Sweet company

8. Lovely Days (7)

「セレナ」

オスカーは振り向きざまに目を軽く見開き、それから旧知の友人に向けるような、気心のしれた笑顔を彼女に向けた。
「驚いたな、まさかここで君に会うとは」
「本当ね。最近あなたとは、行動半径がかぶってるのかしら?」

セレナはふふ、と美しい笑みを浮かべると、ごく当たり前のようにオスカーの目の前に片手を差し伸べた。
オスカーがその手を取ったのを見て、アンジェリークの瞳に動揺が走る。
例え友人にするような手の甲へのキスや、軽い抱擁でも、直視できるか自信がなかった。
だって、彼女は本当に綺麗な大人の女性で----しかも、オスカーと恋人だったという噂があった人なのだから。

しかし、オスカーは彼女の手を軽く取り、目線で挨拶をするに留まった。
アンジェリークがホッとするのと同時に、セレナはあら、とでも言うように片眉を上げる。

「もしかして、そちらが”噂”の新恋人さん?」
『噂の』という言葉に含まれたニュアンスに、思わずオスカーは苦笑いを浮かべた。
セレナは言外に、『彼女が、あなたの勃たなかった原因?』という意味を匂わせていたからだ。

「ああ、彼女は俺の恋人のアンジェリーク。どうだ、『噂』どおり可愛いだろう?お嬢ちゃん、彼女は俺の古い友人、セレナだ」
「初めまして、アンジェリーク。あなたの事はオスカーからいろいろ聞いてるのよ」
「あ、こちらこそ初めまして…」
マニキュアが綺麗に塗られた手が優雅に差し出され、アンジェリークはおずおずとそれを握り返しながら、上目遣いにそっと彼女を見上げた。

私の『噂』って…一体何なんだろう?
2人のやり取りからすると、私という恋人がいる事を、セレナさんはオスカーから既に聞かされていたようなニュアンスだったけど…。
それなら少なくともオスカーは、他の女性の前でも私を恋人だと明言してくれてる、って事よね。

ならば、くだらないやきもちなんか妬いちゃあ駄目。
オスカーはきっと、そういう女の嫉妬や独占欲を、面倒くさいと思うに違いないもの。
そう必死に自分に言い聞かせてみたけれど、どうしても不安が心から消えていかない。

…じゃあ一体いつどこで、2人は私の噂をしていたの?
私の知らないところで、2人は会っているの?電話したり、連絡を取りあってるの?
そんな声が頭の中をぐるぐると駆け巡っていく。
ああ、もうやだ、私ったら!
証拠もないのに疑うのは良くない、何でもないかもしれないのに。
早く、頭を切り替えなくちゃ-----

そんな不安が、顔にも出てしまっていたのだろうか。
彼女は握手した手にもう一方の手を重ね、安心させるようにぽんぽん、と叩いた。
「オスカーから聞いてる話はね、いかに彼があなたに夢中かって事なの」
セレナは優しく微笑み、それからバーの中にぐるりと視線を走らせた。
「でも、こんなに可愛らしい恋人なら夢中になるはずよね。知ってた?さっきまで、ここの男どもの視線は私が一人占めしてたのよ。なのにあなたがバーに入ってきた途端、みーんな一斉にあなたを見ちゃうんですもの」

セレナはおどけて肩を竦め、オスカーとアンジェリークを交互に見やった。
アンジェリークは、セレナの言葉を上手なお世辞くらいにしか思っていないのだろう。
どう答えたらいいのかわからずに、戸惑ったような表情を浮かべている。
一方のオスカーはカウンターに肘をつき、表情も変えずに黙って話に聞き入っている。
でもそのアイスブルーの瞳は僅かに不機嫌そうにすがめられ、彼にとってこの話が愉快なものではないのが見てとれた。
セレナはそれを確認すると、いたずらを思いついた子供のように瞳を煌めかせた。

「まぁでも、しょうがないわよね。あなたと私じゃ倍くらい歳が違いそうだもの。肌も透き通るようにすべすべで赤ちゃんみたいだし、初々しい色気は逆立ちしたって私には出せないものだわ」
その台詞に、アンジェリークはびっくりして思わずまじまじと彼女を見つめてしまった。

私と…倍くらい歳が違うですって???
じゃあこの人って、40歳くらいなんだろうか。私のママと、変わらないの?
でもでも、どう見たってそんな年齢には絶対に見えない。
30代前半か…20代って言っても充分通用しそう。

ものすごい美人だし、肌には皺一つなくて、しっとりした女性らしさとダイナミックなセクシーさが同居している。
スタイルだって抜群、すらりとした長身に長い脚、完璧なシルエットはどこも弛んでいない。
特に見事なのは胸とお尻だ。
ヒップは幅も高さもあり、指で触ったら弾かれそうな張りがある。
GとかHカップ位ありそうなバストも、ノーブラっぽいホルターネックのドレスからはみでんばかりの迫力で、メロンがふたつ付いてる、という表現が誇張ではないくらい。
これだけ現実離れしたプロポーションでありながら、不思議と作り物のような嘘くささもない。
とにかくどこから見ても絶対その年齢には見えないし、何よりも彼女には『現役』の女の色気---セックスを連想させる---がムンムンに漂っていた。

