Sweet company

8. Lovely Days (4)

アンジェリークは、朝から妙に落ち着かない。
フワフワと浮き足立っていて、さっきから意味もなく鏡を見てはニカっと笑ってみたり。
そうかと思えば、そわそわと部屋の中を歩き回ったりの繰り返しだ。

だって、今日は土曜日。
待ちに待ったオスカーとのロマンティックなデートをする日が、ついにやってきたんだもの!

RRRRRRR♪
軽快な電話の呼び出し音が聞こえてきて、アンジェリークはダッシュで受話器を持ち上げる。
「もしもしっ?」
「ああ、アンジェリーク?今、あなたのアパート前に車をつけたところですわ」
「オッケーロザリア、すぐに行くから!」

アンジェは電話を切ると、軽快な足取りで階下に向かった。
これからロザリアとショッピングに行き、オスカーとのデートに着れそうな服を選んでもらい、お化粧とかも教わる予定になっている。
夕方からのデートももちろん楽しみだけど、女友達と過ごす時間もまた違った意味でワクワクする。

初めて乗るロザリアの車。どんなのかなぁ?
ロイヤルブルーのオープンカーを、スカーフをなびかせて颯爽と運転してるとか?
つばの広い帽子にキャッツアイ型のサングラス、クラシカルなワンピースに白い手袋姿で、ポルシェ・カブリオレやBMWなどの高級車をエレガントに操るロザリアの姿が浮かび上がる。
あっでも、お嬢様の彼女の事だ。もしかすると運転手付きの渋~い黒のベントレーとかかもしれない。
羽ぼうきを持った白髪の運転手が恭しくドアを開けると、後部座席から女優のように優雅なロザリアが降りてくる。うーん、そっちも素敵!

そんな楽しい空想に浸りながら、アンジェリークはエントランスを飛び出す。
目の前の道路に停まっていたのは、紫がかったパールピンクのシヴォレー。
…あれ?想像してたのより、ちょっと派手かなぁ?
っていうかこの車、どっかで見た事あるんですけど…

「ハァ~イ、アンジェちゃんお久しぶりー☆」
運転席の窓が開き、中から派手なメッシュを入れた金髪がひょいっと頭を覗かせる。
ひらひらと手を振るその人物を見て、アンジェリークは仰天した。
「オ、オリヴィエさん…?」

どうりで見た事がある車だったハズだ。だって一度乗った事があるんだもの。
良く見ると、ロザリアは助手席に座っている。
でもオリヴィエさんと来るなんて、ロザリアは一言も言ってなかったのに。
ていうか2人とも、いつの間に休日まで一緒に過ごす程仲良くなってたんだろう?

「こ、こんにちは…」
「んふふー♪急にくっついてきちゃったんで、驚いただろ?今日は私も、是非アンジェちゃんの変身計画に参加させてもらいたくってね、ロザリアに無理をいって頼み込んだんだ。迷惑じゃなかったかな?」
「あ、そんな!迷惑なんて事、全然ないです!」
ぶんぶんと手を振って否定するアンジェに、ロザリアが恥ずかしそうに言い訳の言葉を口にする。
「急だったからあなたに教える時間がなかったけど、オリヴィエならわたくしよりセンスがいいし、何より頼りになるかしらと思ったのよ」
「うん、もちろんオリヴィエさんみたいな信頼できる人が一緒に来てくれるのは心強いわ!」
アンジェリークはにっこりと笑いながら、車の窓越しにオリヴィエにペコリとお辞儀する。
「オリヴィエさん、今日はよろしくお願いします。いろいろアドバイスしてください!」
「あらー、嬉しい事を言ってくれるね、この子は。じゃあ早速、出発しようか」
アンジェリークが車に乗り込むと、シヴォレーは派手なエンジン音を響かせて、シティの中心部へと出発した。

「まずはエステティックサロンからいきましょうか。わたくしの行きつけのサロンに予約してありますの」
「…エ、エステ?でも私、エステなんて行った事がないんだけど…」
アンジェリークは不安そうな表情になる。
それもそのはず、今日は一応良く考えて予算をたててきたけれど、エステなんて頭のスミにも考えに入れてなかったからだ。
一体いくらくらいかかるのか、費用も想像できないし、ましてやどんな事をやるのかも良くわからない。

