Sweet company

8. Lovely Days (1)

オスカーのマンションから一歩外に出た途端、早朝の眩しい日ざしが照りつけてきた。
咄嗟にアンジェリークは片手を目の上にかざし、顔を背ける。
でも指の隙間から洩れ出す強い光に、目眩を覚えてよろめいた。

「おっと」
オスカーがすぐ横で、ふらつくアンジェの身体をしっかりと支えてくれる。
「あ、ありがとう…」
「大丈夫か?寝不足させたし、疲れさせちまったかな」
「ううん、ちょっと眩しかっただけ。この通り、元気一杯だから!!」
回した腕に力を込めてくれるオスカーを見上げ、アンジェリークは明るく笑ってから両腕を曲げると、ふんっ!と力こぶを作ってみせた。

心配してくれる彼の気遣いが、すごく嬉しい。
確かに寝不足だし、体は筋肉痛で、疲れてないと言ったら嘘になる。
でもオスカーが自分を気にかけてくれてるという事実だけで、心がエネルギー満タン。
気持ちが晴れやかになると、身体の疲れも吹っ飛んでいくみたい。

アンジェの子供のような仕種に、オスカーもふっと笑みを洩らした。
「ならいいが、今朝は俺でも太陽が黄色く見えるくらいなんだ。無理はするなよ」
「太陽が黄色い?それってオスカー、貧血気味なんじゃないの。ちゃんと食事とか、食べてる?」
アンジェリークの大きな瞳が、心配でさっと翳る。
なのに当のオスカーと来たら、いきなりプッと吹き出しているではないか。

「なんで笑うの!こっちは心配してるのに…」
真剣な表情で抗議するアンジェに、オスカーは笑いを納めないまま説明する。
「いや、『太陽が黄色い』っていうのは、本当にそう見えてるって訳じゃない。ま、いわゆる『やり過ぎてふらふらの朝』を、男はよくそう表現するもんなんだ」

「やり過ぎでふらふら…」
繰り返すように呟いてから、突然アンジェリークの顔がボン、と赤くなった。
それから突然思いついたとでもいうようにハッと顔を上げ、素頓狂な声をあげる。
「あ!だからオスカー、さっきシャワールームでHしなかったの?」

言ってからしまった!と慌てて口を押さえたけど、もう手遅れだった。
マンションの車庫からオスカーの車を出す為にやって来た係員が、驚きに目を剥いてこちらを見つめている。
オスカーは笑いを押し殺すように拳を口元に当て、コホンと小さく咳払いしてから係員に車のキーを手渡した。
係員は頬を少し赤らめてから丁寧にお辞儀をし、それからなるべく2人に視線を合わさないよう、不自然なくらいにそそくさとその場を立ち去っていく。
その姿が見えなくなると、オスカーは堪えきれずにくっくっ、と笑いだした。

「ご、ごめんなさい…」
アンジェリークは自分がシューっと音をたてて小さくなっていくような心地がした。
顔が真っ赤に染まってるであろう事が、ハッキリとわかる。
そしてそれを見つめるオスカーの瞳は、まるで悪戯を企む子供のように愉快そうに輝いていた。

「なんだ、お嬢ちゃんはやっぱり、シャワールームでやらなかったのを根に持ってたんだな」
「そ、そうじゃなくてっ!あの、そのっ、オスカーがシャワールームでしなかったのは、つまり…オスカーもやっぱり疲れてたのかな、って心配したからであって…決してその、しなかった事を責めてる訳じゃなく……」
「ショックだな、俺があの程度で疲れて貧血を起こすような、軟弱な男に見えてたなんて」
オスカーがわざとらしくがっかりした表情を浮かべたので、アンジェリークは慌てて首を横に振った。

「ううん、決して軟弱だなんて思ってないっ!むしろその、一晩で4回…だっけ?こんなにする人、私は初めて見たし。オスカーっていわゆる『セーリョクゼツリン』なんだ、すごいタフだなぁって思ったくらいなの、本当よ!」
アンジェリークは勢い余って、結構とんでもない事を口走っていた。
が、本人はまだ、それに気付いていない。