「あーあ、あなたを見ていたら、私も若かりし頃に戻りたくなっちゃったわぁ」
「何を言ってるんだ、女の30代はまだ蕾、大輪の花が開くのは40代からだと思ってるくせに」
カウンタに片肘をついた姿勢で、オスカーが面白そうに口を挟む。
「お嬢ちゃん、セレナは歳を取りたくないような事を言ってるが、実は誕生日パーティーが大好きなんだ。年に何度も男に誕生日を祝わせてるんだぞ」
「あら、いいじゃないの!私に贈り物したいって男が後を断たないんですもの、お誕生日くらいねつ造して彼らに夢と希望を与えてあげなくちゃ。…ま、何回誕生日が来ても歳が変わらないから、たまに辻褄があわなくなって困る時もあるけど」

笑いながら軽口を叩きあう2人を見て、アンジェリークの胸がちくん、と痛んだ。
これは、嫉妬だ。
オスカーは確かに私を恋人だと紹介してくれたし、必要以上にセレナさんと近づかないよう、私に気を使ってくれてもいる。
セレナさんだって、決してオスカーと関係があったような事をひけらかす言動はしていない。
むしろ私を力づけ、オスカーとの恋愛を応援しているようにすら感じる。

だけど2人の粋なやり取りを見ていると、自分の知らない長い歴史がそこにあるのを否応無しに感じてしまう。
子供っぽい私には絶対に真似できない、大人同士の洒落た会話の駆け引き。
私といる時のオスカーとは、別人のような気さえする。

私の知らないオスカーの過去や、彼の違った一面を、きっとこの美しい女性は知っているんだ。
それは会話だけじゃなくて、キスも抱擁も、ベッドでの愛し方も-----

息が、止まりそうになった。
ジョッシュと付き合った時には経験がなかった激しい嫉妬が肺に流れ込み、激流に呑み込まれたかのように呼吸ができない。
必死で息を吐き出そうとすると、「オスカーに近づかないで」という身勝手な言葉まで一緒に叫び出しそうになってしまう。
アンジェリークは必死で、どろどろした醜い感情を飲み込もうとした。
でも苦しくて切なくて、泣き叫ばないようにするだけで精一杯だ。

オスカーもすぐに、青ざめて身体を強張らせた彼女の異変に気がついた。
気遣わしげな視線を向けると、安心させるようにアンジェリークの両足を挟み込んだ太腿に力を込め、ちらりとセレナに目で合図する。
セレナはそれだけで何もかもがわかったと言うように、小さく肩を竦めて笑ってみせた。
その目線だけで通じ合う2人の姿に、アンジェリークの心はまた波立つ。

「私も連れを待たせてるから、そろそろ行くわ。ああ、もしよかったらあなた、今度私のお店に買い物に来て」
セレナはハンドバッグから大粒のルビーが埋め込まれた金細工の名刺入れを取り出し、中から一枚カードを抜いてアンジェリークに差し出した。
『Serena's Closet』と店名が書かれた名刺には、5番街にある本店の住所と携帯電話のナンバーが記されている。

「その電話番号は私直通のプライベートナンバーなの。気に入った人間にしか教えてないのよ。電話をくれたら、あなたにぴったりな下着を私が直接選んであげるから」
「あ、ありがとうございます…」
名刺を受け取ったアンジェリークに、セレナはふふっと笑いかけてから耳元に唇を寄せた。

「…それからオスカーに飽きたら、いつでも私のところに連絡して。私は可愛い女の子も、大好きなの」
セレナは言葉と一緒に熱い息を耳に吹き込み、尖らせた舌を一瞬だけ耳の中にするんと差し入れた。
その見事なテクニックに、アンジェリークのうなじに鳥肌が走る。
「うひゃあぁっ!!」

呆れたように、オスカーがセレナをじろりと睨む。
「…おいセレナ、いい加減にしろ」
「ふふっ、じゃあね」
セレナは背を向けると、軽やかに腰を振って歩きながら再びソファ席へと戻っていった。
そこではいかにも金持ちそうな壮年の紳士が、おあずけを食らった忠犬のように彼女を待ち詫びている。

「全く…」
オスカーははぁっと疲れたように溜息をついた。
「女性と恋人を取り合うのだけは、勘弁して貰いたいんだが」

アンジェリークは、まだ目をぱちくりとさせていた。
「あ、あの、セレナさんって…い、今の、冗談…よね?」
「セレナは両刀使いなんだ」
「はぁ?」
「基本的には男のほうが好きなんだが、気に入ると女性を恋人にするのも有り、って事だ」
「えぇ?えええーーーっ???」