「外側を飾るのももちろん大切なんだけどね。まずはやっぱり身体や肌を磨かないと、どんな素晴らしいファッションやメイクも映えないと思うんだよ。エステは心身共にリラックスさせてくれる作用もあるから、特別な日のスタートを飾るのにも相応しいんじゃないかな」
「費用の事も、ご心配なさらないで。ちゃんとわたくし達でその辺りの事も考えてますから」
「…うん、わかった。2人を信じてお任せする!」
迷いを吹っ切ったようなアンジェの表情を見て、オリヴィエとロザリアは顔を見合わせて嬉しそうに微笑んだ。

やがて車は、高級ブティックが立ち並ぶ一角に差しかかった。
ブランド品にあまり興味のないアンジェリークでも、名前だけは知っている有名店がずらりと軒を並べている。
その中でも特に高級感溢れる、ベージュに金の縁取りがある豪華なドアの前で、車は停まった。

浅黒い肌に黒髪を後ろで一つに結んだスタイリッシュな男性が、近寄ってドアを開けてくれる。
「お待ちしておりました、ロザリアさま。本日もご機嫌麗しく」
「こんにちは、アレグロ。今日はね、わたくしのお友達を連れてまいりましたの。彼女を念入りに磨きあげてくださる?」
「かしこまりました。それではお嬢様、どうぞこちらへ」

『お嬢様』なんて呼ばれて、アンジェリークは気恥ずかしさにぎくしゃくしながら店のドアをくぐった。
『お嬢ちゃん』と言葉的にはたいして違わないハズなのに、『様』に変わっただけで、いきなり自分に不似合いな感じになるのは何故なんだろう?

店に入ると、まず明るい陽光の入るガラス張りのサロンに通された。
先程出迎えてくれたアレグロという男性はオーナーだったようで、女性エステティシャン2名を伴って、丁寧にコースの説明をしてくれた。
フェイシャルにボディ、ハンドマッサージから機械を使ったリフトアップにレーザーでのしみ取り。
アンジェリークは出されたハーブティーを口にしながら真剣に説明に聞き入ったが、あまりにコースのバラエティが豊富すぎて、何をやったらいいのかちっともわからない。

「アレグロ、彼女はエステは全くの初めてなの。今日は彼女にとって大切な一日だから、それを考慮してそちらでメニューを組んでちょうだい」
ロザリアが助け舟を出すと、アレグロが得心したように頷いた。
「かしこまりました。それでは本日は、全身のリラックスと素肌美を目的としたタラソテラピーとハンドマッサージ、アロマオイルトリートメントを施しましょう。初めてという事ですからハードなものは取り入れず、あくまでリラクゼーションを主眼におきますので」
「いいですわね」
ロザリアは頷いて、オリヴィエと共に席を立った。
「じゃ、アンジェちゃん。私達も別室でトリートメントしてもらってくるからさ。また後でね」
「は、はい!」

2人が別室に入っていくのを見届けながら、アンジェリークも女性エステティシャンに促されて更衣室に入る。
「お召し物は全てお脱ぎになって、このローブにお着替えください」
「全部…って、下着もですか?」
「はい」
事も無げに告げられて、アンジェリークはどぎまぎしつつも素肌にローブだけを纏った姿になる。

オリエンタルムードの漂う清潔なキャビンに入ると、広い窓ガラスからは緑豊かな中庭が見えた。
部屋は内部にスパやジェットシャワー、マッサージベッドなどがある個室に別れており、ここだけで小さな一軒家くらいの広さがありそうだ。
心地よい音楽が流れ、甘いマンダリンの香りが漂い、なんだか都会の喧噪から切り離されたよう----そう、まるで南の島にバカンスに来たような気分になる。
中央にある円形のジェットバス・スパにゆっくりと浸かり、筋肉をほぐしてリラックスしてから、白いシーツの敷かれたベッドに横たわる。
熟練したエステティシャンの手によるマッサージを受けているうちに、アンジェリークは素っ裸でいる事も忘れてうとうとと微睡んだ。

ああー、本当に気持ちがいい。
ここのところ忙しかったけれど、たまった疲れが全部毛穴から溶け出していくみたいだ。
至福の時、ってこういうのを言うんだろうな。
知らない人の前で裸になるなんて、以前だったら恥ずかしくて考えられなかったけど。
でもエステティシャンの人達も仕事に徹しているプロだから、こうしていてもちっとも恥ずかしくないや---

