがいれば会いたいなーと思ってお電話したんですが」
「あらぁそうだったの?それが残念なんだけど、今週末は大学フットボールのリーグ試合があるとかで、いないのよ」
「じゃあその試合会場に直接行ってみますんで、場所と時間を教えてもらえないでしょうか?」
「ごめんなさいね、実は私も詳しくは知らないのよ。ほら、私がフットボールに興味が無いものだから、あの子も最近はいちいち教えてくれなくなっちゃって」

「そうですか…。それじゃあ私、直接ジョッシュの携帯にかけてみます」
「それがねぇ。試合前はあの子、いつも携帯の電源を切ってるの。監督さんがそういうのに厳しいんですって。せっかくあなたが地元に帰ってるというのに、なんだかタイミングが悪くて申し訳ないわ」
「あ、そんな!私も他を当たってみますんで、気になさらないでください」
すまなさそうなジョッシュの母親に、アンジェは丁寧に礼を述べて電話を切った。

さて、これで正攻法は通じない事がわかった。
後は周りから情報を集め、ジョッシュのいる場所や、空いてる時間を突き止め、直接そこに行くしか方法は無い。
よーし、そうと決まったら行動あるのみ、だわ!
アンジェリークは勢い良く立ち上がると、「ママ、ちょっと出かけてくるね!」と言い残し、外へ飛び出していった。


まず最初に、ジョッシュの通っている『スペンサー大学』に向かってみた。
地元一番の有名校だが、アンジェリークが実際に構内に足を踏み入れたのは、これが初めてだ。
歴史を感じさせる煉瓦作りの校舎も、正門から続く芝生と石畳の中庭も、ハイスクールとは比べ物にならないくらい格を感じさせる。
もしこんな事情がなければ、アンジェリークにとって初めて見る大学の校舎は、とても興味深いものになっていただろう。
だが今のアンジェには、景色をゆっくりと楽しむような余裕はゼロだ。

土曜日という事もあり、広々としたキャンパスは学生達の姿もまばらで、閑散としている。
それでも寮生やクラブ活動中の学生達なのだろうか、のんびりと校内を歩いている人影も見受けられる。
アンジェリークは勇気を出して、そのうちの1人に声をかける事にした。

「あの、すいません!今週末にここのフットボール部の試合があるって聞いてるんですけど、どこに行けば見られるんでしょうか?」
「ああ、もしかして君もフットボール部の追っかけかい?うちのフットボール部は、うらやましいくらい女の子に人気があるからね」
声をかけられた男子学生は、笑いながらも親切に教えてくれた。
「試合は確か、明日だって聞いてるけど…場所は相手大学、ルートン校のスタジアムでやるって言ってたかな」
「ルートン大学…」

アンジェリークは考え込んだ。
ルートン大学なら、聞いた事がある。
確かここから、車で1時間程行った隣町にあるはずだ。

「それじゃあ今日は、フットボール部はこっちで練習とかしてるんでしょうか」
その問いに、男子学生は首を横に振った。
「いや、こっちでは見てないな。大切な試合前だから、絶対に練習してるはずだけど…ちょっとそこまでは、わからないや」
「そうですか…わかりました。どうもありがとうございました」

アンジェリークは礼を言ってそこから離れると、他にも目についた学生達に片っ端から声をかけてみた。
一度勇気を出してしまうと、次からは案外あっさり声をかけられるようになるものだ。
だが、これだけの人数に聞いているにも関わらず、フットボール部の練習場所については誰も詳しくは知らなかった。
それでも男子学生達は概して親切で、皆が丁寧にわかる範囲で教えてくれる。

「ごめんね、僕達じゃ力になれなくて。ああ、でもそうだ。あそこの女の子達に聞いてご覧よ。フットボール部に関しては、女の子達のほうがずっと詳しいから」
学生達が指差した方角に、少し派手な雰囲気の女学生が数人、固まって立ち話をしているのが見えた。

「すいません、ちょっとお聞きしたい事があるんですけど」
アンジェリークが話しかけると、女学生達が一斉にこちらを振り向く。
派手な厚化粧に、肌が露出するファッションで、皆立ったまま煙草を吸っている。
その雰囲気にアンジェリークは気後れたが、こんなところで怯んでる訳にはいかない。
彼女達と私は、たいして歳は違わないはずだもの。見た目に飲まれちゃ、いけないわ!