アンジェリークには、理解の範疇を超える話だった。
シティは大都会だから、同性愛者が多いのは知っている。
保守的な田舎育ちのアンジェには、人前で男同士が手を繋いでいたり、女同士が堂々とキスするのを見るのは、結構衝撃的な光景だった。
でも、愛しあってるならそれもありなのかな、とようやく最近見慣れてきたのに----

「まだまだ世の中は、私の知らない事が一杯なのねー。セレナさんって、すごーい…」
今の衝撃で嫉妬してた事すら忘れてしまい、アンジェリークはぐるぐると目を回しながら感心したように呟いた。

「…今日は何だか、邪魔が多いな」
唐突にオスカーが立ち上がり、アンジェリークの手を引いた。
「早く2人きりになって、ゆっくり過ごそう」
その言葉が持つ意味を読み取って、アンジェリークはかあぁ、と真っ赤になる。
「う、うん」

アンジェリークが椅子から下りると同時に、オスカーに強く腰を引かれて抱き寄せられた。
そのまま大股で出口に急ぐ彼に、引き摺られるようにバーを後にした。
視界の片隅にセレナの姿が映り、アンジェリークは慌てて振り返って会釈をする。
手を振るセレナが「頑張ってね」と口の動きだけで伝えてきたような気がしたが、はっきりとはわからなかった。


---◇---◇---◇---◇---



車はオスカーの家に向かい、海沿いの倉庫街を走り抜けていた。
普段なら車中は楽しい会話が交わされ、2人とも笑顔でいる事が多いのだが-----何故か、この時は違った。
オスカーは極端に口数が少なく、黙々とハンドルを捌いているだけで、話しかけづらい雰囲気だ。

レストランを出た時から、ずっとこの調子なのがアンジェリークは気にかかった。
丘を下って夜景を見るデートの時も、オスカーはずっと表情が硬く、アンジェがはしゃいで話しかけても上の空で生返事が返ってくるばかりで、楽しいムードとはほど遠かった。

車中の気まずい雰囲気に耐えかねて、アンジェリークは窓の外の景色を眺めた。
行きは自分の席が海側だったので気付かなかったけれど、こうして見ると反対側の倉庫街は人気が全く無く、しんとしていて薄気味が悪い。
都会のイルミネーションが映り込む華やかな海側と違い、暗く寂しいその景色に、さらに気分が陰うつになってくる。

オスカーは、どうして機嫌が悪いんだろう。
せっかくの楽しいデートだったのに、なんで急に変なムードになっちゃったの?
でもどんなに考えても、思い当たるフシはない。
えーい、ぐだぐだ悩んでいてもわからないなら、直接聞いてみるまでだわ!
アンジェリークは思いきってオスカーの方に向き直った。

「ねぇ、オスカー…何か私、怒らせるような事…しちゃった?」
「いや、別に」
オスカーは前を向いたままそう言ったが、その口調は素っ気無い。

「…うそよ。だってオスカー、機嫌が悪いもの」
「お嬢ちゃんのせいじゃないから、心配するな」
そうは言われても、こんなむすっとした態度をとられるとますます心配になるだけだ。

「私のせいじゃないなら、もしかして…セレナさんと会ったのが原因だったりして!」
努めて明るく言ったにも拘らず、オスカーはますます無表情になり、今度は返事すら返ってこなかった。
アンジェリークは笑顔を引っ込めると、俯いてスカートの裾をぎゅっと掴んだ。
「…私と付き合ったこと、後悔してるの?セレナさんと…よりを戻したい?」

「何を言ってるんだ?」
一瞬の間を置いて、オスカーが驚いてこちらを振り返った。
が、アンジェリークは自分の手を見つめ続けたまま、顔をあげる事すら出来ない。
「だって…あんなに綺麗なひと…オスカーの恋人だったんでしょう?大人で、成功してて…私なんかよりずっと、オスカーにお似合いだし…」
肩が小さく震えだし、言葉が途切れて不明瞭になる。
「バカよね、私ったら。あんなに素敵な人に嫉妬したって、勝ち目なんかないのに」

突然、身体が大きく横に揺れた。
タイヤが派手に軋む音をたて、目の前の景色が大きく回転する。
「きゃっ?」
咄嗟にドアの手すりにしがみついたが、一体何が起こったのか、思考が全くついていかない。
運転席に目を向けると、オスカーが怒ったような顔をして、急ハンドルを切っているのが見えた。

そのまま車は道路を外れ、スピードを上げたまま倉庫の合間の細い路地へと入っていく。
真っ暗な道を塞ぐように木箱の積み荷や砂袋がうずたかく積まれていたが、オスカーは器用にそれらをよけて、奥の行き止まりでブレーキを踏んだ。
急停車とまではいかなかったが、それでもアンジェリークの身体はがくん、と前に傾いた。
いつもブレーキを踏んだ事すら悟らせない彼の運転にしては、かなり乱暴な部類に入ると言ってもいい。