そのまま本当に眠ってしまい、アンジェリークは残念ながらこのトリートメントの全てを覚えている事は出来なかった。
でも目覚めた時は本当に爽快で、いつものような目覚めの悪さや身体のだるさは一切なく、むしろ全身が身軽になったような感じすらした。

施術を終えてサロンに戻ると、オーナーのアレグロが笑顔で出迎えてくれて、トロピカルフルーツのデトックスジュースを出してくれた。
「これはこれは、大変にお美しくなられた。お連れさまはあと10分程で終了ですので、もうしばらくお待ちを」
そう告げられて、ふとアンジェリークは好奇心を覚えた。
----ロザリアやオリヴィエさんは、一体どんなコースを受けてるんだろう。
2人ともエステには通い慣れてる雰囲気だったし、上級者向けのコースとかを選んでるんだろうか?
特にオリヴィエのような男性は、こういったエステサロンでどういったトリートメントを施されているのか、興味があった。

「あの、私の連れはどんなコースを受けてるんですか?」
その問いに、待ってましたとばかりにアレグロは得意げに微笑んだ。
「はい、当店自慢の『カップリングコース』を受けておられます。男女ペアのプライヴェートコースがあるのは、広いシティでもうちだけなんですよ。各界の有名人やセレブの方々に、大変ご好評を得ております。お嬢様も機会がありましたら、是非恋人とお受けになってみてください」

プ…プライヴェートのカップリングコース???

その言葉から連想できるのは、素っ裸でベッドに並んで横たわる2人の姿。
いや、まさか、あのロザリアが男性と2人で裸でエステを受けるなんて。
でもオリヴィエさんって不思議な人だから、女同士みたいな感覚でそういうのもアリ、なんだろうか??
えええ、でもやっぱり考えられないよー!!

アンジェリークがぐるぐると考えていると、ロザリアとオリヴィエが戻ってきた。
すっかりリラックスした様子で、楽しげにトリートメントのどこが良かったかを話し込んでいる。
「アンジェちゃんもエステ初体験はどうだった?気持ち良かっただろう?」
「あ、は、はい…」
「じゃ、綺麗になった事ですし、次にまいりましょう」
ロザリアが立ち上がったので、アンジェリークも慌てて後に続いた。

「次は私の家で昼食にしようか。その後にヘアメイクを私がやってあげるから」
「エステで散財させてしまいましたけど、オリヴィエにやってもらえばヘアメイク代が浮きますでしょ?」
「あ、あの…」
「心配なさらなくても大丈夫ですわ、オリヴィエのヘアメイクの腕はトップスタイリスト級ですのよ」
先程の疑問を聞き出す間もなく、アンジェリークはオリヴィエの家へと連れていかれてしまった。


オリヴィエの家は、洒落た雰囲気のテラスハウスだった。
広さはそれほどでもないが、庭もあるし、何よりもインテリアが隅々まで考え抜かれていて素晴らしい。
派手な中国風の刺繍が施されたソファに、伝統的なペルー柄の絨毯。
不思議な形のガラス彫刻に、猫足のクラシックな飾りテーブル。
一見無国籍風でバラバラなようでありながら、こうして一つにおさまると見事に調和して馴染んでいる。
こんな家具の選び方は、よほどセンスのある人間でないと難しい。

「素敵なおうちですね…。なんだか時間も忘れて寛いじゃいそう」
中庭のテーブルで昼食を取りながら、アンジェリークが溜息混じりに呟いた。
「ありがとう、ここまでするには結構な時間がかかったんだけどね。でも、自分でもとっても住み心地のいい家になったと思ってるんだよ」
「あら、飲み物がなくなってしまいましたわ。わたくし、取ってまいりますわね」

ロザリアが席を立ち、慣れた様子でオリヴィエの家を歩き回る。
どうみても初めて来たようには見えないその姿に、アンジェリークの疑問は確信に変わる。
飲み物を持ってロザリアが戻ったのをきっかけに、思いきって聞きたかった言葉を口にしてみる。

「ねぇ、ロザリアとオリヴィエさんって…もしかして、付き合ってるの?」
ピッチャーから飲み物を注いでいたロザリアの動きがぴたりと止まる。
そのまま彫像のように固まってしまったロザリアの肌が、次第に真っ赤に染まっていく。
「ほーら、だからアンジェちゃんには隠せないよ、って言ったじゃないか」
テーブルに肩肘をつき、長い指を頬の上で弄びながら、横目使いでオリヴィエが笑う。