「あの、フットボール部が明日の試合に備えて練習してると思うんですけど、どこでやってるかご存じありませんか?」
アンジェリークが訪ねると、女学生達は意味ありげに含み笑いを浮かべ、値踏みするようにアンジェリークをじろじろと上から下まで見下ろした。
「ああ、もしかしてあなたもフットボール部の追っかけ?この時期って、他校からもグルーピーが沢山押し掛けてくるのよね」
「フットボール部はルートン大学の近くでミニ合宿をしてるって聞いてるけど、どっちにしろ行っても今日は会えないわよ。こういう追っかけの女の子達の肉弾攻撃を、避けるための合宿なんだから」

あけすけな物言いに、アンジェリークは思わず顔を赤らめた。
…私も、グルーピーの1人に間違われたんだわ。
しかも選手とセックスをするのが目的で追いかけてる、そんなイケイケ女に見られてるんだ。
会社といい、ここといい、なんでいつも地味な私が派手な女の人達にそう言われてしまうのか。
納得いかないし悔しかったけど、とにかく今までで一番有効な情報が得られたのだから、それでも感謝しなければ。
アンジェリークは無理矢理にっこりと笑顔を作ると、ことさら丁寧にお辞儀をし、「合宿してるんですね、いい情報をありがとうございます!」と明るく告げてその場を去った。

…さてと、これからどうしよう。

ジョッシュは、相手チームの大学近辺で合宿をしている、ってところまではわかった。
とりあえず、そのルートン大学まで行ってみようかな?
合宿所の場所とか、知ってる人もいるかもしれないし。
会えないだろうとは言われたけど、それでも待っているよりは少しは可能性があるかもしれない。
可能性がゼロでない限り、何でもチャレンジしてみよう。
自分から動かなくちゃ、何も始まらないんだから!
迷わずアンジェリークは、ルートン大学行きのバスに飛び乗った。


だが、ルートン大学に着いても、目新しい情報は得られなかった。
考えてみたら自分の大学のチームの事なら知ってはいても、相手チームの合宿まで知ってるような人間は、そうはいないのが普通なんだろう。
それでもアンジェリークは粘り強く聞き込みを続けたが、たいした情報は引き出せなかった。

気がついたら、辺りはいつの間にか薄暗い。
大学の近辺にも、人気はほとんどなくなっている。
「…もう、帰るしかなさそうね」
アンジェリークはふうっと溜息をこぼし、とぼとぼとバス停に引き返した。
朝から長時間歩き続けたせいか、足が棒のように疲れて、痛い。

アンジェリークの心に、焦燥感が滲む。
一日中歩き回ったと言うのに、結局ジョッシュに会えそうな情報は何も得られなかった。
明日の夜にはもうここを離れなくてはいけないのに、こんな調子でジョッシュと別れ話なんて、できるのだろうか?

…ううん、弱気になっちゃいけないわ。
まだたったの一日じゃない。
とにかく明日、もう一度ここに来よう。
ここで朝10時から試合がある事はわかったし、大学フットボールの試合ならお昼過ぎには終わってる事だろう。
スタジアムの外で彼を待ちぶせして、何としてでもその時に、声をかけてみよう。

家に帰った頃には、心身共に疲れきっていた。
母親のリリアンはアンジェリークの疲れた様子から、ジョッシュに会えなかったのを感じ取ったのだろう、 何も聞いてこようとはしなかった。
普段ならママにいろいろ相談したいところなのだが、疲れきった今は、放っておいてくれる心遣いが逆にありがたい。
考えてみたら、ここ数日はいろいろあって寝不足気味だったし、長旅の疲れも残っている。
アンジェリークは心の中で母親に申し訳ないと思いつつ、その日も早くにベッドに入った。



翌日は、気持ちの良い晴天となった。
まだ朝も早いというのに、既に強い日ざしが目に眩しい。
何も心に抱えるものがなければ、これ以上ない絶好のフットボール観戦日和になったに違いない。
でもアンジェリークの心は、天候とは裏腹にどんよりと曇っていた。

今日ジョッシュに会えなかったらと思うと、気が重くなる。
そしたらまた来週ここにくればいいのだと自分を納得させてみるが、じゃあ来週も会えなかったら?
その次の週も、そのまた次の週も、ずっとずーーっと会えなかったら、一体どうなってしまうんだろう?

急に底のない不安が胃の奥深くから喉元にせり上がってきたが、アンジェリークは目を瞑ってそれを無理矢理飲み下した。
今、そんな事を考えてもしょうがない。
とにかく今日、やれる所まで頑張ってみるだけだ。
幸い早く寝たせいか、身体の疲れはかなり取れている。
いろいろ動くのに支障はないし、多少強引にでも彼に会えるように、頑張らなくちゃ。
アンジェリークは元気に「いってきます!」と母親に告げると、ルートン大学行きのバスに乗った。


アマチュアフットボールの試合とはいえ、ジョッシュの大学は地元では大変な人気がある。
それだけに、観客席はほとんど満員に近く埋まっていた。
アンジェリークはしばらく所在なさげに空席を探したが、前のほうの良い席は全て埋まってしまっている。
後ろのほうの席で観戦しても、これじゃあジョッシュに気付いてもらえる確率はゼロに等しい。
アンジェは座るのを諦めると、一旦スタジアムの外に出た。