「オ、オスカー?」
アンジェリークは訳がわからなくて、不安げにオスカーを見上げた。
街灯もなく、月明かりも届かないような暗い路地では、彼の表情は伺えない。
でもアイスブルーの瞳だけは、豹の目のように暗闇の中でもぎらりとした光を放っていた。

オスカーは身体を起こすと素早く自分のシートベルトを外し、腕を伸ばしてアンジェリークのベルトも外した。
そのまま彼女の後頭部を掴むと、強引に頭を引き寄せ、一気に唇を奪う。

「…ん……っ!」
電光石火の早業に、アンジェリークはパニックを起こしてオスカーの胸を両手で突き、押しやろうとした。
でも逞ましい身体はびくともせず、むしろこちらに覆い被さるようにして、さらに強く唇を押し付けてくる。
舌でアンジェリークの唇をつつき、開けと無言で命令を下す。
息が出来なくて思わず唇を薄く開けた途端、オスカーの舌が一気に喉元まで深く侵入し、アンジェリークの舌を絡め取って強く吸い上げた。

狂おしい情熱が流れ込んでくるような口づけに、アンジェリークのパニックは急激に激しい欲望へと形を変えていく。
両腕をオスカーの背中に回して必死で縋り付くと、彼は何度も角度を変えて口づけては、固く尖らせた舌を挿入しては抜き、また差し入れてかき回した。
まるでセックスの疑似行為のような、荒々しくて官能的なキス。
自分の喘ぎ声が、オスカーの口の中に呑み込まれ、頭の中が真っ白になっていく。
アンジェリークは自分からもオスカーの舌を銜え込んで、夢中になってしゃぶるように頭を動かすと、彼がぶるっと大きく震えて唇を離した。

「…これでも俺が、お嬢ちゃんとの付き合いを後悔してると思うか?」
荒い息遣いで、すぐ目の前からオスカーが挑むように囁いた。
はぁはぁと息を弾ませながら、アンジェリークが首を横に振る。
「だって…セレナさんと会ったあと…、オスカーは急に不機嫌になって…」

「…俺も、嫉妬してたんだ」
「えっ?」
「あのバーで、男達がみな物欲しそうな目でお嬢ちゃんを見ていたのが、気に入らなかった。パティシェのシンも、露骨にお嬢ちゃんに興味を示してた。その上セレナまでちょっかいを出してきたから、さすがの俺も堪忍袋の尾が切れたんだ」
一気に本音をまくしたてたあと、またオスカーの頭がこちらに向かって倒れ込んできた。
唇を強く押し付けられ、噛み付くようなキスが降ってくる。

オスカーも、嫉妬…していた?それも、セレナさんにまで?
その事実がもたらす圧倒的な幸福感に、アンジェリークは目が眩みそうになった。
それは私が感じていたような、どろどろした醜い嫉妬とは違う性質の物かもしれない。
独占欲とか、所有欲とか、そういった感情に近いのかもしれない。
本気で愛していなくても、自分のものに手を出されそうになった時、人は独占欲を発揮するものだ。

それでも少しは、オスカーも私を好きでいてくれるんじゃないかと期待してしまう。
独占欲だけでなく、そこに純粋な嫉妬がほんの少しでも、混じっていてくれたら。
嫉妬は醜い感情だけど、自然な感情でもある。
愛している人を奪われそうになったら、愛と同じくらい深く嫉妬するのは、当たり前の事だもの。

ようやく唇が離れ、アンジェリークは力なくシートにくったりと背を預けた。
もう全身が欲望に蕩け切っていて、動く事すら出来そうにない。
「オスカーがやきもち妬いて不機嫌だったなら、それで構わないけど…。でも私がそんなに男の人の目を惹いてたとは、とても思えないんだけどなぁ…」
ぼんやりと呟くと、オスカーの低い笑い声が暗闇に響いた。

「お嬢ちゃんは、自分の魅力をまるでわかってない」
すっと手が伸びてきて、指先で頬を優しく撫で上げられた。
「俺はお嬢ちゃんの魅力を、良く知ってる。ベッドの中で何も身に纏ってなくて、化粧すらしていない姿は---天使のように穢れがなくて、息を飲む程綺麗だ。だがいつもは地味な服装とメイクで、その光りをかえって隠していた」
ほろ苦さを滲ませた、低くがさついた声で囁く。
「それが一旦こうして着飾ると、途端に他の男どももお嬢ちゃんの魅力に気付く。皮肉なもんだな」

オスカーの瞳が光を放って暗闇を切り裂き、アンジェリークの顔中に視線が這い回る。
「この子供みたいにあどけない顔に、時折アンバランスな程艶っぽい色が浮かぶと----男はみんなハッとさせられて、目が釘付けにされちまう」
彼の指がゆっくりと耳元の後れ毛を掻き分けて、感じやすい首の筋を伝っていく。
「真っ白なうなじは簡単に痕がつけられそうで、男なら誰でも吸い上げてみたくなる」
アンジェリークの身体が、びくんと震える。