「そのうえシャワールームでも、そのぅ…あそこが、また元気一杯になってたでしょ?なのにその…し、しなかったのには、きっと私には伺いしれない男の深ーい事情でもあるのかと…」
そこでオスカーをちらりと見ると、彼は横一文字に引き結んだ唇を微かに震わせていた。
あれ?もしや私、かなり恥ずかしい事を言ってない?
笑いを堪えているオスカーを見ていたら、いきなり羞恥心が襲ってきて頭の中がパニックになった。

「その『男の深い事情』ってのは、何なんだ?」
「え?だ、だから、やり過ぎでふらふらになる程疲れてたのかと…」
「俺は疲れてないぞ。言っとくが、あの時はやろうと思えばまだまだやれたんだ」
「…じゃあ、一晩で私の身体に飽きちゃった、とか…?」

オスカーはびっくりしたように目を見開いた。
次いで信じ難いというように目をぐるりと回してから、こちらをじろりと睨みつける。
「おいおい、どこをどうすれば俺がお嬢ちゃんに飽きたなんて話になるんだ?」
「だって…違うの?」
恐る恐る、といった調子で切り出すと、彼は呆れたように額に手を当てて天を仰いだ。

「あんなに俺を夢中にさせておきながら、そんな事を言い出すとはな。その可愛い口からそんな残酷な言葉を聞かされるなんて、思っても見なかったぜ。結局お嬢ちゃんは俺を、心から信用していないんだな」
オスカーははぁーーっと盛大な溜息をついた。
「おい、まさか俺が誰とでも、一晩に4回も5回もセックスすると思ってるんじゃないんだろうな」
「えっ?違うの???オスカーっていつでもどこでもそうなのかと思ってた!」
その率直すぎる言葉に、オスカーは思わずがくりと脱力しそうになる。

「一晩で4回もやったのは、記憶にある限りお嬢ちゃんが初めてなんだがな」
アンジェリークは、びっくりして弾かれたように顔を上げた。
彼は苦笑しながらこちらを見つめていたので、視線がぱちんとぶつかった。

「お嬢ちゃんは、特別なんだぞ」
「う、うそ……」
「俺がどうしてシャワールームでやらなかったのか、その理由が本当にわからないのか?」

アンジェリークは困り果てて黙り込んだ。
えーっとそれじゃあ、オスカーは疲れてもいないし私に飽きてもいないって事なのよね?
それじゃあなんで、彼は…しなかったんだろう。
理由なんて全然思いつかないけど、なんだかオスカーはその事にショックを受けてるみたいだ。
しかもどうやらその理由がわからないと『私がオスカーを信用してない』事になっちゃうらしい。
そ、そんなの嫌なんですけど!

とにかくも一度、落ち着いて記憶を整理しよう。
何か、見落としてる部分があるのかもしれないし。
アンジェリークは下を向き、必死で今朝のシャワールームの出来事を記憶の底から攫い始めた。



私がオスカーのいるシャワーブースに飛び込んだ時------
彼は笑いながら振り向いて「やっぱり来たな、待ってたぜ」と手を差し出してくれた。
うん、あの時彼は、私が来たのを歓迎してくれてたと思う。

それからいきなり頭からシャワーの水をお見舞いされて、一瞬のうちに私はずぶ濡れ。
彼はそれを見て大笑いしてた。
そこから先は、ふざけあって大騒ぎ。
身体を洗いっこしたり、じゃれあってキスしたり。
そうこうしてるうちにいつの間にか、一触即発な危ういムードになっていた。

だって彼のあの大きな手が、石鹸の泡だらけになって私の身体を優しく洗ってくれたのよ?
それも執拗なくらい丹念に、隅々まで。
これじゃその気にならないほうが、どうかしてる。
私は洗われてるだけで身悶えし、喘ぐような声をあげてしまってた。