「やっぱり!もうー、ロザリアったら水くさいなぁ。なんで言ってくれないのー?」
「だだだって、その、わたくし…」
いつもの冷静沈着なロザリアには珍しく、どもって言葉が途切れがちだ。
何と、額には汗まで滲んでいる。
そんな彼女を可哀想に思ったのか、アンジェの質問にはオリヴィエが変わりに答えてくれた。
「ロザリアは許婚がいるだろ?なのに私と付き合っちゃったから、周りに軽蔑されるんじゃないかと心配してるんだよ。今どきそんな事気にする人間はいないよ、っていくら私が言っても信じちゃくれないんだ」

「そうよ、ロザリア!隠されてるのは、信頼されてないようで寂しいわ。きっと、オリヴィエさんだって寂しかったはずよ」
勢い込むアンジェリークに、ロザリアは気押されたように申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「そう…ですわよね、やっぱり…。わたくしも素直に打ち明けたかったけれど、もしアンジェに軽蔑されたらと思うと、勇気が出なくて…」
「そんな、軽蔑なんてするはずないじゃない!親友の初めての恋が上手くいったのよ、自分の事みたいに嬉しいのに」
「…本当ですの、アンジェ…?」
不安げなロザリアを安心させるように、アンジェリークはにっこりと真直ぐに微笑む。
「やだなぁ、当たり前よ!おめでとうロザリア、この恋を大切にしてね。応援するから!」

ようやくロザリアが、恥ずかしそうに笑顔を浮かべる。
大人びているとずっと思い込んでいた彼女が、案外可愛らしく恥じらうのを発見して、アンジェリークも嬉しくなった。


昼食が終わると、そのままオリヴィエの家でヘアメイクの講習会がはじまった。
オリヴィエは確かに、その辺のメイクアーティストなんかよりずっと上手にお化粧をしてくれる。
それに高価なものを買わされるんじゃないかとビクビクしながら美容部員さんにやってもらうより、ずっとリラックスして望む事も出来た。

「アンジェちゃんは肌が赤ちゃんみたいだし、瞳が大きくて綺麗だからそれを生かそう」
「ナチュラルメイクがいいと思うけど、ただ薄くするだけじゃぼんやりしちゃうんだ。ポイントを決めて、押さえるところはきちんと押さえなくちゃね。さ、自分でもやってみて」
「髪型も、普段はウェーブを生かして下ろすのもいいけど、お洒落したい時はアップにするのもいい。せっかく頭の形が良くて首筋が華奢で女っぽいんだから、たまには強調しないと勿体無いよ」

次々に指摘してくれるオリヴィエの言葉は、アンジェリークにとって新しい発見の連続だ。
程なくしてナチュラルメイクに緩やかなアップスタイルの、新しい自分が出来上がった。
お化粧はちっとも濃くないし、髪型も後れ毛がふわふわしてて自然にまとめあげた感じ。
なのに、いつもの自分とは明らかに違う。
自分で言うのもなんだけど、内側から放たれるような輝きがある、と思う。

「オリヴィエさんって、魔法使いみたい…」
鏡の中の自分にうっとりしながら、思わず呟く。
「ふふ、気にいってもらえたみたいだね。アンジェちゃんは素材がイイから、磨けば光ると思ってたんだ。私もやりがいがあって楽しかったよ。さ、じゃあ次は洋服だね」
3人はオリヴィエの家を後にし、ショッピング街へと向かった。


シティの中でも流行の最先端をいくと言われる、リージェント・ストリートが今日のショッピングの舞台。
ブティックのウィンドウをぶらぶらと眺めながら、オリヴィエが洋服を選ぶポイントを教えてくれる。
「私達がアンジェに似合いそうなものを選んであげるのは、簡単な事なんだ。でもね、それじゃただのお仕着せだろ?自分で似合うものを選べるようにならなくちゃね。まずはパッと見て『気に入ったもの』を選んでごらん」