オスカーの指はゆっくりとドレスの襟元を辿り、胸の膨らみをつたって乳首のあたりでぐるっと円を描く。
「つんと尖った胸は、張りがあって柔らかそうで、見ているだけでむしゃぶりつきたくなる」
途端にブラジャーの内側で乳首が痛い程立ち上がり、ドレスの布地ごと乳房を引っ張り上げていく。
暗い車内はオスカーの表情すら見えないけど、彼の欲望は痛い程伝わってくる。
見られている場所がびりびりと電気を帯びたように総毛立ち、そこから下腹部の一点に向かって電流が流れ込み、出口を求めて子宮の奥で火花を散らしている。

「折れそうなくらい華奢なウェストに、少女っぽい幅のない腰は、成熟する直前の危うさがあって---組み強いて思いきり突き上げてみたくなる」
指で腰をなぞられた途端、激しい疼きに見舞われて背中が大きく反り返った。

「真直ぐほっそりと伸びた脚と、きゅっと締まった足首が、俺の腰に絡み付くところを想像すると---それだけでもうイッちまいそうだ」
オスカーの指が今度は足首からゆっくりと上に這い登ってくる。
くすぐったいような微妙な力の入れ加減に、脚が痙攣したようにびくびくと震える。

「そして柔らかな太腿の奥には----感度のいい熱い場所が、俺を待ちわびてる」
指に軽く力を込められただけで、あっけなく膝が開いてしまう。
オスカーの指がスカートの裾から侵入するのを目にしただけで、秘められた場所からぬらりとした液体が期待とともに洩れでるのがわかる。

「ああ、やっぱりもう、こんなに濡れてるな…」
「あぁっ!」
下着の上から割れ目をなぞられただけで、身体がびくっと大きく跳ね上がる。

オスカーの指が下着の上から巧みに敏感な花芽の場所を見つけだし、親指でこね回しながら中指で蜜口を突いてくる。
「…あっ、……はぁ……ん、オ…スカー、…んんっ……」
アンジェリークはシートの後ろに両手をつき、腰を浅く前に突き出しながら与えられる快感に酔いしれた。

「お嬢ちゃんは本当に可愛い…男なら誰でも、こんな女を欲しがらずにはいられなくなる…」
オスカーの指の動きが、早まった。
強烈な快感が下腹部で渦を巻き、アンジェリークは首を後ろにがくんと倒す。
「っ……あ、も…だめ…ぇ……あ…ぁあ……ぁっ!」

目の中でばちんと火花が散り、耳がきぃん、と鳴り響く。
お腹の奥に蓄積されていた電流が、稲妻となって体内を駆け巡り、音をたてて毛穴から放電していく。
あっという間に訪れた激しい絶頂感に、全身を弓なりに震わせながらか細い悲鳴をあげた。

「…こんなに感じやすい身体をしてるから、余計心配なんだ」
びくびくと跳ねる身体を見ながら、オスカーが呟いた。
「他の男の誘惑にも、簡単に落ちるんじゃないか、ってな」

子宮が引き攣れるような痙攣がゆっくりと去っていき、アンジェリークは靄がかかったような白くぼんやりとした感覚の中にいた。
でも、彼の言葉ははっきりと聞こえた。
私がオスカー以外の人に、簡単に誘惑されるですって?

「そんな事、あり得ない……」
消え入りそうな声で呟く。
「わたし、絶対に…オスカー以外の人になんか、感じないもん…」
オスカーが、小さく笑い声を洩らすのがわかる。
「自分ではそのつもりでも、こんな感じやすい身体じゃあ----」
首を振って頭の靄を払いながら、オスカーの言葉を遮る。
「…私に、感じるって事を教えてくれたのは、オスカーだけだもの……」

暗闇の中で、オスカーの息遣いが消えた。
それから息を飲むような音がして、「…どういう事だ?」と問い返された。

「私…、オスカーと出会うまで、ずっとセックスは苦痛で、楽しめないものだと思ってたの」
「前の男に、手荒い真似でもされたのか?」
オスカーの声に憤りを感じ、慌てて首を横に振る。
「ううん、違うの。彼は全く普通だったと思う。それでも彼と付き合った3年間、一度もセックスがいいものだとは思えなかった。わたし…ずっと自分が不感症だと、信じてたわ」

「その前に付き合った男とは?そいつとも、感じなかったのか?」
その問いに、アンジェリークは恥ずかしげに口ごもる。
「…その前なんて、いないわ。私そんなに、経験抱負じゃないもの」

スカートの中に差し込まれていたオスカーの指が、アンジェリークの下着の上でぴくん、と動いた。
その僅かな動きに反応して、入口がひくついたのが、布地を通してもはっきりと伝わる。
「---信じられない、こんなに敏感で感じやすいのに---」
「私だって、信じられなかった。オスカーと出会ってすぐに…初めての絶頂を経験したんだもの。不感症じゃなかっただけでも驚きだったのに---いつもオスカーにだけは、簡単に身体が反応を起こしてたわ」