そして私を洗ってくれている間じゅう、彼の下半身も欲望に固く張り詰めていたのも、私は知っている。
そう、絶対彼もあの時はその気になっていたはず。
だからと私もお返しに、手のひらと指を使ってオスカーの全身を丁寧に洗ってあげた。
彼はしばらく、私に好きなように洗わせてくれて、それをじっと眺めていた。

私の指がオスカーの固いものに辿り着き、泡を絡めるように洗ってあげていたら、彼がごくんと息を飲んだのがわかった。
指の中で彼自身が強く脈打ち、熱を帯びていく。
それを見ている私も胸が疼き、乳首が固く尖った。

痛い程の疼きに操られるように、私は胸をオスカーのものに押し付けた。
柔らかい乳房が固いペニスに押しつぶされるように形を変えた瞬間、彼は突然唸るような声を上げて私を強く抱き寄せた。
石鹸まみれの互いの身体を押し付け、擦りあわせるように上下に動かされた。
直接触れあうのではなく、間に薄い空気の膜を挟んでるようなもどかしさと、泡が弾けるくすぐったさ。
ベッドの上での汗にまみれた生々しい肌の触れ合いとはまた違う、うっとりするような滑らかな感触に、すぐに私は夢中になった。

硬直した彼自身が私の胸の間で何度も上下し、それから彼は私を抱え上げ、敏感な花芽に膨らんだ先端をなすりつけてきた。
滑らかな泡を擦りつけるように、二度三度と上下に動かされる。
たったそれだけで、あっけなく私は頂点に達した。

くたくたになってしまった私を抱き締め、オスカーは「泡を流してやらなくちゃな」と言って低く笑った。
ぬるめのシャワーで丁寧に身体を流され、私はその気持ち良さにほぅっと息をついた。
絶頂で緊張しきった筋肉が、ゆったりと弛緩していくのがわかる。
飛沫が肌の上で跳ね上がり、湯気がシャワールーム内の空気をしっとりした密度の濃いものに変えていく。

「次は背中だ」
言われるままに後ろ向くと、オスカーが背中を湯で洗い流してくれる。
「壁に手をついて」
彼の言葉に、何の疑問もなく従順に従う。
すりガラスの壁に両手をつくと、いきなりオスカーの手がヒップの割れ目に滑り込んできた。

「きゃん!」
びっくりして背中を反らすと、彼は平然と「ここもきれいにしないと」と言いながら、脚の付け根には指を這わせてくる。
「流しづらいな…もっと、尻を突き出すんだ」
「こ、こう……?」
「もっと脚を開いて…そうだ」

今思い出すだけでも、とんでもない痴態を晒していたと思う。
羞恥心までさっぱりと洗い流されてしまったように、あの時の私はオスカーの言いなりになっていた。
でも狭い空間を満たす白っぽい湯気のお陰で、互いの姿が霞んで見えた事も、いつもより自分を大胆にさせた要因だったに違いない。

オスカーがシャワーの湯を脚の間に当てながら、長い中指でゆっくりと襞の部分を後ろから開いてくる。
「あ…っ、オ…スカー……」
「ここのぬるぬるが、なかなか落ちないな」
「やぁ……っ、…ん……」
オスカーはぬるついた粘膜の入口を何度も擦り上げ、指に蜜を絡めていく。
「流しても流しても、とろとろだ。これじゃキリがない」
「……は…ぁっ、お…願い…も……もっと、奥まで……」

耐えきれずに腰を後ろに大きく突き出すと、オスカーの指が突然するりと奥まで滑り込んできた。
「ここまで洗って欲しいのか?」
「あぁ……っ!」
緩慢な指の動きは次第に早さを増し、それに合わせるように私の腰も前後に大きく振り動く。

「あっあっ、オス…カー、オスカー……」
「すごいな…。こうして水しぶきの中で乱れてるお嬢ちゃんは、本当に綺麗だ…」
オスカーは後ろからのしかかるようにして上半身を密着させると、私の耳に直接言葉を吹き込んだ。
「キスしてくれ、お嬢ちゃん…」