オリヴィエのアドバイスを元に、アンジェリークは一軒のブティックで足を止めた。
ショーウィンドウに飾られている、女っぽいルビーレッドの細身のスーツ。
今までの自分は着た事のないタイトなシルエットに、短いスカートのそれは、かなり大人っぽい1着だ。
でもジャケットの前がボタンではなくてリボンを結んで留めるようになっているのが、微かに可愛らしさも残している。
やっぱりリボンやレースは好きな要素だから、大人っぽいファッションだとしても少しは取り入れてみたい。
それにこの格好なら、スーツ姿のオスカーの隣に並ぶのにも、相応しい華やかさがあるし。
「ああいう大人っぽいのなんて、ちょっと着てみたいかも…」
「よーし、じゃあ早速試着しよう」

お店に入って試着すると、思ったよりその服は自分に似合っていない気がした。
大人っぽすぎて、服だけが浮き上がってる感じなのだ。
何より、着心地が悪い。不釣り合いなものを着ているという居心地の悪さみたいなものが、自分の表情までもを曇らせてしまっている。
「うーん、イマイチかなぁ。形は大人っぽくても案外いけるかと思ったんだけど…」
「そうですわね、シルエットはとても似合ってますわよ。でも、色が少しあなたにはどぎついのではなくて?」
「アンジェちゃんにレッドが似合わないって訳じゃないけど、同じ赤でもそれはちょっと攻撃的な赤だろ?もっと若々しいチェリーレッドとかならいいんだろうけど」

みんなの指摘も、もっともだ。
ウインドウで素敵に見えたものが、必ずしも自分に似合うって訳じゃ、ないんだわ-----
がっかりしてレッドのスーツを脱ごうとすると、オリヴィエが同じ形で色違いのスーツを持ってきてくれた。
淡い若草色のそれは、同じ身体にフィットしたデザインでも優しいイメージで、全く違った物に見える。
「せっかくシルエットは似合ってるんだから、色違いも着てごらん」

促されて着てみると、今度は驚く程自分に似合っている。
さっきのと同じデザインのはずなのに、着心地すら良く感じる。
「うん、いいね」
「とっても良く似合ってますわよ、アンジェ」

鏡に映る自分は、ちょっぴりお洒落なワーキングレディ、といった感じだった。
洗練されてていかにも仕事のできる大人の女性、という感じではないけれど、女らしくて優しい雰囲気が強調されている。
いつもの子供っぽい自分は影を潜め、まさしく「20歳」、年相応の自分がそこにいた。

気がついた時には、そこのブティックの袋を抱えてお店を後にしていた。
こんな風に悩まずあっさり洋服を買ったのは初めてだったけど、ひどく痛快な気分だ。
似合う1着を手に入れたという満足感が、日頃のストレスまで吹っ飛ばしてしまってる。
女の子達がストレス解消にショッピングを挙げる理由が、今ならわかる気がした。

それから普段着になりそうな色の綺麗なセーターと、小洒落たブラウス、ミニのプリーツスカートにバッグや靴、アクセサリーまで一気に揃えた。
どれも今までの自分では選ばないようなデザインのものばかりだったけど、何故か衝動買いという気はしない。
きっと後悔しないものばかりだという自信が、心に生まれていた。
もちろんオリヴィエとロザリアの助言のお陰でもあったが、自分の見る目に自信がついてきたのも大きかった。

「えーっとこれで、通勤着や普段着は大体揃ったから…あとは、今日のデート用のドレスだけかな」
ドレスを選んで試着しようとしたら、なぜかオリヴィエに阻まれた。
「…?オリヴィエさん…?」
「ドレスは、いらないよ。さっきの普段着を着て、オスカーと会ってごらん」
「え、でも…」
「どんなお店にいくか、まだわからないんだろう?ドレスコードとかあるかもしれないし、選んだ服が場にそぐわない事もある。そういう時は、気分が乗らなくてデートまで台無しになったりするんだよ」
オリヴィエは悪戯っぽくパチン、とウィンクしてみせた。
「だからね、今日着ていくドレスは、店を知ってるオスカーに選んでもらうといい」

「ええっ!だだだって…なんかおねだりしてるとか、思われちゃいません?」
「心配しなくていい、絶対アイツから『ドレスを買いに行こう』って言いだすから。私の予言は当たるんだ、信用してよ」
「アンジェ、オリヴィエはオスカー部長の事をとても良く知っていますのよ。信用していいと思いますわ」

…そのまま結局2人の言葉に押し切られる形になった。
アンジェリークはちょっとお洒落な普段着で、オスカーの迎えをドキドキと待つ羽目になったのだ。