アンジェリークは瞳を見開いて、闇に浮かぶオスカーのシルエットをじっと見つめた。
大切な思いを伝えたかったから。目に見えなくてもいいから、ちゃんと彼を見つめていたかった。

「私、気付いたの。前の恋人の事は、本当に好きじゃなかったんだ、って。きっと恋に、恋してたの。でも…オスカーは違う。一緒にいるだけで、嬉しくて切なくて…身体が芯から熱くなって…」
息を止めて、告白する。

「オスカーという存在だけに、私の身体は反応するの。だからこんな風に感じるのは、あなただけ……」


自分の声が、掠れて良く聞き取れなかった。
恥ずかしい事を言ってしまったのかも、という思いが頭を掠める。
でもこれが、私の本心だもの。嘘偽りのない、今の気持ち。

何か言って欲しかったけど、彼は押し黙っていた。
動きもぴたりと止まり、息遣いすら聞こえない。
狭い車内を沈黙と闇が支配し、アンジェリークはいたたまれなくなった。

逃げ出したい。
そう思った瞬間、突然オスカーの気配が動いた。

「くそっ」
くぐもった声が聞こえ、黒い大きなシルエットが、しなやかな肉食動物のようにするりと運転席から抜け出して、素早く助手席側に移動したかと思うと、アンジェリークの上に覆い被さっていた。
オスカーはアンジェリークの膝を強引に押し割って間に身体を埋め、シート上部のヘッドレストを掴み、息がかかる程近くまで顔を寄せた。
腹部に岩のように固いものが押し当てられているのを感じ、アンジェリークは短く息を飲んだ。

「今すぐここで、お嬢ちゃんと一つになりたい」
鼻先から、切羽詰まったような掠れ声が聞こえた。
すぐ上にあるオスカーの頑丈な体躯が、熱を発しながら小刻みに震えているのがわかる。

「ここで…?」
アンジェリークが、困惑したように呟く。
「そう、ここでだ。ここは外で、恐らく人は来ないだろうが、100%こないとは言い切れない。そしてお嬢ちゃんは、こういう場所でのセックスを好まないだろう事もわかってる。だが、それでも---今すぐ、君が欲しい。我慢できないくらい、欲しいんだ」

こんな場所でセックスをすべきではない事くらい、オスカーにもわかっていた。
アンジェリークは常識的な羞恥心や慎み深さを持っている、普通の女だ。
外で人に見られるかもしれないという、スリルを楽しむようなタイプじゃない。

カーセックス自体はオスカーにも何度か経験があるが、大抵は相手の女性がそういった刺激を欲しがっているのを察知して、あわせてやっていただけに過ぎない。
本音を言えば狭い場所での無理な体勢のセックスなど、自分もたいして興味はないのだ。

あと30分も車を走らせれば家に着く。
普通に考えれば、家で誰の邪魔を受ける事もなく、ふかふかの清潔なベッドで愛しあったほうがいいに決まっている。
それでも気が狂いそうな程、今すぐにアンジェリークが欲しかった。

何故なのか、はっきりとした理由などわからない。
だが、アンジェリークの告白が----自分を喜ばせ、そしてひどく苛立たせてもいた。
何に苛立っているのか、それすらもう良くわからない。
暴走寸前の苛立ちを抱えたまま、まっすぐ家まで運転できるという自信もない。
ただ一つわかっているのは----今すぐ彼女の中に入りたいと叫ぶ自分の獰猛な本能が、この暴走を鎮められるのは彼女だけだと告げていた事だ。

「嫌なら、今すぐはっきり言ってくれ。そうでないと、俺は---ここで、お嬢ちゃんを奪ってしまう」

アンジェリークは、ごくりと唾を飲み込んだ。
オスカーの肩ごしにフロントガラスがあり、そこから外の世界の存在が見える。
両側は倉庫で、正面には細い道があり、その奥に先程まで走っていたハイウェイの灯りが見える。
ここが真っ暗なだけに、やけにその灯りが明るく、生々しく感じる。
こちらは暗いし、道路までの視界は積み荷で遮られているし、あの道路からこちら側はほとんど見えないだろう。
それでもオスカーの言う通り、絶対に人が来ないという保証はないのだ。

だけども----オスカーが、私を求めている。
激しく身体を震わせ、理性の殻を破かんばかりに。
そして、私が本当に欲しいのは、こんなオスカーなのだ。
余裕たっぷりに私を焦らして抱く彼じゃなくて、自制心などかなぐり捨てて心から私を求める彼----

「オスカー、手を…握って」
アンジェリークの差し出した手に、オスカーが指を絡める。
繋いだ手が震えているけど、彼の震えなのか、それとも私のなのか。
もう全然、わからない。