息も絶え絶えになりながら、必死で首を後ろに巡らせた。
オスカーの唇が、一気に私の呼吸を奪う。
「んんっ、……ふ……」
彼の舌が歯列を割って奥まで侵入し、深い場所で絡み付く。
その瞬間、私の下半身にきゅっと力が入った。
脚の間では中指だけでなく、いつの間にか人さし指までもが侵入している。
2本の指でしなやかにかき回され、こねくり回された。
息が出来ない程苦しくなり、身を捩って唇を離す。
口づけから解放されると、大きく息を吸い込むより早く、声が漏れた。

「好…き、…オス…カー……」

その言葉に反応したかのように、オスカーの指の動きが早まった。
「あぁん、も…ぅ、いっちゃ、いっちゃ……う…!」
語尾が跳ね上がり、同時に身体がびくんびくんとはね上がった。
背中が大きく反り返り、ガラスの壁に必死で爪をたてて縋り付く。

そのまま膝が笑い出し、へなへなと床に崩れ落ちそうになった。
オスカーはそんな私を背後からぎゅっと抱きしめてから、「これ以上やってると、遅刻しそうだ」と掠れた声で笑い、軽々と私を抱き上げてバスルームから出た。

でもその後しばらくたっても、彼の下半身はいきり立ったまま。
落ち着くまでにひどく時間がかかったのも知っている。

こうやって思い出しても、なんでオスカーがあの時セックスまで至らなかったのか、やっぱり全然わからない。
疲れてたんでもないし、私の身体に飽きたのでもないって言うし。
遅刻しそうだったから?ううん、そこまで時間がなかった訳でもない。
大体オスカーが、セックスで遅刻するようなヘマをやらかすとはとても思えないもの。



アンジェリークは、ひたすら考えに没頭していた。
横でオスカーが、ずっとその横顔を可笑しそうに見つめているのにも気付かずに。
やがて駐車場から係員が車を出してくれたので、ぼーっと考え事をしたまま車に乗り込む。

座席に座った瞬間、太股の間の敏感な入口にぴりっとした痛みが走った。
日焼けした直後のような、皮膚が擦りむける直前のような。
表面がひりひりと熱い、あの感覚。
痛くて耐えられない程じゃないけれど。
でもこれ以上刺激されたら、確実に痛くなりそう。
これってもしや…Hのし過ぎ…?

そこでアンジェリークは、ある事に思い当たってさぁーっと顔を青ざめた。
もしや、オスカーがセックスしなかった理由って、これじゃないの?!
サングラスをかけてハンドルを握ろうとしていたオスカーの手を、思わずがしっと掴んだ。

「ねぇオスカー、もしかして…あそこの皮がムケて痛いの?」

「はぁ?」
突拍子もない発言に、オスカーが固まった。
「何度もしたから、擦りむけちゃったのかなぁ。あ、それとも私が歯で傷をつけちゃったとか?」
アンジェリークは驚きに目が点状態のオスカーに気付かず、眉を寄せて本気で悩んでいる。
「それでシャワーの時、しなかったんでしょう?男の人のあそこの痛みって、死ぬ程辛いって聞いた事があるもの。ごめんなさい、私ったらそんな事にも気がつかなくて、あそこを石鹸でごしごし洗っちゃったりして…」

申し訳なさそうにじっとこちらを見つめるアンジェリーク。
そんな彼女を見て、突然オスカーはハンドルを両腕で抱え込み、がばっと前のめりにうずくまった。

「きゃっ!オスカー、どうしたの?」
アンジェリークは彼の顔を覗き込み、必死で問いかけた。
サングラスをかけているのでその表情ははっきりとは伺えない。
でも、苦しげに眉を寄せているのはわかる。
片方の手で口元を隠すように押さえ、もう片方の腕は腹部を抑え込んでいる。
「大丈夫っ?気分が悪いの、お腹が痛いの?それとももしや、そんなにあそこが痛かったのっ???」

オスカーはサングラスを外すと、俯いたまま鼻梁の付け根を指で揉みほぐした。
口元が緩み、身体が小刻みに痙攣したように震えている。
痛みを堪えてるにしては、様子が変だ。っていうかこれってもしや…笑いを堪えてる?