スタジアムの外には、いわゆる『追っかけ』や『入り待ち』の女の子達が、大挙してたむろっていた。
スペンサー大学のユニフォームに、お気に入りの選手の名前を縫い付けた若い女性達が、きゃあきゃあと楽しそうに選手が来るのを待っている。
その中にジョッシュの名前を縫い付けた一団を見つけ、アンジェリークはこっそりとその集団の後ろについた。
この人達だったら、ジョッシュがいつどこから入ってくるのか、いつ出てくるのかとかを、全部知ってるに違いない。
そうアタリをつけたのだが、その目論見は当たっていたようだ。
程なくしてスペンサー大学の名前が入ったバスが、こちらに向かってくるのが見えた。

しかし、そのバスを見てアンジェリークはガン、と頭を打たれたようなショックを受けた。
バスの窓は、全て厚手のカーテンが引かれ------中の様子は、一切伺えないようにされていたのだから。
バスがスタジアムに入ってしまうと、追っかけの女の子達がぶぅぶぅと文句をつけていた。
「もうっ!これじゃあ手紙1つ渡せやしないわ。写真だって撮れやしない」
「この分じゃあ、試合後もおんなじね」
「どうする?もう今日の出待ちは諦めて、別の日の練習中を狙おっか」
少女達はあっさりと待ち伏せを諦めたようで、とっととスタジアム内に消えてしまった。

誰もいなくなったスタジアムの外に、アンジェリークは独りぽつんと取り残された。
呆然としながら、俯いて足元の地面をじぃっと見つめる。
試合後も会えないとなったら、後はどうすればいいのか。もう打つ手が何も、思い浮かばない。
もうだめだ、これじゃあ今日は絶対会えっこない-----

諦めが襲い、絶望的な気分が背中に重くのしかかる。
だがその時、俯いたアンジェリークの視界に、派手なピンクのサンダルが映った。
「あなた、もしかして…アンジェリーク?」
名前を呼ばれて、アンジェリークはびっくりして顔を上げる。
そこには見知らぬ、若い女性が立っていた。

「ああやっぱりそうだ、あなた、アンジェリークでしょ?」
その女性はそう言って笑いかけてきたが、アンジェリークは正直言って、彼女に全く見覚えがなかった。
少し厚化粧だが、かなりの美人だし、スタイルもいい。
露出度の高いキャミソールにホットパンツという出で立ちで、そのせいで少し蓮っ葉な印象を与えるが-----こちらに向けている笑顔の爽やかさのお陰で、下品になるギリギリのラインで踏み止まっていて、逆にそのアンバランスさが魅力的にも映っている。
こんな派手な美人が地元に知り合いでいたなら、絶対に忘れるはずなどないのに。

きょとんと目を見開いたまま、戸惑いの表情を浮かべているアンジェリークを見て、その女性は苦笑した。
「ああ、あなたは私がわからないのよね」
女性はさっと右手を差し出した。
「初めまして、アンジェリーク。私はモリー・ジャクソン。ジョッシュの大学の同級生で、フットボールチームのチアリーダーを務めてるの。今日はたまたま、体調不良でお休みなんだけどね。 あなたの話はいつもジョッシュからたーーっぷり聞かされてたから、すぐにわかったわ」

「は、初めまして…」
アンジェリークもおずおずと右手を差し出すと、彼女の差し出した手をそろりと握り返した。
モリーと名乗った女性は明るく笑うと「試合はそろそろ始まるわよ、中に入らないの?」と聞いてきた。

「あ、あの…実は私、ジョッシュに話したい事があって…ここで出待ちしようかと思ってたんです」
「出待ちィ?だってあなた、ジョッシュの恋人じゃないの。追っかけじゃあるまいし、こんなとこで待ってないで、電話して約束すればいいじゃない」
不思議そうにモリーは聞いてきたが、アンジェリークは固い表情のままで首を横に振った。

「いえ、ちょっと事情があって…彼は私に会いたがらないと思うし…」
「そんなぁ、ジョッシュはあなたに首ったけなのよ?私はいつも、ノロケやら自慢話を聞かされてるんだから…」
そこでモリーは突然言葉をきり、神妙な顔つきになった。
「----まさかあなた…ジョッシュに別れ話をしに来たの?」

アンジェリークは驚いて、思わず聞き返してしまった。
「えっ?どうしてそれをあなたが知って……」
そこまで言ってしまってから、慌てて口をつぐむ。

2人の間に、沈黙が流れた。
アンジェリークは混乱し、どうしていいのかわからなかった。
ジョッシュはプライドが高い人だから、私に別れ話をされるかもしれないなんて、友達にぺらぺらしゃべるとは思えない。
でもこの人はなぜ、そんな事を知ってるの-----?

モリーのほうもしばらく無言で、何かを考えているようだった。
ファンデーションをしっかり塗っているはずの肌が、急に青ざめたようにも見える。
やがてモリーは、何かを決心したように口を開いた。

「ねぇあなた、ジョッシュに会いたいんでしょ?良かったらこの試合の後、彼に会わせてあげてもいいわよ」