「私、オスカーが好き。あなたを…信じてる」
繋いでいないほうの手を、オスカーの首に回して引き寄せた。
「だからここで……私をあなただけのものにして…」

突然、飢えたような口づけが落ちてきた。
いつのまにか座席が倒され、逞しい身体がアンジェリークにのしかかる。
性欲の嵐が二人に襲いかかり、一気に呑み込まれた。

オスカーの片手がドレスの胸元にかかり、ぐい、とブラごと乱暴に引き下げられる。
形の良い乳房が剥き出しになり、固く尖った乳首が現れる。
いきなりそこを強く吸い上げられ、強すぎる刺激にアンジェリークは身悶えた。

いつものオスカーとは全く違う、荒々しくて、性急とも言える愛撫。
でも、嫌な感じは全くしなかった。
むしろ彼が我を忘れているのが伝わってきて、早く受け入れて、鎮めてあげたかった。

アンジェリークは両脚を広げてオスカーの腰に絡み付け、ねだるように自分の下半身を押し当てた。
がちがちに固くなった彼のものが、ズボンの前を破かんばかりに押し上げている。
オスカーは喉の奥から掠れた咆哮を洩らし、慌ただしく片手でアンジェリークのスカートをたくしあげる。
指がパンティーにかかると同時に、薄い布地が引き裂かれる音が闇に響いた。

下着だった残骸を後部座席に投げ捨てると、オスカーは焦ってもつれる手で自分のスラックスのジッパーを引き下ろす。
解き放たれた男根は既に先走りが溢れて激しく脈打っていた。
ぬるつく先端をアンジェリークの入口に押し当てると、ろくな愛撫もなく、そのまま一気に中に突き刺した。

「はぁ…んっ!」
張り詰め切った亀頭はいっぺんでは奥まで入らず、オスカーは腰を小さく揺すって少しづつ奥へと侵入していく。
先程一回いかせておいたとはいえ、いきなりの侵入にアンジェリークの内部は衝撃でぐっと引き締まり、濡れているのになかなか奥まで辿り着けなかった。

オスカーの額に、大粒の汗が浮かぶ。
もう何度も、毎日のように抱いているのに、それでも彼女のきつさには毎回驚かされてしまう。
傷つけないように慎重に。
しかし一秒でも早く。
正反対の思考が、オスカーの正気をどんどん削り取って、原始的な欲望だけを剥き出させていく。

そしてついに、彼女の奥深くまで到達した。
アンジェリークの一番奥まで身体を沈めた瞬間、オスカーははぁっと安堵の溜息をついた。

さっきまでの苛立ちが、嘘のように消えていく。
アンジェリークの柔らかさが、熱い熱が、濡れて引き締まった内壁が、オスカーを包み込んで優しく癒していく。
震えがおさまり、それにとって代わったように激しい炎が体内に燃え上がる。

オスカーはゆっくりと動き始めた。
狭い車内では激しい動きは難しく、オスカーは彼女の膝を抱えると、一番深い部分に挿入したまま円を描くように内部を擦り上げ、かき回すように動いた。
恥骨同士が密着し、アンジェリークの敏感な部分が刺激されて、さらに内部がきつく締まっていく。

「く…アンジェリーク…っ」
「…あ……ぁ、オ…スカー、…オス…カー……」
うわ言のように名を呼び続けるアンジェリークが、たまらなく愛おしかった。
誰にもやりたくないと、心から思った。

「俺のアンジェリーク…、俺だけの……」

その言葉を口に出した瞬間、オスカーの胸が、どくん、と激しく脈打った。
「俺だけの」その言葉が持つ意味に、身体中が警報を鳴らし始める。

これは、単なる独占欲なんかじゃない。
俺は、本気で---アンジェリークを自分だけのものにしたいと思っている。
そう、本気だ。俺はこのお嬢ちゃんに、本気になりかけている。

だが、人を本気で愛して、どうなるというのだ?
愛すれば愛する程、失った時の痛みは大きく、辛いだけだ。
それを身を持って味わったからこそ、本気で人を愛する事だけはしないと決めていたのに。

実際ここまでは、上手くやってのけていたのだ。
沢山の女を抱きながら、誰も俺の心の中にまでは踏み込ませず、恋愛のお楽しみ部分だけを味わってきた。
なのに今さら----

本気で愛したくなどない。
だが心は、急速に彼女に向かって開いていた。
どこかで押しとどめなければ、また同じ事を繰り返すだけだ。

大体、永遠の愛などこの世には存在しないのだ。
このお嬢ちゃんだって俺をいつまで好きでいてくれるのかも怪しいもんだし、他人である限り、いつか必ず---別れは来る。
それならば、傷の浅いうちに別れたほうが身の為だ。

わかっているのに、そうしたくはなかった。
いつものようにあっさりと別れを切り出す事など、出来そうになかった。

唐突に、先程までの理由のない苛立ちの正体が、わかった。
俺はアンジェリークに初めて絶頂を与えた男だという事実に、喜んだ。
そして同時に、彼女が俺以外にひとりの男しか知らなかったという事実に、打ちのめされた。
初めての男と、3年間も関係を持っていた。
たったそれだけの事に、激しい嫉妬を覚えたのだ。