「はぁーっははははっ!!」
いきなりオスカーが顔を起こし、上半身を仰け反らせて豪快に笑い出した。
唖然とするアンジェリークの前で、オスカーは目尻に涙まで滲ませ、腹を抱えてぜぇぜぇと苦しげに息を喘がせている。
「勘弁してくれよ、お嬢ちゃん。俺を笑い死にさせる気か?」

アンジェリークは少しムッとして、オスカーを睨み付けた。
「そんなに可笑しい事、私言った?具合が悪いのかと心配したのに、どうして笑われなくちゃいけないの?」
本気で怒っている様子のアンジェに、オスカーも慌てて笑いを引っ込める。
だが油断すると口元が弛んできそうで、頬の内側を噛んで必死でそれを堪えた。
「いや、身体を気遣ってくれたのを笑った訳じゃないんだ」
「じゃあ何?」

ぷんすかと口を尖らせる、子供のようなアンジェリーク。
それを見て、怒った顔もなかなか可愛いな、と思う。
こんな彼女を拝めるのなら、たまには怒らせるのも面白いかもと不謹慎な事を考えて、また笑いが口元に忍び寄った。

「言っとくが、俺のはやり過ぎなくても元から皮が剥けてる」
自分で言いながら、可笑しくてまた吹き出しそうになった。
なんでこんな事を、わざわざ恋人に言わなきゃならないんだ?
まるでセックスの後に「俺は包茎じゃないから」と言い訳しているような情けない気分だ。
ようやく手に入れた恋人と初めて迎えた朝だというのに、ロマンティックなムードとは程遠い。
「やり過ぎで剥けるようなもんじゃないし、もちろんお嬢ちゃんに傷つけられたんでもないから、心配には及ばない。わかったか?」

アンジェリークはしばらく意味が飲み込めず、瞳を大きく見開いたままオスカーの言葉を口の中でもごもごと反芻していた。
「元から…皮がムケてる…?」

そこでいきなり、全ての意味が飲み込めた。
どっかーん!と大きな音が耳の中で鳴り響き、頭頂部が噴火を起こしたように熱くなる。
いやあぁぁぁ!私ったら、なななんて事を言っちゃってたのーっ???
恥ずかしくて死にそう。穴があったら飛び込みたい。崖があったら飛び下りたい!
とにかく何でもいいから、ここから一目散に逃げ出したかった。

「まさかこの愛らしい唇から『皮がムケて痛い』なんて強烈な台詞を聞かされるとは思わなかったよ」
「だだだって…それくらいしか、オスカーがしなかった理由って思いつかなくて…」
今度はオスカーも、溢れる笑いを隠す事はなかった。
「もし痛かったとしても、そんな理由じゃセックスを止める事はなかっただろうな。何しろあの時の俺は、お嬢ちゃんとやりたくて堪らなかったんだから」
「じ、じゃあ、どうして…」
オスカーがアンジェリークを見つめて、にやりと笑った。

「あれ以上やったら、お嬢ちゃんのほうが中の皮がムケそうだったからさ」
「!」
「ま、それは冗談だ。でもさすがに身体がきついんじゃないかと心配になった。強行日程の旅行から帰ったばかりだし、今日も仕事だしな」

その説明で、全てがすとんと腑に落ちた。
そうか、オスカーがシャワールームでしなかったのは、私の身体を気遣ってくれての事だったんだ。

確かに今の時点でも、痛い、って程じゃないけれど、子宮の入口がヒリつくような違和感がある。
オスカーは身体の大きな人だから、どんなに私が濡れていたとしても、受け入れる最初の瞬間はかなりの衝撃がある。
もう1回セックスしていたら、痛くなっていたとしてもおかしくはないだろう。
オスカーが女性の身体に優しい人だって知ってたつもりだったのに、私ったらそんな事も思いつかなかったなんて。
そのうえ勝手にオスカーのあそこの怪我まで心配しちゃって。
赤っ恥をかいただけだ、私のバカバカバカ~!