嫉妬。今まで自分には縁のないものだと思っていた、やっかいな感情。
だが今日の一日だけで、俺は自分が嫉妬深い男だというのを嫌と言うほど思い知らされた。
俺は---このまま、引き返せないところまで、来てしまったのだろうか。

いや、まだ、間に合うはずだ。
俺は確かに、彼女に本気で惹かれはじめている。
だがこれが永遠の愛かと問われたら、恐らく違う。違うはずだ。

アンジェリークの内部が絶頂目前を迎え、急速に締まりつつあった。
幾千もの触手がきつく柔らかく絡み付くようなその感覚に、微かに残っていたオスカーの理性と思考は脇に追いやられていく。
嫉妬の事も何もかも消え失せ、ただ目の前のアンジェリークの姿しか残っていなかった。
オスカーは腰を大きく引くと一気に沈め、激しい律動を繰り返した。
車のシートが軋み、車体が大きく上下に揺れる。

突然動きを変えられて、アンジェリークの口から叫びにも似た声が漏れる。
「あ……ぁ、…オ…スカー、好…き、大好き……」

その声を聞いただけで、オスカーの限界が弾けた。
痛烈な快感に全身が引き絞られ、彼女より先にいかないよう歯を食いしばったが、耐えられなかった。
「アンジェリーク………っ!」
オスカーの頭が後ろに倒れ、首筋に血管が浮き上がった。
繋いだ手がぐっと強く握られ、全身が激しく震える。
熱い精が子宮に放たれ、その熱がじんわりと繋がったところから滲むように広がっていく。

「あ…オスカー……あ……ぁ……ああぁっ!」
直後にすぐ、アンジェリークも絶頂を迎えた。
まだ放ち終わらない彼自身を、最後の1滴まで搾り取るように激しく痙攣する。
オスカーが苦しげに眉を寄せ、ひび割れたような呻き声を喉から絞り出していた。


やがて静かに波が引き、二つの身体は重なりあったまま、お互いの息が落ち着くまできつく抱き合っていた。
アンジェリークはオスカーの肩ごしに見える景色を、ぼんやりと見つめていた。
奥に見えるハイウェイを、一台の車が通過していく。
それが、ここは紛れもない外なのだ、という現実を教えてくれている。

私は慎みも恥じらいも何もかも捨てて、オスカーに車の中で抱かれた。
互いに服を着たまま、下着だけを破り取られるという姿で。
人が見ていたかもしれない、それどころか警察に見咎められたら、二人とも公然猥褻罪か何かで捕まっていたかも。
でも、それが一体なんだというの?

オスカーが求めてくれて、私達は一つになっている。
私にとってはこれこそが現実。大切な---真実。

こんなにもオスカーを近くに感じたのは、初めてだった。
嫉妬したと言った彼も、我を忘れて荒々しく求めてくれた彼も。
私より先に絶頂を迎えた事も、「俺だけのアンジェリーク」と囁いてくれた事も。
何もかもが、今まで近付けそうで近付けなかった彼の心の扉に、手をかける事ができたのを教えてくれた。
まだ、扉は開ききってはいない。
でもとにかく、ここまで辿り着けた。
その充足感が、じわじわと体内を幸福で満たしていく。

そのうち、目蓋が重くなってきた。
無理な体勢で激しく交わりあったからだろうか、身体がひどく疲れてだるい。
動くのもおっくうだし、このまま繋がって眠ってしまいたいような気さえする。
…それで朝になっちゃったら、本当に猥褻罪で掴まっちゃうわよね。
アンジェリークは小さく口元を綻ばせながら、眠気に負けて瞳を閉じた。
オスカーが上体を起こし、顔にかかった髪を指ではらってくれている。
その指の動きがいかにも愛おしげで、幸せな倦怠感に包まれていく。

「俺は、お嬢ちゃんに夢中だ…」
オスカーが掠れた声で呟いた。
夢のようなその言葉に、アンジェリークは襲いくる眠気の誘惑を振り切って、重い目蓋をそろそろと持ち上げた。
どんな情熱的な瞳で、甘い言葉を囁いてくれてるのか。どうしても、この目で確かめたかった。

暗闇の中に、オスカーの姿が浮かび上がる。
目が闇に慣れなくて、細部まではよく見えなかったが----そのアイスブルーの瞳だけは、光を放っているようにはっきりと見る事ができた。

アンジェリークは、茫然とした。
彼の瞳は、自分が思い描いていたような甘い、情熱的なものではなかった。
むしろ憂鬱そうな翳りを帯び、苦々しさを滲ませてこちらをじっと見つめている。

どうして、と問いかけたかったけど、次の瞬間強烈な眠気が襲ってきて、耐えきれずに目を閉じた。
圧倒的な暗闇が一気に脳内を支配する。

そこで意識はふつりと切れ、アンジェリークは気を失ったように眠りについた。