真っ赤になったまま顔を上げられないアンジェリークの頭上から、優しい声が響いた。
「ま、お嬢ちゃんがあんな事を言い出したのも、自分よりも俺の身体を気遣っての事だからな。ちょっと笑っちまったが、嬉しかったよ」

オスカーの手がすっ、とこちらに伸びてきた。
その指が、アンジェリークの顎を軽く指で撫でてからそっと顔を上向かせてくる。
こちらを見つめている彼の瞳は、穏やかな湖のように優しく澄んでいた。

「で、お嬢ちゃんはどこも痛くはないんだな?」
「う、うん」
「ならいい」

オスカーは笑ってサングラスをかけ直した。
あ、優しい瞳が隠れちゃう、と寂しく思ったら、次の瞬間にはサングラスがすぐ目の前まで迫っていた。
黒っぽい鏡のようなグラスの表面に、びっくり顔の自分が映っている。

あ。

ちゅっ、と軽い音がして、優しく唇を奪われた。
彼が唇を離すと、今度はグラスの表面にゆでダコのように真っ赤な顔の自分が映っていた。

オスカーは満足そうに口の端を少し上げてから、前を向いてアクセルを踏み込んだ。
気持ちのいい朝日に包まれた大都会の街に、軽快なエンジン音と共に銀色の車体が吸い込まれていく。

「まずはお嬢ちゃんの家に寄って、着替えてから食事だな」
オスカーが片手を伸ばしてラジオのスイッチを入れると、スピーカーからDJの早口で軽妙な喋りが聞こえてくる。
次いで大ヒットした有名なポップスナンバーが流れ出し、オスカーは曲に合わせてハンドルをとんとん、と指で軽く叩く。
その横顔は今にも鼻歌でも歌いだしそうなほど、上機嫌で。
彼が2人で過ごすこの瞬間を、楽しんでくれているのが伝わってきた。

…ならば私も、恥はかき捨て、過ぎた事でくよくよ思い悩むのはやめよう。
これから始まる新しい恋の日々を、いかに2人で楽しむか。
そのほうが、今の私にとってもずっと重要な事だもの。

アンジェリークは車の窓から、外を眺めた。
今日は、気持ちのいい1日になりそうだ。
お天気はいいけど空気はからりとしているし、程よい風が街路樹を揺らしている。
こんな日をまさに『Lovely Day』って呼ぶんだろう。

朝独特の透明感のある陽光が、高層ビルの窓ガラスに反射して、キラキラと輝いている。
いつも重々しく感じてた濃灰色のアスファルトも、照りつける光のお陰で白っぽく見え、明るく感じる。
明るい日射しと、それが作り出す濃い日陰のコントラストが、まるでモダンなアートポスターのようだ。
この時初めて、この大都会の眺めもいいものだなと思った。
今まではこのモノトーンの景色が、どこか馴染めそうにない冷たいものとしか映らなかったのに。

こんなふうに思えるのは、きっとオスカーのお陰。
彼が隣にいるだけで、どんな風景もいきいきと色付いて見える。
目に映る全てのものが明るく感じて、それまで気付かなかったところまで視界がクリアに開けていく。
これってきっと、自分の見る目が優しくなっているからなんだろう。
彼の恋人になってたった一夜を過ごしただけなのに、こんなに自分が変わってしまうなんて、何だか不思議。

恋のパワーって、本当にすごい。
上手くいってる時は、文字どおり人生は薔薇色そのもの。
彼の隣にこうしていられるだけで幸せだし、呼吸をするだけで優しい気持ちが身体中から溢れていくような気さえする。
こんな日が、ずうっと続けばいいのに。

その為にも、オスカーと一緒にいられる時間を、大切にしよう。
今日という日を素敵な1日にする為に、精一杯努力しよう。
オスカーの恋人としての新しい生活が、ここから始まるんだ------

胸一杯に空気を吸い込むと、幸せな気持ちになった。
ガラス窓に映る自分の顔が、昨日よりほんの少し大人びて見える。

そんな、気がした。